第13話 忘却の真実
「こんにちはー。お言葉に甘えて、今日も来ちゃいましたー!」
扉を開けると、昨日はいなかった顔ぶれが揃っていた。私はその中から見知った顔を発見する。山野沙綾。九重坂学園の生徒会のメンバーにして、予知の能力〈卑弥呼〉の能力者だ。
「愛奈、いらっしゃい。お茶飲む?」
「うん。ありがと沙綾」
火傷をしないようにゆっくりと湯のみに注がれたお茶を飲むとため息をこぼす。日本人でよかったと思える瞬間のひとつだろう。沙綾とは昨日初めて会ったはずなのにすっかり打ち解けてしまった。一杯目を飲み干すと二杯目を注ぎながら沙綾は話を始めた。
「さて、昨日の話の続きだけど、その前に生徒会のメンバーを紹介する」
「あ、そうだね。まだ沙綾にしか会ったことないし」
「じゃあ早速」
沙綾は順番に指を指して他のメンバーを紹介していった。
曰く、ちょっと取っつきづらい一年生、乙木蘭丸。
「悪かったですね。取っつきづらくて」
真面目系なイケメン二年生、岸部蒼士。
「岸部だ。よろしく」
そして、優しくて頼れるリーダー的存在の三年生、四条暁。
「よろしくね、愛奈さん」
「は、はい。よろしくお願いします」
沙綾によると、沙綾が書記、乙木君が庶務、岸部君が会計で、四条さんは副会長なのだという。
「あれ?生徒会長は?いないの?会長ってことは三年生なんですよね?その…四条さんは知らないんですか?」
「あーいや、ウチの生徒会長は二年生なんだ。でも、仮に同学年であっても彼女のことは分からないと思うよ」
「え?それってどういうことなんですか?生徒会長さんって、ここの生徒なんですよね?ここにもたまに来るって…」
生徒会の面々は揃って難しい顔をする。あ、あれ…?生徒会長には近いうちに会えるっていう話じゃ?
「さ、沙綾!?」
「うん。えーと、ね。みんなどうしよう?」
顔を見合わせて困った様子の生徒会メンバー。なぜかこの部屋を沈黙が支配する。なぜそんなに考え込んであるのか分からず、居心地の悪ささえ感じ始めたとき。
「いいんじゃない?全部明かしちゃっても。どうせ話すつもりだったんでしょ?」
突然、その沈黙は破られた。
(えっ?な、何…?)
「…?あっ。ホントにいいの?」
沙綾は急に納得した顔になり、声の主に聞く。
「で、でも…、『会長』?」
(会、長…?)
一体何を言っているのだろう。彼等の会話に混乱し始める。なぜなら───
「私がいいって言ってるのよ?それに、早く説明してあげないと『私』が混乱してるでしょ?」
なぜなら、会長と呼ばれた人物のその声は私の、東雲愛奈の口から発せられていたのだから。
(でも、この感じ前にも…。そうだ。不良に絡まれた時も、遥の家で二人きりになったときも…。でもあの時は意識が不安定だったのに…)
「あー、そうね。混乱するのも無理ないか。今、『愛奈』の意識がハッキリしてるのは『私』に慣れたからじゃないかな?つまり、『私』は『私』をちゃんと受け入れてくれたってことだよ」
(そう、なのかな?…でも、うん。そうなのかもしれない──)
私は彼女を認識してからその存在と真っ向から向き合うことができた。私を支えていたそれを。私を苦しめていたそれを。いつの間にか受け入れることができていたんだ。嫉妬も怒りも悲しみも、何もかも全部。私は受け入れたんだ。私自身の、『闇』を───。
「改めて自己紹介するね。私は九重坂学園二年。生徒会長、東雲愛莉」
もう一人の自分、愛莉。彼女を認められないと考えた時もあった。こんなのは自分じゃない。こんなのがいるから自分は弱いんだ、と。でも、彼女が苦しみを背負う助けをしてくれていた。そう思ったとき、何よりも先に思い浮かんだのは、ありがとうという純粋な感謝だった。
「さてと、ぶっちゃけトークはこれだけじゃないよ。ね、暁くん?」
「う…。僕も話さなきゃいけないのかい?」
「当たり前でしょ?」
四条さんは、はあ…とため息をついた。沙綾達か首を傾げているのを見ると、どうやら彼女達も知らないことらしい。
「さっき自己紹介したばっかりなのに、もうバラ ちゃうのか…。ネタバレか早すぎる気がするけど、まあいっか。えーと、実は僕も本名じゃない。というか僕、そもそもこの世界線の人間じゃないんだ」
この世界線…?一体どういうことだろう。
「世界線…ということは、四条先輩は平行世界から来たってことですか?」
「さすが岸部君。その通りだよ。僕は、『希望が潰えた』世界から人間だ」
希望が潰えた世界?
「僕の世界では、九重坂学園と春夏秋冬学園が戦っていた。そして、春夏秋冬学園が敗北し、支配され、愛奈、君が死んだ」
「そんな、ことって……」
「でも、この世界線はまだ希望がある。僕というイレギュラーが九重坂に潜入すれば、まだ勝機はある。どうやらこの世界線の僕は既に死んでしまっているみたいだし。本当に良かったよ。この世界線に来れて、君に会えた」
そして彼は、笑みを浮かべて私をじっと見つめた。
「僕の名前は、東雲暁。僕はね、愛奈。君が幼かった頃に死んだ君の兄なんだ」
次の瞬間、私が感じたのは、感動でも歓喜でもなく───、あまりにも突然な、激しいフラッシュバックだった。
「う、うう…。お、兄…ちゃん…」
意識が薄れていく。目の前が暗くなり、その場に倒れ込む。そしてそのまま気を失ってしまった。
夢を見た。昨日見たのよりも鮮明で、ハッキリした夢。
「おとーさん、おかーさん!こっちこっちー!」
「こーら、あんまり騒がないの」
「愛奈、気をつけて走らないと転ぶぞ?」
「えへへ、だいじょーぶだいじょーぶ!」
懐かしい子供の頃の記憶。ノイズも影も何一つない。これは本当の記憶なのだと、そう理解する。
「愛奈、お父さんとお母さんの言うことは聞かないとダメだよ?」
「はーい」
そして、道を渡ろうとしたその時だった。
「愛奈!危ない!!」
「え…?」
見上げると少年の姿があった。手を伸ばそうとしたが間に合わない。トラックはすぐそこに迫っていた。
「お兄ちゃんーーー!」
もう遅い。手を伸ばしても届かない。車輪はそのまま少年を巻き込み、ブレーキを掛けた頃にはもう、その後ろの道には赤い物言わぬモノと化したそれが転がっていた。
悲しみに潰れそうになった。泣いた。叫んだ。呪った。自分を。少年を、自分が慕っていた兄を、自分が殺してしまったという罪悪感。その中で消えてしまいたくなった時、私が選択したのは、「忘却」だった。全部忘れてしまいたかった。兄の死…いや、兄という存在がこの世にいたことすらも。そしてそんな願いは、叶えられてしまった。
「そう。それが『私』の望みなら、この世界に『忘却』をもたらすわ。『私』の代わりにその悲しみも怒りも絶望も、全て私が背負う」
そして、少女は自分自身の手で、この世界線から「東雲暁」という存在を消去したのだった。
続く




