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第2話 青い月

 雲一つない夜に城門から一台の処分寸前の古い馬車が走り抜けた。


 城門には、二人の門兵が立ち、出入りする者に厳しい質問、検査等が行われるはずなのだが、門兵はその古い馬車に関わり合いになりたくないために無検査で城門から出した。

 馬車には、御者台に男一人とボロボロの幌を張ってある荷馬車に二人の女の子と棺桶が一つ載せられていた。

 本来の厳しい検査にはこの棺桶の中身も検査する必要もあったのだがこの二人の門兵は確認しなかった。いや、他の門兵であったとしても棺桶の中身を確認する者はいなかったであろう。

 何故ならこの棺桶の中には、生まれてから歩く事が出来なく病気の原因もわからなく奇病や呪いとされ城の地下に隔離され、お世話係メイドと薬師を抜かしては、家族からでさえいない者として認識されていたし、人に伝染る病気とされていた為に棺桶を検査する任務を怠ったのだ。


 検査をされないところか止められることもなく城門を抜けた馬車は、現在ゆっくりと貴族屋敷の建ち並ぶ貴族地区を走っていた。

 貴族地区、名前の通り貴族が住む以外には、貴族に買われている奴隷、雇われている使用人と私兵が敷地内に住んでいた。

 奴隷は、敷地内から出る事か許されず出た場合は、逃亡と見なされ問答無用で処刑される。

 使用人、私兵は勝手に敷地内から出る事は出来ないが、用事のある場合に主人から許可証を取る手続きを行えば外出できるようになっていた。


 城門を抜け貴族地区を走っている最中に、荷台に乗っている人数が女の子二人から三人に増えていた。


 一人増えていた女の子の服装は、貴族の子女が着る華やかさを際立たせる様な服装とは無縁の黒一色のワンピースタイプで袖は長袖、手首が隠せて、スカート丈は足首が隠れるロングスカート、一見すると普通の町娘の服装に見えなくもない……違うのは白いエプロンをかけていることだった。

 世間一般的には、エプロンドレスといわれ、俗にメイド服と呼ばれている格好をしていた。


「なぜ僕は、メイド服を着ているのでしょう?」

 フェスは自分の服装を何度も確認してから同じ馬車内に乗っているアーシャとマインに向けて呟いだ。


 なぜ僕は、新しい世界で女の子の格好をしているのでしょう? しかもメイド服って……。


 女の子三人かと思ったらフェスがメイド服を着ていたのだ。


 フェスが呟きながら二人を見ると理由を話し始めた。 

「いいじゃないですか、似合っていますよ?」

「そうですよフェス様、可愛いですよ」

「嬉しくないです」

 マイン、アーシャはフェスを褒めているのだが、理由とは掛け離れた内容だった。


 なぜ、フェスがメイド服を着ているかと言うと、城門を抜けてすぐにマインによって棺桶が開けられて寝間着姿だったフェスは、持ってきた服に着替えようとしたらメイド服しか入っていなかった。

 

「男物の服は?」

「ありません。私達が男物の服を持ち出すの無理ですからメイド服にしました」

 フェスの言葉にアーシャが答えた。

「早く着替えてください」

「……女物の服の着方わかりません」

 フェスが答えるとアーシャとマインは嬉々として着替えさせ始めた。

 十年間まともに切った事の無い縛っていた髪を解きブラシをかけると、癖毛枝毛一つない綺麗な艶のある黒髪ロングストレートの美少女が現れアーシャとマインを驚かせた。

 フェスは男なので、本来ならハンサムとか二枚目とか女にも見える中性的と表現されそうなのだが、フェスに至っては、女の子以上に女の子らしい美少女と表見するより答えようはなかった。


 着る物の無いフェスは仕方無くメイド服を着ていた。

「いつまで、メイド服を着るんですか?」

「……旅が終わるまで、です」


 旅って、どこまで行くのかな?


