第23話 旅の再開
ティモリアから受けた傷を癒したフェスは旅を続けることにした。当初のセリシール聖王国を目指す他に力をつけるを加えた。
「きゃあ――――――――――――――――――!」
フェスが考え事をしている間にエナが先にテントの外へ出たことを聞いたため急いで追いかけようとしたときに悲鳴が聞こえた。
エナの悲鳴に驚いたフェス、アーシャ、マインの三人がテントの外に飛び出した。
「エナちゃんどうしたの?」
「エナちゃん!」
「大丈夫?」
悲鳴を聞いて飛び出した三人の目に映ったのは、銀の毛並みの美しい子犬に抱き付いているエナの姿だった。
「きゃー! 可愛いい! 何この子何この子可愛いい!」
「「「…………」」」
三人は、出会ってから初めて見るエナの姿に驚きを隠せずにいた。
予想では魔獣や魔物が集まってきていると思ったけど、この犬一匹だけ? …………探知で確認すると囲まれてはいるけど……襲ってこないのかな? それともこの子犬の所為で襲ってこなないとか? まさかね……。
【鑑定】
銀狼フェンリル 魔物ランク=ランクS
フェンリス種族の上位種。
フェンリス種族の毛並みは漆黒の体毛に纏われた巨大な狼の姿を持つ聖域の守護者なのだが上位種である 銀狼フェンリルは、月の光を吸収しているかのように美しい毛並みをしている。
フェンリス種族の上位種とされているが上位種の変異種ともされている。詳しくはわかっていない。
体長 ~三十メートル 成長した体長までなら自由に変化させる事ができる。
人の言葉を理解でき成長すると言葉を話すこともできるようになる。
魔物や魔獣というより聖獣や神獣に部類されている。
生息区域はミスティーク大森林の人族大陸と魔族大陸に跨っている人魔の森とされている。
敵意を持って接すると塵一つ残らず消されてしまうが一度信頼を得ると従順となる。
視認した者がいないため架空の生き物とされている。
……えーと……銀狼フェンリル? ランクS? 何故いきなりこんな高ランクの聖獣? 神獣? がここにいるんだ? この子犬……フェンリルがいるから魔物が寄ってこないのかな?
「フェスあの子犬は大丈夫なの?」
「見た感じ大丈夫そうですけど、どうなんでしょう?」
マインに訊かれたフェスだったが、自分にもわからなく疑問形になってしまった。
三人が悩んでいる最中にもエナと子犬は追いかけっこをしていた。
考えことをしていたフェスの胸に銀狼フェンリルが飛び込んできた。
『よろしく!』
フェスの頭に直接声が聞えてきた。驚いたフェスは辺りを確認したがアーシャ、マイン、エナの他にはいなかったのと念話と気づきお「自分に飛び込んて来たフェンリルを見た。
「どうしたの?」
「お姉ちゃん?」
「いえ、何でもないです」
フェスの動揺に気づいた三人が声をかけたが、フェスは首を振りそう答えた。
そしてフェスは、まさか? とは思ったが銀狼フェンリルに向かって念話で話しかけてみた。
『もしかして、今の君かな?』
『うん』
『どうして、此処にって、聞いても?』
『うん』
フェスが銀狼フェンリルにここに居る理由を聞くと話し始めた。
『少し前に美味しそうな魔力の匂いが気になって数日前に集落を抜けて探しにきたの』
『美味しそうな魔力の匂い? もしかして、僕を食べにきたのかな?』
『違うよ違うよ』
フェスの質問に首を振り否定した。
『なら、どうして、此処に?』
『美味しそうな匂いって言うのは、食べたいとかじゃなく一緒にいたいって意味なの』
『食べたいと一緒にいたいは、全然違うと思うけど……』
『美味しそうな魔力の匂いって言うのは、私と相性がいいってこと。私と相性のいい魔力を持った人はじめて、だから会いにきたの』
良く分かんない。
『簡単に言うと?』
『一緒にいたいの』
『一緒に? ……ランクSの魔物が人間と?』
『一緒にいたいのに人間とか関係ないよ』
『……人間を無闇に襲わないかい?』
『約束する。契約する』
『契約? 従魔契約? どうやるの?』
『あなたの名前は?』
『フェス』
『左手を私の額に乗せて……後は魔物側が行う』
銀狼フェンリルに言われたとおりに左手を額に乗せると詠唱を唱え始めた。
『我銀狼フェンリルのサラサ、フェスを主と定め主が我が亡くなるその時まで服従すると誓い契約する』
銀狼フェンリルのサラサの詠唱が終わると同時にフェスの左手が光に包まれ暫くすると収束し従魔契約の紋章が刻まれた。
『この紋章は?』
『従魔の紋章。その紋章がある限り私はあなたに服従』
『絶対服従?』
『絶対ではない、主従関係の死に関する内容は聞くことできない』
『主従契約の破棄は?』
『主従関係のどちらかが死ぬか私が著しく主の命令に背いた場合にのみ死を持って破棄される』
死を持って、か……仲間が増えたと思えばいいか。
『これから、よろしく……食事は何を食べる?』
『人と同じ物を食べる。後、魔力』
『魔力?』
『毎日、主の魔力を魔獣契約の紋章から微量の魔力が流れてくるようになってる』
魔力の自動供給……微量ならいいか……。
フェスとサラサ以外の人には念話が聞こえないので見つめ合っているようにしか見えず、ただその光景を眺めていた。だが、ついにアーシャが我慢の限界にきたのかフェスに話しかけた。
「フェス! さっきから見つめあって何してるの? さっきの光は何?」
「えっ!? ああ、そうですね……」
アーシャに話しかけられて初めてサラサと念話で話していたことに気付いた。
「……この子は、ランクSの魔物で、銀狼フェンリルのサラサ……女の子かな?」
「「……えっ!?」」
{?」
フェスの話を聞いたアーシャとマインが驚き距離を取り始めるがエナはよく分かっていないのか首を傾げていた。
「フェス? だ、大丈夫、なの?」
「ええ、まあ、大丈夫です。……従魔契約を結びましたから」
説明しながら左手の従魔契約の紋章を見せた。
「……本当、なんだね。でも、何故いきなり?」
紋章を見たマインが当たり前のように理由を聞いた。
「僕がこの世界に来た瞬間に気づいたみたいで、数日前に仲間の元から出てきたようです」
「そうなの? えーと……つまり旅の仲間が増えたってこと?」
「そう言うことになります」
「ウォンウォォォォン『サラサです。これからよろしく』」
「な、何? どうしたの急に?」
急に吠えたサラサに驚いたマインはフェスに尋ねた。
「挨拶です。『サラサです。これからよろしく』と言っています」
「……よろしく」
「よろしく」
アーシャとマインの言葉で、エナが何となく理解し満面な笑顔を見せるとサラサに抱き付いた。
「こっちこそよろしく、ね!」
「ウォン『よろしく』」
「なんて言ったの?」
「よろしくって、……もしかして、此れから私が通訳係りですか?」
「そうなるわね」
まあ、いいか、な?
