第7話 教会
自分の着ているマントの裾を引っ張られていることに気付いたフェスは、振り向いてみた。すると裾を握ったままの一人の女の子がいた。
六才くらいの食事をまともに摂っていない、骨に直接皮がくっついているようにやせ細り薄汚れた身体に、パサパサの金髪ショートに澄んた薄い青色の瞳をした可愛い女の子だった。
。
よく見てみると昨夜と先ほど猪肉を渡した子供たちの中の一人だと気付いたフェスは、マントの裾を掴んている女の子に声をかけた。
先ほど猪肉を貰ってからずっとフェスたちを付けていて、お店の場所がわからずに困っている話を聞いて出てきたと女の子は答えた。
フェスが本屋を探しているのを聞いた女の子は、自分がお店まで案内すると言った。
案内してくれる理由を聞くとお肉のお礼だと言ってきた。
女の子の言葉を聞いて、見返りを求めて串肉を渡したわけじゃない、と思ったフェスだった。しかし、女の子の真剣な眼を見ると断ることができずにお店に案内して貰うことにした。
本屋に案内して貰うために歩き出したフェスだったが、アーシャとマインのことを忘れていたことに気づいて振り向いてみると二人は、立ち止まりフェスを見ていた。
まずいと思ったフェスは、隣にいる女の子に耳打ちをし二人を連れてきてもらうことにした。
女の子はフェスの頼みを素直に聞きアーシャとマインの傍まで走っていき二人と話をしていた。
その間に言い訳を考えようとしたフェスだったが、それほど離れていたわけではなかったために考える暇もなく、アーシャとマインは女の子に手を握られてきた。
フェスと視線の合ったアーシャとマインは満面の笑顔を見せていた。二人は笑顔だったが、フェスには笑っているようには見えなかった。何となく恐怖を覚えたフェスは視線を逸らしたところにアーシャから口を開いた。
「良かったわフェス、私達のこと忘れているのかと思ったわ。ねえ? マインさん」
「そうですね。忘れられていたらどうしようかと思いましたわ」
「そんなことある訳ないじゃないですか……」
フェスが笑顔で答えるとアーシャとマインは、視線を逸らしため息をついた。
「フェス……その笑顔で言うのは卑怯よ」
「そうですよ」
「許してくれますか?」
「最初から怒っていません」
アーシャが言うとマインも怒っていないと告げてきた。
二人が怒っていないことを知ったフェスは、内心で息を吐いた。
三人のやり取りを女の子は、首を傾げて不思議そうに眺めていた。
女の子の反応を見て今更ながらに恥ずかしくなったフェスは、誤魔化すかのように女の子の頭を撫でた。
フェスに頭を撫でられた女の子の頬は、夕日に照らされたかのように赤く染まってしまい、恥ずかしくなったのか両手で顔を覆いしゃがんてしまった。
そんな女の子の反応を見た三人は可愛いなぁ、と思いながら見ていた。だが、三人が女の子を見て可愛いと思っていたのと同じように、四人を見て可愛いと周囲が思っていたことには、全然気づいてはいなかった。
ざわざわがやがやと周囲の騒がしさに気づいたフェスは、アーシャとマインに声をかけしゃがんでいた女の子の手を握り立たせるとその場を離れるために歩き出した。
離れていく四人を見ていた人たちはほんわかとした温かい気持ちで見送っていた。
注目されていた場所を離れると、急に女の子が立ち止まったかと思うと頭を下げてフェスたちに謝りだした。
急に謝られたフェスたちだったが、意味がわからなく首を傾げあっていた。
いつまでも下げた頭を上げない女の子にフェスが優しく声をかけると、頭を上げた女の子は小さい声で誤った理由を話した。
「私の所為で注目を浴びました。注目を浴びたくないからフードを被っているんですよね?」
女の子の言った通りに注目を浴びたくなかったフェスだったが、別に女の子の所為ではないだろうと、三人の意見は一致していた。
「別に君のせいではないから気にしないでいいよ?」
「……ほんと?」
フェスは女の子の頭を撫でながら本当だよ。と優しく声をかけた。そして、女の子の名前を聞いていなかったことに気付いた。フェスは、自分たちの名前を女の子に教えてから聞いた。
「……君の名前を聞いてもいいかな?」
「……はい、エナといいます」
「エナちゃん、ね。よろしく」
【青:エヴァンジェリナ・ヒーティア:精森人族:女】
【神名暦五百五十五年白月二十日;六歳:栄養失調】
【神聖ヴェスナー帝国マースチェル領領都ファウダー浮浪児:エフティヒア王国ヒーティア族の娘】
……名前がエヴァンジェリナ・ヒーティアで、精森人族? 内緒にしているのか? 僕の知っているエルフ族は、人族に比べて耳が長かったような……。エナちゃんを見ても内緒にしているように見えない……本人も知らないのか?