 フェスは、目を逸らしながら答えていたマインに気付いていなかった。


「いいじゃないですかフェス様、私達より可愛いですよ。本当に……それところがここまでの美少女は滅多にいません」

「……それって、喜んでいいんですか?」

 フェスは褒められでも喜べなかった。

 

「着るものはそれしかありませんから、街に着くまで我慢して下さい。それより棺桶を埋めたら隣の領地まで六日ほどの旅になります。休める内に休んで下さい」

 休むように言われたフェスだったが、休んでいるだけでは暇だと思い、今の内に創造主セラに貰ったスキルを確認することにした。


 セラ様に貰ったスキルは、普通能力スキル【刀術、合気道、防御、魔術、法術、笑顔、礼儀作法、言語、記憶】特殊能力スキル【探知、探査、鑑定、魔力探知、無詠唱、空間倉庫】だったよね。


 刀術、防御は、言葉のままだとして、合気道は体術みたいなものかな。魔術は……なんだろう? ファンタジーの本の知識で言えば、攻撃や防御に治癒とかかな?


 能力スキルを身に付けていてもはっきりとした使い方がわからずにいた。それも仕方なかった。本来なら長年の経験や訓練によって身に付けるべきスキルなのに、創造主セラにより経験もなしに身に付けているのだから。


 笑顔って何だ? 使ってみるか……アーシャさんとマインさんに。

「アーシャさん、マインさん……」

「えっ! ……」

「…………」

 フェスは、アーシャとマインの二人に向かって笑顔を見せた途端に、二人の頬は赤く染まってしまった。


 あれ? 二人とも顔を真っ赤にして俯いてしまった。笑顔の所為かな?


「な、何ですか、急に……」

「そうです。吃驚するではありませんか!」

「……二人とも、顔赤いけど大丈夫?」

「「赤くありません!」」

 頬を真っ赤にしながらもフェスに抗議を行なった二人だったが、頬を赤くしている事を指摘されてしまい目を閉じ両手をブンブンと振って反論した。


 二人の様子が可笑しくなったけど。使い方を間違えたら危ないスキルじゃないかなこれ?


 フェスは無闇に笑顔を見せないようにしようと、心に強く誓った。 

 

 礼儀作法は、そのままだよね? 言語って、取り敢えずアーシャさんとマインさんの言葉がわかるから人の言葉は大丈夫だとは思うけど。記憶は、記憶力増強かな? 普通能力スキルは以上だね。

 次は、特殊能力スキルだけどセラ様に聞いているから確認だけしておこう。 


 探知は、人の確認だったかな?


 探知を使うとフェスの意識に地図が浮かび上がってきた。地図は最初こそ黒一色だったが、馬車の移動に伴い色分けされてきた。通った道を中心に道や建物が描かれていった。そして、地図に大量の透明のマルが動き回っていた。意味のわからなかったフェスだったが、セラの言葉を思い出した。「探知と探査を単独で使用するのではなく鑑定を一緒に利用することにより詳しい情報を知ることか出来るようになる」と。


 セラの言葉を思い出したフェスは、鑑定も同時に使ってみた。

 【人族:男】【人族:男】【人族:女】【獣人族:男】【人族:女】【獣人族:女】【亜人族:男】


 これだけ? …………情報や知識が足りないから?


 そう思ったフェスは、目の前にいるアーシャとマインを鑑定してみた。


 【アーシャ:人族:女:十二歳】

 【マイン:人族:女:十三歳】


 名前と年齢は増えたけど他は出てこない。名前と年齢は竜耶に聞いて知っていたから? 性別と種族は? 二人を見て性別と種族はわかるけど、二人以外でもわかったよね。……性別の知識があったから? 種族は竜耶に人族以外の種族も聞いていたから? ……これからも使ってみての確認が必要かな。


 探知を終わらせ探査を使ってみたが、探知と同じく地図が書き加えられていくだけで、何もわからなかった。


 どういうこと? 何も変化なしとは……。知識不足が原因? 


 知識を得るにはどうすればいいのかな? 人から話を聞くとか本を読むくらいしか思いつかない。


 フェスは、探査を終わらせ別のスキルを確認することにした。


 探知、探査を組み合わせない鑑定を使ってみよう。


 周りを見ても棺桶しかなかったために、棺桶を鑑定することにした。


 【鑑定】

 ・ケヤキの棺桶。

 ・外側は薄い鉄板が張られている一般的な棺桶で手頃の金額で手に入れることが出来る。そのため一般市民専用と認識されている。

 使用方法ー死んだ人を入れる為の箱。

 効果ー死体をアンデッド化するのを防ぐ効果がある。


 一応、第一皇子なのに一般的な安い棺桶? そこまで、お金を使いたくない皇子だったのか……。


 フェスは溜息を吐きつつ帝城のある方角をみた。


 もう一つ鑑定してみるかな……この葉っぱを。

 【鑑定】

 ……鑑定不能……。


 鑑定不能? 僕に知識が無いからなのはわかるけど……確か竜耶と知識共有されているはずだけど、竜耶にも知識がなかった? ならなぜ棺桶は鑑定できたんだ?


