↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/68

第20話 封

 シカトリス侯爵領城塞都市シヴァンを出発したフェス、アーシャ、マイン、エナの四人は、約一の鐘後に隣国ジェスム王国との国境線でもあるシエンユアン峡谷きょうこくに到着した。

 峡谷に掛かっている橋の入口には、十年前から国境兵が配置され身分証の確認、移動者の制限を担っていた。

 何故十年前から配置されるようになったのかと言うと、橋の中央部の少し広くなっている場所が国境線なのだが、そこで十年前に襲われ命を落とした人たちがいたからである。

 その人物とは、マースチェル伯爵領前領主ヴェガス・マースチェル伯爵と嫡子コスターク・マースチェルと従士たちである。

ヴェガス・マースチェル伯爵は同盟国であるジェスム王国へ定期的に訪問していた。その帰途においてシカトリス侯爵領側から隊商が向かってきていた。

 ヴェガスだけではなく護衛全員が、橋を渡れば自国である神聖ヴェスナー帝国であり他国での危険から解放されるとの油断と、商人と判断し油断していたためにすれ違う際に襲われ剣を抜く暇なく全員が殺されてしまった。

 商人に扮していた暗殺者たちはジェスム王国側に逃げ込み足取りが完全に消えてしまった。そのためにジェスム王国が暗殺したと疑われることとなった。だが、マースチェル伯爵を襲う理由がないので疑いはすぐに晴れた。

 次に疑われたのはジェスム王国の反対側、領主シカトリス侯爵だった。

 疑われた理由としては単純だった。理由とは、政敵であり派閥も別で、会議の場でよく言い争いをしていたためだった。

 確かに会議の場では言い争いをしていた二人だが、会議の場以外では、お互いの領地経営や子供のことでよく話し合いをしていたことを知っていた人が多かったので犯人から除外された。

 誰も表では話題にはしなかったが、裏では話題には出ていた。犯人は、帝王に気に入られていたヴェガス・マースチェル伯爵を快く思っていない貴族だと……。

 これ以降同じ事件を起こさせないためにシカトリス侯爵は、ジェスム王国と話し合いお互いに国境兵を置くことを決めた。


 四人は、出国手続きを行うために身分証と出国税を払い橋を渡り始めた。

 身分証はフェスの聖女の身分に関係なく税金を払わなければならないために商業協会の身分証を見せていた。

 橋を渡りながらマインの話が続いた。


 シエンユアン峡谷は、神聖ヴェスナー帝国と他国を分けている役割も担っている程に強大である。

 断崖は深さ約1km~2km、長さ約4、000km、幅3km~10kmに及ぶ。

 深さは一番浅い場所。長さは神聖ヴェスナー帝国と他国を完全に切り離すように空いていた。幅は神聖ヴェスナー帝国と他国への距離だ。

 現在は何十年~何百年もの長い期間をかけて、いくつかの橋がかけられている。

 同盟によって両国間で架けた橋に海側から侵略し領地の一部を奪い架けた橋などがある。

  

 シエンユアン峡谷が出来た原因は諸説ある。もっとも有力視されているのは約五百年前に終結した他種族との戦争終結後に全国家が復興に尽力している隙をついて、火事場泥棒よろしく神聖ヴェスナー帝国が版図を拡大させるための戦争を起こした際に、異世界から来た英雄の生き残りがこれ以上の戦禍を広げないように剣技、魔術を駆使し作ったとされている。

 峡谷が出来たことによりそれ以上他国を攻めることが出来なくなった神聖ヴェスナー帝国は、同盟国たちによる連合軍へ和平交渉を働きかけ戦争を終結させている。 

 数十年後、神聖ヴェスナー帝国は、隙をついて再び他国を侵略しようとするが、峡谷があるために成功することはなかった。

 諦めの悪い神聖ヴェスナー帝国は、数百年もの長い間、何度も世代交代を繰り返しながらもシエンユアン峡谷の先にある他国を攻めることだけを考えていた。

 今から百数年前に神聖ヴェスナー帝国の西南に位置する小国ヴァレイ王国に海から攻め国土の一部を切り取った。

 国土の一部を守るために多くの兵を派遣した。だが、それ以上攻めることはしなかった。なら何をしたかというと神聖ヴェスナー帝国側から橋を架けることだけを考えた。

 そして、七十年掛けて南側のヴァレイ王国に攻めるための足掛かりを得ると神聖ヴェスナー帝国東側のジェスム王国にもどうにかして攻め込めないかと考えた。

 考えに考えた末に実行された策は、ジェスム王国との間に同盟を結ぶことだった。

 最初こそこの策を聞いた全員、考えた人物に罵声を浴びせていた。だが、策を聞かされた後には誰一人として怒声や罵声を発する者はいなかった。

 策とは、まず両国間で同盟を結び橋を架ける。貿易を行い信頼関係を築き、兵を一般市民や商人に化けさせてジェスム王国に何年も掛けて送り込み、油断したところを攻めることだった。

 

 同盟を結び両国から同時に橋を架け始めて二十年後に橋は完成した。

 橋完成後直後から予定通り神聖ヴェスナー帝国の兵士は、平民や商人に扮してジェスム王国に流れた。

 策は見事に成功しジェスム王国の一部国土を切り崩した。のだが、策を考えた人物はジェスム王国の一部の国土を奪った直後に急死してしまった。そのため一部国土を切り取った後の策を知る者はいなかった。いや、正確に言えば急死した人物は策の全てを記した書物を残していたのだが、誰一人として理解できなかった。

 