エナのことを考えていることをさとられないようにフェスは、エナと手を繋いたまま歩いていた。
フェスたちは、宿屋と屋台があった西地区から中央地区を通り南地区の大通りにきていた。
西地区、フェスたちが泊まっている宿屋、商業協会、ティモリア教会がある。
南地区、領都ファウダーの商店や宿屋、食事処の七割が立ち並び魔術師協会にアマルティア教会があった。
南地区を歩いていると目的の本屋が大通りに面して建てられていた。
アーシャとマインは、あまりにも大きい店舗に面を食らっていた。店の大きさを知っていたエナと大きさの基準の知らないフェスは、別段驚くことはなかった。
「立派な建物だね?」
「大人の人の話だと、ヴェスナー神聖帝国にある本屋さんで、二番目に大きく本の品揃えもいいそうです」
エナの説明でこれで二番なら一番目はどんなに大きいのか? と思いながらいつまでもここにいるわけにもいかないと店内に入ることにした。
フェスが先頭となり店内に入ると二十代くらいの男の店員さんが明るく元気に「いらっしゃい……」挨拶をしようとしたが、目に見えて顔が不機嫌になり少し怒気を含んだ声色で、「此処は、子供の遊び場じゃない帰れ!」と怒鳴ってきた。
店員の怒鳴り声に驚いてしまったエナは、フェスの背中に隠れて震えていた。
フェスは、自分の背中に隠れているエナに声をかけた。
「エナちゃん、他に本屋ある?」
「近くに、あります」
「そこに案内してくれるかな?」
「はい」
店外に出ようとしているフェスの耳に店員の呟く声が聞こえてきた。
「どこの店に行っても子供に本を売る店などある訳ないだろ。そもそも文字読めんのか?」と、フェスは気にせずに店を後にした。
エナの言った通り、店舗の横の道を歩いていると、それほどの時間もかからずに先程の店よりは小さいが、立派な建物の本屋があった。
エナは、フェスのこっちの建物も立派だね。の言葉に先程の店員のことを思い出したのか少し震えていた。フェスも内心では、さっきと同じ対応されたらどうしよう? と思っていた。
店内に入ると十代後半くらいの女性の店員さんが、笑顔で「いらっしゃいませ!」と言ってきた。女性店員さんは、お客が子供だとわかっても笑顔を絶やさずにいた。
お姉さんは、フェスの後で震えているエナに気づくと、大丈夫? と心配そうに声を掛けてきた。
エナは震えながらも頷いていたがとても大丈夫そうに見えなかったお姉さんは、フェスに何かあったの? と聞いた。
お姉さんに聞かれたフェスは、先程のお店であったことを話した。
話を聞いていたお姉さんは、話を聞きながら顔を曇らせた。
フェスの話を聞き終わったお姉さんは、フェスたちに向かって頭を下げて謝った。
どうして謝ってくるのかわからないフェスたちは、首を傾げて困ってしまった。フェスが理由を聞くと、先ほどのお店とここのお店は、店名が違うだけで経営者は同じだった。経営者は父であり、最初に訪れたお店の店員は自分の兄で兄妹だと説明した。
経営者である父の経営方針の一つに、お客様に子供も大人も関係なし、常に丁寧に接客せよ。とあるにも関わらず自分の兄が追い返しただけでなく子供を怒鳴り暴言も吐いた。妹として、兄の対応が恥ずかしいと言った。話が終わるとお姉さんはもう一度謝った。
「お姉さんが悪いわけではありません。ですから気にしないでください」
フェスがそう言うとお姉さんは、頭をあげるとお礼を言った。
お姉さんに笑顔が戻ると、接客が始まった。
「必要な本は何でしょう? お持ちいたします」
「術と名の付くもの全てと、植物、動物、魔物、鉱石、鉱物、食料、素材を中心にお姉さんのお勧めもお願いします」
「……えっ!?」
聞き返してきたので、フェスはお姉さんが聞えなかったのかと思い同じ内容を言うと首を振り聞こえていなかった訳ではないと言っていた。
フェスは、お姉さんが驚いている理由がわからなかったので、どうしたのかな? と自分の後ろにいるアーシャとマインに聞こうと振り向くと、二人も同じように驚いた顔をしていた。エナもフェスと同じように理由がわからずに首を傾げていた。
どうしたんですか? とフェスは驚いている三人に聞くとお姉さんが説明を始めた。
「……そんなに買われるんですか? 本は一冊一冊とても高価な品物です」
お姉さんがゆっくりと誰でもわかり易く説明してくれた。
印刷技術のないこの世界での本は、一冊一冊手書きで書かれているためにとても高価な物となっていた。
子供が勉強する本一冊でも小金貨一枚、貴重な本に至っては金貨百枚、二百枚の本もある。
そんな話を聞いたフェスが成程と頷いたのを見た三人は、わかってくれたかと安心した。だがフェスの「先程の本お願いできますか?」の言葉に無駄な説明だったかと三人は息を吐いた。
「本は高価だとわかったんじゃないの?」
「高価なのはわかりました。しかし、買う買わないとは別の話しです」
アーシャの言葉に何の迷いなくフェスは答えた。
