第2話 もう一人の私
今日も私はいつもと同じようにお父さん一緒に登校した。
「おはよう、美波。昨日はありがとうね」
「愛奈、おはよう。…って、その人は!?」
「あ、えーと…。私のお父さん」
「東雲慎だ。ここで物理を教えている。昨日は愛奈がお邪魔したみたいで…」
「ぶ…物理!?しn…東雲先生が!!?」
「おいおい、教師に向かって失礼だろ転校生」
「ごm…すいません!そんなつもりじゃ…。琳音お姉ちゃんに東雲先生は物理が苦手だったって聞いていたので…」
「そっか。王林さんは琳音の親戚だったな。人間、努力すれば苦手も克服できるもんなんだよ。…それと、あれだ。まあ、僕だったからいいが、他の先生には失礼な態度はするなよ」
珍しく先生らしい言葉を言うお父さんは、家での様子とはまるで別物で、なんとなく頼もしく思えた。
「じゃあ、僕は職員室に行くから。王林さんも愛奈のこと、よろしく頼むな」
「はい。そうだ!今度、家に遊びに行ってもいいですか?」
「もちろん。歓迎するよ」
「ありがとうございます!…愛奈、教室行こ?」
「うん。じゃあお父さん、行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい」
お父さんと別れて、私と美波は教室に向かった。
「よっ、2人とも」
「おはよう遥」
「そうだ、遥?今度校長先生にも会ってみたいんだけど」
「父さんに?まあいいけど。じゃあ、今度の日曜、俺の家に来るか?」
「もちろん!愛奈も来るよね?」
「えーと、遥がいいなら行くよ?」
「悪い訳ないだろ?じゃあ、決まりだな。日曜の午後にウチに来てくれ。場所、分かるか?」
「うん。多分お父さんが知ってるから」
「オッケー。じゃあそういうことで。ホームルーム始まるし、また後で昼休みにでも話そう」
「うん」
「りょーかい!」
今日のホームルームは出欠の確認と先生の話で終わった。授業の方も英語、国語、そしてお父さんの物理の3時間で、集中して取り組めたと思う。そして、昼休み。私と美波と遥は屋上で昼食を取りながら話をした。
「そういえば、琳音さんと校長先生ってどういう知り合いなのかな?」
「え、えーと、あたしも詳しく教えてもらってないんだよね…」
「そうなんだ。…って、あ!遥、先生に呼び出されてるんじゃなかったの?」
私は、ホームルームのときに遥が先生に職員室に来るように言われていたことを思い出す。
「やべっ、忘れてた!すまん2人とも!俺行くわ!」
遥は慌てて職員室に走っていった。
「…さてと、これでやっと2人で話せる」
「…?どういうこと?」
「昨日、お母さんに琳音さんのこと聞いたんだ。そしたら、琳音さんは一昨年に亡くなったって言ってた。そうだとすると、一昨日、美波が引っ越して来るまでの約2年間、あの家は空き家だった。それなのに、あの家は蜘蛛の巣も張ってないし、家具も綺麗だった。生活感があり過ぎるんだよ。…ねえ、美波。あなたは…一体何者?」
「…ふっ、ふふっ。あははははははっ!」
「み、美波?」
「そっか、そこまで頭が回らなかったな~!家の生活感か~」
「美波が家に招待してくれなかったら気づかなかったよ。で、美波の正体だけど、もしかして美波って…」
「それは今は秘密。…日曜日、東雲先生も連れてきてよ。できれば愛奈のお母さんも。そしたら話すから」
「分かった。…じゃあ、私達も教室に戻ろっか」
その後の授業は、美波のことが気になって全然集中できなかった。
「はあ…」
「どうした、東雲?具合が悪いのか?」
「はい…。すいません、保健室に行ってもいいですか?」
「いいぞ。じゃあ…神崎!連れて行ってやれ」
「はーい」
先生から許可をもらった私は遥に連れられて保健室て休むことにした。
「で、どうしたんだ愛奈?」
「え?何が?」
「お前が体調崩すなんて、俺が職員室に行ったあと何かあったのか?」
「ううん。ちょっと疲れただけだから心配しないで?」
「ああ。じゃあ俺は教室に戻るぞ?」
「うん。…あ、そうだ。日曜日、私のお父さんとお母さんも連れて行ってもいいかな?2人とも知り合いだし」
「ん?ああ、別にいいぞ」
「ありがと。じゃあ後でね。6時間目には戻るから」
無理はするなよ、と言って遥が教室に戻っていったあと、私は眠りについた。
目が覚めると、ちょうど5時間目が終わった時間で、私は教室に戻って授業を受け、放課となった。
「ごめんね、心配かけて」
「いや、元気になったんならいいんだよ」
「愛奈、大丈夫?」
「うん。もう全然平気だから!じゃあ、私帰るね!また明日!」
「おう、気をつけろよー!」
私はこれ以上2人に心配をかけないためにもその場から逃げるように立ち去った。
「2人とも心配してたな…。今度から身体にも気をつけなきゃ」
