第5話 常識知らず
商業協会への登録を無事に終わらせたフェスは、協会を出る前に受付のお姉さんに協会内に人のいない理由を聞いた。
「いつもこんなに人がいないのですか?」
「商業協会は冒険者協会と違いまして、依頼があるわけではありませんから受付は必要人数になっています。ただし、他の部署にはたくさんの職員が働いています。現在も持ち込まれた魔獣の解体を行っている職員もおられます」
運営資金のことを心配しているのかと思った受付のお姉さんは、ついでだからと商業協会の運営を少し話すことにした。
「領地にあるすべての土地の持ち主は、王様や領主様などです。土地の管理売買を任されているのが商業協会なのです。土地の管理費、売り上げの三十%の手数料を受け取っていますし、協会運営の店舗もかなりありますし、他にも収入源はありますから問題ありません」
「あと、大金が置かれていると思うのですが、大丈夫なのですか?」
「協会に盗みに入る輩はいません。仮にいたとしても、商業協会に盗みに入った瞬間から全大陸に指名手配され兵士、騎士、冒険者の全てから追われることになります。
盗賊団の一人が行った場合には、盗賊団全体の犯行とみなされ一人残らず捕縛、討伐されることになっています。それだけではなくですからそんな度胸のある人はいません。しかし、万が一ということもありますから、
商業協会の周りの建物は協会の持ち物になっていて、依頼しているCランク以上の冒険者が見張っています」
「そうでしたか……ありがとうございました」
「いいえ、聖女様も頑張ってくださいね」
受付のお姉さんは、フェスの質問に終始優しい笑顔で答えていた。
聖女じゃないって言ってんのに……これから行く先々で言われるのかな?
協会内での用事が終わり外に出ると陽が沈み始めていた。
「兵士さん、身分証を発行してもらいました。もうよろしいですか?」
フェスは、いまだに商業協会の入口付近で待機している兵士へ言葉をかけた。
「はい、確認しましたのでよろしいです……宿はお決まりですか?」
「いいえ、これから探します」
「この商業協会の裏に協会が運営している食事処兼宿屋があります。子供だけでも安心して泊まれると思いますよ」
兵士の質問にマインが答えると、話を聞いていた受付のお姉さんが教えてくれた。
「我々がご案内いたしましょうか?」
「いえ、兵士の方にそこまでさせるわけにはまいりません」
「いえいえ、我々なら大丈夫です」
「本当にありがとうございました」
マインは、お礼の言葉にこれ以上ついてこないように、と込めて強めに言った。マインの言葉が理解できた兵士の二人は、落胆しながらも商業協会を後にして詰め所に戻っていった。
「いくら兵士とはいえ、流石に宿屋までついてこられると気味悪いですからね」
兵士の案内を断った理由をマインが話すとアーシャも同意だったようで頷いていた。
兵士の姿が見えなくなったのを確認したマインとアーシャは、フェスの手を握り商業協会から出ると、受付のお姉さんに教えてもらった宿屋に向かった。
「フェス大丈夫ですか?」
「う、うん」
フェスは、アーシャとマインに手を握られたまま歩いていた。
教えてもらった通り宿屋は、協会の真裏にあった。
建物は 、一枚岩をくり貫いて造られているかのような継ぎ接ぎのない綺麗な七、八メートルくらいの高さに横二十メートルほどありそうな三階建ての建物だった。入り口は二ヵ所あり向かって左の入口に食事処、右の入口に宿屋とプレートが貼られていた。二つの入り口の中央に看板が掲げられこう書かれていた。
【商業協会運営店】
【食事処兼宿屋 陽は沈まない亭】
あまりにも立派な建物にアーシャとマインは、呆気にとられていたが、この世界の建築物に詳しくないフェスに二人の反応は理解できなかった。
外を出歩けなっかたとはいえ、巨大建造物をテレビや本で見ていたフェスにとっては、別段驚く大きさではなかった。
「さあ、中に入りましょう」
「そ、そうですね」
フェスに促されるとアーシャとマインが、握っていたフェスの手を離し背中を押して先頭を歩かせ始めた。
あれ? 先にいけと?
