第4話 商業協会
神名暦五百六十一年蒼月八日
神聖ヴェスナー帝国カルフ・マースチェル伯爵が治めるマースチェル領領都ファウダーは、神聖ヴェスナー帝国内での領地面積第六位、人口第五位に位置している。だが、現在の領主に代わる前は、領地面積人口ともに第三位の位置にあった。
先代のヴェガス・マースチェル伯爵は、最初はただの平民の見習い兵だった。
神聖ヴェスナー帝国の南に位置する小国ヴァレイとの小競り合いで、前線で戦っていた軍団が全滅し指揮官も討ち取られてしまった。
主力が壊滅したために他の部隊は逃げ出してしまった。戦場に取り残された部隊は、殿を任された千人に満たない平民の兵士と見習い兵士だけになってしまった。
自分たちだけ取り残されたことを知った見習い兵士達は、一目散に逃げ出そうとしていた。それを止めたのは、見習い兵の指揮を任されていたヴェガスだった。
「殿を任さたにもかかわらず逃げ出すと、ここを生き残れたとしても軍法違反で処刑されてしまう」
と説き伏せた。それだけではなく、ここにいても死ぬ、逃げても死ぬのなら前に出て勇敢に戦おうと言った。全兵の同意を得たヴェガスは、平民の兵と見習い兵を指揮し一点突破を試みて、敵国の将軍を見事に討ち取り勝利に導きその手柄により士爵位を叙爵された。それからも手柄を立て破竹の勢いで出世していった。
戦争で軍を率いては、敵将を討ち取り勝利し、内政を任されたら求められた以上の成果を出し、外交を任されたら見事に任務を全うした。
神聖ヴェスナー帝国史上初の一代で平民から伯爵まで上り詰めた。ヴェガスは平民の英雄となった。
男爵に叙爵された際に領地を頂き、伯爵になってからも領地を増やしていき神聖ヴェスナー帝国第三位までの領地面積となった。
一位と二位は、皇族が治める領地であり、貴族が治める領地に限定すれば一位の領地だった。
ヴェガスは、内政、軍事、外交の全てにおいて優秀であり神聖ヴェスナー帝国皇帝は、ヴェガスが活躍するたびに自分のことのように喜び、我が国にヴェガスが居れば他の者はいらぬ、と呟くようになった。そのために他の貴族から煙たがられ平民の成り上がりの分際で、とよく影口を言われていた。しかし、本人は全く気にしていなかった。
今から十年前、嫡子コスターク・マースチェル十三歳を連れ同盟関係にあったジェスム王国との外交の任務をこなし帰国の途中で国境にある吊り橋の上で襲われコスターク共々帰らぬ人となってしまった。
実行者は現在も捕まっていない。
最初こそ隣国ジェスム王国が疑われた。しかし、同盟関係にあった国のヴェガスを暗殺する理由はないために捜査初期に外された。その後捜査を行っても犯人は見つからなかった。国民達の間で神聖ヴェスナー帝国内の貴族が犯人なのでは? と噂されるようになった。
貴族を調べる証拠は見つからなかったために、誰ひとりとして取り調べられることはなかった。
ヴェガスが襲われ帰らぬ人となったことを聞いた皇帝は、悲しみで崩れ落ちた。報告を受けた一の鐘分経った頃にフェガロフォス・ヴェスナーが誕生した。
失う命あれば生まれる命もある。第一正妃が男の子、世継ぎを産んだのを喜び会いに行った。だが誰一人として喜んではいなかった。
皇帝が何があった? と聞くと重い口を開くと、お世継ぎ様下半身不随により一生歩くことはできないでしょう。の言葉に皇帝は、ヴェガスの呪いと思い込みフェガロフォスとは、もう会わないとその場で宣言した。
次男が生まれた際にヴェガスの呪いは解けたと喜んだ。
ヴェガスが死んだ際に一緒に行動していた嫡子も一緒に死んたために、マースチェル伯爵を継いだのは当時六歳の次男カルフだった。