 神聖ヴェスナー帝国は、自国の南西ヴァレイ王国と東のジェスム王国の二国に戦争を仕掛けていた。

 まともに策を練ることのできる人物が育っていなかった神聖ヴェスナー帝国は、戦争を仕掛けたのはいいものの攻め落とすことのできない状況を続けていた。

 戦争を仕掛け国土の一部を奪った神聖ヴェスナー帝国が、なぜそれ以上攻めてこないのかわからなかった南のヴァレイ王国と東のジェスム王国はそれぞれ隣接する国々と同盟を結び神聖ヴェスナー帝国に対抗することにした。

 そんな状態が数十年続けた頃に神聖ヴェスナー帝国は、ジェスム王国とデクスィア大陸において神聖ヴェスナー帝国に唯一対抗できるセリシール聖王国と同盟を結んだことを耳にした。

 そんな報告を受けた神聖ヴェスナー帝国は、ジェスム王国から全兵力を撤退させ同盟を結ぶことにした。

 ジェスム王国が納得する賠償を行うことで納得させ両国間で同盟関係を復活させた。

 神聖ヴェスナー帝国と同盟を結び直したジェスム王国は、自国と隣接している国以外との同盟関係を一方的に切った。

 

 神聖ヴェスナー帝国は東から兵を引くと南側に投入した。

 だが、本格的に攻め込む時期が遅かったために攻めあぐねた。

 神聖ヴェスナー帝国の南側には小国しかなかったが、大国に抵抗するために三十以上にも及ぶ国が結合して連邦国家を築いていた。 

 一国一国は小さい国でも纏まれば大国神聖ヴェスナー帝国にも対抗できる勢力になっていた。

 ヴェガス・マースチェルが軍を率いると戦争には勝ち領土を広けることはできたのだが、数年掛けても神聖ヴェスナー帝国は、一国も落とせずにいた。

 ヴェガスに軍の全権を任せていれば数国を落とすことはできたのだが、これ以上勲功をたてさせたくない貴族たちによって戦場から遠ざけられ外交を専門に行うようになった。

 

 神聖ヴェスナー帝国は、領土ばかり広く、人材には恵まれてはいなかった。

 優秀な人材はいるのだが、ヴェガス・マースチェル伯爵以降優秀な人材は芽が育つ前に刈り取られていた。

 そのために優秀な者ほど他国に流れていた。

 無能な者ほど優秀な者を妬む……まさに出る杭は打たれる国だ。


「…………マイン姉さま、橋の中心を越えたからって、無能な国とは言い過ぎでは?」

「私は無能な人材とは言ったけど、無能な国とは言っていないわよ?」


 そうかな? 言っているようなものだったけど……。そういえば神聖ヴェスナー帝国の初代皇帝……女帝? は、英雄の一人だとセラ様が言っていたけど……。


「マイン姉様」

「なに?」

「神聖ヴェスナー帝国の初代皇帝の名前を聞いてもいいですか?」

「言ったことなかった?」

「いえ、たしか……カナだったかと。家名が気になりまして」

「家名? カナ・ユウキよ」


 カナ・ユウキ……ユウキ? 結城?  


「カナ……ヴェスナーじゃないのですね」

「ヴェスナー王国時代に他種族間戦争で国王が亡くなり、後継者である王子も小さかったためにカナ・ユウキが皇帝となったそうよ。数年後に成人した王子と結婚し退位し王位を譲った。即位した王子……国王を陰ながら支えたそうよ」

「カナ・ユウキって珍しい名前ですよね?」

「うん、私もそう思うわ。全くいないとは言わないけど珍しい名前なのは確かね」

 フェスの疑問にアーシャとマインは互いに見合ってから頷いた。

「それにどこの誰だがわからない女性が皇帝になるのはおかしくないですか?」

「うん、それは誰もが疑問に思っていることだけど……今では実在する人物ではなかったのでは? と学者たちは話し合いをしているけど結論は出ていないわ」

 

 セラ様の話では英雄の一人という話だけど……もしかして、僕の……いや、竜耶の関係者なのかな?  


「どうしたの?」

 フェスが考え事をしているのに気付いたアーシャが心配そうに聞いてきた。

「カナ・ユウキ……もしかしたら……僕のいた世界の人かもしれません」

「本当に?」

「はい、ユウキ……向こうの世界の家名です」

「そうなの? それなら納得できるわね。カナ・ユウキの出生とか謎に包まれているから……。それに多くはないけど年に数人、異世界から落ちてくるそうだから」

 フェスとアーシャの話に聞いていたマインが納得した顔で言った。

 

 年に数人も? その人たちどうなったのかな? ……一度こっちに落ちたら戻れないってセラ様が言っていたけど……。


「……その人達どうなったんですか?」

「私は出会ったことないから詳しくは知らないけど……国の重鎮になったり農業改革を行なったり珍しい物を作ったり剣術や魔術などの一芸に秀でている人が多いみたいよ。だけど……全員に言えることだけど、最初は言葉がわからないみたいだから大変みたい……中には言葉を覚えられない人もいたみたいだから」


 言葉がわからない? この世界で言葉がわからないと生きていけないんじゃ?


「言葉がわからないのは大変ですね……いきなり違う世界に来て言葉がわからないと……助けて貰うこともできませんから」

「奴隷商人に捕まったり自分で命を絶つ人もいたそうよ」

 マインの言葉にフェスは俯いてしまった。それを見たアーシャはマインを注意した。

「マインさん! 言いすぎです。仮にもフェス様がいた世界の人達なんですよ!」

「あっ! ご、ごめんなさいフェス様……わたし……」

 アーシャに注意されて気づいたマインは、俯いているフェスに本気で謝った。

「……気にしないでください」


 日本人だったとしても、さすがに面識のない人の心配する余裕は今の僕にはない。しかし、言葉を覚えられる人と覚えられない人の差は何だろう? 頭が良い悪いだけなのかな? それとも……能力スキルか?