まあ、いいか、とフェスは先頭を歩き右側にある宿屋の入口を目指した。食事処を覗いてみると丁度食事の時間のためなのか大勢の人が、テーブルに所狭しと置かれている食事とお酒を飲みながら楽しそうにしているところを見たフェスは、自分も楽しそうに嬉しそうな気分になり顔が緩んていた。
みんな楽しそうだなぁ。
フェスは内心でそんなことを思いながら壁を触った。
石で出来ているとは思えないほど綺麗だけど、魔術で作られているのかな?
フェスの考えは間違いではなく建築魔術によって作られていた。一件の建築物を作るには、大きさにもよるのだが、何十人によって休みなく作られていた。どうして休まず作るかというと、一度でも時間を空けてしまうと継ぎ接ぎができてしまい綺麗な建物にならないためだ。
宿屋側の入口に着くと四段ほどの階段を登り建物の中に入った。
建物の中は、外壁の石とは違い木で出来ていた。
魔術って、こんなことも出来るのか……。
誰に聞いたわけではなかったが、フェスには、魔術によって造られた建物だと確信していた。
フェスが確信に至った理由は、木材をそのまま使用しているように見えるのに、床も壁も天井でさえ、一枚の木から作られているようにまったく隙間がなかった。
「宿屋側は、狭くないですか?」
「それは、たぶん……」
「申し訳ありません。一階を食事処にして、宿屋は受付だけたからです。部屋は二階と三階となっています」
アーシャの言葉にフェスが思ったことを答える前に、奥から二十代後半くらいのセミロングの緑の髪に緑眼、細身の女性が説明しながら現れた。
「も、申し訳ありませんでした」
訊かれているとは思っていなかったアーシャは、慌てて謝った。それに対しての女性の反応は、優しく微笑み気にしないでください。だった。
「ようこそいらっしゃいました。私は、宿屋側の担当を任されていますユイナといいます。三人様でよろしいですか?」
フェスが返事をすると、金額は、一人一日の値段と前置きの後に部屋の説明をしてくれた。
【二階】
下部屋―銅貨二十枚、一人部屋。狭いために三人では、無理しても泊まれないし、フェスたちが別々に部屋を取るのは推奨されなかった。
中部屋―銅貨五十枚。子供の三人なら泊まれるが、防犯上の観点から推奨されなかった。
【三階】
上部屋―銀貨一枚。
特上部屋―銀貨二枚。
「女の娘三人でしたら……少しお高いですが、泊まるなら護衛のいる三階を推奨します」
「上部屋と特上部屋の違いは何ですか?」
「まず、下部屋と中部屋は、部屋だけの値段であり、食事に水、ランプなどは別料金となっています。上部屋と特上部屋は部屋だけではなく食事、水、ランプなど含まれた値段です。そして、特上部屋だけにあるのが、お風呂です。領都にある宿屋でお風呂のある宿はうちだけです」
と、ユイナは、誇らしげに話していた。
お風呂ってそんなに貴重なのかな?