 魔力探知も創造主セラに聞いていたフェスだったが、使ってみても特に何も起きなかった。


 何も起きない……。これも使っていくしかないね。

  

 空間倉庫も聞いているからなんとなくわかるけど、どうやって入れるのかな?


 使い方のわからなかったフェスは、棺桶の中にあった旅に必要なものとして入れてあった荷物を手で触ってみた。すると目の前にあった荷物が消えた。


 荷物が消えて空間倉庫に入れた品の名前が頭に刻まれた感じかする。あれ? アーシャさんとマインさんが驚いた顔をしていた。


「何かありましたか?」

「ありましたか? じゃありません。棺桶の中に入れてあった荷物をどうされたのですか?」

「アーシャさん! 痛い! 苦しいよ! 離して!」

 

 アーシャはフェスの首を絞めて前後にガクガク揺さぶった。


 フェスは自分の首を絞めているアーシャの手を軽く叩いて離すように頼んだ。


「げほっげほっ! アーシャさんは、首を絞める癖でもあるんですか?」

「ごめんなさい! それより物は?」

「えーと! 空間倉庫に仕舞っただけです」

「空間倉庫!? 使えるのですか?」

「う、うん」


 何をそんなに驚いているんだろ?


 フェスが空間倉庫を使える事を知ったアーシャとマインは、信じられないと顔を見合わせて驚いていた。

「使えるけど、何? 使える人は他にも居るんでしょう?」

「確かに使える人も居ます。しかし、フェス様のような年齢としで使えると聞いことありません。帝城でも使える人は居ませんでした。冒険者でも商人でも使える人は数人で、殆どの人が使えるのは、空間箱と聞いています」

「空間箱?」

 

 マインの説明による空間箱とは、商業協会や冒険者協会に登録し一人前と認められた者が金貨数枚支払えば教えて貰えるようだ。

 教えてもらえたとしても人によって入れられる物の大きさや量にバラつきがある。そのために冒険者は仲間パーティを組み、商人は奴隷を買ったり人を雇ったりする。


 人によって大きさや量が違うということは、魔力の問題かな? 多分だけど空間倉庫と空間箱は同じものだと思う。入れられる量が少ないから箱と表現されていると思う。


 フェスが考えことをしていると、アーシャとマインの顔が目の前にあって驚いてしまった。


「聞いているんですか? フェス様」

「な、なに?」

「どうして、空間倉庫を使えるのですか? 空間箱の間違いではありませんか?」

「空間倉庫だと思います。それと使えるのですから仕方がないですよ?」


 フェスの説明にアーシャとマインは納得し難かったが、使えるのだから仕方がないの言葉にしぶしぶ納得した。


「フェス様の空間箱……空間倉庫は、どれくらいの大きさなんですか?」

「え? えーと! …………はっきりとはわかりませんが、城一つは入ると思います」

「「……」」

 アーシャとマインは言葉を失うほど驚いていた。


「なんですかそのとんでもない大きさは! そんな話聞いたことありませんよ?」

「そんなこと言われても僕も知りません。この世界に来たばかりですから」

 二人は、そうでした。と言ってから口を閉じた。

 

 二人の反応を見ると本当に大きい空間倉庫なんだ。大きさは魔力の多さで決まるみたいだから……僕の魔力って多いのかな?


 そうこうしている内に貴族地区と一般地区の間にある門に到着した。ここも素通りすることができた。

 貴族地区を歩いて出入りする人は、検査するが馬車で出入りする者を調べる様な事はしなかった。理由は至極簡単、貴族でも夜遊び、女遊びがしたい等多種多様な趣味嗜好を持っているためだ。貴族の馬車を調べてとんでもない物を発見してしまった場合にそれを隠そうとする貴族によって、いわれのない不敬罪で処刑される場合もあるからだ。

 帝城にある馬車の中でも一番古くボロボロの馬車ではあったが、流石に城の馬車であるために門兵は、一度は止めはしたが検査をせずに通した。本音は皇子の入った棺桶に関わりあいになりたくなかっただけだった。