お姉さんは、一度深呼吸すると真剣な顔をしてから口を開いた。
「お持ちする本のすべてをお買い上げになられますか?」
「はい、なるべく買います」
「わかりました。ただいまお持ち致します。しばらくお待ちください」
お姉さんは、本を選ぶために店内を歩き回り選ぶとカウンターに積みまた探しに戻っていくを繰り返していた。
「フェス、本読むの好きなの?」
「ずっと寝ていましたから本を読む以外することありませんでした」
マインにはそう言ったフェスだったが内心では、テレビを観たりゲームもやってたんだけどね。と思っていた。アーシャやマイン、エナに言ってもわからないだろうと思い言わなかった。
フェスの家庭教師をしていたマインは読み書きできたが、アーシャとエナはできなかった。
理由を聞いたフェスにアーシャとマインは当然のように答えた。
マインの出身国であるセリシール聖王国では、身分や種族により習える内容に差はあっても、平民や奴隷でも授業料を払えば学校に通えて勉強することができるのに対して神聖ヴェスナー帝国では、貴族しか学校に通うことができなかった。しかし、貴族しか学校に通えないとなると国が発展しないことは貴族でもわかりきっていた。そのため平民でも国に許可された者なら特別に通えるようになっていた。
奴隷が学校に通うのに支払えるお金はないのでは? と聞いたフェスにマインが説明した。
奴隷の持ち主であっても学校に通いたい奴隷を止めることはできなく、お金は国が支払っていた。と言っても無償ではなく国からの仕事を請け負ったりして返済しなければならなかった。
神聖ヴェスナー帝国では、商人の子供は、親に習ったり国から許可を得て学校に通っていた。奴隷の身分は、独学の勉強も禁じられていた。そして、一番多い平民は、学校に通うことはできない代わりに独学の勉強は許されていた。しかし、読み書き算術のできない親が子供に教えることはできないために独学で勉強できる平民は少なかった。
勉強のできない平民の未来は決まっていた。奴隷のように肉体労働に畑仕事そして、若い平民の多くがなる冒険者くらいしかなかった。
神聖ヴェスナー帝国の平民は、弓矢とナイフなどの狩りに使用する武器しか所持を許されていなかった。しかし、冒険者協会に登録すると平民も全ての武器防具の所持を許される。だが、今まで使ったことのない武器で戦い生き延びれるほど甘い世界ではなく、新米冒険者の半数は五年以内に死亡しているのだが、死亡率の高い冒険者になりたい平民は現在も増える一方だった。理由は、危険な職業のため見返りはでかいからだ。平民でも金持ちになれるし、運が良ければ国の騎士に取り立てられることもあるからだ。
神聖ヴェスナー帝国においての冒険者を目指す平民の多くは、平民の英雄であるヴェガス・マースチェルを目指せ! を合言葉にしていた。
長い話だったと思っていたフェスだったが、マインの話の中に気になることがあったために質問した。
「マイン姉様……武器を持ったら駄目なら僕もですよね? もう武器で戦っていますけど大丈夫ですか?」
「人に見つからなければ大丈夫だと思うけど、これからは使わない方がいいかもしれないわね」
フェスが頷くと店員のお姉さんが声をかけてきた。
「と、取り敢えずこんなところかと……」
お姉さんの視線の先にあるカウンターの上を見てみると、大量の本による山ができていた。
カウンターに積まれていた本は、
・生活魔術=初級編、中級編、上級編、応用編
・攻撃魔術=入門編、初級編
・治癒魔術=入門編
・建築魔術=入門編、初級編
・錬金術入門=入門編、初級編
・薬学術
・植物図鑑
・薬草図鑑
・鉱石鉱物図鑑
・動物図鑑
・魔物図鑑
・人間大陸旅行記
「全部貰っていきます」
「……ほ、本当によろしいのですか?」
「はい、薬を作るのに必要な材料はどこに売っていますか?」
「隣の薬屋に売っています」
「ありがとうございます。代金は?」
「あ、はい……金貨二百五十枚になります。……本当によろしいのですか?」
「はい」
フェスは、空間倉庫から取り出した金貨二百五十枚をお姉さんに手渡すと、すべての本を空間倉庫に仕舞った。
取り敢えずの本を購入したフェスは、隣の薬屋に移動することにした。
店外に出るフェスたちをお姉さんは、茫然としながらも「ありがとうございました」と頭を下げて見送りをした。
お姉さんと同じように茫然としていたアーシャとマインの二人の手をエナが握り引いて歩くと隣の薬屋に入った。
薬屋の店員は、人当たりのよさそうな四十代くらいのおじさんで、フェスたちを見ても笑顔を絶やさずに「いらっしゃいませ! 何をお探しですか?」と尋ねてきた。
笑顔で言われたフェスは、「薬作りに必要な器具をお願いします」と笑顔で返した。
おじさんは、薬作りに必要となる機材、器具を棚から取り出しフェスたちの前のカウンターに並べていった。
おじさんが運んできたのは、
・乳棒と乳鉢のセット
・薬研
・天秤
・鉄製試験管