「た、たすけt…ーっ!」
「騒いでんじゃねぇよ!」
「え、何!?」
私は声が聞こえてきた路地裏の方を見る。
「あれは…、ウチの生徒?他の学校の生徒に襲われてるみたいだけど…。うーん、どうしよう…」
「あ!あの!た、助けてください!」
私がどうしようか悩んでいると、突然声をかけられた。
「え?わ、私!?」
「あぁ!?なんだテメェは?」
「えーと、そこの人と同じ学校なんだけど…」
「そんなの見りゃ分かるんだよ!同じ学校の生徒だから助けに来ましたってか?それとも…テメェが俺らに小遣いくれんの?テメェの身体で!」
「マジ?それなら俺、大歓迎だわ!」
「えーと。私、生憎だけど、あなた達にあげるお金は持ってないんだ」
「ああ?今、何つった?」
「だからお金は無いって…」
「ざっけんじゃねえ!いいから有り金全部出せや!」
「いや、だから持ってないんだって…」
「嘘付いてんじゃねえ!持ってねえ訳ねえだろ!」
不良の男子がさらに追及しようとしたとき、私の頭の中で何かが弾け、私の…東雲愛奈としての意識は途切れた。
「…だから持ってないって言ってるよね?あんまり聞き分けが悪いと…、ひどいことするけど。…いいの?」
「くっ、調子に乗ってんじゃ…ねえ!」
「私、あんまり喧嘩は得意じゃないんだよね。だから…」
目の前の男を倒す。私は殴りかかってきた男の身体に触れる。
「…その『才能』、私がもらうね。…〈サタン〉」
私の中に何かが流れ込むのを感じる。男がもう一度私に殴りかかろうとしたとき、身体は勝手に動いた。
「がはっ!?」
私の拳が相手の顔面に叩き込まれる。
「へえ。君って、相当喧嘩強いんだね」
「何…言って…?」
「私ね、あなたからこの喧嘩の『才能』を奪ったの。さて、もう一人のあなた、私と…やる?」
「…い、いや…わああああっ!」
「お、おい!くそっ、覚えてろよ!」
不良達が逃げていくと、私は襲われていた男子生徒に声をかける。
「君、大丈夫?」
「は、はい。ありがとうございます…」
「早く帰った方がいいよ。気をつけてね。じゃあ私はこれで」
路地裏から通りに出ると私は気配に気づいた。
「盗み見なんてするもんじゃないよ、遥」
「…バレてたか」
「まあね。何か用?無いなら帰るけど」
「単刀直入に聞こう。さっきのは何だ?『才能』を奪ったって、どういうことだよ?」
「そこから見てたんだ。遥が知る必要はないよ」
「そうかよ。じゃあ、お前は何だ?」
「私?私は私だよ。東雲愛奈。そんなことを聞くなんて、頭おかしくなったりした?」
「それだよ。愛奈は…、いつもの、普通の愛奈は、そんな人を挑発するような言い方はしない」
「…へえ。まだ短い付き合いなのに、よく分かったね」
「答えろ。お前は何者だ?」
「私は東雲愛奈だよ。正確に言うと、愛奈(この子)の闇。もう一つの人格、かな」
「愛奈の…闇?」
「悩みがあるなんて想像できない?でも、この子はいろいろ抱えてるよ?才能ゆえのプレッシャー、周囲の人間関係への戸惑い、他にも醜い怒りや欲望や悲しみ…。それを受け入れるための存在が私なの。私はね、この子が精神的に追い詰められたときに表に出てくるの」
「そうかよ。まあ人間、そういうものの一つや二つはあるものだからな」
「やけに聞き分けがいいね。私の『能力』のことはもういいの?」
「それは…お前が話したいときに話せばいい」
「ま、私は今すぐ教えてあげてもいいんだけど?」
艶めかしく舌を出して、自らの唇から胸、へその辺りまで指でなぞる。
「い、いやっ、いい!無理しなくていいから!」
「え~?つまんないの。じゃあそろそろいつもの東雲愛奈に戻るよ」
「あ、ああ」
目を閉じる。本来の私の意識が戻ってくるのを感じた。
「はっ!…あれ?何で遥がいるの?」
「いや、不良に襲われてたから…」
「助けてくれたの!?ありがと!私、気絶してたみたいでさ…」
「…ホントに覚えてないのか?あの、能力とか…」
「能力?なんのこと?」
「いや、いい」
なんか遥の様子が変だけど、気にしても仕方ないか。なんか疲れてるみたいだし。
「ま、いっか。じゃあ帰ろっか」
「そうだな。…あー、暗くなってきたし送っていくよ」
「ふふっ、じゃあお言葉に甘えて。よろしくね」
「…おう」
私が微笑むと遥はそっぽを向いてしまった。
「ほら行くぞ」
私は遥に送ってもらって家に帰った。家の中に入ると心配された。遥に送ってもらったと言うとお父さんはさらに心配していたけど…、まあそれは置いといて。今日は疲れていたこともあり、お父さんとお母さんに日曜のことを話し、寝てしまった。
日曜日、美波は何を話してくれるんだろう。それがワクワク…というのは変だけど、それに似た気持ちになっていた。
続く