学校に通っていた六才の子供に領地経営が出来るわけなく、他の貴族達に騙されたりマースチェル領の領地内の村町の官吏に騙されたりと領地を減らしていき現在の領地となった。
カルフ・マースチェル伯爵の人柄は、温厚で領民に優しく人気はある。無能ではないが領地経営に向いていない。
現在は、三男のルークス・マースチェル13才を補佐としなんとか領地経営が成り立っている。
……話しが長い。門が見えてからかなりの時間経っているけど、よく喋れるな……聞いているだけで疲れる。
心の中で呟き溜息を吐いたフェスは、マインと視線を合わせた。
「マインさん話終わりました? その話必要だったんですか? 何気にフェガロフォスの話も出てきましたけど」
「基本必要ありません。危ない街でもなく、危険な領主でもありませんから神聖ヴェスナー帝国内でも安全な街と言えます」
質問したフェスに対し別に必要のない話だったとマインは答えた。
必要のない話ならしないで欲しい。
フェスの訝しげな視線に気づいたマインは手を振り慌てた。
「領地情報はあった方がないよりは楽しめると思いましたので……」
「わかりました。ところで、何故神聖ヴェスナー帝国なんですか? ヴェスナー帝国じゃ駄目だったんですか?」
責めるようなことでもないので、話を変えるのにフェスは、少しだけ疑問に思っていたことをマインに聞いた。
「国を興した初代皇帝が、聖女と呼ばれていたのと、ヴェスナー王国と名乗っていた時代に、ティモリア教会発祥の地とされていたからだそうです」
なるほど……聖女と教会で、神聖化したかったのかな?
「早く街の中に入りませんか?」
腹ペコの限界だったフェスはそれ以上考えることを止めて中に入ることを提案した。
「わかりました。その前に一つ、私たち以外の前では、僕ではなく私と言ってください。それとこれからはフェス様ではなくフェスと呼ばせて頂きます。会話も敬語をなくしていきます」
敬称や敬語で話す姉妹は、貴族くらいしかいないために察しのいい人なら気付く恐れがあるためとマインが説明をした。
「……わかりました」
アーシャの言い分に納得したフェスだった。
どんどん女の子にさせられている気がする……いや、気のせいかな? 気のせいならいいな。
フェスはぶつぶつ呟きながら歩いていた。
三人は街に入るために、長い行列の最後尾に並んだ。
アーシャとマインの前に立ち俯き考えことをしていたフェスだたが、周りのざわめきに気づき辺りを確認してみると大勢の人がフェスをみていた。そして、辺りを確認するために顔を上げたフェスを見て男性も女性も関係なく歓声が沸き起こった。
その歓声にフェスは驚きアーシャとマインの後ろに隠れてしまった。フェスが隠れてしまったを見た人達は溜息を洩らした。
人々の溜息を聞いたアーシャとマインは、自分達の後ろに隠れていたフェスを正面に引きつりだした途端に歓声が戻った。
吃驚したフェスが笑顔を見せた途端に静まり、数秒後に大地が震える大歓声が起きた。
えっ! えっ!? 何これ? 何これ? 怖い怖い怖い! 本気で怖い!
フェスは本気で怖がってしまい後ろにいたアーシャの胸に抱きつき震えてしまった。
「フェスいきなり抱きつかないでください ……あれ? 本気で震えてるの?」
「怖い怖い怖い怖い! 大勢の人が見てる……ひどいよアーシャ姉さま、マイン姉さま」
涙目での姉さま攻撃にアーシャもマインも胸がキュンとなりアーシャは、フェスを強く抱きしめた。
「アーシャさん卑怯です。私にも抱きしめさせてください」
マインもフェスを抱きしめたいためにアーシャに嘆願していた。
そうこうしていると門兵の二人が走って来て騒ぎの中心にいた三人に駆け寄ってきた。
「おい! この騒ぎはなんだ!」
「お前ら何してんだ!」
「何してんの、はこっちのセリフです。妹が怖がって泣いていますからなんとかしてください」