・エタノール
「全部で、銀貨五十枚となります」
言われた金額をフェスが手渡すとおじさんが忠告してくれた。
「薬を作り自分で使う分には規定はありませんが、自分以外への使用や販売をするには、教会の許可を取る必要があります」
「許可?」
「はい、許可です。信者となってから薬を作り、効果を見て貰い寄付金を渡し許可証を貰う……これか一番簡単でわかり易い方法だと思います」
「わかりました。ありがとうございました」
フェスの質問にも嫌な顔ひとつしないで、おじさんは丁寧に説明してくれた。おじさんは、薬作りに興味を持ってくれている子供がいて嬉しいと言った。
フェスはお礼を言ってから店を後にすると後ろから「ありがとうございました」とおじさんの明るい声が聞こえた。
フェスたちが薬屋の外にでると一人の男が目の前まで走ってきた。
走ってきて目の前で止まった人にフェスが警戒すると、男は急に頭を下げ「先程は大変失礼しました。申し訳ありませんでした」と謝ってきた。
いきなり謝られたフェスたちが困惑していると、薬屋の隣の本屋から店員のお姉さんが出てきて説明した。
頭を下げている人は、最初に立ち寄った本屋の店員で、フェスたちを怒鳴って追い出した人だった。
自分の店にきた子供たちが妹の店にも顔を出したかと確認するために店に寄った。
あんな子供が字を読めるわけないだろうに、本屋に来るとは何を考えているのだろうな? お前も追い出したんだろ? と妹にいった。しかし、妹からの返答は信じられない言葉だった。妹から大量の本を購入して貰ったと聞くと、最初こそ困惑していたのだが、すぐに立ち直ると店を飛び出した。そして、薬屋から出てきたフェスたちを見つけたために駆け寄り頭を下げた。との話だった。説明を受けていたフェスたちの前で、今も頭を下げていた。
「何の御用でしょうか?」
フェスが口を開く前にマインが冷たい口調で頭を下げている店員のお兄さんに発した。
「…………」
子供とは思えない冷たい口調に頭を上げたお兄さんは、身震いし口をパクパクさせていた。
「マイン姉様…………貴方ももう謝るのは止めてください。周りの人に見られています。私たちは注目されたくないのです」
フェスに言われて辺りを確認すると遠巻きではあるか数十人の通行人が、フェスたちのやり取りを眺めていた。言われて気付いたお兄さんは、フェスに頷くと一度頭を下げてから真剣な顔となり、フェスへ話しかけた。
「先程は本当に失礼致しました。当店にもう一度お越し頂けないでしょうか?」
「お姉さんのお店で充分に買いましたから……」
結構です。とフェスは言うつもりだったが、お兄さんは言葉の途中で発言した。
「確かに妹の店も品揃えはいいです。しかし、私のお店にしか置いていない本も沢山あります。ぜひお越しください」
「……値引きしてもらえますか?」
「出来る限り値引きさせて頂きます」
あまりにも真剣なお兄さんの顔に何を言っても諦めないかな? と思ったフェスは、値引きしてくれるならと提案をすると躊躇することなく受け入れられた。
お兄さんを先頭に最初に訪れたお店に歩き出した。
店内に入るとお兄さんは、後ろを振り向きフェスへと話しかけた。
「どの様な本をお探しでしょうか?」
「術関係、能力関係、図鑑、旅行記、地図をお願いします」
「わかりました。少々お待ちください」
フェスの必要としている本を知ったお兄さんは、店内を回り本を探してきた。
見事な掌返しを披露したお兄さんが持ってきた本は
・攻撃魔術=中級編
・防御魔術=入門編、初級編
・加工術
・召喚術
・従魔術
・魔道具作成
・キノコ図鑑
・香辛料図鑑
・武器図鑑
・防具図鑑
・ハーブ図鑑
持ってきた本の中に地図がなかったので、フェスは聞いてみた。
「地図はないのですか?」
フェスに聞かれたお兄さんは申し訳なさそうに口を開いた。
地図とは国の宝であり生命線でもある。国の詳しい道、川、谷、山や人の住む場所の位置を知られた場合に他国から侵攻される隙を与えることとなる。そのために詳しい地図を作成、販売を禁じられていた。冒険者協会のみ依頼に必要な部分の地図を作成することを許されている。依頼を受ける人に手渡し依頼終了後に返却する。地図を無くした際は、依頼を達成されても失敗とみなされる。一人前の冒険者になると地図を必要とせずに移動できるようになる。例外は勿論あるが……。と、説明した。
説明を聞いたフェスが納得すると会計を済ませた。全部で、金貨百六十枚だった。割引されているのかと聞くと割引前は金貨二百十枚と聞くと納得した。
店を出ると店員のお兄さんは、不気味なほど愛想よく「またのお越しを」とフェスたちを見送った。
次に武器屋へ行くことにした。武器屋は本屋に面した大通りの反対側の少し奥に歩いた場所にあった。
「武器屋で何買うの?」
「……刀を使えないからそれに変わる武器を……弓にしようかと」
アーシャに聞かれたフェスは、少し考えてから答えた。