『サラサ、僕が戦っている時は、君が三人を守ってくれない?』
『でも私は、フェスの従魔だから主を守る』
『もちろん危ない時は助けてもらうけど……僕は、強くならなければならない、簡単に殺される訳にいかないし……やらなければならない事もできたから』
『わかった。三人は守る』
『ありがとう。でも、敵は強大だよ?』
『主の敵なら私の敵。一緒に強くなる。一緒に戦う』
『うん』
短くサラサに返事をするとフェスは後方にある魔道具テントを空間倉庫に仕舞い出発することにした。
「近い村に行くの?」
フェスはアーシャの言葉に首を振り答えた。
「いいえ、食べる物もあるし寝るところもテントがありますから現在必要な物はありません。ですから寄り道をしないで魔物や魔獣を倒して力をつけながらジェスム王国を抜けます」
それからフェスは街道を外れた道を探知を使い魔物や魔獣を見つけては倒すを繰り返しながら旅を続けた。
神名暦561年蒼月85日
旅を再開し十日後ジェスム王国と隣国ゼルザール王国の国境の街カシマールまで二日の距離に差し掛かった日、街道を外れている道に二台の馬車がフェスたちの横を通り抜け……停まった。
先頭の馬車から四十代と思われる百七十㎝くらいのやせ気味の男性が降りフェスたちに向かって歩いてきた。その後ろから冒険者風の男性二人がそれに従って歩いてきた。すると後の馬車からも男性一人女性一人も降りてきて合計五人の男女がフェスたちの前に立った。
フェスは最初の男が馬車から降りてくるのと同時にフードを被って顔を隠していた。
フェスは五人を警戒しアーシャたちを後ろに下がらせサラサに守らせた。
「何か御用でしょうか?」
フェスから五人に声を掛けて鑑定した。
「そんなに警戒をしないで大丈夫ですよ。子供たちだけで街道から外れた危険な道を歩いているのを見たのでお声を掛けさせて頂きました」
…………一応全員青か……。
鑑定で全員を確認したフェスだったが、一応警戒は解かずに話を再開することにした。
「心配していただいたことには感謝いたします。しかし、こんな場所で声を掛けてくる人を警戒しないわけには参りません」
「良いお心掛けと思います。……申し遅れましたが私はゼルザール王国の王都を目指しています商人のサギーシと申します。こちらの四人は冒険者で今回の旅の護衛をお願いしております」
サギーシ? 詐欺師? 余計に信用できなくなった。それに……。
「……冒険者ですか?」
冒険者と訊いたフェスの雰囲気が少し変わった。それに気づいた冒険者の一人が剣の柄に手を掛けながら口を開いた。
「冒険者だったらなんだ?」
「いえ……以前に悪徳御者と組んでいた冒険者の方々に盗賊に売られそうになったので、冒険者にいいイメージがないのです。気に障ったのをお許しください」
「それは災難でしたな……それはおそらく低ランクの冒険者だったのでしょう。ランクの低い冒険者は常にお金に困っているとお聞きしますからそういう輩もいるのでしょう。こちらの冒険者の方は大丈夫ですよ。みなさんDランク冒険者ですから」
Dランクってどれほどの実力なんだ? お金には困らないほどには稼げるのか……。
「……わかりました」
フェスが警戒を少し解くと柄に手を掛けていた冒険者も警戒を解いた。
「それで何の御用でしょうか?」
「はい、この道は国境の街カシマールまで村も集落もありません。よろしければ馬車に乗りませんか? とお声を掛けさせて頂こうかと思いまして……馬車でしたら二日で到着できますよ?」
「お気持ちだけ……」
「ありがとうございます。ぜひお願いします」
フェスが断ろうした横からアーシャが承諾してしまった。それから話はフェスを置いて進み馬車に乗り込むことになった。
フェスはアーシャたち三人を馬車に乗せる訳にいかずにしぶしぶ乗り込むことにした。
フェスたちは商人の男とは別の後ろの女冒険者と同じ馬車に乗ることにした。御者は男冒険者の一人が担っていた。
フェスたちが馬車に乗りこむと女性冒険者が話しかけてきた。
「私は魔術師のイレーネ、御者をしているのか盾職のカシオよ。よろしくね」
イレーネがウィングをして自己紹介をしてきたためフェスたちも名を名乗った。
どうして子供たちだけで危険な道を旅していたかの質問に、危険な道だとは知らなかった。どこまで行くのかの質問には、東を目指している。何の目的での質問に対しては、出会ったばかりの人に話すほどの理由はありません。とフェスが素っ気なく言った。
馬車内の空気は最悪だった。
「ねえ、フェス……怒ってる?」
「……怒ってはいません。が、もっと危機感を持ってください。……冒険者の方々はともかく、あの商人は信用できません」
「どうして?」
「姉さまが馬車に乗ることを決めた瞬間に口元が一瞬ですが緩みました」
フェスの言葉にアーシャが少し考えてから「それだけ?」と答えるとフェスは{それだけで充分です。自分の思い通りになったから顔が緩んだのでしょう。私が気づいた瞬間に真面目な顔に戻しました」と答えると馬車内は沈黙が支配した。
「そ、それにしても……すごい洞察力ね。……あの商人は確かに胡散臭く見えるかもしれないけど、悪い噂のひとつも聞かないから大丈夫よ」
沈黙の耐えかねたイレーネが自分の知る商人の情報を伝えた。
商人でありながら慈善事業に取り組み孤児の子供たちの多くを引き取り一人で生きていけるようにといろいろなことを教えている。
街の者たちからの信用も厚く信頼されている。
しかし、他所の街に行く際には周りが反対するのを押し切って、商人の勉強させるためと言って子供を二~三人連れていくことにしているとイレーネは語った。