「わ、わかった。……お前ら、やめろ! 静かにするんだ」
門兵のいきなりの怒鳴り声にもマインは怖気ず言い返した。門兵の二人は、マインの迫力に負け騒いでいる人たちを止めることにしたが、門兵たちの声も聞こえないほど騒いでいるので止まらなかった。
暫く騒ぎを収めるのに動いていた門兵の二人だったが納めるのを諦めた。門兵の一人がアーシャ達を見てから門の方を見て言った。
「先に街に入る手続きを行うのでついて来てくれ」
「わかりました」
門兵の言葉にマインが頷き返事をした。
門兵は周辺が静まらないので、三人を先に街の中に入れることにして護衛しながら門を目指した。
フェスは、アーシャの背中に顔をくっつけたまま門まで進んだ。それでも注目の的になっていた。
門に到着したがここでやるには五月蝿いし危険もあるため、詰所にある執務室に案内された。
執務室に入ったところで兵士がソファーに座る様に指示してから三人へ優しく声をかけた。
「ここなら大丈夫だろう。そちらの小さいお嬢さんも安心してくれ」
「……ありがとうございます」
フェスは、アーシャの腕に隠していた顔を兵士に向けてからお礼を言うと兵士二人は茫然とフェスを見ていた。
「成程、あれ程の騒ぎになった理由がわかったよ」
とフェスたちから視線を逸らしながら兵士が言った。
未だに視線をそらしている兵士に、アーシャは首を傾げて話しかけた。
「どうかされましたか?」
「いえ、すいません。手続きを行いますので身分証をお願いします」
アーシャに話しかけられた兵士は慌てて首を振った。
マインは兵士に身分証について説明をした。
「すいません。私達身分証のいらない集落から来ました。ですので、身分証がないのです。商業協会に登録して発行してもらおうと思っています」
「確かに身分証を作るなら商業協会の身分証カードの方が利便性がありますからね」
「はい、旅もしたいと思っています」
「旅をするにも便利だと思います。身分証のない方を街に入れるための規則ですので、こちらの水晶玉に手を置いてください」
マインと兵士は淡々と話を進めて行った。
兵士の最後の言葉を聞いてフェスは首を傾げて悩んだ。
これが魂の色を確認する道具?
フェスが内心考えているとアーシャとマインの二人は終わっていた。
あれ? 二人共、もう終わったの? 見ていなかった。
「さあ、君も怖がらないで大丈夫だから、ね?」
黙って考え事をしていたフェスを見て、怖がっていると思った兵士は笑顔で言った。
「うん!」
兵士の言葉にフェスは、思いっきり笑顔で可愛く返事をし頷いてから水晶玉に手を置くと金色に変化した。
あっ! 忘れてた。
「おお! 金色だ!」
金色に輝いた水晶玉を見た兵士は驚きの声を発した。フェスの隣に座っていたアーシャとマインも声を出してはいないが驚いた顔をしていた。
やっぱり金色って珍しいのかな?
いつまでも驚いている目の前の兵士にフェスが話しかけた。
「金色では駄目なですか?」
「い、いえ、すいません。珍しい色でしたので、つい」
フェスに話しかけられて、やっと動き出した兵士は、水晶玉の色について話し始めた。
しかし、マインに聞いた話とそれほど変わらなかった。
ただ一つ、人を殺しても必ず赤色の魂になるわけではないそうだ。
黄色や赤色の犯罪者を殺した場合と自分が殺されそうになったために抵抗して相手を殺してしまった場合などは変化しないそうだ。その他にも変化しない理由があるようだが、詳しいことはわからないそうだ。
「金色である貴女は、神の心と魔力に近い存在として聖女様と呼ばれる存在です」
「……やめてください。わたしは、ただの田舎の娘ですよ?」
本当に聖女様と呼ばれるの? そんなの嫌だ!