 マインの言葉に気にせずに考え事をしていたフェスに聞こえないようにアーシャとマインが話していた。

「マインさんどうするんですか? フェス様が落ち込んでしまったじゃないですか」

「……ごめんなさい……元気になってもらうにはどうしたらいいのかな?」

「もし、異世界人ですか? その人たちを見つけたら保護してあげるのはどうですか?」  

 アーシャとマインが小声で喋っているところにエナが口を挟み意見を述べた。 

 エナの言葉にアーシャとマインの時間が一瞬止まったかと思うと「それだ!」と大声で叫んでしまった。


「フェス様、それです。異世界の人を見つけたら保護していきましょう」

 考え事をしていたフェスだったが、急に大声を出したアーシャとマインに驚き顔を上げた。

「いいんですか?」

 二人……いや、エナを入れた三人でどんな話をしていたのかを知っていたフェスは、取り敢えず返答した。

「構いませんよ。でも、目的地を目指す旅であって探して旅をするわけには参りません。見つかるかどうかもわかりません。それども宜しいですか?」

「それでいいです」

「決まりね」


 まともな乗り物もなく電話などの通信手段もないこの広い世界で、日本人を見つけることできるのかな? 無理だとは思うけどこの世界には魔術や能力スキルがある。もしかしたら探知や鑑定を成長、もしくは上の能力スキルを覚えれば……。しかし、探知にしても鑑定にしてもセラ様から貰った能力、それ以上の能力、あるのか? …………ん? そもそも……。


「マイン姉さま。橋ができる前に神聖ヴェスナー帝国はどうやってジェスム王国に渡ったんですか?」

翼竜ワイバーンよ? 言ってなかったかしら?」

「それは一般人は乗れないのですか?」

「人が乗れるように育てるのには卵を孵化させて育てなければならないの。人を乗せられるように育てるのに一匹に白銀貨数十枚掛かるし、自分が認めた人しか載せないから無理ね」

「そうですか……」

 

 小説のように翼竜に籠を乗せて馬車の代わりにするのは無理か……。でも、そういう風に育てればいけるかな?


 もう訊きたいことないと感じたマインは話し始めた。


 ヴェガス・マースチェルとオルフ・アトカースの話し合いは記述はたくさん残され図書館に保管されている。記述者はヴェガスの記録者だ。

 いろいろな話が残されているが、一番読まれているのは神聖ヴェスナー帝国とジェスム王国の同盟前後のことだろう。

 一番読まれているとはいえ、それぞれの理由は違った。ヴェガスやオルスを笑いものにしたい者たちとなるほどと感心する者たち、興味本位の者たちのどれかだった。


 ジェスム王国とセリシール聖王国との間に同盟が結ばれたのを知った神聖ヴェスナー帝国は慌てて撤退し同盟を結んだのだが、ヴェガスとオルスは撤退し同盟を結ぶ必要はなかったと推測した。

 なぜならジェスム王国とセリシール聖王国の間には、デクスィア大陸三番目に広い国土を有するゼルザール王国と小国とはいえ別荘地として有名になりはじめたアグロティス公国があったからだ。

 同盟を結んだとはいえセリシール聖王国がジェスム王国へ軍を派遣するためには、ゼルザール王国とアグロティス公国へ軍を通り抜けさせるために多額の税を支払う必要があった。

 この場合の税とは、表向きは入国税と出国税とされていたが実際は保険であった。

 同盟国を助けるための軍の派遣だとしても無造作に自国を抜けさせたい国などあるわけがない。

 兵士や騎士と言っても人であり他国を抜ける際に羽目を外す者が多数いるのだ。

 隊列から離れては村や集落に向かっては女性に悪戯したり金品を盗む者もいた。

 そのために世界の共通として軍を他国に入国する際には税を支払うことが決まりとなった。

 最初こそ払っていた国々だったのだが、同盟国を助けるためとはいえ助けに行く国がどうして税を払う必要あるのか? と悩みの種となった。

 悩んだ末に考えられた結果は、軍の派遣を依頼した国に請求することだった。

 考えてみると当然だった。

 軍の派遣には数日から数十日の準備がかかるし食費に人件費、死んだ者の家族に保証もしなければならい。それに加えて入国税、出国税まで払うことになると同盟国を助けに行くだけで国庫を使い果たしてしまう可能性さえあった。

 しだいに軍を派遣する国は、軍の派遣準備期間中の食費から人件費、武器防具の手入れの代金でさえ入出国税と合わせて請求するようになった。当然だが要請の際の金銭は別に請求していた。


 ジェスム王国はそこそこの広さのある国土を持っている国だがそれほど余裕のある国でもなかった。

 そんな国がセリシール聖王国に軍の派遣を要請してすべての支払いをできるのか? というと難しかった。現に同盟国に助けを求め助けられたというのにすべての支払いを拒否した国もあった。当然そのようなことをして無事に済むわけはなくその後、亡ぼされてしまった。

 支払い云々のまえにセリシール聖王国は同盟を結んだものの軍を派遣し神聖ヴェスナー帝国と争うつもりはなかった。両国が本気で争うことになるとデクスィア大陸中を巻き込む戦乱状態になることがわかっていたし、戦乱が長引くと他大陸に攻められる隙を与えてしまうと知っていたからだ。

