第63話 錬金術
エクレーシア王国の王子なのに王女なのに何も知らなかった。と俯くアルフォンスとソフィアを見てこれ以上シャグラン王国の話をする必要もないだろうと考えたフェスは、訓練場での話を切り上げることにした。
そんなフェスの考えに気づいた二人の母である女王は、視線だけで感謝を述べていた。
「シャグラン王国のあった領地に行く機会は無いかと思いますので、話を止めましょう。無詠唱は鍛錬あるのみです。目標を各系統の【玉】を放つと決めてから二秒を目指してください」
フェスにとっては簡単な事でも、五人の女の子にとってはかなり無理に感じる目標を言ってシャグラン王国の話から忘れさせようとした。
五人の女の子は、年頃の女の子らしからぬ口を大きく開けたまま目を見開きフェスを見ていた。女王たち無詠唱に関係のない人たちは、口を大きく開けている女の子たちを見て苦笑していた。
慣れればそんなに難しいことではないのだけれど……慣れるまでに時間掛かるかな?
「今は無詠唱より魔力を増やすことにしましょう。魔力を増やせば、一日に練習する数を増やせるようになりますし、練習量が増えれば自然と無詠唱に慣れていきますから……心配する必要もなく全員できるようになります」
「はい!」
フェスが優しく微笑んで励ますと女の子たちは、元気よく返事をした。若干だが、頬を赤らめていた。
頬を赤らめていた女の子たちを見ていたアーシャとマインは、「流石はフェス……厳しいようで甘い性格。だから女の子たちは、フェスを好きなっていく」と、小声で話していた。
アーシャとマインの会話は女王に聞こえていた。女王の内心では、フェス君のお嫁さんは、いったい何人になるのかしら? と考えフェスと女の子たちを見比べていた。
エクレーシア王国を含め五大陸全体を見ても、一夫一婦制をとっている国はなく一夫多妻制が普通だった。平民でも一夫多妻制を認められているのだが、多くの妻や子供を養う金銭に余裕はなく大富豪と呼ばれる商人以外は、一夫一婦制が普通となっていた。
大貴族以上に金銭をもっているフェスなら何十人と娶っても余裕だった。フェスにそんな気持ちは無いのだが周りの人たちは、それを許さなかった。
士爵になって数日だが、既に数十人の士爵から男爵までの貴族が自分の娘の姿絵を送ってきていた。その姿絵を一度も確認せずにフェスは、【空間倉庫】へ仕舞っていた。
「これから錬金術を教えていきます。部屋を移動します」
訓練場を出る前にフェスが女王を見ると微笑んでいたので、錬金術も見ていくのか、と思い溜息を吐いた。
訓練場を出た一同は、フェスを先頭に錬金術を行うための部屋を目指していた。訓練場は地下にあり錬金部屋も同じく地下にあったためにそれほど時間はかからなかった。
「フェス……なぜ【扉渡り】を使わなかったの?」
【扉渡り】、魔道具テントを参考にして、現在住んでいる屋敷を手に入れた際に部屋の扉に空間魔術を施し。部屋から部屋に移動するのに廊下を歩く必要もなく目的の部屋へと移動できるようにしていた。【扉渡り】の使用方法は、一度部屋を出て移動したい部屋を思い浮かべて扉を開けると目的の部屋が目の前に現れることとなる。
もっともフェス以外の人物には、緊急脱出用の【扉渡り】を除き使用できない。
【緊急脱出用扉渡り】とは、フェスが研究し研究を重ね苦労して創った研究成果の一つだ。フェスが屋敷を留守にすることか多々あるため念の為に作られた物だった。
フェスが商人協会で、Bランクを越えた辺りから貴族や商人などからの嫌がらせを受けるようになった為の予防策だったが、Sランクになると商売関係の嫌がらせは受けなくなった。
「錬金部屋には、移動できないようになっています。失敗し事故が起きた場合に屋敷中の空間魔術に反応してしまう可能性もありますから部屋の外から魔術の影響を受けないようにしてあります」
アーシャの質問にフェスが答えると一同納得した。
錬金部屋は、三十メートル四方の部屋に大小様々な錬成陣や魔法陣が床に描かれていた。
「皆さんは、錬金術とは何だと思いますか?」
いきなりの質問に全員困惑しながらも自分なりに答え始めた。
