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番外編1 ある日の大人達

「よし。飲みに行こう」


「え?どうしたのいきなり」


「どうもこうもないよ。最近は学園都市の周辺で多発している通り魔事件のせいで、現場から離れてるにも関わらず僕達春夏秋冬学園の教師にも色々仕事が回ってくるんだから。それに、今日は愛奈は琳音のとこに泊まりに行ってるだろ?」


 疲れた顔でそう言う僕を美愛は労ってくれる……と思いきや、呆れ顔になって言葉を返す。


「しょうがないでしょ?現に学園都市の近くの住宅街からこっちに通ってる人もたくさんいるんだから」


「そりゃあまあそうだけどさぁ。警察もウチに来て、雷道が僕にその対応を任せるせいで変に疲れるんだよ」


「警察はそうだけどそろそろ自治体の方も本格的に動くころだし、また仕事が増えるかもね」


「勘弁してくれよ……。ん?ていうか、あの辺はどの地域になるんだ?去年の合併とかで色々変わっただろ?」


 5年前くらいから通称として『学園都市』や『教育特区』などと呼ばれるようになった駅の周辺一帯は東西南北と中央で、それぞれイースト、ウエスト、サウス、ノース、センターの五つの地域に分かれている。この区分けは三年に一回ほどのペースでコロコロと変わり、変わった年と次の年は役所も忙しそうだ。


「駅前は……、確かセンター地区と思うよ?変に区分けを変えるから、特区の人達は住所も間違えたりすると面倒だよね」


「まあその辺は各校の成績にも関係してるし何ともし難いけどさ」


 区分けの変更は各校の学業の成績順位によるところが大きい。どの地区も同じくらいになるように成績が著しく高い学校や低い学校の生徒がいる地区は平均成績を揃えるためにその一部が別の地区に入ることになっている。ちなみに春夏秋冬学園は特区の学校ではないのでその制度には無関係だ。