 そんなセリシール聖王国の考えのわからなかった神聖ヴェスナー帝国は、同盟=ジェスム王国と同盟を結んだ国全てが軍を派遣してくると思い込み軍を撤退させてしまった。

 神聖ヴェスナー帝国も一国一国の兵数なら問題なっかたのだが、自国より国民の数、兵士騎士の数を圧倒しているセリシール聖王国の参入は見過ごせなかった。  


 今回は随分と話が長いな……。それにしても話の時代背景が前後しているような気がする。


 フェスがいろいろと考え事をしているうちに橋の出口に到着した。

 フェスたちは立っていた兵士に入国税と商業協会の身分証を手渡した。兵士は受け取った身分証を確認し問題なしと返した。

「ジェスム王国にようこそ。何もない国ですが、盗賊や魔物退治を定期的に行っているのと警備兵が常に巡回しているため街道を歩いている限り安全に旅ができる国です。……見たところ子供だけのようですが街まで無事に着けると思います。しかし、一応注意してください。旅の無事を祈っています」

 フェスたちは兵士にお礼を言うと歩き始めた。


「無事に入国できましたね」

「犯罪者でない限りお金を支払えばだれでも入国できるわよ」

「でもマインさん。やっと神聖ヴェスナー帝国から出られたのですよ?」

「でもねアーシャさん。ジェスム王国も絶対に安全とも言えないの。ジェスム王国は神聖ヴェスナー帝国の同盟国だから要請があれば調査くらいするのよ」

「それでもヴェスナーにいるよりは安全ですよね?」

 いきなり国名を縮めたフェスに驚いたアーシャだったが、マインは頷いた。


 アーシャが驚いたのには理由があった。

 神聖ヴェスナー帝国で生まれた子供は身分に一切関係なく、それこそ親のいない孤児や浮浪児までもが神聖ヴェスナー帝国と呼ぶようにと教育されてきていたからだ。

 略称呼びをすれば処罰の対象でもあった。処罰の対象は、略称呼びした者だけではなく親兄弟、親のいない場合は育てた大人もしくは教育できる立場にいた周りの大人にまで及ぶために大人は必死になって子供に教え込んでいた。

 それに対してマインは、もともとが神聖ヴェスナー帝国の生まれでもなく育ってもいない。神聖ヴェスナー帝国に来る際に親からそう呼ぶようにと言われていただけだった。

 エナに関しても同じようなものだ。生まれは別の国ところが別の大陸でもあったし、言葉がわかる年齢になる前に両親と死別していた。

 親の代わりに育てていたアイン、ツヴァイ、ドライの三人により教えられてはいたが、どうして長い国名で呼ばないとためなのか意味はわかっていなかった。もっとも育ててくれる人のいる孤児たちとは違い、エナたち浮浪児は一日一日を生き抜くことで精一杯であり国名を正確に覚えても生活に役立つことはなかった。そのためエナは国名を覚えてから一度も口にしてはいなかった。そんなエナは略称呼びしたフェスを見てオロオロしているアーシャに首を傾げていた。

 アーシャの動揺に気づいたフェスが理由を聞くと逆にアーシャに質問されてしまった。

「フェス様! どうして急に略称呼びされるのですか? 人に聞かれたらまずいですよ」

「いえ、神聖ヴェスナー帝国って長いから面倒だったのと、ヴェスナーだけでも通じるかと思いまして……」

「アーシャさん落ち着いてください。もうここはジェスム王国であり神聖ヴェスナー帝国ではありませんから処罰されることもありません」

「そうなんですか?」

「ええ」

 マインの言葉にアーシャはやっと落ち着いた。


 アーシャが落ち着いたのを見たマインは、神聖ヴェスナー帝国とジェスム王国についての話を続けた。


 神聖ヴェスナー帝国の現在の状況は、東から兵を撤退させると南に送り込んでから数十年経つが国内の兵のすべてを送り込んではいなかった。送れないと言ったほうが正しいかもしれない。理由はいろいろとあるが一番の理由は、神聖ヴェスナー帝国は一枚岩ではない。

 神聖ヴェスナー帝国では領地持ちの貴族が領地内の全てに指示権を持っていて皇帝といえとも口を出すことはできない。

 能力の高い貴族のいる領地ほど安定もしくは繁栄し力のある領地も多数あった。

 そんな領地を持つ貴族に後ろから攻撃されることを恐れた皇帝が、全兵力をもっての進軍を許さなかった。

 後ろから攻撃されないための法もいろいろと整備されているにもかかわらず、領地持ち貴族を信用することはできなかった。

 ジェスム王国からの撤退時にヴェガス・マースチェルがいたら話は違っていたのかもしれないが、残念ながら兵士ところか生まれてもいなかった。せめて現在の皇帝が即位した際に傍にいればと思わなくもないが残念ながら兵士ところが成人でさえしていない平民でしかなかった。

 男爵になったヴェガス・マースチェルは一度、全兵力を持って南を攻めるべきと進言したが通らなかった。ヴェガスの策を聞いた皇帝や領地持ち貴族の一部は乗り気であったのだが、帝城にいる領地の持たないすべての法衣貴族、平民上がりのヴェガスのことを気に食わないと思っている貴族に反対されてしまい実現することはなかった。 

 策を却下されたヴェガス・マースチェルは数日後に、当時配下であり現在男爵でもあるオルフ・アトカースと過去の神聖ヴェスナー帝国の歴史書や策略、作戦、戦略の書物を読み漁った。そして、一人の天才の策を知り驚愕した。