価値の無い物から価値のある物に作り変える。手順の面倒な製薬術を使用せずに薬を作ることができる。くず鉄を合わせて鋳塊を作れる。金や銀から不純物を取り除き純度の高い鋳塊を精製できる。卑金属から貴金属を精錬しようしている。錬金術は万能の魔道具作成術とされていますね。
五人の女の子たちが答えた後に女王も答えていた。
フェスは、その答えを聞くと目を閉じ首を左右に振った。
「まず言っておくとしたら……錬金術単独では、不完全な術と言うことですね」
「どういう意味?」
フェスの言葉に錬金術に一番興味のあったアルマが聞いた。
「そのままに意味です。今から説明していきます」
フェスの説明は、誰も知らないことだった。学園でも書物にも載っていないものだった。
全くの無価値品から価値の高いものを作ることはできない。価値のある物を作るのならそれなりに価値のある素材を使用しなければならない。
薬を作るなら製薬術で創ったほうがランクの高い薬を作ることができる。一級品の素材を使って錬金術で薬を作ってもランクの高い薬を作ることができない。
くず鉄を合わせて鋳塊を創っても純度の低い無価値の鋳塊しかできない
錬金術だけでは万能の魔道具を作成することは無理です。
「卑金属から貴金属を精錬することはできます。錬金樹の目標は、鉄を金に変える術として研究されてきました」
「何百年も研究されてきて、まだ出来ないのね?」
「いいえ、出来ます」
「えっ!?」
アルマの呟きにフェスが、間髪を容れずに否定すると一同驚いた顔をした。
「金を作れるの?」
「作れます。が、素材が貴重なために作るのに金がかかります。金貨百枚分作るのに白金貨一枚かかります。作りたいと思いますか?」
「絶対にならないわね」
金額を聞いたアーシャが言うと一同力強く頷いた。
「最後に、金や銀から不純物を取り除き純度の高い鋳塊を精製できる。ユニスさんの言ったのか正解です」
フェスに褒められたと思ったユニスの顔は、緩みきっていた。
「不完全な錬金術に製薬術や鍛冶術、加工術、付与術などを組み合わせることによって、完全に近づけることができるようになります]
「…………」
学園でも習わない高度技術にわからないなりにも真剣に聞いていた。
「まずわかりやすいのから説明します。戦いに必要な基本武器、剣を錬金術だけで作った物と鍛冶術を使用して作った物をお見せします」
言い終わるとフェスは、【空間倉庫】から二本の長剣を取り出した。重そうに持っている剣をアーシャとマインへ一本ずつ手渡すと【空間倉庫】から二メートルほどの鉄の棒を出すと地面に開いている穴に差し込んだ。
「アーシャ姉様からその剣で、この鉄の棒を斬ってみてください」
フェスに言われたアーシャは、頷くと鞘から剣を抜き正眼の構えを取り集中すると、ヤー! と気合入れた言葉とともに剣を振り上げてから右上から左下に振り抜いた。すると鉄の棒を斬ることはできたのだが、剣も同時に折れてしまった。
「ごめんフェス、剣折れちゃった……」
「気にしないでください。その剣は、不純物だらけの鉄鉱石を使用し錬金術だけで創った物ですから。新米冒険者が最初に持つ安物の剣です。値段にすると銀貨十枚ほどです。次にま因縁様の持っている剣でお願いします」
「わかったわ」
マインもアーシャと同じく構えを取り気合の言葉とともに鉄の棒を斬ると甲高い音を出し鉄の棒を斬り落とした。
「凄い斬り味ね? 今まで使っていた剣より凄いかも」
「まあそうでしょうね。今までの剣は、支給品の大量生産品ですから……その剣は、一人前と呼ばれる冒険者が持つ金貨二十枚ほどの価値の剣です」
そして、これが……と、【空間倉庫】からもう一本剣を出しアーシャに渡した。
「その剣も先ほどの二本の剣と同じ鉄鉱石を使用しています。違うのは、不純物を完全に取り除き翼竜の牙を少し加工し鍛冶術で打った剣です」
力を入れずに鉄の棒に剣を当てる感じで、お願いします。とフェスに言われたアーシャは、頷くと鞘から剣を抜くと、言われた通りに剣を鉄の棒に当てると通り抜けてしまった。
全く力を入れていないにも関わらず音もなく鉄の棒を切り裂いたアーシャは、呆然とし床に落ちた鉄の棒の音により意識を戻した。
「フェス、なに、この切れ味は? 当てただけで切れるとは」
「普通の鉄の剣に翼竜の牙を加工することにより硬度や切れ味を上げることが出来ます。これで、錬金術は不完全な術といった意味がわかったかと思います」