「教育特区なのはいいんだけど、もうちょい楽なシステムは無かったのかね…ん?」


 突然テーブルの上に置いていたスマートフォンが震え出した。画面に表示された名前を見てため息をついてから電話に出る。


「もしもし。何の用だ、雷道?」


『年上には敬語を使うものだぞ、東雲』


「へいへい。で、用件はなんでございますかね、神崎校長先生?」


 芝居がかった口調でそう言うと、雷道はため息をついて話を続いた。


『いや、大したことじゃないんだが。東雲、夜は空いてるか?』


「あ?なんで?」


『お前に限ったことではないが、久しぶりに飲みにでも行こうかと思ってな』


「奇遇だな。僕も今同じことを考えていた」


『ほう。ちなみに、そっちの他の2人はどうだ?』


「美愛と楓か?ちょっと待てよ……」


 スマホを耳から離して後ろでソファーに座っている2人に声をかける。


「美愛、楓。今日の夜、空いてるか?」


「ボクは大丈夫。楓ちゃんはどう?」


「えーと、大丈夫。久しぶりにみんなで集まるのもいいしね」


「という訳で、こっちの2人は大丈夫だ。そっちの方は他に誰か誘ってるのか?」


『いや特に誘ってはないが。佳奈も行けるようだし、お互い誰か適当に誘っておけばいいさ』


「了解。場所と時間は?」


『そうだな。駅前の居酒屋に午後6時でどうだ?』


「分かった。じゃあまた後で」


 そう答えて電話を切る。


「シンと雷道さんって割と仲良くない?」


「ん?まあ、殺し合ってた時に比べればね」


「仲良しっていうより、2人は似た者同士だよね」


 楓がからかうように言う。


「よせよ。僕とアイツが似た者同士なんて」


「そういえば、他に誰か誘うんじゃないの?」


「そのことならもう候補はいるさ」


「誰?」


「夏希。アイツはどうせ暇だろうし」


「愛奈や琳音ちゃん達だけになるけど大丈夫かな?」


 愛奈が泊まる琳音の家には、高校生に戻った琳音の保護者として夏希も住んでいる。その夏希がいなくなるとすると、最近物騒なので心配だが──。


「大丈夫だって。どうせ神崎もいるんだから。アイツだったら何かあっても恋人のことは守るだろ。琳音は1人でなんとかなるしな」


「そっか。じゃあ大丈夫だね……って、今なんて言ったの!?」


「え?琳音なら1人でなんとか……」


「違う!その前!」


「神崎なら何があっても恋人のことは守るだろ」


「それ!恋人ってどういうこと!?」


「愛奈と神崎、付き合ってるんだよ。って美愛、知らなかったの?」


 美愛はコクコクとものすごい速度で頷く。確かにこのことは校内では有名だが、愛奈が話していないとしたら美愛が知らなくても当然だった。


「愛奈も自分で話しておけっての。おーい美愛、大丈夫かー?」


「う、うん」


「心配いらないよ。自慢の娘が選んだ相手なんだからさ」


「そうだね。相手が雷道さんの子なら付き合いやすいだろうし」


「そういうこったな。じゃあ僕は少し二階で仕事をしてるから時間になったら声かけてくれよ」


「分かった」


 仕事部屋に入ると、先に夏希に電話した。話をすると夏希はもちろん行く!と即答。これでメンバーはある程度揃ったが、雷道が誰を誘うのか楽しみだ。


 時が経って、午後5時半。僕らは会場である居酒屋に向かった。そしてその前で待っていたのは──。


「久しぶりだね。元気だった?」


「えっと……あっ!もしかして優さん!?」


「正解。俺ももうすぐ40だし、すぐには分からないのも当然か」


「いえ、僕だってそんなもんですよ。みんなあの頃に比べて大分老けましたからね」


 こんな話をしていると、僕達も年を取ったことを改めて自覚する。


「それだけあの戦いから時が経ったってことだよ。さてと、昔話に花を咲かせるのも悪くないけどさっさと中に入らないかい?まだ少し風が冷たいしさ」


「そうですね。……というか、お前が優さんを呼んでくるとは思わなかったぞ」


「まあ、な。俺だって好きでコイツを呼んだ訳じゃない。ただ、電話帳の一番上にいたからな」


 雷道はわざと不機嫌そうにそう言うが、時々笑みをこぼしていることからコイツも楽しみにしていたのだろう。


「俺、そんな理由で呼ばれたの!?つれないなあ、雷道は」


「お前は何度言えば分かるんだ葦原。俺は年上だぞ。『さん』くらいつけろ」


「はいはい雷道さん」


「分かればいい。じゃあ中に入るか」


 雷道に続いて20年前のメンバー達は中に入っていく。最後に残った僕は少し空を見上げた。


「どうしたの?入らないの?」


「ああ、美愛か。いや…こんな日が来るなんてあの頃からしてみれば考えられないなって思ってさ」


「そうだね。あの頃はみんな命がかかってたし、ギスギスしたムードもなかった訳じゃないし。まさか敵のリーダーだった雷道さんまで集まってお酒を飲むなんて考えられないよね」