 貴族地区の門を抜けると兵士の宿舎が並んでいた。宿舎地区を抜けると繁華街があり街中の大人達が集まっているかの様に賑やかな場所であった。

 フェスは今までに聞いた事の無い大勢の人の声に驚きつつも興味を持ち落ち着かない様子だった。

 

「少し外を見ていいですか?」

「駄目です。我慢してください。街門を出るまでの辛抱です」

「そうですよフェス様。それにこの辺りはフェス様の目に入れていい場所ではありません」


 アーシャとマインに反対されてしまったフェスは、少し落ち込んでしまったが、マインの目に入れていい場所ではないの言葉に興味を持った。


 僕の見たらダメな場所って、なに? どんな場所なのかな?


 外は気になるけど、もう少し我慢しよう。二人をあまり困らせるのも嫌だし……我慢しよう。うん、我慢しよう。


 外を見たかったフェスは、内心で無理やり納得させていた。


 賑やかな繁華街を暫く走っていると静かな場所に抜けた。

 

「繁華街を抜けた様です。街門までもう少しです。ここの門は、馬車内も確認する可能性がありますから気を抜かないでください」

 

 マインの言葉にフェスは緊張し始めた。

 アーシャとマインは、フェスを見てばれる事を心配して緊張しているのかと思っていた。しかし、フェスの緊張は、女装した姿を門兵に見られるのを恥ずかしいと緊張しているだけだった。


「大丈夫ですよ! 普通にしていたらばれませんから」

「ばれ? ああ、うん、普通にしていたら大丈夫だよね?」

「……他の心配事があるんですか?」

「心配事では無く女装を見られたくない、と……」

「それこそ心配無用です。誰も女装しているとは思いません。自信持ってください」

 正体を見破られることよりも人に女の子の格好をしている姿を見られたくないと思っていたフェスに、自信を持つ様にとアーシャとマインは笑顔で答えていた。

 

 自信もっていい事なのそれって? いや、もったら駄目な気がする。


 話をしていると馬車が止まり御者が門兵に話し掛けられていた。


 門兵は、成人したばかりの新兵が持ち回りで行っていた。

 神聖ヴェスナー帝国の兵は、舐められてはならない。そのために街門を出入りする全ての者に対して横柄な態度で接しよ! と教育を受けていた。しかし、平民に厳しく貴族には甘いために、平民からは嫌われていた。


「おい、何処の馬車だ!」

 馬車内で緊張している三人を余所に門兵は御者に威嚇するように質問していた。それに対して御者は素直に答えた。

「はい、帝城からの馬車です」

「では、後ろの荷台は、皇家の方か? こんな夜中にボロボロの馬車で何処へ行くんだ?」

「はい、先刻フェガロフォス・ヴェスナー様がお亡くなりになりました。墓地へ行くところです」

「ほう、遂に亡くなられたか。帝城の方々は、喜んでいたであろう?」

「いえ、私は、城の外で待機しておりましたので存じません」

「おい、口を慎め! 皇子様だぞ!」

「みんな思っている事だろ?」

「口に出していい事では無いと言っているんだ」

 厄介者の第一皇子が亡くなり帝城の様子を聞こうとしていた兵士に対しもう一人の兵士は止めていた。だが喜ぶなら場所を考えろと言っているようだった。


 一瞬いい人かと思ったけど口に出さないだけか。


「まあいい、馬車内を見せてもらうぞ」

「はい、どうぞ」

 門兵は馬車内を見ることを御者に告げると荷台の後ろに向かって歩き出した。


「フェス様、来ます。棺桶に俯いていてください」

 門兵の足音が荷台の後ろで止まり声を掛けられた。


「開けるぞ、よろしいか?」


「はい……どうぞ」

 門兵の声に対しマインは、少し落ち込んだ声色で返答した。兵士はそんな声に気にもせずに、閉じられていた幌を丁寧に開けた。 

「馬車内の確認をさせて頂きます。人数は……三人と棺桶が一つ……中は、皇子様で間違い御座いませんか?」

「はい、私は、皇子様の家庭教師をしておりましたマイン、こちらが身の回りのお世話をしておりましたメイドのアーシャ、奥にいるのは、メイド見習いのフェスです」

「悲しみの所申し訳ない。此方も任務ですのでご協力してくれ」

 厄介者の第一皇子が死んで何故悲しんでいるんだろうと思った兵士だったが、一応丁寧に対応していた。


 兵士も仕事だから、丁寧に対応していると思うけど……顔がにやけている気がする。


「奥のお嬢ちゃんもゴメンな?」

 棺桶に俯いて泣いていると思ったのかフェスに対して優しく声をかけた。

 

 お嬢ちゃん? 気持ち悪いからそんな風に呼ばないで!