「でも……なぜ皆は、フェス様と同じようにやらないのでしょう?」
一同、フェスの説明に頷きながらも疑問に思ったことをソフィアが口に出した。
「理由は、人それぞれです。知らなかったり、魔力が足りなかったり、利益を求めて役割分断したり、一番多い理由が数術の能力が足りなく出来ない。のだと思います」
首を傾げている一堂を見て詳しく説明しないと駄目かな? と思いフェスは、説明を始めた。
知らないとは、言葉の通りであり、学園では習わないし錬金術協会に所属し認められた者にしか教えられない技術だった。他にも習える場所はあるのだが、誰でも習える技術ではなかった。
錬金術を行う際は、完成するまで常に魔力を放出し続けなければならない為に魔力総量の少ない者に複雑な物は作れなかった。
錬金術、加工術、鍛冶術、付与術など全ての過程を一人一人違う人を使うことにより値段が上がることになる。同じ商品でも付与されている商品の桁が違うのはこの為だ。フェスの商会で売られている商品が相場より安い理由は、全てを一人で作っていることと、エナやサラサの練習で作られた商品だからだ。
数術とは、算術よりはるかに複雑な計算式を使用するために限られた研究者にしか習得できないとされている。錬金術に組み込む術の数によりさらなく複雑化された計算式を使用しなければならないために全てをフェスのように一人で行うことは絶対とはいえないが、無理に近かった。
「と、いう訳なんですが、それでは、使える人を増やせないので、誰もか使えるようには出来ませんでしたが、ある程度学習すれば使える様にしたのかこの部屋です」
と、掌を部屋中の床に描かれている魔法陣を差し示し魔法陣の説明を始めた。
フェスなりに分かり易く説明したが、誰一人として理解できなかった。
「言葉だけでは難しいですよね」
と言って、フェスは、作りながら説明することにした。ついでとばかりにアルフォンスに作成してから渡すつもりだったブレスレットを作ることにした。
鋳塊を作るのに【空間倉庫】から精製前の不純物だらけのオリハルコンの塊を幾つか取り出し錬成陣の上に置き魔力を流し込むと光りに包まれて塊が消えて数秒後に、オリハルコンの鋳塊と数種類の不純物の塊が錬成陣の上に現れた。
オリハルコンの鋳塊を手に取り不純物の塊を【空間倉庫】に仕舞うのと入れ替わりに動物の骨や皮と鉱物にミスリル銀と神鋼を選ぶと再び錬成陣の上に置き魔力を流し込むと、先ほどと同じように眩しい光に包まれるとすべての素材が消えた。先ほどと違い今回は、数分間流し込むことになったが、無事に成功した様で、美しく銀色に輝くブレスレットが錬成陣の上にあった。
「錬金術は以上です。これから【付与魔術エンチャント】を施します」
そう言うとフェスは、少し離れている魔法陣の前まで歩きブレスレットを置いて、魔力を流し込み【防毒】【毒反応】【精反射】【心身代謝強化】【体力強化】【自動防御】【自動修復】を組み込んだ。
「出来ました。これがアルフォンス殿下のブレスレットです」
「……ありがとうございます」
あまりにも簡単に作られたブレスレットに驚きながらもアルフォンスは、受け取ることにした。
「組み込んだ【付与魔術エンチャント】は、皆に渡した物と同じですが一つだけ違います。【自動防御】を追加しています。これは、飛び道具や魔術を自動で防御魔術を発動し防ぎます」
「わかりました」
喜んでいるアルフォンスを横目に見ていた女王は、溜息を吐いた。フェスを城に呼ぶ口実が無くなってしまったからだ。
どうやって城に呼ぶか考えていた女王の横を通り抜けて、マインがフェスに話しかけた。
「フェス、私達はそろそろ城に戻るわね。そこで、悪いのだけど……城まで護衛してくれないかな? あの二人を返したから護衛の人数が足りないのよ」
「…………」
マインの言葉に女王は、見事! と内心で褒めていたのだが、フェス当人にしてみれば、嫌な予感しかせずに訝しげにマインを見ていた。
「ダメ、かな?」
両手を合わせて片目をつぶりマインは、フェスにお願いしていた。マイン本人にしてみれば、色仕掛け的なことを狙っていたのだが、フェスに聞くわけもなかった。しかし、一生懸命お願いしているマインに溜息を吐いたフェスが了解した。
フェスの嫌な予感は、当たることとなる。