「特上部屋でお願いします」
「わかりました」
フェスが勝手に部屋を決めると、マインは慌てて革袋に入っている銀貨を探し始めた。だが、マインが革袋の中を確認している最中にフェスは、空間倉庫から銀貨六枚を取り出しユイナに手渡していた。それをアーシャとマインは驚きながらも、そう見えないように笑みを浮かべていた。
「すぐにお部屋に案内できますが、食事とお風呂の準備に少し時間がかかります。お店が閉まるのにもう少しありますからお買い物とか行かれるのはどうですか? その間に準備を終わらせておきます」
「そうですね……お部屋にいてもお邪魔になりそうですしお買い物に行きたいのですが、領都に着いたばかりで道がわかりません」
ユイナの提案にマインがそう言うと、少々お待ちください。と、ユイナは奥から成人したばかりに見える十五歳くらいのロングストレートの銀髪に銀眼の細身の女性を連れて戻ってきた。
「娘のリアです。この娘に案内をさせましょう」
「いいのですか?」
「ええ、この辺りの治安はいいのですけど、危険な場所も当然あります。不慣れな娘が道を外れると危険ですから」
フェスを見ながらユイナが説明した。
「ありがとうございます」
母娘なのに、髪の色も眼の色も全然違う。
「リアです。今年成人しました。よろしくお願いいたします」
「こちらこそお願いします」
フェスたち三人とリアが挨拶を交わすと、行きたい店を訊かれたフェスは、服屋を希望した。リアは、わかりました。と返事をした。
宿屋を出ると完全に太陽が沈み辺りは、ランプの灯りだけとなっていた。
ランプの灯りだけというのも幻想的だ。
ランプの灯りを見ていたフェスに気づかずに他の三人は、フェスを置いて先に行ってしまった。
ランプの灯りを見ていたフェスは、周りが喧騒としてきたのに気づきあたりを見渡してみると、アーシャたちの姿がない代わりに見知らぬ人たちに囲まれていた。慌てたフェスは、探知を使いアーシャとマインを確認するとその場から駈け出した。フェスが駈け出した方向にいた人たちは、ぶつかって怪我をさせるわけにいかないと、人一人通れる道を作り通した。
フェスを見ていた人たちは、見るだけで満足であり邪な考えの持ち主は一人もいなかった。邪な考えを持った者達は、遠目にフェスを視認しているだけだった。
「アーシャ姉様! マイン姉様! 置いて行くなんて酷いですよ」
そこで初めてフェスが付いて来ていなかったことに気付いたアーシャとマインだった。
服屋の前に到着すると、フェスとアーシャ、マインの三人は呆然と店構えを見ていた。
店は一階建てであり、それほど広くない。しかし、建物の価値は宿屋より高く見えた。建物は、ただの石より高級な大理石が使われていて、店舗の正面にはガラスがはめられ、清潔の整えられている店内が見えた。それだけではなく、店のお薦めの服が何着も飾られていた。
女性用の……お店? ああ! そうか……どうみても女の子にしか見えないから、女性用のお店に連れてきたのか。
フェスは、自分の服装を一度見て納得した。でも、まあ、旅の間は女の子の格好をすると約束したから、と無理やり自分を納得させた。
アーシャとマインは、どう見ても高級店だよね? と二人にしか聞こえない声で話をしていた。
店舗の前にたむろする四人を不審に思った女性店員が出てきた。
「お嬢さん達どうしたの?」
不審に思っていた女性店員だったが、お客だった場合困ると思い笑顔で接した。
「……服を買いに来たんですけど、入るの初めてなので……」
おずおずと答えるフェスを見た女性店員は、姿勢を正し一礼し真剣な顔でフェスを見た。
「失礼いたしましたお嬢様、わたくしが店内をご案内させて頂きます」
「よろしく? おねがいします」
急に真剣な顔つきになった女性店員に困惑しながらも、フェスは言葉を返した。
どうしていきなりお嬢様?
「ねえ、このお姉さん、急にどうしたの?」
「フェスのことを貴族のお嬢様、私たちを側使いと思ったみたい。それほど外れてはいないけど」
「僕もメイド服ですよ? 貴族のお嬢様には見えないと思うけど……」
メイド服を着た貴族のお嬢様なんていないよね?