「いえ、任務ご苦労様です」


 フェスがとびっきりの笑顔で言うと、門兵の二人は平静を装うとしていたが、誰か見てもわかるほどに取り乱していた。


「か、確認しました。どうぞお通りください」


 全然確認していないのだが、門兵は確認したと勘違いするほど取り乱していた。十五歳の成人が十歳の少年に……。


 これに対しフェスは、またも笑顔で答えた。

「はい、ご苦労様でした。お勤め頑張ってくださいね!」

「「は、はい、ありがとうございます」」

 門兵の二人は、顔を真っ赤にさせお礼を言っていた。 


 帝都を東門から抜けた馬車は、皇家専用墓地のある北に向かって走らせていた。

 

 暫く馬車を走らせているとアーシャは、フェスに街門でのことを聞いた。


「先程の凶悪な笑顔は一体なんですか?」

「凶悪って、表現が酷くないですか?」

「酷くないです。笑顔一つで、門兵の二人は仕事できなくなっていたじゃないですか」

「そんな事言われでも知らないです」

「一つ忠告させて頂きます」

 フェスとアーシャが御者に聞こえない様に小声で話をしていると、マインがフェスへ忠告した。

「男の姿でも女の姿でも、あの笑顔はあまり使わない方がいいですよ」

「なぜですか?」

「どっちの姿でも異性だけでなく同性も寄ってきて、とんでもない事になります」

「……とんでもない事とは何ですか?」

 マインの忠告に少し恐怖を覚えたフェスは聞き返した。

「全員とは言いませんが、求婚してくる人もいると思います」


「えっ!?」


 一瞬何を言われたのか理解が追いついていなかった。


「十才の子供に求婚する人なんているんですか?」

「いるんです。成人は十五才ですが、貴族の結婚に年齢は関係ありません」


 それを聞いたフェスは、顔を青くして一生懸命に首を左右に振り、気をつけようと強く誓った。


 一生懸命に首を振っているフェスを見て最後まで話をせずに首を傾げて話しかけた。

「どうかされましたか?」

「今の本当の話ですか?」

「もちろんです。子供を産むなら若い子がいいですから」

「もういいです。この話は、終わりにしましょう」

 顔色の悪いフェスの言葉を聞いた二人は、頷いて話をするのを止め休むことにした。


 更に馬車は北に向かって走ると十字に分かれている街道を直進した。それほど走らせずに前方に丘陵が見えてきた。緩やかな坂道を登りきると壁に囲まれている皇家の墓地があった。

 正面にある門の前に門兵が一人立っていた。

 

 門兵は御者に説明されると人を呼びに門に隣接されている建物に入っていった。それほどの時間を待たずに老爺と二人の若者が出てきた。三人は皇家の墓地を守る墓守の一族だった。


「お待たせしました。馬車で門を抜けることは出来ません。棺桶はこの二人が運びます」

 と、老爺は自分の孫達を紹介し荷台に乗っている棺桶を運ぶように命じた。


 フェスたちは御者を馬車に残るように指示すると、若者二人に棺桶を運んでもらい老爺に埋める場所まで案内を頼んだ。


 初めて外を歩くフェスだったが、馬車を降りる前にマインに「初めて歩く外ですので嬉しいのはわかります。しかし、棺桶を運んでいる最中に、余所見するのはおやめ下さい」と言われていた。


 初めて歩く外なのに、彼方此方あちこち見てはダメだとは……。


 考え事をしながら歩いていたフェスの耳に、棺桶を運んでいる二人の声が聞こえてきた。


「なあ、いくら子供とはいえ、軽すぎないか?」

「ああ、俺も思ってた。中身入っていないような軽さだな」

「軽いですか? 最後の方はもう、食事をまともに食べられない状態でしたから……大人のお二方からすれば、軽いかもしれませんね」

「い、いえ、すみませんでした」

 マインが二人の会話に割って入ると、それ以降会話のないまま歩き続けた。 


 立派な墓が並ぶ場所を抜けて更に奥へ進むと、名前の掘られていない木の板が無数に建てられている場所に出た。更に進んでいくと棺桶を埋めるための穴があけられていた。

 