フェスが内心で困っているとアーシャとマインの二人は、驚いているのかと思えば一生懸命に笑いを堪えていた。そして、兵士はキラキラした目をしてフェスを見ていた。
「あの、それで街に入ってもいいですか?」
フェスは聖女と言う言葉を誤魔化そうとした。
「あ、はい、大丈夫ですが、初めての様ですので、この水晶玉について説明させて頂けますか?」
「はあ……」
最初、誤魔化せたかと思ったフェスだったが、兵士は水晶玉の話を始めてしまった。
「お、お願いします」
長い話になりそうだったので断ろうとしたフェスだったが口から出たのは、お願いします。だった。
兵士の話によると水晶玉の本来の名称は判別水晶球と言う。判別水晶球は兵士の詰め所、商業協会、魔術協会、冒険者協会、教会に置かれ全て同じものだ。そして、五大陸全てで情報を共有している。どこか一箇所で身分証を作ると作成場所以外でも身分の保証をしてくれることになる。死んだ人を発見した場合も髪の毛一本持ち帰れば、その人の情報を確認できることになっている。
マインさんに聞いた話とほとんど一緒だ。
身分証作成時に青色でも黄色や赤色に変わる人もたくさんいる。そんな人たちを指名手配するのにも判別水晶球を使用する。たとえば、領都ファウダーの水晶球で指名手配にすれば、すべての国、全ての大陸で指名手配されることになる。
(やっぱり……長くなりそうだ)
「犯罪者を捕まえるのは基本、兵士や騎士に冒険者達です」
貴女方三人には関係ないかもしれませんが、と前置きしてから兵士は話を続けた。もし、犯罪者を捕まえた場合は近場の各村町街の兵士の詰所に渡せば報奨金を受け取れるが、犯罪者でなかった場合は、迷惑料を取られる。
赤色の犯罪者を殺した場合は、髪の毛一本でも詰所に持ち込めば報奨金を受け取れる。当然ながら殺した相手が黄色や赤色じゃなかった場合、水晶玉で確認し赤色に変化しているとその場で捕縛となる。
髪の毛一本で何が分るのかな?
「髪の毛で、なにをわかるのですか?」
疑問に思ったフェスは、髪の毛の事を聞いてみた。
「正確には、体の一部なら何でもいいんです。体の一部で、わかることは沢山あります。生誕した際に全員が国の身分証を作ることになっていますし、各協会の身分証を作ったりして登録されていますので、名前や出身地もわかります。他にもわかりますが機密事項ですのでこの辺りで……」
「男の子でも金色の人はいるんですよね?」
「過去にはいたとされています」
「そうですか……時間がなくなりそうなので、商業協会に行きたいのですが」
取り敢えず聞きたいことは聞いたので、商業協会に向かうことにした。
早く食事もしたいし……。
「身分証のない方が、街に入るのに税金と補償金を預かることになっています。しかし、珍しい金色を見せて頂いたいたお礼に補償金は結構です。税金の一人銅貨十枚をお願いします」
マインがポケットに入れていた革袋から銅貨三十枚を取り出し手渡した。
「ありがとうございます。外までご案内します」
銅貨三十枚を受け取った兵士は、笑顔で三人を詰所の外まで案内した。
村町街に入るには、市民登録者と冒険者以外の人は税金を支払わなければならない。出るにはかからないが一度出ると入るのにまた払わなければならなくなってしまう。
市民登録者と冒険者の登録者は、入る際の税金を支払う必要はない。市民登録者は一年に一度、国または領地ことに決められた税金を払い、冒険者は依頼達成後の報奨金から決められた税金を取られることになっている。平均は二割、内訳は協会一割に国一割だ。協会に収める税金は一割と決まっている。欲深い国は多めに徴収する場合もあった。
ある国の話だが、その国には地下迷宮があり黙っていても冒険者が集まって来ることから多めに徴収しても大丈夫だと思い五割を徴収するようになった。冒険者協会に払う一割を足しで六割を徴収されると冒険者は、怒りを露わにし国から出て行ってしまった。
冒険者がいなくなってから地下迷宮の魔物たちは減らずに増える一方であった。冒険者がいなくなってから数年後、地下迷宮から魔物が吹き出し国が滅びてしまった。
現在もその国があった場所は、魔獣や魔物が溢れかえっていたが、隣国が協力し合い兵士や騎士を派遣したり冒険者に依頼を出し数を減らしている。
何故、税金の話から冒険者の話をして、国が亡ぶ話を聞かされているのだろうか?
やっと街に入れると思った三人だったが、詰所の外に大勢の人がフェスを待ち構えていた。その人数に驚いたフェスは再びアーシャの後ろに隠れた。怯えているフェスを見た兵士は大声で集まっている人たちに叫んだ。
「小さい女の子が怯えている。お前らのやっていることは暴力に等しい、捕縛されたくなければ解散しろ!」
捕縛されたくない人たちは、兵士の言葉にしぶしぶ従い解散を始めた。
やっといなくなった。
「いなくなりましたが、危険ですので商業協会までご案内いたします」
「いえ、そこまでお世話になる訳にはいきません」
「お気にしないでください。これも任務ですので!」
兵士の善意をフェスは断ったが、兵士はあくまで案内するつもりのようだ。
そんな特定の人を守る任務ある訳ないじゃん。この人もある意味危なくない?
