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第12話 訪問

 それは記憶。私がまだ幼かった頃の記憶。


「おとーさん、おかーさん!こっちこっちー!」


「こーら、あんまり騒がないの」


「愛奈、気をつけて走らないと転ぶぞ?」


「えへへ、だいじょーぶだいじょーぶ!」


 お父さんもお母さんも変わらない優しい笑顔で笑っている。懐かしい子供の頃の記憶。


ザザッ…!


「…!」


 そんな楽しい記憶に突如ノイズがかかる。


「愛奈、お父さんとお母さんの言うことは聞かないとダメだよ?」


 ノイズ混じりの記憶の中に、優しい声が響く。もやがかかって顔はよく見えない。でも、少し年上の男の子であることだけは分かった。


(だ、れ…?)


 すると突然後ろから音が聞こえ始めた。それはエンジン音。振り向くと大型のトラックが目の前まで迫ってきている。


(ダメだ、間に合わない…!)


 目を閉じたその時、私の身体はトラック以外の何かに突き飛ばされた。


「え…?」


 見上げるとそこには先程の少年の姿。手を伸ばそうとしたが間に合わない。トラックはすぐそこに迫っていた。


「お××××ーーー!」


 私は大声で何かを叫ぶ。しかし猛スピードのトラックはそのまま少年を────。


「…っ!ここは……」


 意識が覚醒していく。目を開けると見慣れた景色が目に入る。


「私の部屋?夢か……」


 私は先刻の夢を思い出す。無邪気に笑う小さい頃の私と優しい父と母。そして───


「あの子、誰だったんだろう?」


 どうがんばっても彼の顔は思い出せない。夢の中で事故に遭いそうだった私の身代わりになったあの少年。


「夢の中の話だし、気にしてもしょうがないか。さてと…朝ご飯、朝ご飯♪」


 着替えて階段を降りていくと、朝食のいい匂いがする。


「お母さんおはよう」


 私が挨拶すると、キッチンに立っているお母さんも笑顔で返した。


「おはよう愛奈。今日は早起きだね」


「あー、ちょっと嫌な夢見ちゃって」


「変な夢?」


「うん。小さかった頃の私が……」


 私はお母さんにさっき見た夢の話をした。お母さんは朝食の準備を終えて疲れているだろうに、ちゃんと私の話を聞いてくれた。


「…っていう夢だったんだけど。ホントにあの子誰だったんだろう?」


「さあね。お母さんもそんな子覚えないし、実際はいなかったのかもね」


「そう、だね……」


 お母さんの言葉に頷きはしたものの、私の心からモヤモヤは消えなかった。


「おはよう。早いな、2人とも」


「おはよう、お父さん。そう言うお父さんはいつもより遅いけど疲れてるの?」


「まあな。最近は転校生も多くてその辺の仕事も雷道が全部僕に──ふあぁぁぁ~…」


 父さんは大きな欠伸をした。聞くところによると、九重坂学園からの合同特訓の提案があってから能力者の生徒達に話を聞いたり、九重坂学園についての情報を集めたりと大変だったらしい。


「あの学校が普通じゃないってのはまず間違いない。とりあえず分かったこととしては、生徒の全員が能力を持っているということ。そしてそいつらはあの理事長が選んだ強力な能力者だってことだ」


 つまり、緋野姉妹以上の能力者もいる可能性があるということ。朱梨の〈ジャック・ザ・リッパー〉にかなり苦戦したことを思うと、かなり厳しい状況だ。


「と、これは悪い情報だけど、収穫もあった」


「収穫?」


「ああ。噂によれば、九重坂学園では理事長派と自由派で、能力戦とはいかないものの対立が起きているようだ。しかも自由派を率いているのはなんと生徒会のメンバーらしいんだよ」