「……もしかしなくても、ここですか?」

「私が連絡を受けている場所は、こちらです。皇子様をこちらに埋めるのはおかしいと思い確認しましたが、間違いはないと言われました」

 マインが確認したのも仕方なかった。

 フェスは第一皇子であり、体に問題がなければ次期皇帝だったのだ。本来なら墓地の真ん中あたりに立派な墓を建てられ埋められるべきなのだが、案内された場所は最奥の場所だった。

 この場所は、皇家のお家争いなどで負けた者が埋められる位置であり、世間に知られたくない皇家の人物を埋める場所であった。つまりフェスは、世間に知られたくない存在と言われているのと一緒だった。


 こんな場所で時間を取られている場合ではないとアーシャとマインは、仕方ない、と納得し棺桶を穴の中に入れる様に指示をした。

 墓守の老爺が穴の中、穴の周りに聖水を撒き棺桶を下ろし土をかぶせていった。完全に埋め終わると老爺は、マインに木の板を手渡した。手渡されたマインは、アーシャとともに棺桶の埋められた真ん中辺りに立て終わりとなった。


「ご苦労様でした。私達はもう暫くここで、お別れをしてから戻ります。先に戻っていて下さい」

「わかりました。結界に守られているとはいえお気をつけ下さい」

 墓守の一族は、一礼してから門の方へと戻って行った。


 アーシャとマインしかいなくなったために、ついに空が見えると思い勢いよく空を見上げたフェスだったが全然空が見えなかった。

 フェス達がいた場所は、木に覆われていた場所だったために星空を見ることはできないのだ。


「空が……みえない……」

「後で飽きるほど見えますから、もう少し我慢して下さい」


 フェスは、わかりました。と返事をしてから自分の棺桶を埋めた場所を見て呟いた。

「どれだけいらない子供だったのでしょう?」

「本当ですね。神聖ヴェスナー帝国なんて滅べはいいんです」

「……アーシャさん、それは、言い過ぎでは?」

「そうでしょうか?」 

「いいえ、私もそう思います」

 アーシャの滅べはいいのにの言葉に、フェスが窘めるとマインも同意だったようだ。


 各々国のことを言い終わるとマインがフェスに向き直った。

「そろそろ参りましょうか?」

「何処へ?」

「旅です。その前にフェス様に夜空をお見せいたします。今夜の夜空はとても綺麗ですよ」


 フェスが夜空を見える場所まで走り出そうとしたが、アーシャとマインに捕まり走り出す事は出来なかった。だけでなく目隠しもされてしまった。


 目隠しまでされたフェスは落ち込みながら二人へと口を開いた。

「どうして、目隠しするんですか?」

「どうせなら最初に見る夜空は、素晴らしいのをお見せしたいのです」

「目隠しは危ないです。歩くのさえ慣れていないのに」

「大丈夫です。私達がついていますから」

 アーシャとマインの二人は、握っていたフェスの手を強く握り言葉をかけた。

 

 素晴らしい夜空も楽しみだけど……一歩一歩見て歩きたいのに。


 墓から門の方へ少し歩いてから方向を変えて歩くと草原に出た。草原を少し歩くとフェスの目隠しが外される瞬間ときがきた。

「いいですか? 目隠しを外しますけど瞳は閉じていてくださいね?」

「うん」

 アーシャはもったいぶってなかなか目隠しを外そうとはしなかった。


 随分もったいぶるな?


「今です。目を開けてください」

 アーシャの声に反応しフェスが目を開けると目の前に、大きい月が青白く神秘的に輝いていた。月が青い理由をマインが説明していたが、美しい月を見て感動しているフェスの耳には届いていなかった。


「フェス様、どうですか?」

「……」

「フェス様?」

 アーシャとマインはフェスを何度も呼んでいたのだが、反応はなかった。

 