それを聞いたフェスは疑問に思ったことを一つ訊いた。
「旅に同行した子供たちは無事に街に戻れたのですか?」
「……いえ、残念ながら長旅に耐えられずに病死したり、知らない街で行方不明になったそうよ」
「一人も戻ってきてないのですね}
イレーネは黙ってフェスの言葉に頷いた。
「今回の旅にも子供はいたのでしょう?」
「二人連れてきていたけど、ここに来るまでの間の街でいなくなってるわ」
「……それこそ私が信用できない理由です」
「どういうことなのフェス? フェスは今の話を訊く前から信用していなかったでしょう?」
「姉さま方は覚えていないのでしょうが、私たちは初めて会ったわけではありませんよ?」
フェスの言葉にアーシャたちだけではなくイレーネに御者をしていたカシオも驚きのあまり後ろを振り返ってフェスを見た。
「どこで会ってるの?」
マインが皆を代表してフェスに訊いた。
「神聖ヴェスナー帝国シカトリス侯爵領城塞都市シヴァンで泊まった宿屋です。一瞬でしたがあの商人とは目が合っていますし、女の子二人も傍にいました。商人の男と女の子二人を護衛……冒険者の皆さんが守るように警戒していたでしょう?」
「確かに会っているようですね。私は先ほど子供としか言っていませんのに女の子と言い当てましたから」
「あの時の女の子二人がいなかったことと馬車で移動しているにもかかわらず歩きの私たちの後ろから来たこと……不審なことばかりです。私の予想ですが、街道沿いを進み先の街まで行って戻ってきたのではないですか?」
「……確かに一度国境の街カシマールに行き王都まで戻ったかと思えば街道を外れたこの道を選んた。あんた理由はわかるかい}
イレーネは御者をしているカシオに訊いた。それに対してカシオは首を振ってから答えた。
「いや、俺だけじゃなくリーダーも知らされていないようだ。理由を聞いても『雇い主指示には従ってもらいます』としか答えてもらえないと言っていた」
おそらく僕を探していたんじゃないのか? 理由まではわからないけど。
商人の話を終わらせたイレーネは残り二人の仲間を勝手に紹介した。
パーティ名は緋の空。由来はパーティメンバー四人全員が赤い髪に赤い瞳を持っているからと説明した。
同じ集落出身で干ばつのため野菜が採れなくなった年に奴隷商人に売られそうになったときに四人で集落を飛び出し冒険者になったそうだ。
奴隷商人に売られるのは子供なのでは? とフェスが聞くとイレーネは悲しそうな顔をしてから「子供は全員打った後で、残った中では自分たちが一番若かったから」と説明した。聞いたフェスは「ごめんなさい」と一言謝った。
イレーネは「気にしないで」と言うと再び話し始めた。
故郷は隣国のゼルザール王国の名もなき集落。現在でも集落は存続しているそうだが、村人全員農民から盗賊に職業変更しているそうだ。
リーダーは剣使いのアレン、残りの一人が槍使いのアリック、全員同じ時期に冒険者になり同じ依頼数を受け一緒に試験を受けランクアップしたため冒険者ランクD、パーティランクDと自慢していたが、フェスにしたら比較するものがなく強いのかどうか全く分からなかったが、冒険者の四人は少し信用してもいいかと思い始めていた。
イレーネの話が終わった後でフェスたちも自分たちのことを少し話したが、内容は嘘ばかりだった。
集落の近くに捨てられていたのをアーシャとマインの両親に拾われたこと。弓の技術を無理やり仕込まれたこと。アーシャとマインの両親が病死した途端に集落を追い出されたこと。旅の途中の商人に似た女性を東で見たと聞いたため人違いとは思ったが母探しをすることにした。その途中でエナの出会い一緒に旅することになった。旅に出てしばらくしてから馬車が通りかかり事情を話すと乗せてくれた。だが、盗賊に売られそうになった。危ないところをその領地の領主が助けてくれた。それところがフェスたちの事情を聴くと少ないが路銀を与えてくれたことなど……嘘ばかりの内容を話した。
本当のことを話せないとはいえフェスは現在後悔していた。それは、イレーネとカシオが本気で同情し涙を流していたからだ。それところがイレーネはフェスを自分の胸に押し付け抱いていた。
そんな状態がしばらく続いたとき馬車が停まった。
「今日はここで野営するようだ」
カシオは涙を拭き声を抑えながらイレーネに声を掛けた。イレーネもカシオの言葉に反応すると涙を拭いた。
「……お前らなに泣いてんの?」
「い、いや……なんでもない……気にしないでくれ」
リーダーのアレンが泣いている二人を不思議に思い訊いたのだがカシオは理由は言わずに誤魔化した。カシオの言葉にイレーネも同意した。
「まあ、いい……今日はここで野営するからテントを三張立てるぞ」
「三張?」
イレーネはフェスたちを見てアレンに訊き返した。
「ああ、三張だ。彼女らはお前と一緒でいいだろ?」
アレンとイレーネがテントのことで話し合っているとフェスが近寄り割り込んだ。
「私たちのテントは結構です。持っていますから」
アレンとイレーネはフェスたち四人が手ぶらだったことを思い出し「どこに?」と訊こうとした二人を置き去りにしてその場を立ち去った。
フェスはアーシャたちの元に戻ると空間倉庫から木材を取り出すと建築魔術で小屋を作った。それから空間倉庫から次々と調理道具を出しては置くを繰り返した。
その光景をサギーシやアレンたち四人の冒険者はその場だけ時間が止まったかのように固まって見ているだけだった。