「どうせフェスの容姿を見てお嬢様のお忍びと勘違いしたんでしょ」
「?}
フェスの呟きを聞いたマインが溜息交じりに呟き、意味のわからなかったフェスは頭に疑問符が浮かんでいた。
マインは、自分も貴族のお嬢様なのに、そう見られなかったことに少しショックを受けたようだ。
「お嬢様、中へどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
フェスはお礼を言って店内に入ろうとするとリアが入口の脇に立つのを見たフェスが声をかけようとすると、アーシャとマインに手を握られ店内へと入った。しかし、リアが店内に入らなかった理由をフェスは見逃さなかった。フェスたちに続いて店内に入ろうとしたリアを、女性店員が睨みつけていたことを。
アーシャとマインも気付いていた。そのためにフェスの手を握り店内へと入ったのだ。
「どういうことですか?」
「あの娘だけメイド服を着ていなかったからだと思います」
「はい、おそらくはそうかと。私たちは、お忍びのフェス様の側使い扱いですから一緒に入れました」
一応アーシャとマインの説明に納得したフェスだったが、内心では面白くなかった。これが、目に見えての身分のない世界からきたフェスの心情だった。
店内に入ると多種多様な衣服が飾られていて、アーシャとマインは目を奪われていた。フェスは無関心だった。
どのような服を選べかいいのかわからないフェスは、女性店員に任せることにした。その後も店内を歩いていると寝間着の置いてある場所を見つけると無難な寝間着を選ぼうとするとマインが、横から可愛らしいネグリジェをフェスとアーシャ、自分の分を九着選んた。
なぜ九着も? とフェスが聞くと、同じものを毎日着るわけにはいかないでしょ? と言われてしまった。それを聞いたフェスは、そうなの? と本気で考えてしまった。
フェスとマインで話をしているとアーシャが、いろいろな色のマントを手に戻ってきた。自分にあったブーツを替え用も含めて選ぶと、買い物を終わらせるために会計することにした。
会計のテーブルに行くと、信じられない量の服が積まれていた。フェスに服選びを任された女性店員が張り切って選んた結果だった。
「少し多くないですか?」
「い、いえ……女の子なら普通ですけど問題は、代金が足りるかどうか、です」
「着ていかれますか?」
「はい!」
お姉さんは満面の笑顔で聞くとフェスも笑顔で答えた。フェスの笑顔を見たお姉さんは、頬を赤く染めながらも対応する姿は、プロだった。
着て帰る事ことにしたのは、下は膝が半分見える程度の丈の薄い青のふんわりスカート、上が白のお尻が隠れる丈で長袖のブラウス、その上に白色のフード付きの外簔、足元に軽くって丈夫なブーツを履かせてもらった。
フェスは、貴族のお嬢様が普段着に着ている様な服装にされてしまった。
アーシャとマインは、その場で着替えるようなことはしなかった。
「お会計よろしいでしょうか?」
「はい」
「全部で、金貨十枚になります」
マインが返事をして代金を払う準備をしていたのだが、値段を聞いた途端に固まってしまった。マインは固まったままであったためフェスが空間倉庫から金貨十枚を手渡した。
支払ったフェスに対しアーシャとマインは、どうして持っているの? という顔をしていた。フェスは気付いていなかった。
「お荷物をどちらまでお運びいたしましょうか?」
と、女性店員が聞いてくるのでフェスは、必要ありません。と返答すると全てを空間倉庫に仕舞った。一瞬驚いた女性店員だったが、なにも見ていないように装った。
店を出るとリアと合流し店を離れた。暫く女性店員は、フェスたちを見送っていた。
「ねえ、フェス?」
「何ですか?」
「宿屋に戻ったらお話しましょうね」
「え? ええ、わかりました」
なんの話かな?