 策とはジェスム王国側の橋を作った後の戦略のことだ。この人物の策を実行した場合十年~二十年でセリシール聖王国を除くデクスィア大陸にある国を亡ぼせることができる内容だった。

 この書物を読んだヴェガスは、自分の策の甘さを思い知った。

 それを知ったところで、今さらだな。とヴェガスとオルフは溜息を吐いた。

 戦略を考えられた時期と現在ではあまりにも状況が変わっていたからだ。

 ヴェガス・マースチェルは報告書を纏めて報告したが、皇帝に届くことはなかった。皇帝に読まれる前にヴェガスの報告書を読んだ宰相に失笑され、帝城にいる法衣貴族全員に読ませてから帝城、帝都にある図書館に置きいつでも読めるようにした。

 報告書を読んだ貴族に馬鹿にされるようになったヴェガスだったが、本人にしてみれば神聖ヴェスナー帝国に未来はないのかも……と、落胆するのみだった。

 宰相や法衣貴族が馬鹿にした理由もヴェガスやオルフにはわかっていた。ジェスム王国から兵を引き同盟を勧めのが宰相や法衣貴族だったからだ。

 ヴェガスの策や報告書を認めてしまうと自分たちの無能さを晒してしまう行為だったからだ。    

 

 橋からしばらく歩くと見張り台のあるゾネファ砦が見えてきた。ここの砦は神聖ヴェスナー帝国の動向の監視と万が一攻めてきた際の盾となくり国が軍を集めるための時間稼ぎを行う場所でもある。

 ゾネファ砦は常時兵一万人が滞在されていると言われているが、砦の中に一般人は入れないため確認した者はいない。


 ゾネファ砦の北側の街道を選び進んでいると兵士たちがフェスたちに向かって手を振っていた。


 愛想の良い人たちだな……。


 フェスが手を振る兵士たちに手を振り返すと、さらに大騒ぎとなっていた。

 そんな中でもマインの話は続いていた。

  

 ジェスム王国は絶対王政を敷いている。

 神聖ヴェスナー帝国のように貴族に領地を与え領地運営を任せる封建制ではなく、国王が貴族一人一人に指示し任務を与えていた。

 国内の全ての指示を国王が行っているため内政に外交、軍事など国における全てを把握し指示する能力を必要とされている。

 ジェスム王国では貴族の数が増えたとしても、国王が細かく任務を与えることができるために仕事にあぶれる者はいない。だが仕事の量が少なく優秀な者ほど時間が余ってしまい悪事に手を染める者もいた。

 悪事と言っても国家転覆を狙うなどの大それたことではなく賄賂を贈ったり貰ったり、自分の権力を強めることだけを考えていた。

 ジェスム王国に特産品は特にない。

 銅、銀、鉄が少し採れるくらいで貴重な鉱石が採れる訳ではなく魔物も珍しいのは現れないので、有能な冒険者は他国に行ってしまう。商業方面でもそれほど利益はなく貧困ではないが裕福な国でもない。

 現在の国王は有能な方なのだが次代の国王となる王子は傍若無人であり国民はすでに諦めていた。

 その為に年々人口が少しずつ減っていたため数年前にジェスム王国の国民が他国へ出国する際に金十枚の税金を納めなければ出国できなくする政策を実施した。そのため国民の心は国王からも離れてしまった。

 もちろん他国からジェスム王国に入った者に金十枚の税金は必要ない。

 

 現在のジェスム王国は国内国外問わず火種があった。

 国内では国民……正確には平民。国外では、西の国境に接している国、神聖ヴェスナー帝国だ。その他の国境を接している国々とは概ね良好関係が続いていた。国境を接していない国々とは険悪な関係なのだが……。

 ジェスム王国と神聖ヴェスナー帝国は同盟関係にある。しかし、この同盟が表向きのものということはジェスム王国はもちろん周りの国もわかっていた。

 神聖ヴェスナー帝国が同盟を結んだ理由は、現在南方にある国へ攻めているため、後方から攻め込まれないためということはどの国もわかっていた。

 大国に脅迫されながらの同盟とはいえ同盟関係に変わりないため緊張の中の国交がなされていた。

 ジェスム王国は神聖ヴェスナー帝国以外の国境を接している国とも同盟を結んでいたが、神聖ヴェスナー帝国に攻め込まれた際に協力して戦うといった簡単なものでありそれ以外の協力関係はなかった。


「マイン姉様、今日は随分いろいろな話が出てきますね」

「まあ、この辺からは、人間大陸旅行記の本に載っていた話なんだけどね」

「そうなんですか? 旅行記なのにそんな事が書いてあるんですね」


 よくわかんないけど旅行記ってそんなのじゃないような気がする。


 ゾネファ砦を抜けて暫く歩いていると、後方から一台の馬車が走って来ていることに気付き、道の端に寄り先に行かせることにした。

 すれ違う瞬間に馬車の中を見ると女性の首に盗賊の男の剣が置かれていた。


 あの人は、リア……さん? どうしてこんな場所に? 誘拐されたのか?