フェスはそんな五人を気にせずに取り出したレンガを組むとその上に鉄板を置き薪に生活魔術の【着火】で火を着けた。
鉄板の上に適当に肉と野菜を入れると塩で味をつけた肉野菜炒めを作り、焼きあがるのをサンドイッチを食べながら待っているとやっと動き出した五人がフェスたちの傍まで来た。
「ふ、普通の子供じゃなかったの?」
イレーネがフェスに声を掛けた。
「……普通の子供がなんの荷物も持たずに旅に出るわけないですよ」
「そ、それもそうね……」
口元を緩めながら言うフェスにイレーネは戸惑った。会話が途切れるのを待っていたサギーシがフェスに声を掛けた。
「その若さで生活魔術だけではなく建築魔術に空間魔術の空間箱まで使いこなせるとは、とんでもない才能ですね」
「そんなことありませんよ。いろいろな魔術は使えればしますけどどれも初歩しかつかえませんから」
普通に話しているけどこの人……自分がどんな顔をしているのか気づいていないのか?
サギーシの顔は一級品以上の商品を見つけたかのようにニヤけていた。フェス以外の者は気づいていなかった。
「焼けたようですので、よろしければ一緒に食べませんか? 馬車に乗せてもらったお礼もしたいですし」
「よろしいのですか?」
サギーシが言い終わる前にアレンたち冒険者四人は、アーシャから皿とフォークをマインからはサンドイッチを受け取っていた。
それを見たサギーシも遠慮するのか馬鹿らしくなり皿やフォーク、サンドイッチを同じように受け取り食べ始めた。
全員が「こんなに美味しいの食べたことない」「美味しい! 美味しい」と勢いよく食べていた。
食べ終わった後冒険者の四人はテントを張ることになった。さすがにフェスは小屋までは建てることはしなかった。代金を払うのなら建てるつもりだったが、誰もお金を払おうとはしなかった。
アレンたちがテントを張っているときフェスは生活魔術の「湯」で皿を洗っていた。そこにサギーシが声を掛けてきた。
「これからずっとご一緒しませんか? 私と一緒に来れば生活に困るようなことはありませんよ?」
「お断りします。今でも生活に困ることはありませんから」
「子供たちだけでは不安ではありませんか? 未成年のうちは大人に頼るべきだと思いませんか?」
「思いませんし必要ありません。大人は自分が助かるためなら子供を平気で売ったり捨てたりしますから信用できません」
「私はそんなことしませんよ」
「サギーシさん、それくらいにしたらどうですか? 彼女らも旅の目的があるのですから無理強いはよくありませんよ」
フェスとサギーシの話にアレンが割り込み会話を中断させた。
「……そうですね。申し訳ありませんでした」
アレンに窘められたサギーシは大人しく張り終わったテントに向かっていった。
「申し訳ないね。彼は商人だからキミに高い価値を見出したんだと思う……」
「私も商人の端くれですから分かりますよ。魔術で水を出せるのなら水樽はいらないし火を使えるのなら最低限の薪を持ち込めばいい……それに空間箱が使えるのなら大量の荷物を仕入れて行商に向かうことができる。今まで以上に稼ぐことができますからね」
「…………」
「今までに何度も私を……私の能力を利用しようとして商人や冒険者が近寄ってきましたからね。全員荷物持ちにしてやるからありがたく思え! と言ってきました。……貴方も言いますか?」
「いや、確かに君の能力は魅力的だが、先ほどのやり取りを聞く限り何を言っても無駄なんだろ?」
「無駄ですね」
アレンはフェスの言葉を聞くと笑いながらその場を立ち去った。
片付けが終わり小屋に入ると今までずっと黙っていたアーシャが口を開いた。
「フェス怒ってる? 勝手に決めたこと……」
「怒ってはいませんよ……ただ無事に次の街に行けないと覚悟していてください。もちろん全力で守りますけど」
アーシャとマインはフェスの言葉に頷いた。エナは疲れていたのか眠そうにしていた。お風呂に入ったあと何もせずに布団を敷き眠りについた。
見張りは冒険者の四人が、二人ずづ二交代で行ったが特に襲って来るものはいなかった。
朝、朝食もフェスが提供することとなった。食べ終わると早々に出発となった。フェスは小屋に火を着けて燃やした。
アーシャに理由を聞かれたフェスは、盗賊に使われないようにするためと言った。
出発してしばらくすると道幅は狭く左右は深い森に挟まれ前方も見通しの悪い道を馬車を走らせていた。太陽が真上に差し掛かろうかという時に不意に先頭を走っていた馬車が停止した。
イレーネが何かあったのかと先頭馬車の御者台に座っているアレンに話を訊くために走っていった。
「リーダー何かあったの?」
アレンは前方を指さしながら言った。
「盗賊だ。数は見える範囲では十だ……」
「最低でも十ってことですか? ……勝てるでしょうか」
「ああ……だが勝てなかったとしても戦うしかない」
「……そうですね。カシオを呼んできます」
「ああ、頼む……彼女らは馬車から出ないように言っておいてくれ」
イレーネはカシオを呼んだ後に、アレンに言われた通りフェスたちに馬車から出ないように言うと、カシオと一緒にアレンの元に戻った。
「フェス?」
「盗賊です。正面に十人……後方に五人います。左右は深い森ですから完全に囲まれていますね」
「十五人……大丈夫なの!?」
「……生かして捕まえようとしなければ大丈夫です」
フェスは遠まわしに全員殺すなら切り抜けられると言いとさらに話を続けた。
「一番の問題はアレンさんたち冒険者の四人の実力と……商人サギーシの行動です」
「どういうこと?」
「予想ですかサギーシさんは私たちを盗賊に渡して自分は助かろうとするでしょう」