 暫く青い月を見ていたフェスの瞳から涙が流れてきていたのを見たアーシャとマインは、どうしていいのかわからずにいた。


 アーシャとマインは意を決してフェスへと言葉をかけた。

「ど、どうかされましたか?」

「大丈夫ですかフェス様?」

「いえ、とても美しく……自然と涙が……」


 フェスは瞳からどんどん溢れる涙を拭きもせずに、その場に仰向けに倒れて月を見ながら涙を拭いた。

 驚いた二人もその場にしゃがみ込みフェスに心配そうな声で話しかけた。

「フェス様?」

「どうされました?」

 二人の声に対して泣き声で答えた。

「……さっき僕は、外を見たら一日で死んでも構わないと言いましたが、やっぱり……死にたくない、もっと、もっと色んな物を見て、色んな事をしたい……」


 フェスが泣きながらそう訴えると、アーシャとマインも涙を流し始め頷き、その訴えに答えた。


「フェス様、当たり前です。もっともっと色んな物を見て色んな事をしましょう」

「そうです。私達は、いつまでもご一緒します」

「ありがとう……」

 フェスは、礼を言ってからもう一度、月を見上げた。


 暫く月を見ていると竜耶から【念話】が届いた。


『フェス聞こえる? こちら竜耶、フェス?』

『……聞こえるよ』

『今どんな状況?』

『い、今? ……メイド服を着て、フェガロフォスの棺桶を墓地に埋めて、月を見て泣いている状況、かな?』

 

 フェスは自分の状況を包み隠さずに答え竜耶にはどんな状況なのかは理解できなかった。


『……どういう状況それ? メイド服って、女装してんの? それより、もう外に出られたの? いいな、僕は、二~三日様子を見て、大丈夫なら一般病棟? に移れるみたい……外を見るのは、それまでのお預けだ。泣くほど感動したんだ! 僕も楽しみだな』


 フェスが外を見たことを自分の事のように竜耶は喜び自分も早く見たい気持ちを募らせた。


 フェスは泣いていた事を誤魔化すために話を切り返る事にした。

『……それよりアーシャさんを呼ぶ時、呼び捨てなら呼び捨てと教えといてほしかった』

『なにかあった?』

『いきなり……アーシャさんとマインさんにばれた』

『早いね! もうばれたんだ。それで、どうしたの?』


 フェスには竜耶がばれたことを心配している様には聞こえなかった。

 

『死んだ事にして、帝城、帝都を出て、女装して、棺桶を墓に埋めて、これから旅に出る所』

『そ、そうか、気をつけろよ!』

 

 竜耶は自分とは違いフェスの状況が急展開を見せていることに少し困惑していた。


『うん……こっちはこっちで何とかするから、竜耶も新しい家族と新しい生活を楽しんてよ』

『ありがとう、そっちは、もうわかったと思うけど……』

『気にしないで大丈夫。一度も会っていないから家族とも思えないしね』

『そうだな……最初だからこの辺にしとくよ。必要な知識はあるかい?』


『今の所はないよ。 適当に本を読んでいいよ……最後に聞きたい事が……いや、いいや』

『なに? 気になるよ』

『自分で検証してからにするよ』

 フェスは馬車内で鑑定した棺桶のことを聞こうとしたが、一般的な棺桶だったと知らせる必要もないかなと思い聞くのをやめた。

『じゃあ、またね』

『うん、また』

 フェスの言葉で、念話を終了させた。


「どうかされましたかフェス様?」

 いきなり黙り込んだフェスを心配したアーシャが、恐る恐る声をかけた。

「……いいえ、本当に月が綺麗なので見惚れてしまいました」

「そうですか……そろそろ馬車に戻りましょう。戻るのか遅いと怪しまれるかもしれません」

 フェスが月を見て感動していただけだったんだと思い、アーシャとマインは安堵した。


「では、馬車に戻りましょう」

「最初の目的地はどこですか?」

「最初の目的地は、馬車で六日の距離にあります……当主カルフ・マースチェル伯爵様が治めるマースチェル領の領都ファウダーです。休みなしで突っ切ります」

「休みなしは、無理でしょう? 御者が一人しか居ませんし、何より馬が倒れますよ?」


 フェスの指摘も当たり前だ。御者一人、馬二頭が六日間を休みなく走り続けることなんて無理な話だ。

 フェスの疑問にマインが答えた。


「大丈夫です。走り続けますが、集落を幾つか通過します。最初の集落で御者を一人追加し馬を交換しながら進みます」


 フェス、アーシャにマインの三人は、墓守と門兵に挨拶をし馬車に乗り込むと皇族墓地を後にした。


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