武器屋に入ると髪の毛が一本もない髭面の強面の四十代くらいのおじさんが、満面の笑顔でフェスたちを迎えた。
不気味な笑顔に驚いたエナは怖がってしまったために、アーシャとマインによって店の外に連れ出された。
現在店内にいるのは、フェスとショックを受けているおじさんだけだった。
フェスがどう声をかけていいからずにいると、おじさんの方から声をかけてきた。
「……必要な物は何だ?」
「……」
ショックのあまり声に張りのないおじさんに言われたフェスは、必要な物を言うとその場所に案内してくれた。
投げナイフ×十本
弓
矢×百本
を全部で銀貨三十枚で買うと店を後にした。
おじさんは、最後までショックを受けていた。
武器屋の次に雑貨屋に行き旅に必要な物を揃えた。
・蓋付きバスケット
・櫛
・鉄串
・鉄の食器各種
・網
・煉瓦
・布、各種大きさ
・スコップ
・桶
・テント
・薪10個束を10束
を銀貨十枚で買った。
値段の付けかた適当じゃないのかな? と思いながら雑貨屋を出たところで、マインに買った物について聞かれた。
「フェス、そんな大きい布どうするの?」
「野宿する際のトイレするところを隠すためです。ここまでの旅でわかりましたが、トイレの際に周りから丸見えだったではありませんか……。それは女の子としてどうなんですか?」
「……どう使うの?」
「まずスコップで穴を掘りその周りを布で隠します。最初は少し深めに掘って、用を出すと土を掛けて埋めていきます」
「なるほど、考えたわね」
「そんなに驚くようなことではないですよ」
「旅する人は、そんなことを気にする人いないし、考えた人もいないと思うわ」
マインの言う通り旅する人にトイレを気にする人はいない。旅する人や依頼中の冒険者に騎士は、トイレに行く回数を減らす薬を飲む。一日一回しか飲むことはできないが一度飲むと八~十時間はトイレに行く必要はなくなる。薬が切れるとまとめて出ることになる。
人が最も無防備となるのは、食事やトイレ、睡眠中と体を拭いているときだ。旅の間に全裸になって体を拭く人はいないし、食事と睡眠時は交代で見張りを置くために一応は安全だ。しかし、トイレ中に見張りを置く人はいない一番危険な時間とされていた。そのために開発された薬だった。
「女の人も旅の間は、トイレのことを考えたりしないのですか?」
「……しないわね。森とかなら少し奥に入っていったところで……」
「奥まった場所って危なくないですか? 夜は真っ暗だし……トイレ中の人を襲ってはいけない法でもあるんですか?」
アーシャとマインは、フェスに言われたことを考えると顔を蒼ざめた。襲われるかもしれない可能性を考えていなかった。
買い物は次に行く食材屋で最後と告げるとエナの案内で食材屋に向かった。が食材屋は雑貨屋の三軒隣だった。
食材屋には、元気で愛想のいい夫婦が立っていた。
・ミルク
・塩
・砂糖
・目に止まった野菜、果物各種大量
・玄米
を少し顔を引きずっていたおばさんに銀貨二枚を渡して購入した。
玄米はあるのに白米はないのかな?
店を後にしたところで、どうしてそんなに大量に食材を買うのか聞いてきたアーシャとマインに旅の間は自分で作るためです。とフェスは言った。
話しの途中だが、とうに昼を過ぎていることに気づくと、食事をすることにした。
「エナちゃんも食べるでしょ?」
「……いいの?」
「いいよ! 案内してもらったお礼に」
エナは、アーシャとマインを見ると二人も頷いていた。
フェスはお店を探しながら気になったことをマインに聞いた。
「そう言えば、お店の店員さんの前で、空間倉庫を使いましたけど驚く顔はしていましたけど、誰も何も言いませんでしたね?」
「気になってはいたのでしょうけど、直接聞く人はいないわ……それに空間倉庫ではなく空間箱と思っていたんだと思うわよ」
歩きながら話をしていると白い綺麗な建物が目に入った。
建物の周りには、色々な花が植えられ窓からは陽の光が入り白い建物がさらに明るい雰囲気を醸し出すお店だった。
フェスがこのお店でいい? と聞くと反対する人はいなかったので、この喫茶店にすることにした。
店内に入った途端に「お客様! 困ります」とお店のウエイトレスに声をかけられ止められてしまった。
止められた理由のわからなかったフェスが首を傾げると、後ろにいるエナに人差し指を指すと「そちらの汚い服を着た子供に入られるのは、他のお客様に迷惑になりますので困ります」と言ってきた。
ウエイトレスのあまりの言葉に少しムッとしたフェスだったが、顔にだすことなくに出さず質問した。
「綺麗な服装ならいいんですか?」
「はい」
ウエイトレスの返事を聞いたフェスは、アーシャとマインに店の中で待っててもらうことにしてエナの手を引っ張って店の外に出た。
店の外に出たフェスは、辺りを見渡すと武器屋が近くに見えたので部屋を貸してもらおうと向かった。
武器屋に入ると未だにショックを受けているおじさんを、奥さんらしき人が慰めているところだった。