「どうしてわかるの?」
アーシャは首を傾げながら訊いた。
「昨日言ったことは覚えていますか? サギーシさんが旅に出るときは子供を連れて行くと」
「ええ、そして戻ってくることはないと……」
「はい、おそらく……盗賊との交渉に使ったり奴隷商人に売ったりしていたんじゃないでしょうか……。一度や二度なら戻ってこない子供がいても不思議ではないでしょうが、毎回だとそうとしか思えません」
「……これからどうするの?」
アーシャは自分の軽率な行動に後悔し俯いてしまった。マインも止めようとしなかったため同罪と思ったが、全く動じていないフェスにこれからの行動を託した。
「しばらくは様子見です。これから馬車の外に出されることになるでしょう。外に出たら私の左手だけ見ていてください……アーシャ姉さま聞いていますか!?」
「えっ! 何?」
フェスに怒鳴られたアーシャは俯いていた顔を上げてフェスを見た。
「アーシャ姉さまもう気にしないでください。これくらいなら何でもありませんから。盗賊退治して報奨金をもらうことにしましょう」
「フェス様……ありがとうございます」
「では、時間がありませんから話の続きをしましょう。外に出たら私の左手に意識していてください。左手を握って開いた瞬間にその場にしゃがんて目を瞑っていてください。声を掛けたら立ち上がってください」
アーシャ、マイン、エナはフェスの言葉を真剣に聞き頷いた。
フェスたちの話が終わると盗賊たちの声が聞こえてきた。
「荷物を全部置いて行け! 命は助けてやる」
「頭! 女いますぜ! 女も頼んます」
「わかったわかった。そういうことだ。そこの女も置いて行け!」
「そんなことできるわけないだろ!」
盗賊頭の提案をアレンは怒鳴って拒否した。
「まあいい、男は全員殺して荷物を全部頂戴し女も貰っていく」
手下に合図を送ろうとした頭にサギーシが声を掛けた。
「待ってください。殺される訳にもいきませんし、荷物を奪われる訳にも参りません」
「ほう! ならどうする? お前もこいつらと一緒に戦うのか?」
脅されたサギーシは、顔を青くさせ慌てて否定した。
「い、いえ、私は単なる商人です。戦う力はありません。提案をさせてください」
「どういうことだ?」
「我々の命と商品を奪わないと約束していただければ、もっと価値のあるものをお渡しします」
アレン達はそんなものあったのか? と疑問に思ったが、次のサギーシの言葉に驚愕した。
「後ろの馬車に女の子四人が乗っています。四人を引き渡しますから我々は見逃してもらいたい」
「な、なにを言っているんだ!」
「貴方は黙っていなさい! 雇い主は私です。君たちは私の護衛であり、あの子供の護衛ではないはずです」
「しかし!」
サギーシとアレンの言い争いの間に頭は手下に指示して馬車からフェスたちを降ろさせた。降ろされたフェスたちはアレンたちの傍まで歩かされた。
「確かに高く売れそうだが、お前らの五人の命と荷物、四人の子供で釣り合うと思っているのか?」
「はい、もちろんです。釣り合うと思うからこその提案です。フードで顔を隠している女の子ですが、建築魔術に生活魔術、空間魔術まで使いこなせます。この娘を売ったなら白金貨数百枚にはなるでしょう」
「ほお! それが本当ならすごいな! おい! フードを外せ」
手下の一人が頭の命令を訊きフードを外すと、フェスの顔を見た全員の時間が止まったかのように動かなくなってしまった。
「これからどうするのフェス?」
「もう少し様子を見ます」
「わかったわ」
「サラサは三人を守っていてね」
「わん!」
フェスとマインの話をしていると正気に戻った頭が口を開いた。
「子供とはいえ確かに高く売れそうだな。これほどの女見たことないぞ! 他の三人もかなりの高値で売れそうだ。ついでに犬もな」
盗賊頭はかなり興奮していた。
「まあ、子供四人で見逃してやる。お前らはさっさと行け!」
「ありがとうございます。行きますよ皆さん」
「あ、ああ……」
サギーシの言葉にアレンは頷き歩き出した。
「これだから他人は信用できなんです」
そんな言葉を聞いたアレンたち冒険者の四人は馬車に乗り込むのに躊躇したが、サギーシに急がされるとフェスたちを一度振り向いてから二代の馬車に分かれて乗り込んだ。
馬車が見えなくなると盗賊頭が不気味に微笑み口を開いた。
「酷い商人もいたもんだな。あれはやり慣れているぞ」
「盗賊には言われたくないでしょうね、あの商人も……」
「くっくっく、違いねぇ……ところでこの状況怖くねぇのか?」
フェスたち四人と一匹は盗賊たちに完全に囲まれていた。
「…………」
口を開かないフェスを見た盗賊頭は、やせ我慢していたんだと考えニヤッと不気味な笑顔を見せた。
「まあ、大事な商品だ大事に扱ってやる。それとあいつらもこの場は助かっても生きてこの森を抜けることはない」
「でしょうね。この森は他にも盗賊がいるみたいですから」
「! どうして分かる?」
「私の価値はあの商人が言った以上です。探知も使えますし、錬金術に加工術も使えます。そして……」
フェスと盗賊頭が話している最中に我慢できなくなかった一人がアーシャに手を出そうとしたときにフェスは、左手を握ってから開いた。言われていた通りアーシャ、マイン、エナの三人はその場にしゃがみ瞳を閉じた。
急にしゃがまれたためアーシャに手を出そうとした盗賊の手は何も掴むことはなく空を切った。正確にはアーシャを掴もうとした右腕は肘から先が地面に向かって落ちていた。
「そして……一番得意なのは、刀術です」