「じゃあ、味方になってくれるかもしれないってこと?」


 お父さんは頷く。能力者を育てる学校の生徒会なら、強い人達である可能性が高い。お父さんの言うことが事実ならこれほど心強いことはないだろう。


「そこで、愛奈には行って欲しい所があるんだけど…」


「え?」


 ****


 駅前から路地に入りしばらく直進して角を右に曲がると、大きな門が見えてくる。


「なんでまたここに……、しかも一人で来なきゃいけないんだろう?」


 警備員に入校許可書を見せて門の中に入り歩いていくと、大きな白い校舎が近くに見えてきた。


「すごい…。これ高校だよね?」


 テレビで見た大学のキャンパス並みの広さに圧倒される。私は今、お父さんに頼まれて私立九重坂学園に来ているのだ。用事は、九重坂学園生徒会への挨拶。一人挨拶に向かわせたいという旨を九重坂の理事長に頼んだ結果、すんなりと許可が下りたようだ。


「こんにちはー!」


「こ、こんにちは……」


 校舎の中に入り廊下を歩いていると、やたらと元気のいい挨拶が飛んでくる。気分は悪くないのだが、自分だけ違う学校の制服を着ているためなんとなく気恥ずかしい。階段を上って最上階の7階へ。廊下を進んで突き当たりの扉の前で立ち止まる。


「生徒会室。ここか…」


 コンコン、と大きな扉をノックすると「はーい」という声が返ってきた。


「し、失礼しまーす……」


「どうぞ。お客さん…ってあれ?」


「へ…?」


 扉を開けると、中にいた少女が近付いてきてジロジロと観察するように見てくる。無表情でどことなくボーッとした雰囲気の少女だ。


「あの、何か…?」


「ごめん。えっと…あなたは、東雲愛奈ちゃんで間違いない?」


「は、はい。そうですけど…、なんで私の名前を?」


 目の前の少女とは初対面だし、自己紹介をした覚えもない。だったらなぜ彼女は私の名前を知っているのだろうか。疑いの目を向けていると、少女は困ったような顔になる。と言ってもほとんど無表情だが。


「えっと、その…、愛奈ちゃんは有名人だから。よく話題になる」


「ゆ、有名人?」


 ますますおかしい。他校のなんでもない生徒のことをなぜ彼女達が話題にしているのか。いや、答えは分かっていた。きっとモチーフに関係あるのだろう。


「もしかして、能力のことで…ですか?」


「それもあるけど。近くの学校にすっごく可愛い女の子がいるらしい、っていうのが一番多いかも」


「なっ…、か、かわっ!?」


「愛奈ちゃん、顔真っ赤」


 驚きのあまり口をポカンと開ける。まさか自分の知らないところでそんな風に噂が立っているなんて思いもしなかった。もしかして、さっきのやたら元気のいい挨拶もそのせいだったりして?いや、さすがに自意識過剰かな。


「でも、生徒会では確かに能力の方が話に出る。〈ミカエル〉…。あらゆる現象を摂理をねじ曲げて自由に操作できる、強力過ぎる能力。でも、愛奈ちゃんは今まで一度としてそのチカラを振るったことはない…よね?」


「は、はい。下手すると街一つどころか、地球を滅亡させちゃうかもしれないので」


 能力〈ミカエル〉は、強力なチカラを持っている分、リスクもある。感情的になって暴発したりしたら、大惨事は免れない。


「そう。その能力を使わないように制御している愛奈ちゃんは相当な精神力の持ち主。……でも、ホントにそれだけ?」


「え?」


「愛奈ちゃんが能力を使わない理由。ホントにそれだけ?」


 少女の口調が変わる。さっきまでのふわっとしたイメージからは想像のつかないほど、冷たさを秘めた声。私は目の前の少女が途端に怖くなった。そうだ。ここは敵陣の中枢。生徒会が本当に理事長と敵対関係にあるかなどまだ分からないのだ。