「それより、リアさん……外で待たせることになってしまってごめんなさい」
「気にしないでください。私も入れるとは思っていませんでしたから」
「どういうことですか?」
アーシャとリアが話をしているところに割り込んだ。
「あのお店は、貴族の方も利用しているお店ですから……宿屋の娘である私では入れません」
やっぱり身分だったのか。
そんなことを考えていたフェスの腹の虫が辺りに鳴り響いた。
一日まともに食べていなかったためにフェスの腹の虫は、周りに聞こえるほどのでかい音が鳴ってしまい注目を浴びてしまい顔を真っ赤にさせ俯いでしまった。フェスの腹の音を聞いた人達は、しばらくの沈黙の後大声で笑った。フェスの顔はマントのフードで隠れていたために見られることはなかった。
「「フェス……」」
「……ごめん」
アーシャとマインの二人は、額に手を置き首を振り溜息を吐いて名前を小声で呼びフェスも俯きながら小声で謝った。
リアは、なんとか笑いを堪えようとしていた。
大勢の人の注目を浴びながら歩いていると、屋台を発見した。美味しそうな匂いに負けたフェスは覗いてみることにした。
「こんにちは、ここは、何の屋台ですか?」
屋台の親父は、子供の声に仏頂面で声の主を見た。すると身なりのよさそうに見えるフェスを視線に捉えると慌てて笑顔を作った。
「はい、こちらは、豚のお肉を串焼にした物です」
「一本食べてみていいですか?」
「はい、どうぞ」
最初は仏頂面だったのにこうも変わるのか……。
フェスは、豚肉の串焼きを一本受け取り食べてみると、旅の間に食べた干し肉とは比べ物にならないほどの美味しい肉に顔を綻ばせた。笑顔のフェスを見ていたアーシャとマインも食べたそうな顔をしていた。
「おいしい! アーシャ姉様とマイン姉様も食べてみますか?」
「「うん」」
「おじさん! あと四本ください」
「はい、ありがとうございます」
フェスの注文に屋台のおじさんも笑顔で請け負った。フェスは代金を聞くのを忘れていた。
「代金は?」
「一本銅貨三枚です」
代金を聞いたアーシャとマインは、値段を聞いた途端驚き、食べていた串肉を落としそうになった。
串肉一本、銅貨三枚って高いのかな?
フェスは内心で思いながらも五本分の代金銅貨十五枚を取り出し親父に手渡した。親父は、代金を受け取るとアーシャとマイン、リアに一本ずつ手渡した。リアは、自分もいいのですか? と聞いていたが、マインに気にせずに食べなさいと勧められるとおそるおそる食べ始めた。
フェスは、スカートの裾を捕まれている感じがしたため見てみると、フェスのスカートを握っている女の子とその子の後に十人の子供がフェスの手元にある串肉を見ていた。
「おじさん! この子達は?」
「気にしないでいいです。浮浪児の子供たちですから」
浮浪児? 孤児?
痩せている手足に薄汚れボロボロの服を着て、穴の開いた靴を履いている子供達を親父に聞いてみると気にしないでいいと言われてしまった。
そう言われても気になったフェスは、持っていた串を上下左右に振ると子供たちの頭も串肉と同じように上下左右に動いた。それを見たフェスは面白く笑ってしまった。
「おじさん、焼けている串肉全部下さい。はい、銅貨四十五枚」
網の上で焼かれていた串肉は十五本あった。
「いいのかい?」
「ええ、お願いします」
親父は、手渡してくる中銅貨を受取りながらフェスに聞いた。
親父から大きい葉っぱに包まれた串肉を受けとったフェスは、一番背の高い子供に渡した。
「喧嘩しないで、みんなで仲良く食べてね?」
フェスの言葉を聞いた子供は、頭を下げお礼を言うと他の子供達も続いてお礼を言い始めた。
「ありがとうございます」
「ありがとうです」
「おねえちゃん、ありがとうございます」
子供たち全員がお礼を言い終わるとその場にいる子供達は食べ始めた。残りを他の子供達に持って帰るため丁寧に包み直していた。
フェスたちは、子供達に手を振ってから宿屋に戻った。子供達は三人の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。
宿屋に戻ると食事の準備が終わっているので、いつでも出せることを知らされた。部屋に戻る前に食事にすることにした三人は、テーブルで待つことにした。
運ばれてきた料理を見ると質素なメニューだった。
パン2ヶ、肉、塩の味しかしないスープ、萎びれたサラダだった。
これ、晩御飯? ……楽しみにしていたのに……いや、肝心なのは味だよね。
「なかなかまともな料理ですね」
「そうですね」
「……本気?」
アーシャとマインは出された料理を見て喜んでいるようだった。
もしかして、これが普通なのかな?