盗賊頭はこいつは何を言っているんだ? と思ったが、いつの間にかフェスの右腕に握られていた抜き身の武器に驚いた。そのすぐ後に自分の手下の悲鳴が聞こえてそちらを振り向くとさらに驚くこととなった。
「ぎゃああああああああああ! う、腕がぁぁああああああ!」
「おい! ……」
「そして、次に得意なのか魔術です」
フェスは手を切り落とした男と盗賊頭を無視し話し続けそして、【風切】を放った。
盗賊頭は眼を見開き口も開いたままだった。
フェスの放った【風切】は数十にも及び盗賊頭以外の首を刎ねたり腕足を切り落とした。盗賊たちを切り裂いても勢いの止まらなかった【風切】は辺りにあった木も巻き込み無数に切り倒していた。
「な、な……」
盗賊頭は上手く言葉を出すことができずにいた。フェスは気にせずに切り倒した木と一種に倒した盗賊を空間倉庫に仕舞った。
「もういいですよ」
辺りをかたずけてからアーシャたちに声を掛けたフェスは、盗賊頭に向き直った。
「他の盗賊はどうしたの?」
「……空間倉庫に仕舞いました」
空間倉庫に生あるものは入れられないと知らされていたアーシャとマインは、フェスが盗賊全員を殺したことを理解した。そして、心の中で、夜は大変なことになるだろうなぁ、と思った。
「残りは貴方一人です。どうしますか?」
フェスにそう言われた盗賊頭は顔を青ざめ勢いよく土下座した。
「ゆ、許してくれ! お、俺らはまだお前らに手を出していないだろ?」
「確かに私たちには、ね……」
「だろ?」
フェスが考え始めるのを見た盗賊頭は、腰に手を回し隠していたナイフを手に持つとフェスに襲い掛かった。だが、そのナイフはフェスに届くことはなかった。
ナイフを持った盗賊頭の右腕は手首からフェスの刀によって切り落とされ地面に転がっていた。
「ぐぅぅううううう!」
フェスが刀を振り上げると盗賊頭は泣いて懇願した。
「た、頼む、助けてくれ! 命だけは助けてくれ」
「…………貴方は今まで命乞いをいた人たちをどうしました? 殺したのではありませんか?」
「そ、それは……」
「自分は命乞いをした人を助けないのに、自分は助けてもらえると思うのはおかしいと思いませんか?」
「…………」と
フェスの言葉に自分は殺されるんだ。と感じた盗賊頭は頭を垂れた。それを見たフェスは空間倉庫から回復薬を取り出し自分が切り落とした手首にかけた。切り落とされ血液が流れていた手首が塞がり血が止まったのを見たフェスは盗賊頭に声を掛けた。
「まあいいでしょう。私もどうしても殺したいわけではありませんから……」
言い終わったフェスは空間倉庫からロープを取り出し後ろ手にし手首と肘の二ヵ所を縛り上げた。
「貴方の次の街の衛兵に渡します。いいですね?」
「あ、ああ……」
「言っておきますけど、次に私たちに手を出そうと塩た瞬間に首を刎ねます。助けが来て逃げだそうとした場合も、です。いいですか?」
「あ、ああ、わかった」
この先にいる盗賊は仲間だろうと予想したフェスが、盗賊頭を軽く脅すと何度も頷いた。
歩き出してそれほどの時間も経たずに戦闘の声が聞こえてきた。
馬車を背にサギーシ、魔術師のイレーネを庇うように正面に盾職のカシオ、左側の少し開けた場所に耶律会のアリック、右側にリーダーの剣使いアレンが位置し懸命に戦っていた。
盾職のカシオが盗賊たちを挑発し大勢を引付けている間に左右のアレンとアリックが少数を相手にし、魔術師のイレーネが詠唱し魔術を放ち援護していた。
探知って状況は分かるけど内容はわからなかったけど、あの人たち思っていた以上にやるみたいだね。でも一人倒すのに時間かけているから最後まで体力もたないんじゃないかな? 盗賊の方もそれがわかっているのか無理して戦おうとしていないように見える。
懸命にサギーシを守りながら戦っているアレンたち四人をよそに本人は逃げだすための隙を伺っていた。そのとき辺りを確認していたサギーシの視線に盗賊頭とフェスたちの姿が映った。と同時にサギーシは盗賊頭に怒鳴った。
「約束が違うだろ!」
盗賊たちは一旦戦うことを止めサギーシが怒鳴った方に視線を向けた。すると一人の男が声を発した。
「兄貴! こっちももうすぐ終わるから待っててくれ!」
兄貴と呼ばれた盗賊頭はその声には反応せず黙って歩くだけだった。
近づくにつれて自分たちの頭の雰囲気がおかしいことに皆が気づき始めた。
「お、おい……なんだか様子おかしくないか?」
「ああ……それにずっと腕を後ろに回して……顔色も悪そうだな」
「……! 兄貴! 他の連中はどうした!」
後ろから来るはずの仲間が一人もいないことに気づいた頭の弟が訊いた。他の盗賊たちもその声によって騒ぎだした。
十メートルほどの距離でやっと盗賊頭は口を開いた。
「全員やられた。後ろの小娘一人に、俺以外の奴は全員死んだ。手を出せばお前らも殺されるぞ! 手を出すな! わかったな?」
「なら兄貴はどうなる?」
「俺にかまうな! お前等がこいつ等に手を出すと全員死ぬことになるぞ!」
「なに言ってんだ兄貴?」
正気が? と自分の兄貴の頭を心配した。
「なら今の俺の状況をどう判断するんだ! 絶対に手を出すな! ……お前らに手を出させなければ、何もしないんだろ?」
「……ええ、でも……」
その先を言わなかったフェスだったが、盗賊頭には何を言おうとしたのかは理解できた。
もう話すことはないと歩き始めるとサギーシがフェスに話しかけてきた。
「無事だったのですね、良かった。心配していたんですよ」
何言ってんのこの人? ……それにしてもどうして盗賊たちは大人しくしているのかな?