不味いところに入ってきたかな? と思っていたフェスに奥さんから話しかけてくれたので理由を話すと、快く部屋を貸してくれた。
部屋を借りると空間倉庫から桶を出すとお湯を入れエナの服を抜かせると、身体中の汚れを落とした。
体を綺麗にしたところで、前日に買ったアーシャの下着とフェスのワンピースを着せて別人へと変貌させた。
桶などを空間倉庫に仕舞うとフェスは、エナへ耳打ちをした。
部屋を出ると奥さんはエナを褒めてた。だが、おじさんは離れて見ているだけだった。
おじさんを見つけたエナは近くまで歩き「さっきは、おどろいてしまって、ごめんなさい。それと……お部屋を貸してくれてありがとうございます」と言って頭を下げて謝罪と感謝を述べた。
部屋から出る時にフェスがエナに耳打ちしたのは、おじさんに謝って、部屋を貸してくれたことのお礼を言って、だった。
最初言われたおじさんは、キョトンとしていた。奥さんに肩を叩かれ我に返ると顔を赤くさせ手を振って、いいって事よ! 気にすんな! と照れていた。それを見た奥さんも喜びフェスを見て頭を下げていた。
店を出る前にフェスとエナは、振り返るともう一度お礼を言ってから後にした。
体を綺麗にして新しい服を着たエナは、浮浪児には見えなかった。
アーシャとマインの待っている喫茶店に戻り店内に入ると、先程のウエイトレスのお姉さんがエナを見て驚いた。ウエイトレスだけではなくお店にいたお客さんまでエナに注目していた。
驚いているお姉さんにフェスは話しかけた。
「これでいいですか?」
「は、はい……本当に先程の子ですか?」
フェスは、お姉さんの驚きの質問に頷いただけで、アーシャとマインの座っている席の向かいに着いた。
「本当にエナちゃんなの?」
「もともと可愛かったけど……さらに可愛くなったわね」
アーシャとマインもそれぞれ言葉をかけた。
そこに注文をとりにウエイトレスがきた。
「ご注文はお決まりですか?」
「わたしは、サンドイッチと紅茶お願いします。エナちゃんは、気にしないで好きな物を好きなだけ食べていいよ? 姉様たちは何にするの?」
「わたしもサンドイッチと紅茶を」
「わたしも……」
「エナちゃん、もっと食べていいよ?」
もっと食べたそうにしているエナに気づいたフェスが、声をかけると頷いてから注文を増やした。
フェスは、自分の注文を終えると、空間倉庫から本を取り出し読み始めた。
本を読んで知識を得ると探査と鑑定に役立つかな?
フェスは、呟きながら紅茶を飲むと周りが騒がしいことに気付いた。何かあったのかな? と思い確認してみるととんでもない人数が、フェスたちのテーブルに注目していた。テーブルを注目というより、自分に注目していることに気付いたフェスは、もしかして、と自分の頭を確認してみた。すると思った通りにマントのフードが外れ顔が丸見えの状態となっていた。
いつのまにか店内には数十人の老若男女が集まり、本を読んでいるフェスを眺めていた。アーシャとマイン、エナの三人は、そんな光景を見て苦笑していた。
フードが外れていたことに気付いたフェスは、急いて被り直したが、当然遅かった。
「アーシャ姉様、マイン姉様、どうして教えてくれなかったのですか?」
「教えたけど聞こえていなかったのよ……本に夢中になっていてね」
「そうですか……」
フェスが紅茶を飲むと歓声が起き、サンドイッチを食べると歓声が起き収拾がつかなくなっていた。普通ならこれほど騒がしくすると店を追い出されると思ったフェスは、店内を見渡してみるとウエイトレスさん総出でお客さんから注文をとっていた。追い出すより居てもらった方が利益になると思いそのままだったようだ。
騒がしかった店内に二人の少女が入ってきた途端に静まり返った。店内に入ってきた二人は、白い着物と赤い袴を着た巫女の格好をした十五歳くらいの女性だった。
店内にいた人たちに注目されていたのだが、全く気にせずにフェスのいるテーブルの前までくると一礼をしてから口を開いた。
二人の行動を見ていたフェスは、嫌な予感しかしていなかった。
注目されていたフェスたちは、巫女服を着た二人のお陰でさらに注目される羽目となった。注目の中心にいるフェスが溜息を吐いたのと同時に、巫女服を着た一人が口を話しかけた。
「聖女様、ぜひ我らの教会にお越しください」
巫女の服装をした女性が、フェスに対して聖女様発言をした途端に静まり返っていた店内は騒然となった。
「私が聖女様ですか? 何かの間違いではありませんか?」
「誤魔化しても駄目です。商業協会の職員から報告を受けています。聖女様降臨、と」
「聖女様降臨って……協会には守秘義務はないのですか?」
「一応ありますが、今回のことには当てはまりません」
「そもそも、何故に協会職員が教会に報告を?」
「彼女は、教会の信者なのです」
「……腐敗した教会に関わり合いになりたくありません」