 

 探知で確認してみるとリアに盗賊四人が確認できた。


「フェス今のって?」

「盗賊にリアさんが誘拐? されたようです」

「リアさん? ……助けないと!」

 アーシャの言葉にマインとエナは頷いたがフェスは浮かない顔をしていた。

「フェス? どうしたの?」

「おかしくないですか? 此処に護衛のいない子供が四人もいるのに見向きもしないで走り去ってしまいました。普通通り過ぎますか?」

 フェスの言葉にも一理あると思いアーシャとマインが悩んでしまった。

「どうする? ほっとく?」

「いいえ、見て見ぬ振りもできませんから様子を見に行きます」


 探知を使い馬車の行き場所を確認していると山の麓に停まったのを確認した。

 

 馬車が止まっている近くに着くとフェスはアーシャ、マイン、エナの三人に自分一人で確認に行くから待っててほしいと伝えた。

「一人で? どうして?」

「嫌な気配と言いますか……予感がします。それと三人は戦うことができないでしょ?」

「それはそうだけど」

「本当に一人で行くの?」

「はい」

 フェスの言葉に納得できない三人だったが、しぶしぶ了承した。


 一人で馬車の停まっている場所へ向かったフェスが見たのは、とても信じることの出来ない光景だった。


 誘拐されていたと思っていたリアが盗賊四人を殺しているところだった。

 フェスが見たのは、生きたまま盗賊の手足を斬り落としてから首を落すという信じられない殺し方だった。

 四人の盗賊を殺し終わったリアは、フェスに振り向き口を動かした。普通なら聞こえない小声なのだが、耳元で話しているかのような透き通った声がフェスに聞えてきた。


「フェス君お久しぶりですね。ああいう場面に出くわすと必ず来ると思っていました」


 この人は一体なんだ? 誰もリアさんのことは覚えていなかったし……。


 フェスが内心で考え事をしているとリアが微笑みながら注意をしてきた。

「フェスさん考え事をするのなら心を読まれない様に念防を使わないと駄目ですよ? 創造主様はそんなことも教えてくれなかったのですか?」


 念防? 考えていることを読まれないようにする能力スキルか? とりあえず聞かれない? 覗かれないように念じてみるかな……。


「……流石ですね。聞いただけなのにもう念防を使えるようになったようですね。竜耶君も同じことできるのかな?」

「な、何故! 竜耶や創造主様のことまで知っているんですか? あ、貴女は、誰ですか? リアさんではないですね」

 その言葉にリアはニヤッと笑った。リアの笑顔を見た瞬間にフェスの体中の毛穴から冷汗が噴き出した。

「酷いなぁフェス君、ユイナの娘のリアですよ。本当の娘ではなく催眠でそう思わせていただけですし偽名ですけどね。あと夢の中でも話をしていますよ? リアとしてではありませんけどね」

「夢の中?」

 

 夢の中で会ったことのある人って、セラ様と竜耶……あとは…………この緊張感、威圧? 前にも一度……ま、まさか……。


「まさか……ティモリア?」

「覚えていてくれて嬉しいです。でも、神に対して呼び捨てはどうなのでしょう?」

「…………」

「まあ、呼び捨てでも構いませんよ……あなたに会いに来た理由わかりますか?」

 左右に首を振るフェスにティモリアは、凍えるほどの美しい微笑をしつづ右掌を向けた。

「貴方に死んで貰うためです」

 言い終わるのと同時にティモリアは、フェスに向けていた掌から【火玉ファイアボール】を放った。

 フェスの眼に捉えることのできない速度の0【火玉ファイアボール】に身体が撃ち抜かれる寸前に【水壁ウォーターウォール】が展開された。

 【水壁ウォーターウォール】によって【火玉ファイアボール】が相殺されるまでフェスは、自分の目の前まで来ていたことに気づいていなかった。

 

 あ、危なかった。速すぎて全然見えなかった。でも誰が【水壁ウォーターウォール】を?


 フェスが辺りを見渡していたが、ティモリアは上空を見ていた。それに気づいたフェスが上空を見るとティモリアが声を発した。上空には白を基調とした服装に長い金髪をなびかせた創造主セラが浮いていた。


「やはりフェス君を助けに来ましたね……セラ様」

「……直接会うのは、お久しぶりですねティモリア。何故フェス君を殺そうとするのですか? 魂の交換に留めていた貴女が今になってどうして直接手にかけるような真似をするのですか?」

「…………本当ならフェス君はあのまま死ぬはずでした。死んでいた方が幸せだったのですよ?」

「どういうことですか? 死んで幸せなわけないでしょう。何故、フェス君を狙うのですか? それに竜耶君も」

「……主様なら知っているでしょう。魂の色は違っていても二人の魂は繋がっていることを。それを利用し……私の愛するこの世界を遊戯の場とし最終的には破滅の道に導こうとしている者がいるのです」

「誰ですかそれは? ……まさか、アマルティアですか?」

「違います。彼女も被害者と言えるでしょう」

「ならば誰なのです」

「主様…………フェス君の魂は主様が構築しましたよね?」

 ティモリアの言葉にセラは頷くことで答えた。

「では、竜耶君の魂を構築したのは誰だったでしょう。そして、竜耶君の世界の一級神がいなくなった理由は?」

「…………」

「フェス君、竜耶君には説明しているのですか?」

 ティモリアは無言を通しているセラからフェスに視線を向けた。

 【念防】を覚えたフェスだったが、まだまだ慣れていないため常時発動はできていなかったために心を読まれてしまった

「フェス君……主様の説明は間違ってはいません。しかし、正確でもありません。現在竜耶のいる世界の一級神は何千年も前にこの世界の一級神により封印されてしまったのです」

「その話は本当ですかティモリア!?」

 竜耶の世界の一級神が消えたのを知ったセラだったが、理由まで知らなかったために驚きの表情をした。

「主様が知らなかったのも仕方がありません。主様は数えることもできないほどの数の世界を監視しているため一つの宇宙の一つの世界のことを隅から隅まで見張ることなどできるはずありません。その者は主様の隙を突いたため気づかれず行動に及んだのです。もっとも賛同者が多数いたことも容易だったのでしょう」