アーシャにマイン、それに盗賊頭でさえフェスと同じことを思っていた。
フェスはサギーシを無視し酒を急ぐことにした。それを見たサギーシは慌てた。
「ま、待ってください。この状況を見て助けようとしないのですか? 馬車に乗せてあげた恩を忘れたのですか? これだから子供は人の恩を返そうとしないのだから困ったものですね」
サギーシはアレンたち冒険者の四人に同意を求めたが、誰一人として同意する者はいなかった。フェスはそんなサギーシに溜息を吐いてから口を開いた。
「……馬車に乗せてもらったことには感謝していますが、その見返りとして昨日の夕食に今朝の朝食を食べさせました。あなただけではなくあなたの護衛の四人にも無償で食べさせたのですよ? 本来なら護衛の食事は貴方がご用意するものでしょう? それに……」
フェスは言葉を切ると一度盗賊頭を見てから話を続けた。
「……あなたは、自分が助かるために私たちを売ったではありませんか……。あの時点で私たちとあなた方とは無関係となったです。助ける義理はありません」
「貴女の言うことは分かります。しかし、その男は私の命を助けるという契約違反を起こしたのです。なら契約はなかったものになります。ということは契約前の状態に戻ったことになりますから……貴女は私を助けなければならないのですよ」
意味分からん。……何言ってんだろこの人?
「……あなたの言い分は分かりました。ですが、私はあなたに雇われた護衛ではありませんし、冒険者でもない一般人です。なぜ一般人の私が助けなければならないのですか?」
「戦える者は戦えない者を助ける、当たり前のことではないですか?」
フェスはサギーシの言葉の意味が本当かどうかをアレンに視線を向けて確認を摂ると首を左右に振った。
「そんな決まりはない。護衛の依頼を受けた冒険者以外は自分の命最優先に行動することを許されている。仮に困っている人を見捨てる行為だったとしてもだ」
アレンの言葉にサギーシは余計なことを言うな、と怒鳴った。
もう話すことはないと盗賊頭を促して先を行くことにした。
フェスに隙ができたと感じた盗賊の一人が「頭を離せ!」といいながら襲い掛かってきた。それに対してフェスは振り向きもせずに【炎】を放った。
襲ってきた男だけではなく頭目頭の弟以外の九人が、悲鳴をあげることもなく痕跡がなかったかのように灰ひとつ残らず燃えすぎていた。
盗賊頭はフェスを睨んだが当人は、全く気にすることなく口を開いた。
「言いましたよね、私たちに襲ってきた場合は躊躇しないと……」
躊躇しないとは言ってなかったかもしれないけど……。
「ならなぜ俺と弟は殺さなかった?」
フェスの言い分は分かるのだが、疑問に思ったことを頭は口にした。それに対してフェスは少し考えてから質問に答えた。
「特に意味はありません。盗賊団の頭目と副頭目を次の街に連れて行こうと思っただけです」
「何のためにだ!」
「あなた方の口からアジトの位置を聞くためです。今まで奪ってきた物を取り返すのと他に仲間がいるかもしれませんからね」
その言葉に盗賊の二人は口を開くことはなかった。
フェスが盗賊頭との話が終わるとサギーシが話しかけた。
「いやー助かりました。ありがとうございます」
馴れ馴れしく話しかけるサギーシにフェスは不快感を露わにした。
「別にあなたを助けた訳ではありません。成り行きです」
子供の言うことだとサギーシは全然気にせずに話を続けた。
「それでどうしましょうか……その盗賊二人を次の街まで送るのなら私の馬車を利用しませんか?」
「そして、盗賊二人の報奨金にアジトにある宝を受け取ると? たしか盗賊のため込んでいる宝は倒した者、報告した者又は関わった者に分配されることになっていましたよね?」
「そ、そのようなことは致しません」
「残念ですがあなたも盗賊の二人と一緒に捕まる側の人です」
「……何を言っているのですか?」
「商人協会の法に、盗賊と会い盗賊との取引に際し金品以外の物での取引を禁じているはずです。この場合の金品以外とは人に当たります。あなたは私たちを盗賊に渡し命を助けられています」
「…………」
フェスはサギーシの反論を許さずに人睨みしてから話を続けた。
「先ほど言っていた盗賊頭が契約を破ったと言いましたが、そもそも盗賊と金品以外で取引した時点であなたは、犯罪者です。それだけではなくあなたの取り扱っている商品が売買禁止されているはずです」
「どういうことですか?」
サギーシではなくアレンがフェスに訊いた。
「この人がどんな商品を扱っているかあなた方は知らなかったのですか? ……五大陸すべてにおいて一般人が取り扱うことを禁止されている薬草のひとつで、犯罪によく使われているユウム草です」
「なっ!」
アレンたちが驚くのも無理はなかった。ユウム草を使われた者は使った者の命令をすべて訊くようになってしまう。効果は一日で、命令されている者は夢の中にいるような気持良さがあり、夢だと認識し目を覚ますとすべての出来事を忘れてしまう。