「誤解なさらないで下さい。我らの所属していますセラビア教会は、腐敗していません。他の二教会と違います」
巫女服を着た女性は、フェスの言葉に心底憤慨したかのように大声で否定した。
セラビア教会の名前を聞いたフェスは、気になり聞いてみた。
「もしかして、信仰しているセラビア様って、創造主様ですか?」
「創造主様? いえ、違います。十年前に新しく世界の神となられた女神様です」
セラビア様とセラ様……同一人物かな? と考えていたフェスに、巫女はさらに話を進めた。
「教会にぜひお越しください」
「わかりました。教会に参ります」
「ありがとうございます」
セラビア教会が気になったフェスは、教会に行くことを承諾した。
セラビア教会は、東地区に建てられているという話を聞き向かうことにした。ちなみにフェスのお陰でお客が多く入り信じられない程の利益が出たということで無料となった。
セラビア教は十年前に元々あった二つの教会、ティモリア教会とアマルティア教会の腐敗に我慢できなくなった現教皇が、十年前にセラビア神の声を聞いたとされ志を同じくする者たちによって始められた。アグロティス公国に総本山を置かれると瞬く間に世界中に浸透した。
ティモリア教会の総本山があるヴェスナー神聖帝国にも、信じられない速度で浸透した。その裏には現マースチェル領領主カルフ・マースチェル伯爵と数人の領地持ちの貴族の後ろ盾を得ていたと言われている。
三教会の人族大陸における信者数は、最も古いティモリア教会が三割、アマルティア教会が二割、セラビア教会が三割となっている。残り二割は、他大陸の教会や多数ある小教会の信者たちである。
種族に関係なく人は、どこかしらの教会に所属している。教会に所属していない人の方が少数だ。教会に所属する理由は、信者でなければもしもの際に治癒魔術を掛けてもらえないからだ。
王侯貴族も教会の一つに所属しているために内政、軍事、外交において宗教、教会を利用することを禁じられていた。なら、なぜ、貴族に賄賂を贈る教会があるのかといえば、それだけ国と教会が腐敗しているからとしか言いようがなかった。
セラビア教会のみが貴族や権力者へ賄賂を贈っていないために貴族の信者数は少ない。セラビア教会総本山のあるアグロティス公国は当然セラビア教会しかなく、フェスたちの目的地でもあるセリシール聖王国も人口の七割をセラビア教会の信者が占めていた。
みたいな事をマインが話しているのを聞きながら教会に向かっていた。
フェスは、マインの話を聞きながら探査を使って歩いていた。すると反応があったために確認してみると【薬草:冷え冷え草】だった。
熱を冷ます薬草の材料だけど……こんな道端にも生えているのか……知らない人にとっては雑草に見えるのかな?
薬草の生えている場所の前を通る際にフェスは、皆に声をかけて待ってもらうと薬草を摘むことにした。
【鑑定】
【冷え冷え草】
【解熱剤の材料】
図鑑を読んでいる時も思ったけど随分単純な名前だ。と先程読んでいた図鑑を思い出していると巫女がフェスに話しかけてきた。
「聖女様は、薬草に詳しいのですか?」
「先程、喫茶店で図鑑を覚えたばかりです。薬草摘みは初めてです」
「覚えたばかりなんですか?」
「凄いです。流石は聖女様です」
巫女二人は、フェスの言葉に素直に敬意を現していた。
教会に到着するまでに他の薬草を発見することはなかった。
教会を前にしたフェスは、言葉をなくし固まっていた。
「此処……教会、ですか?」
「はい、セラビア教会です」
「教会ですか? ……神社では?」
「神社をご存じなのですか?」
フェスが見た教会とは、朱色の鳥居があり入口の両脇に犬の石像が護っていた。
犬の石像と鳥居を見たフェスは、こっちの教会はこれが普通なのかな? と思っていたところに巫女が説明してくれた。
「神託を受けた現教皇様がセラビア様に言われたとおりに教会を作るとこうなったそうです。他教会を区別するために教会ではなく神社と呼び、司祭様達の呼び方はそのままに私達シスターの呼び方を巫女とすると」
「……その衣装も神託で?」
「はい」
セラビア様がセラ様と思っていたフェスだったが、セラ様で間違いないだろうと確信した。
二人の巫女の後ろに続いて神社の中に足を踏み入れた。
教会内に入ると一人の高価な司祭服を身に付けた男の人が待ち受けていた。
司祭服を着た男を見たフェスは、男の衣装は普通なんだな……と思った。
フェスを見た司祭服の男は、笑顔で自己紹介を始めた。
「聖女様、ようこそお越しくださいました。神聖ヴェスナー帝国セラビア教会の枢機卿をさせていただいておりますオグストス・ユーニウスと申します」
オグストス・ユーニウスと名乗った男は、短めの茶髪に茶色の瞳の百九十㎝ほどある長身細身だった。
【白:オグストス・ユーニウス:人族:男】
【神名暦五百十年蒼月二十一日:五十一歳:健康】
【神聖ヴェスナー帝国セラビア教会枢機卿】