アーシャ、マインの言葉にフェスは信じられない顔をして見ていた。フェスが自分たちを見ていたことに気づいたアーシャが聞いた。
「どうしました?」
「何でもないです。……いただきます」
アーシャの声に首を振ってから目の前の夕食を食べることにした。
パンは柔らかいけどスープはしょっぱい……肉の味はいいけど堅く野菜は……あれ?
声に出さずに夕食の感想を述べていたフェスは、アーシャとマインが食べていないことに気づき二人に声をかけた。
「食べないの?」
「フェスが食べ終わってから頂きます」
「どうして一緒に食べないのです?」
「使用人が主人と一緒に食べるわけにはいきません」
マインとアーシャの言葉を聞いてフェスは首を傾げた。
主人と使用人? 何を言っているんだろう?
「もしかして、僕と同じようになにも食べていないとか?」
「はい、フェスが食べていないのに食べるわけにまいりません」
「……姉妹として旅することに決めたのに、そんなのおかしいですよ? 一緒に食べましょう」
「「しかし」」
「なしと言ったらなしです。いいですね?」
「「……はい」」
フェスの提案にアーシャとマインは頷き承諾した。
やっと、納得してくれた。一人で食べているところを見られながら食事していても美味しくないからね。美味しくない料理が更に美味しくなくなると困る。
「美味しいですね?」
「そうですね」
二人も食べ始め三人で会話をしながら食事をした。
「……ねえ、これがこの世界の普通の料理ですか?」
「城の使用人が食す料理よりいいですよ」
病院食より酷い食事を指さしてフェスは聞いたが、使用人よりはマシな料理と言葉が返ってきた。
この世界はもしかして、食事は食べられたらいいと思っているのかな? 料理に力を入れてないように感じる。
「肉堅くないですか?」
「普通ですよ?」
肉が堅いと言えば、二人から普通と返ってくる。
「さっきの肉は柔らかかったですよね?」
「屋台で食べた肉とここの肉は別物です」
「あそこの屋台が特別なの? 他はもっと安いの?」
「屋台が特別と言うか肉が特別なんです。先程の屋台は豚肉、ここの肉は野犬の肉です。その差だと思います」
屋台の肉が特別と返ってきた。
野犬の肉? 最初に倒した魔物だよね? あの肉が普通の料理屋で出されるの?
「美味しくないですか?」
「う、うん……でも食べるから、二人も気にしないで食べて」
あまり食が進んでいないフェスを見てアーシャは手を休めて聞いた。フェスは笑顔を見せて食べると言った。食べながら食事のことを考えた。
もう我慢できないから食べるけど、何とかしないと駄目だ。入院中に読んだ本の中に簡単な料理本もあったから簡単なのなら作れると思うから自分で作るろう。
やっとの思いで食べたフェスは、アーシャとマインを連れて宿屋の受付にいたユイナに声をかけた。
「食事終わりました。お部屋に案内お願いします」
「わかりました。ご案内いたします」
ユイナは、リアとは別の女の子に受付を任せると先頭を歩き階段を昇った。ユイナは、三階に到着するとフェスたちに、備え付けの靴に履き替えるように言った。
「ここで、靴を履き替えて下さい。履き替えた靴は、こちらの棚にお願いします」
土足で入り込む一階と二階は、良く掃き掃除をされてはいたが、砂だらけだった。それに比べて三階は靴を履き替えるため綺麗だった。
護衛の前を通り三階の一番奥にフェスたちの部屋があった。
部屋の中に入ると子供三人で泊まるには、あきらかに広すぎる部屋だった。部屋は二部屋あり、一部屋は、目の前のベッドの置いてある部屋。もう一つはお風呂場だった。
お風呂は、魔道具により沸かされているために最上部屋にしか置けないようだった。
部屋の説明を終えたユイナは、部屋を出て一階の受付に戻った。