「タイムスリップできたらあの頃の僕と雷道に言ってやりたいな。お前ら、20年後は信じられないくらい割と仲良くやってるぞって」


「あ、それ面白いかも」


「だろ?」


 そう言って2人で笑いあう。最近は忙しくてこんなに笑うことも少なくなっていたのかもしれない。


「さてと、雷道が呼んでるし僕達も中に入ろうか」


「うん」


 中に入って座敷に座り注文を済ませると、僕達は20年前の話をした。話も僕達の世代が卒業する頃の話に入ったとき、僕は輪を外れていた雷道に話しかけた。


「久しぶりにこんな人数で集まったけど、みんな変わってないな」


「変わったさ。みんな大分丸くなった。俺だって学校の教師なんてやれてるんだからな」


「お前、20年前に二人ほど殺さなかったけか?」


「また貴様は……。二人とも始末はしたが殺してはいない。脳にショックを与えて記憶を消しただけだ」


「いや、それも十分犯罪だろ」


 呆れ顔で言う雷道にそれを越える呆れ顔で突っ込む。


「消したのは能力者(モチーフホルダー)関連のことだけだ。日常に関わることは消していない」


「すげーな。そんな器用にできんの?」


「熟練すればできるさ。東雲だってそういう方向性で使おうとしてれば出来たさ」


「生憎だけど僕は能力(モチーフ)をそういう風に使いたくないんでね」


「分かってるさ。俺だって今はそう思ってるしな」


 遠い目をして言う雷道はどこか安らかな目をしていた。


「雷道、年寄りみたいな目してるよ~?あはは。まだ40行ってないのにぃ~!」


 そう言って話に入ってきたのは佳奈だ。お酒も入って随分出来上がってしまっているようだ。


「お前は酔いすぎだ、佳奈。遥が家にいるときはこうなることを防ぐために酒は控え目にさせてるが、一旦こうなるとな……」


「えへへ、いいじゃんいいじゃ~ん♪普段はこんなに飲めないんだからさ~!」


「他に客もいるんだから、人前でこんな姿を見せるなと言っているんだが……」


「カタいこと言わないの~。慎兄だって愛奈ちゃんがいるときは自由に飲めないでしょぉ~?」


 雷道に軽く怒られた佳奈は、今度は僕に絡んできた。


「それは分かるけど、度が過ぎないかな?僕だって程々にするけど」


「え~?慎兄のけち~!」


「前々から思ってたが、お前たちは20年前から口調もお互いの呼び方も変わってないんだな」


 唐突に雷道が言う。確かに僕達はお互いをあの頃と同じように呼ぶし、美愛に至っては一人称も『ボク』のままだ。


「言われてみれば。あの頃が忘れられないんだろうよ。そう言うお前だって美愛のことを前までは旧姓で呼んでただろ?」


「そうだな。確かに俺もあの頃を忘れられないのかもしれない」


「むしろ忘れる方が難しいさ」


「そうそう。このメンバー…いない人もいるけど、みんなと過ごした時を忘れるのは無理よね」


 次に話に入ってきたのは女の姿になった優さんだ。優さんは性別を切り替えることで二種類の能力


「優さん…。いつの間に女の方になったんですか?なんか服装は男物だから男装みたいになってますけど」


「どう?似合うかな?」


 笑顔で聞いてくる優さんに僕は素直な感想を伝えた。


「似合ってますよ。優さんキレイになりましたし、男装の麗人って感じで」


「ありがと。私も…というか、男の方なんだけど、妻にも東雲君みたいにそう言えたら楽なんだけど」


「悠架さんはあまりそういうの気にしないと思いますけどね」


「俺もそうは思うが、アイツはいつも何を考えてるか分かりにくいからな。優の心配も分からんでもない」


 ため息をついて言う雷道に優さんが返す。


「あら?雷道さんのとこの佳奈ちゃんはどうなの?」


「佳奈は悠架よりも分かりやすいさ。すぐに顔にでるからな」


「確かに。高2のときにアイツが寝返ってお前らオリンポス側についたときあったろ?あの時もすぐに裏切った振りだって分かったし。敵を騙すならまず味方からっていうけど、味方も騙せないようじゃな」


 あの時佳奈は、裏切った翌日でも僕達と一緒に登校しようとしたり普通に話したりしていた。あれで雷道まで騙そうと思ったのかと思うと佳奈は意外と天然なところがあるようだ。


「ああ、あの時か。確かに分かりやすかったな。あの時、佳奈に〈アルテミス〉の能力を与えてなければまだ勝機もあったんだが……」


「いーや、それはないね。僕の〈ルシファー〉には勝てないし」


「そもそも東雲はそれをまだ使いこなせていなかっただろ?」


「その未完成な能力にズタズタにされたのはどこの誰でしたっけ?」


「ほう。東雲、やるか?」


「受けて立つ。喧嘩を売ったこと、後悔させてやるさ」


 僕と雷道は口元に笑みを浮かべて立ち上がった。居酒屋の中で能力戦が始まろうとしたその時───。


「慎も神崎先輩も、二人とも落ち着いて。ここはお店の中だよ?」


 僕と雷道の間に夏希が割って入ってきた。


「ホント、そこだけはあの頃からちっとも変わんないね」


「いや、その、ごめん。でも……」


「元はといえば東雲が挑発してきたから……」


「つべこべ言ってないで二人とも謝る!」


「はい!……その、悪かったな」


「いや、俺も熱くなり過ぎた。すまん」


 その後も話は続き、気づいたらもう日付が変わりそうな時間になっていた。


「さてと、それじゃあそろそろ解散とするか」


「ああ。ま、明日も日曜日で休みだから暇だったら連絡してくれ」


「ああ。では休日出勤してもらおうか?」


「あー!明日は用事があるんだったー!そういう訳でさっさと帰るわー!」


 嫌な予感がした僕は家の方角へ走り出した。


「逃げたな」


「逃げたね」


「うん」


「もう、シンったら。じゃあまた機会があったら誘ってください。ボクもシンも時間が空いていれば行きますから」


 そう言って美愛が丁寧に頭を下げる。


「ああ。みんなで揃う機会は珍しいからな。今度は優、お前の所の悠架も連れてくるんだぞ」


「あー、まあ、考えとくよ。悠架も悠架で忙しいから確実に来れるかは分からないよ」


「分かってるさ。じゃあまた今度」


「はい」


「ああ。そろそろ悠架も帰ってる頃だしちょうどいいと思うし」


「次集まるときはみんなの子どもも一緒に集まれるといいね」


 今日久しぶりに集まったメンバー達はそんな話をして解散した。僕達20年前のメンバーは当時は敵同士だった者もいる。しかしおかしいもので、今は敵だった雷道が僕達を仕切ってこういう会を開いてくれるようになったのだ。


「雷道には感謝しなきゃいけないんだろうな……」


「本人の前でもそうやって素直になれればもっと仲良くなれるんだけどね」


「ん?…ああ、美愛か」


「先に走っていっちゃうんだもん」


「ごめんごめん。昼頃には愛奈が帰ってくるし、僕達も早く帰ろうか」


「うん」


 頷いた美愛は僕の手を握ってくる。


「…うおっ」


「ん?どうしたの?」


「いや、手なんて久しぶりに繋いだなって思ってさ」


「そうだね。…嫌かな?こんな年にもなって」


「ううん。ちょっとドキッとしたんだ。さ、帰ろう」


 僕と美愛は手をつないで帰る。この瞬間だけは20年前のあの頃に戻った気がした。


END

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