白……能力が高いのか枢機卿になったから白に変わったのかわからないけど青と黄色以外の人を始めてみた。あまり鑑定を使っていないけど。
「枢機卿って教会の教皇の補佐の? そんな偉い方が私に何かご用ですか?」
「枢機卿と言っても数人いる内の一人です」
枢機卿は、笑顔を絶やさずにフェスたちを奥の部屋へと案内した。
フェスたちが通されたのは、御神体の置かれている礼拝堂で、置かれていた御神体の顔をみたフェスに見覚えがあった。見覚えのある顔とは、創造主セラにそっくりだった。
やっぱりセラ様を信仰している教会だったか……。とフェスは、誰にも聞こえない小声で呟いた。
「ぜひ、セラビア教会の聖女様になって頂きたくお呼び致しました」
枢機卿は、前置きもなく唐突に話を切りだした。
やっぱりその話だったか、と内心で考え事をしていると枢機卿は迷っていると思ったようだ。
「聖女様になれない理由でもありますか?」
「一つ問題あります」
「なんでしょう?」
「聖女ってことは、女の子ですよね?」
「はい?」
枢機卿オグストスは、フェスの言いたいことがわからなかった。
フェスは、エナとここまで案内をしてくれた巫女の二人がいるために、枢機卿に近づくと誰にも聞こえない声で、自分が女の子の格好をしている男であることを教えた。
枢機卿は一瞬困惑な顔をしたがすぐに元に戻り、女の子の格好をしている時だけでいいので聖女様をやってほしいと伝えてきた。
「本当にそんなのでいいのですか?」
「男ですって言って信用する人の方がいないでしょ?」
「…………」
フェスと枢機卿の話の途中なのだが、教会に入って初めてアーシャが口を開いた。
「神父様、どうしてフェスをセラビア教会の聖女様にしたいのですか?」
「教皇様にセラビア様からのお告げで、近々聖女様が現れると告げられたと報告を受けました。そして、昨晩にフェス様の報告を受け間違いないと確信しています」
もしかしてセラ様……最初からこうなるようにしていたのでは?
「私達は旅をしていますから一ヵ所にはいられませんよ?」
「問題ありません。教会に所属してくれるだけで構いません」
「男って、ばれたら?」
「もしばれたとしても問題ありません。聖女とは教会の身分の一つだとお考え下さい」
「身分ですか?」
「はい、教会は、協会とは違いランクではなく、貴族平民とは別の身分制度となっています。聖女様は教皇様と同格の身分となっています。この教会の身分制度は、セラビア教会だけではなく他の教会にも通用する共通のものです」
教皇と同格? それって、教会で一番偉い人と同じってこと?
「それと教会の一定以上の身分証は、街に入る際の税金を免除されます。一緒に行動している仲間の方も税金はかからなくなります」
「……薬草と薬の販売も認めてもらえますか?」
「本来なら教会で修行された方に許可をするのですか……薬草などの知識があると報告を受けていますから聖女様なら問題はないかと思いますので、許可を致しましょう」
最初から断ることはできないようになっていたと思う。仕方がないかな……
「……わかりました」
「おお! 有難う御座います。さっそく身分証を作成して参ります」
あまりにも嬉しそうな顔で言った枢機卿を見て苦笑したフェスだったが、本人は気にもせずに身分証を作成しにスキップでもしそうなほどウキウキと礼拝堂を後にした。
枢機卿が去っていったのを確認したマインは、フェスへと話しかけた。
「フェスいいの? 簡単にセラビア教会に入っても?」
「はい……セラビア様って僕をこの世界に連れてきてくれた神様です」
フェスの言葉を聞いたアーシャとマインは、えっ!? と声を洩らし驚いていた。だが、エナは、瞳をキラキラさせていた。
瞳をキラキラさせているエナを見てなんとなく嫌な予感したためにフェスは、エナに口止めをした。
「街中で聖女様と呼ぶのと誰かに話すのも止めてね?」
「はい!」
フェスのお願いにエナは笑顔で頷いた。
暫く話をしていると枢機卿が身分証と水晶玉を持って戻ってきた。
「お待たせいたしました。こちらが聖女様の身分証になります。こちらの水晶玉で魔力の登録をお願いいたします」
水晶玉に魔力を登録したフェスは、身分証を受け取り確認してみると、フェスの名前と聖女の文字がでかく記載されていた。
「随分でかく聖女って記載されているのですね?」
「はい、一目でわかるようにです。門兵がこの身分証を確認致しましても聖女様とは呼びませんので安心してください」
「はい……聖女としてやらなければいけないことはありますか?」
「いえ、特にありません。街などに行く度に教会に行かなくても大丈夫です」
「それでは、聖女がいるとわからないのでは?」
枢機卿の話では、街などに入ると門兵から教会へ知らせが入る事になっていて、必要に応じて教会側から接触してくるとの話だった。
「今日は、これで失礼します」
「わかりました。本日は、誠にありがとうございました」
枢機卿と巫女の二人に見送られて教会を後にした。