「どうして貴女はその事実を知っているのですか?」

「アマルティアがこの世界の管理を退いた後に多数の神が管理者の任に着きました。その中に一級神の賛同者もいました。その者たちにいろいろと話を聞き情報を集めました」

「その情報とは?」

「……いえ、もう話はやめましょう。フェス君を殺せばすべて終わりです」

「…………フェス君だけですか? 竜耶君は?」

 少し考えてからセラは質問した。フェスを狙うより魔術もスキルも何もない竜耶を狙った方が手っ取り早いと思ったからだ。

「フェス君と竜耶君の魂を好感した後から向こうの世界にはいけなくなりました。だからフェス君を狙うことしかできないのです」

「ティモリア……フェス君もこの世界の住人なのですよ? 貴女の愛する子供なのではありませんか?」

「わかっています。わかっていますから……魂の交換という道を選んだのです。自分の子供に手を掛けたいと思うわけないでしょう……」

 ティモリアは泣きそうな顔をしながらセラに言った。

「ティモリア……」

「主様、話は終わりです。フェス君を殺すには主様を倒してからすることにしましょう」

 ティモリアはセラの言葉にかぶせるように口を開いた。

「ティモリア……貴女に私を倒せると思いますか?」

「主様を倒せるとは思っていません」


 どうなってるの? セラ様まで現れるとは……。それに今の話の内容からするとティモリア……様は、邪神と言うわけではない?


 フェスが考え事をしているとティモリアとこれ以上の話し合いは無理と判断しセラは、フェスへと話しかけた。 

「フェス君、お久しぶりです。ティモリアがフェス君に手を出せないように監視していたので白の世界にも呼ぶことはできませんでした」

「監視、ですか?」

「ええ、隙があれば手を出そうとしていましたから」

 フェスとセラとの話にティモリアが割り込んできた。

「フェス君には悪いと思っています。しかし、この世界を守るためにはフェス君が邪魔なのです。申し訳ありませんが死んで頂けませんか?」

「出来る訳ないでしょう!」

 フェスの代わりにセラが言い返した。


 ティモリアから攻撃しようとしたがセラが先に【炎弾フレイムブリット】を放った。数百個もの小石ほどの大きさの炎の玉がティモリアを襲った。

 ティモリアは数百個もの炎の玉の軌道を見切っているかのようにすべてを紙一重で避けていた。いや、避けていただけではなく紙一重で避けながら【風切ウィンドカッター】で反撃していた。しかし、セラは避けもせずに受け切った。


 それからも魔術による激しい攻防が行われた。


 一度魔術の打ち合いが止み息を整えてから再び魔術を放とうとしたセラとティモリアの耳に第三者の魔術を放つ声が聞こえた。

 【神炎ディーオフレイム】【神風ディーオヴェント

 セラとティモリアお互いかお互いしか見えていなかったためにいきなりの上空からの声に反応が遅れてしまった。

 セラは何とか避けることはできたのだが【神風ディーオヴェント】により右腕が切り落とされ、ティモリアに至っては【神炎ディーオフレイム】を受けてしまった。ティモリアを蒼炎が襲い辺りに悲鳴が響き渡った。

 蒼炎が収まった後には血を撒き散らしボロボロの姿のティモリアだった。離れていたセラの足元にもティモリア血が大量に飛び散り血溜まりができていた。

 辺りの状況に構ってもいられないセラは上空を睨み口を開いた。

「ブロエレスフィ……貴女の仕業ですか」

 ブロエレスフィと呼ばれた人物はセラによく似ていた。セラの金髪に対し銀髪の違いしかなかった。

 ブロエレスフィはセラの言葉に答えることはなく「【封神】」と一言漏らしただけだった。

 ブロエレスフィの言葉に反応してセラの足元にあったティモリアの血が反応し動き出すと魔法陣が描かれていた。

 セラが魔法陣の効果に気づきその場を離れようとしたが遅かった。セラをティモリアの血がローブのように巻き付き縛りはじめた。

 上空から地上に降り立ったブロエレスフィが口を開いた。

「お久しぶりです主様。そして、ティモリア。二柱ふたりが戦い共に隙ができる瞬間を狙っていました」

「ブロエレスフィ……ティモリアの言ったことは事実ですか?」

「そんな状況でも余裕そうですね主様。時間もありませんからまあいいでしょう。すべてを知られているわけではありませんが事実です……ああ、始まりましたね」

 ブロエレスフィの言葉通りセラの身に異変が起きていた。

 ティモリアの血がセラを縛りきると地面の魔法陣が空を突き抜ける光の柱ができた。するとセラの体が地面に吸い込まれるかのように沈み始めた。

 セラはこうなることがわかっていたのか瞳を閉じ動向を見守るだけとなっていた。

「さすがは主様です。抵抗しても無駄ということをわかっているのですね」

 ブロエレスフィは見る者を凍らせるかと思わせるほどの冷たい笑顔でセラに言った。

「迂闊でしたこの場所は聖地にある世界樹ユグドラシルの根分かれし、デクスィア大陸を支える世界樹イルミンスールの真上の土地に……ティモリアの血での呪縛。それだけではありませんねブロエレスフィ……貴女はこの場所で何万人もの人たちを殺していますね? 世界樹イルミンスールと何万人もの人たちの血と恐怖、恨みを集めて魔素溜まり……呪われた土地にしましたね」