「そ、それはどういう…?」


「……?あ。その、ごめん。怖がらせちゃった?私、自分の好奇心が止まらなくなってしまうことがよくあるから。たまに他人を怖がらせちゃうことある」


「そ、そうなんですか」


 会って話した感覚としては悪い人ではない。理事長に従っているような雰囲気は感じられないが…、まだ完全に信じる訳にもいかない。


「あなたの言うとおり、私の能力には大きな欠陥があるんです。実はこの能力、どんなこともできてしまう代わりに、『一度だけしか使えない』んです」


「一度だけ?じゃあ、使ったらもう能力者じゃ無くなっちゃう?」


「はい」


 そう答えると、彼女はまた困ったように頭を掻く。


「参った。じゃあ使いどころを考えないと」


「使いどころ?」


「うん。春夏秋冬(ひととせ)学園とのイベントだけど、そのときにウチの理事長を倒すためには愛奈ちゃんの能力があると便利だから」


「理事長を…倒す?じゃあやっぱり、生徒会の皆さんは理事長に対抗して?」


 少女は大きく頷く。学校内では理事長を支持する派と、理事長に対抗する自由派で真っ二つに割れていて、その自由派の先頭に立っているのが生徒会なのだという。


「ただ、そちらの生徒にはこのことは伝えないでほしい。これは九重坂の問題だから、そちらの生徒を巻き込みたくない」


「えっ、でも…!」


 反論しようとしても目の前の少女は頑なに首を横に振る。


「そう、ですか。分かりました。じゃあ、その…、一応九重坂の生徒会長にもお会いしたいんですけど…?」


「会長は…まあ、いつもいないから。あとのみんなは仕事がある」


「はあ、そうですか。では、私はこれで失礼しますね」


 生徒会長なのにいつも生徒会室にいないなんて、そんなに自分勝手というか、自由な人が会長で大丈夫なのだろうか。


「あ、ちょっと」


 部屋を出ようとすると、声がかかる。


「自己紹介まだだった。私は二年生の山野沙綾(やまのさあや)。能力は〈卑弥呼(ひみこ)〉。できるのは予言とか占い。困ったらいつでもおいで。あなたならいつでも歓迎する。私たち友達。ね、愛奈?」


「…っ、はい!今日はありがとうございました。またお邪魔します」


「あと、敬語はいい。同級生だから。それと、生徒会長になら近いうちに会える…?と思う。何なら明日また来てもいい」


 生徒会室を後にし、帰る途中も多くの生徒から声をかけられたのは言うまでもない。本当に噂になっているらしい。山野さん…いや、同級生だし沙綾…か。彼女は悪い人には見えなかった。無表情で何を考えているかはよくわからないけど、きっと優しい人だと思う。


「生徒会長になら近いうちに会える、か…。明日も行ってみようかな?」


 『会える』がなぜ疑問形だったのかは分からないが、その言葉が本当なら九重坂の生徒会長にもうすぐ会えるということだ。生徒会長も沙綾と同じように話しやすい人だといいな…。


 ****


「お疲れ様です沙綾先輩」


「ん。お疲れ」


「どうでしたか?愛奈さんの方は」


「いい子だった。私と愛奈、友達」


「それは良かったです。会長と比べて、どうです?」


「会長は、すごいけど、いたずらが好き。愛奈はそんなことない。とってもいい子。しばらくは愛奈に会長を代わってほしいくらい」


「それ、会長が聞いたら泣きますよ?」


「問題ない。さっき帰ったから。見送ったから、大丈夫」


「それはそうですけど…」


「それに蘭丸は友達少ないから、愛奈はちょうどいい。いい子だから、きっと仲良くなれる」


「よ、余計なお世話です!」


「じゃあ私は帰る。明日もきっと会長来るから」


「沙綾先輩も来るんですか?」


「うん」


「休日なのに、ですか?」


「会長来るから」


「仕事もないのに?」


「会長来るから」


「はあ…。分かりましたよ。僕も愛奈さんに会ってみたいですし」


「ん。じゃあ、また明日」


「はい」


続く

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