ユウム草は犯罪者の口を割らすためだけに使用することを許されていた。そのため売買を行った者はどんな理由があろうとも犯罪者奴隷、国によっては絞首刑されるほどの重い罪となる。この罪は運び屋にも適用されることとなっているためアレンたちが驚いたのだ。
「俺たちを巻き込んだのか!」
アレンはサギーシに詰め寄ったが、本人は何事もなかったかのように冷静に話し始めた。
「何を証拠にそんなことを言っているのかな?」
「私は鑑定が使えます。移動しながら鑑定を行うことが癖になっているためいろいろな情報が入ってきます。たまたまあなたの馬車を見た際にも鑑定をしてしまい情報が入ってきました」
「その話が本当だったとしても、子供の言うことを真に受ける大人はいないぞ」
サギーシはフェスの言葉を馬鹿笑いして一蹴した。だが次のフェスの取り出した物に驚愕した。
フェスは空間倉庫から教会から貰った身分証を取り出してサギーシに見せた。最初こそそんなものを見せてどうするんだ? といった感じで見たサギーシだったが、セラビア教会と聖女の文字に信じられないと何度も確認した。何度確認しても変わることはなかった。
「確かに普通の子供の言葉では誰も信用しないかもしれません。ですが、この身分証を見せたらどうでしょうか?」
「…………」
「あなたは自分が助かりたいばかりに聖女を盗賊に渡したのです。セラビア教会だけではなく他の教会からもどんな目で見られるようになるのでしょう」
サギーシの顔は今までの自信に満ちていた顔から青ざめ自信の欠片もない顔に変わっていた。
サギーシと話すことはないとばかりに視線をアレンたちに向けた。
「聖女様とは知らずに置き去りにし、申し訳ありませんでした」
アレンが代表してフェスに謝った。フェスは、気にする必要はありません。とだけ言うと馬車を見た。
フェスの言いたいことの分かったアレンは他の仲間たちに指示を出した。
サギーシと盗賊の兄弟の二人を一輌目の馬車に乗せた。その際にサギーシと盗賊の弟を後ろ手に縛りあげるのを忘れなかった。
フェスたちは二輌目の馬車に乗り込みカシオが御者を務めイレーネは荷台に乗りフェスの正面に位置とると改めて自分たちの行動を謝った。フェスはその謝罪を素直に受けた。
昼食を摂らずにその場を後にした。サギーシに盗賊の二人も一言もしゃべらずに大人しくしていた。
しばらく馬車は走り続け深く長い森を抜ける頃には太陽が沈み始め草原は夕日に照らされていた。これ以上の移動は無理と判断したアレンによって野営地が決められた。
馬車が停められアレントアリックが馬車を降りるとフェスは、サギーシと盗賊二人の縄を解き夕食のパンを置いた。
「食事です」と一言だけ残してフェスは馬車を降りた。降りた後に土魔術で馬車の周りに壁を作り逃げられないようにした。馬はフェスが馬車に乗っている間にアレンによって離されていた。
テントを張ろうとしていたアレンたちに声を掛けたフェスは、空間倉庫から気を取り出すと建築魔術で小屋を作った。小屋は一つだったが、中に入ると部屋が四部屋ありイレーネが安堵していた。自分たちが寝るのに魔道具テントを取り出すと馬車に馬たちアレンたちの小屋、そしてフェスたちの魔道具テントすべてを覆う【土壁】を作った後「今日は見張りの必要はありません」とアレンに言うとさっさとテントの中に入っていった。
フェスの様子がおかしいことに気づいたアレンは、アーシャたちに理由を聞いたが「疲れているだけ」「明日の朝には元に戻っている」としか答えてもらえなかった。
アーシャとマインは、エナを連れてフェスを追ってテントの中へと消えていった。サラサはテントの入り口で見張りを行うように横になった。
アレンがテントの中を覗くと四人の姿がないことに驚いたが、魔道具テントなんだろうとカシオをに言われると納得した。
小屋に入り部屋を確認すると寝具類が一つもないことに気づき馬車に戻ると寝袋を取り部屋に戻り就寝っした。宿屋以外で見張りの心配をしないで寝ることは冒険者になってから初めての経験だった。
一方そのころ魔道具テントの中でのフェスは、アーシャとマインが心配していたことが現実となっていた。
フェスは一晩中寝ることもなく泣き続けていた。アーシャにマインもフェスに付き合い寝ていなかった。エナも途中までは起きていたが、眠気に逆らえなくなり眠りに落ちていた。
朝になって朝食を摂りながらフェスは、今までも何度か考えていたことを改めて決意した。
「人を殺すときはなんとも思わないのに、しばらくしてからの反動は酷い……これからはなるべく殺さないようにしよう」
戦うために必要な力や能力に、もともとこの世界には存在しない人殺しの禁忌感を持ち合わせていないために十歳の子供であるフェスでも戦って来れていたのだが、人殺しが禁忌とされている世界からきたために心や精神の一部に【人殺しは禁忌である】と刻まれていた。そのため戦いの後に落ち着いた頃にいろいろな感情に襲われていた。それは十歳の子共に耐えられるものではなかった。