「フェス、お風呂にする?」
「はい」
フェスがお風呂に入ろうとするとアーシャとマインも後ろからついてきて、フェスの服を脱がせると自分たちの服も脱いだ。
「どうして、アーシャさんとマインさんも服を脱いでいるんですか?」
「もちろんフェスを洗うためです」
「自分でできますよ?」
「そんなに長い髪を一人で洗えるわけないですよ」
確かに、とフェスも思ってしまった。
「思ってたより抵抗しませんね」
「人に洗われるの慣れているのですか?」
「そうですね……生まれてからずっと洗ってもらっていましたから」
マインとアーシャに質問されフェスが答えると、場は静まり返った。
「フェス、明日の予定はどうするの?」
「色々な本を読みたいので、本屋に行きたいです。それと旅に必要な物を買いに行きます」
「わかりました」
フェスの体を洗い終わったアーシャとマインは、自分たちの体を洗いフェスの浸かっている湯船に入った。
充分に体が温まると湯船から上がった。
「では、フェス様……お話をしましょうか?」
「何のお話ですか?」
風呂から上がると早速とマインが話し始めた。
「どうしてお金を持っているんですか?」
「空間倉庫に入っていました。武器と一緒に……神様からもらいました」
「……盗んだわけではありませんからまあ、いいでしょう。お金の価値わかりますか?」
「いいえ、全然わかりません。神様からは実践で覚えなさいと言われました」
フェスがそう言うと、一度息を吐いたあとにマインが説明を始めた。貨幣の歴史は約百万年前に人類最初の王国が誕生したのと同時に使われるようになった。貨幣は王国誕生時同時に発足された商業協会に一任され決められてきた。
一大陸から五大陸に増えても変わることなく商業協会により貨幣の全てを取り仕切っている。
造幣は商業協会しか認められておらず、冗談でも偽貨幣を造った場合にはすべての協会を敵に回すことになる。仮に国家が関わって場合には全ての国全ての大陸から攻め込まれることになる。そのため闇協会の犯罪者集団でさえ偽貨幣造りには手を出さない。
なら商業協会が悪事を起こさないのかと思っている人もたくさんいる。
最初こそ犯罪に手を出す人物もいた。そのために商業協会に働く協会員は必ず契約書を書き魂を縛られることとなった。この契約書は一度書くと協会を辞めたとしても解かれることはない。
契約書の効果は、契約に書かれた内容を破った場合は死ぬこととなる。契約書の内容は極秘となっているため名前を書いた者にしかわからない。
こういう理由から完全な信用によって運営されていた。
貨幣の種類には、石貨、鉄貨、青銅貨、小銅貨、銅貨、大銅貨、小銀貨、銀貨、大銀貨、小金貨、金貨、大金貨、白銀貨、ミスリル銀貨の十四種類がある。通貨はEで五大陸共通となっている。
石貨=一E
鉄貨=五E
青銅貨=十E
小銅貨=五十E
銅貨=百E
大銅貨=五百
小銀貨=千E
銀貨=五千E
大銀貨=一万E
小金貨=十万E
金貨=五十万E
大金貨=百万E
白銀貨=五百万E
ミスリル銀貨=一千万E
となっている。
通貨Eは、全世界共通なのだが、一部の国を除き多くの国では、王侯貴族や商人同士の売買にのみ利用されている。なぜかというと識字率の低さに算術のできない者が多いためにあまり利用されてはいない。店によっては客を見た目で判断し銅貨何枚かEを個別に分けているところもあるが、多くは客を区別することなくどちらかに同一している。
平民だけではなく貴族の子供たちでさえ読み書き、算術のできない者が多いために通貨Eしか使われていない国の方が稀である。
もし、知らずに頭の悪い貴族の子供にEを使用した場合には、どのような仕打ちをされるか分かったものではない。