フェスが黙っているとマインが代わりに答えた。
「商業協会まで、お願いします」
なっ!? 余計なこと頼まないでよ。
フェスが睨むとそれに気付いたマインは目を逸らした。
目を逸らした!?
そのやり取りに気がついていなかった兵士二人は、商業協会へ歩き始めていた。
三人もそれに続いて歩き始めて暫くすると周りが騒がしいことに気付いたフェスが、辺りを見渡してみると遠巻きに大勢の人の注目を浴びていた。
兵士に連行……いや、案内されている少女三人って、余計に目立っているような? ……僕は、男だけど。
フェスをアーシャとマインが掴みながら歩いていると周りから、可愛いものを見る暖かい視線を送られていた。そんな視線に気づいたフェスは余計に恥ずかしくなった。
フェスが下を向いて歩いていると商業協会に到着した。
「こちらが商業協会になります」
兵士は左手で商業協会の建物を示し三人が頷くと、兵士は、商業協会内に入って行くと三人も続いて中に入った。
商業協会内に入ると受付のお姉さんが二人いるだけで、他には誰もいなかった。
協会内に入って来たフェス達を確認したお姉さんが、笑顔で話し掛けてきた。
「ようこそ、本日はどのようなご用件でしょう?」
アーシャが答えようとしたときに兵士が代わりに答えてしまった。
「こちらの三人に商業協会の登録とカードの発行を頼む」
兵士が代わりに答えたので、受付のお姉さんは怪訝そうな顔でフェス達を見た。それに気がついたフェスが兵士に言葉をかけた。
「もう大丈夫です。後は自分たちでやります」
兵士二人は、しぶしぶ納得し建物の端っこで待機した。
帰らないのかい! もういいから帰ってよ!
「あ、あの、ごめんなさい。私たち……協会登録したいのですが、どうすればいいですか?」
おずおずとフェスが受付のお姉さんに聞くと、ゆっくりと頷きカウンターの下に置いてあった協会登録申請用紙を取り出し机の上に置くと、フェスたち三人に席に座る様に指示した。
受付のお姉さんは冷静を装っていたが内心では、可愛い女の子、可愛い女の子! とウキウキな気分で兵士が、ここまでくっついできた理由に納得した。
「こちらの登録申請用紙の規約を読んで納得できましたら名前をお願いします。名前は略称でも偽名でも構いません。書きましたら最後に水晶玉に魔力を登録しますので手を置いて頂きます」
お姉さんは、ウキウキな気分を外面に全く出さずに受付のプロとして説明した。
規約? めんどくさいけど一応目を通しておくか。
フェスが規約文章の読み始めと終わりでは、読む速さが変わっていた。
規約を簡単に要約するとギルドの規則を可能な限り守りますと言う宣誓文。
全ての項目に”できれば””なんとなく””なるべく””可能ならば”の一文字が書かれていた。
こんな規約で大丈夫なのか?