「さすがは主様です。しかし、魔素溜まりの地にしたばかりのために主様でも気づくのは遅れたみたいですね……そろそろお別れのようですね。しばらくお休みください主様」

 ブロエレスフィの言葉通りセラは完全に地面に沈み光の柱も消えてしまった。


「主様は誤解されていましたがこの場の状況を作ったのはティモリアなのですよ? もっとも殺したのは人族ではなく魔物ばかりのようですけどね」

 ブロエレスフィは一度ティモリアに視線を向けてからフェスに微笑みながら説明した。優しい笑顔なのだがフェスには背筋が凍えるように感じた。

 【封樹】とブロエレスフィは呟いた。

「主様、世界樹イルミンスールに封印された気分はどうですか? 神の血による呪縛、魔素溜まりの地の世界樹イルミンスールに閉じ込められ能力を封じられるといくら主様でも封印を解くのに何百年かかるのでしょう」

 ブロエレスフィはセラからの返答がないのを落胆することもなくフェスに笑みを見せるとその場から姿を消した。


「本来は私が主様を封印する予定でしたが……誰がやろうと変わりありませんね」

 と、言い終わった次の瞬間光に包まれたかと思うとティモリアの怪我が治っていた。

「ブロエレスフィ……様はひとつ失敗しました。私の目的は主様の封印よりフェス君なのに……」

 ティモリアは足元に落ちていた自分が殺した盗賊の持っていたナイフを手にして一瞬フェスへ悲しみに満ちた瞳を向けると投擲した。

 見切る事のできなかったフェスは胸にナイフが刺さり……貫通した。フェスは勢いのまま後方へ吹き飛ばされて胸から大量の血が噴き出した。


 ぐっ! やばい、このままじゃ本当にやばい……。


 【治癒ヒール】を唱えようとしたが魔術が発動しなかったフェスは、理由を考えるより回復しなければ死ぬと思い【空間倉庫】から回復薬を取り出すことにした。そんなフェスの耳にアーシャ、マイン、エナの声が聞こえてきたために回復薬を取るのを止めてしまった。


 フェスの胸にナイフが刺さり貫通し血が噴き出すところを遠目で見ていたアーシャ、マイン、エナの三人は、隠れていた岩から飛び出しフェスの傍まで走り寄ってきた。


「なっ! な、なぜきたんですか! は、はやくにげてください……」

「フェス様を置いて行くことは出来ません」

 

 何、言ってるの? 


「ぼくは、いいから、はやく……」


「心配する必要はありませんよフェス君。私の目的はフェス君一人ですから他の人に手は出しません。……攻撃されたらその限りではありませんけどね」


 倒れているフェスに止めを刺すためにティモリアはゆっくりと向かってきていた。


「……四人仲良くの方がいいですか? ……そうですね四人一緒の方がフェス君も寂しくないかもしれませんね」

 歩いてくるティモリアの前にフェスを庇おうとアーシャ、マイン、エナの三人が立ち塞がった。

「なにをしているんですか! はやく、にげてください」

「フェス様を置いていくわけには参りません」

 アーシャが震えながら言うとマインとエナも頷いていた。


 ティモリアがフェスまで十メートル程の距離に差し掛かると創造主セラの声が響き渡った。


「ブロエレスフィに封印されたとはいえ今回は私の負けを認めましょう」

「……流石はセラ様、潔いですね。それで最後の言葉でも頂けるのですか?」

「ええ、そうです。……【聖封】」

 セラの言葉と共にティモリアの胸に聖槍が突き刺さり貫通した。のだが血ところか貫通したはずの穴もなかった。

「……主様、今のは一体?」

 ティモリアは貫通したはずの自分の体を確認しながらセラに聞いた。

「私が……自分の娘でもある貴女方の力を封じるための封印です」

「封印? 封印の効果はなんですか? ……別段変わりないようですか?」

「魔術も武器も使うことは出来ます。しかし、人を傷つけることができなくなります。直接、間接ともに人を傷つける行動になりそうになると一切の魔術が発動しなくなりますし、武器で攻撃する意思をもった瞬間自動転移ししばらく魔術が使えなくなります」

「……封印されているセラ様が一体どうやって?」

「仮にもすべての神を造りし創造主ですよ? 完全に封印を解くことはできませんでしたが油断している貴女ティモリアへ【聖封】を掛けることができました。貴女でも【聖封】を解くのは年月が掛かると思いますよ? ブロエレスフィは【聖封】のことを知っていたようで転移していきましたが」

「……主様の話が本当ならフェス君を狙うのは無意味のようですね」

 ティモリアはどこかほっとしたような表情をした。そんな表情をしたことに気づいたのかティモリアは顔を引き締めて話を続けた。

「今回は、痛み分けの様ですね。計画が先延ばしになりますが仕方ありません。最も主様と同じように私にも寿命はありませんから気長に封印を解く事にします」

「そうして下さい。私も封印を解く事にします。では、数十年、数百年後にまたお会いしましょう」

「はい」

 創造主セラの声が聞こえなくなった。

 セラの声が聞こえなくなるとティモリアは一度フェスの方を見て今までに見せたことのない微笑みを見せたかと思うとその場から消えた。

 アーシャ、マイン、エナの三人はセラの声には反応せずにずっとフェスにしがみつきフェスの名前を泣きながら何度も何度も呼んでいた。


 顔色が蒼白となっていたフェスは、創造主セラとティモリアの気配が消えたのを確認すると【空間倉庫】から回復薬を取り出し飲んだ。すると胸に開いていた穴が塞がった。

 穴が塞がったフェスは、【空間倉庫】からテントを取り出した直後に意識を手放した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。