人族の平民が生活で使用するのは鉄貨、青銅貨、銅貨、お金の持っている人でも小銀貨までで、銀貨以上を使用するのはいない。銀貨や金貨は、商人、貴族が使用する貨幣となっている。白銀貨、ミスリル銀貨になると大商人に大貴族、国や領地運営で使用するのみとなっている。銀貨以上の貨幣を一度も見たことのない平民も大多数いる。
平民のひと家族四人の生活なら一日銅貨二枚あれば、贅沢しなければ充分に生活できる。
平民の労働による給料は、基本日払いで銅貨一枚~三枚の収入が一番多い。日払いの理由はいつ死ぬかわからない危険な世界のため一日一日を有意義に生活を送れるようにと数万年前から決められている。
兵士は基本二十日に一度の支払いとなっている。但し危険な任務に就く前には日割りと危険手当が支給される。
なるほど、串肉一本銅貨三枚と聞いて、アーシャさんとマインさんが驚いた理由はわかったよ。それにしても種類多くない? それと石貨ってなに? 石をお金に使用してるの?
「……貨幣の種類多くないですか? それと石をお金にしているのですか?」
「種類が多い多い理由は、お金の価値は五大陸共通ですが、経済状況が違います。そのため種族や身分によって使える貨幣が変わります。種族や身分によって生活しやすいように、その都度商業協会の判断によって増やされてきました。石貨もその一つです。人族の間ではあまり使われませんが、他大陸では利用されているようです。……もちろんただの石ではなく、商業協会の手によって特別処理され作成、複製できないようになっています」
マインはフェスの質問に一気に答えた。
「……ミスリル銀貨、銀貨なのに金貨より価値は上なのですね」
「金よりミスリル銀の方が希少価値は上ですから。金は国によって採取量は変化しますけどある程度は採ることはできます。それにくらべてミスリル銀は採取場所は限られています。採取できない国の方が多いくらいです。それに、ミスリル銀は、貨幣だけではなく武器や防具、装飾品にも利用されていますから価値が上がってしまうのです」
「なるほど……」
頷くフェスを見て、お金の価値を少しは理解できたかと思ったアーシャとマインは、初めての旅で疲れているだろうと休むことにした。
「そろそろ寝ましょうか? 六日ほど揺れる馬車の中でしたから疲れているでしょう?」
「うん……でもベッド一つしかないよ?」
「大きいから三人で寝られますよ」
フェスも寝ることには賛成だったが、ベッドは一つしかなかった。
しかし、最初から三人で寝るんだろうな……。と思っていたフェスは諦めていた。
買ったばかりの寝間着に着替えるとフェスを真ん中にして川の字で寝ることになった。
「なぜ、僕が真ん中なんですか?」
「フェスを守らないといけないからよ」
守る? なにから?
フェスが思い悩んでいるのを無視して、フェスをベッドに寝かせてから自分達も寝る準備をした。
三人でベッドに入るとフェスは、左隣に寝ていたアーシャに抱きついてしまった。
「どうかされましたか? 暑くないですか?」
優しく声を掛けてきたアーシャにフェスは、首を振ることしかできなかった。様子のおかしいフェスを心配したアーシャは、フェスの頭を優しく撫でながら声をかけた。
「本当に大丈夫ですか?」
「本当に……大丈夫です。ただ……誰かと一緒に寝たのが初めてなんです。お母さんと寝た記憶もありません……」
フェスは話しの途中で言葉を詰まらせてしまった。
「もう喋らないでいいです。私たちがいますから安心して眠ってください」
「そうです。フェスは一人ではありません」
フェスはアーシャ、マインの言葉に頷くだけだった。
「「おやすみ」」
「おやすみ」
フェスは生まれて初めて人の温もりを知り、この世界に来て初めてベッドで眠りについた夜だった。