「すいません。こんな簡単な、と言うか曖昧な規約でいいんですか?」
「はい、不安になるのもわかりますが、仕方がないのです」
規約内容に不安を感じたフェスは、受付のお姉さんへ疑問を聞いた。
協会は五大陸全てにあり、種族はもちろん国ことでも商売のやり方に違いがあり、全ての国に対して対応できるわけがなかった。
ある商売の仕方をある国では合法でもある国では詐欺になる場合があるために可能な限りとしているそうだ。
協会の設立当初には、細かく商売の仕方が決められていた。だが馴染めない人たちが詐欺で掴まり商業協会の信用をなくし、尚且つ登録する人がいなくなってしまった。協会の運営がままならなくなり仕方なく簡単な規約登録にした。
商業協会の登録は、商売人の子供達の関係もあり0才から登録できる。
まあ、いいや、サインして早く食事にしよう。
「名前書きました」
「はい、ありがとうございます。魔力を水晶玉に登録しますので、手を置いてください」
フェスは、名前の書いた書類をお姉さんに渡すと水晶玉に手を置くように言われた。
改めて考えると、ただの水晶玉に見えるのにここまで便利機能あるとは……。
と、聞いた話しを頭の中で纏めていると、受付のお姉さんが驚いた顔をして自分を見ているのに気がついた。
「……どうかしましたか?」
「……聖女様?」
「……違います」
「えっ! でも、金色ですよ?」
「たまたまですよ」
フェスの言葉に納得できないでいた受付のお姉さんは、さらに言い寄ろうとしていたが、アーシャとマインが規約を読み終え名前を書き提出したためにフェスに言い寄るのを止めて二人の処理を行った。
「聖女様!」
「まだ言いますか? 気のせいです」
受付のお姉さんの必死の言葉をフェスは、苦笑し否定した。
納得できない受付のお姉さんであったが、アーシャとマインにフェスを隠されてしまい諦めた。最後に協会登録者に必ず話す決まりことを話した。
「最初のランクは見習いのIランクです。Iランクが商売できる場所は、商業協会の取り仕切っています市場と協会内だけとなります。それ以外の場所で商売をしますと違反とみなし商業協会から抹消されますので気を付けてください。ランクアップ方法は二つあります。市場または店舗での売上と商業協会へ直接持ち込む方法です。
最後の説明となります。商業協会の身分証を発行した方のみとなりますが協会でお金を預けることができるようになります。お金の出し入れは商業協会のある所なら国など問わず行うことができます。いくら預けているかは身分証に記載され水晶玉を通さなければ確認することはできないようになっています」
お姉さんは、長い台詞を一息で話し終えた。
「はい……持ち込みはなんでもいいんですか?」
「構いません。どんな物でも買い取り致します。しかし、手数料を支払う都合上自分で販売するより安くなることは承知しておいてください」
商業協会のカードを受け取ったフェスは、お姉さんに話しかけた。
「もう持ち込みしていいですか?」
「構いませんけど……なにも持っていないようですけど? どのようなものを持ち込みですか?」
「魔獣の死骸です」
「えっ!? で、では……こちらにお願いします」
どう見てもなにも持っていないのに魔獣の死骸を持ち込むと言ったフェスの言葉を信じたお姉さんは、フェスたちを魔獣の持ち込みの部屋に案内した。
部屋というより倉庫だった。地面は木ではなく鉄で出来ていて、解体用のテーブルと血抜き用に天井にロープを吊るせる様になっていた。壁際には、解体用の色々な道具が置かれていた。
「こちらにお願いします」
フェスはお姉さんに言われた場所に空間倉庫から野犬と猪の死骸二匹ずつを取り出し置いた。
「…………」
なにもなかったところから急に死骸が現れたことにお姉さんは驚きのあまり固まってしまった。しかし、商業協会の受付をしているお姉さんには、別段珍しいことでもなかったためすぐに立ち直った。しかし、お姉さんが見慣れているのは空間箱であったために、フェスが使ったのも空間倉庫ではなく空間箱と勘違いしていた。
「空間箱を使えたのですね。それにしても、これだけの大きさのを四頭も入れられるとは、さすかは聖女様、魔力総量が多いのですね」
「はあ、まあ……それほどでもないです」
「では、査定に入らせて頂きます。受付でお待ち下さい」
フェスたちが受付に戻るために部屋を出ると、二人の男性職員が入れ替わりに部屋に入った。
それほどの時間待たずに査定が終わったようでお姉さんが戻ってきた。
「おまたせ致しました。査定が終わりました。野犬二匹は、魔石もそのまま入っていましたし、死後硬直もなく肉は柔らかく毛皮も綺麗です。猪も同じく状態がとてもすばらしいです。少し査定に加算させて頂きました」
お姉さんは、一息ついてから査定の話をした。
「野犬一匹銀貨一枚、猪一匹銀貨二枚……合計で、銀貨六枚となります。ランクHからGへのランクアップに必要な銀貨二枚を売り上げましたので、三人のランクアップをさせて頂きます」
フェスたちからカードを受け取ったお姉さんは、ランクアップ手続きを行った。協会カードには、ランクHからランクGへと変わっていた。