第1話 城外へ
竜耶改めフェスは、創造主セラの白の世界から扉に入り本来生まれるはずであった世界に旅立ち、そして、目を覚まして最初に見た光景は、金髪を肩まで伸ばし一つに纏めた碧眼の少女が、フェス様フェス様と何度も名前を呼びフェスの左手を自分の両手で包み込み自分の額を乗せて大粒の涙を流して泣いている姿だった。
この人がお世話係のアーシャさん? あまり泣かせて置くのも可愛そうだから声を……! あ、あれ? 声が出せない、どうして? 何とかしないとずっと泣いたままにしちゃう……指動くかな……。
フェスは何とか指を動かしアーシャの指を力なく握った。
指を握られたアーシャの体は、ビクッとなり驚いだ顔をしながらもフェスを見た。自分を見ているフェスを見て、笑顔を取り戻したアーシャはフェスに抱きついた。
「フェス様! フェス様! 良かったです。目を覚まされたのですね? 本当に良かったです」
涙を浮かべながらも笑顔で話をしているアーシャに声をかけようとしても、声の出せないフェスは悩んでいた。
本当に良くなったの?
「フェス様! 本当に良かったです。このまま、このまま目を覚まさないのかと……思ってしまいました」
また泣き始めたアーシャだが、今回は嬉し泣きの様だ。
心配してくれる姿は姉ちゃんみたい……優しい雰囲気も似ているかな。
フェスが見ているのに気がついたアーシャは、顔を赤らめながらフェスに「お水飲まれますか?」と聞いた。
体が馴染んできたのか少しずつ動くようになってきた体……首を一生懸命に頷いて見せた。
それを見たアーシャは、顔を綻ばせ部屋を出て行った。
アーシャさん少し遅くない?
待っている間に完全に体が動き歩ける様になったフェスは、ベッドから出て部屋の中を歩いていた。
戻ってきたかな? でも、話し声が聞こえる。
話し声が聞こえたフェスは、ベッドに戻りアーシャの戻って来るのを待った。
「アーシャさん、本当ですか? フェス様が持ち直し瞳を開けたというのは?」
「はい、本当です。マインさん。水を飲みたいとフェス様が頷きました」
アーシャさんと誰かな? 関係ありそうな人は……マインさんかな?
部屋に入ってきたアーシャだったが、眼を閉じているフェスを見て持ってきた水差しを落としてしまった。そして、フェスに駆け寄ると体を揺さぶった。
「フェス様、フェス様! 目を、目を開けてください」
い、痛い、痛い、なに、この力!?
「フェス様! フェス様!」
「アーシャさん、止めなさい」
マインの声が聞こえていないアーシャは、さらにフェスを揺さぶり続けた。我慢の限界のきたフェスは体を起こし声を張り上げてしまった。
「痛い! 痛いって、アーシャさん」
「えっ! フェス様?」
「フェス様?」
アーシャと金髪を背中まで伸ばし自然と流された金眼の少女マインは、アーシャと同じ様に驚いた顔をしていた。
「あっ! お、おやすみ……アーシャさん」
フェスは内心しまった。と思い誤魔化すために寝る事にした。
当然だが誤魔化せるわけはなかった。
「いやいやいやいや、おかしいですよ? フェス様! 先程まで死に掛けていたんですよ!?」
マインは右手を大袈裟に振りフェスに詰め寄った。
「さ、さっきまでのは、え、演技?」
マインの迫力に負け視線を逸らしながら答えた。
「なぜ疑問形なんですか? どうなっているんですか?」
当然マインに指摘されてしまった。
いきなり疑われてしまった。ど、どうするかな……。
言い訳を考えていたフェスは、アーシャを見てみると完全に疑いの目を向けていた。
「あなた……フェス様ではありませんね?」
アーシャはフェスに指摘した。
いきなりばれてしまった。
いきなりばれてしまったフェスは、表向きは落ち着いていたが、内心では心穏やかではなかった。
「何を言ってるの? アーシャさん」
「そう、それです。フェス様は、私の事アーシャさんとは呼びません。呼び捨てで呼ばれます。あなたは誰ですか?」
呼び捨てにしなかっただけでばれてしまったフェスは、額を右手で覆ってから二人に聞こえない様に呟いた。
そう言う事は、教えておいてくれよ。どうしよう? 本当の事を話すかな? 話しても大丈夫なのかな?
頭の中で色々と考えているとフェスの肩にアーシャの手が置かれ、先程よりさらに強く揺さぶられることになった。
「本当のフェス様はどうされたのですか?」
「…………」
アーシャに首を絞められて顔を青白く変色するフェスを見ていたマインは、アーシャの首を絞める行為を止める事にした。
「アーシャさん、それ以上やると死にます。止めてください」
「がはっ! がはっ! ごぽっ! はぁはぁはぁ! し、死ぬかと思った」
「ごめんなさい……つい……」
本気で苦しんでいるフェスを見てアーシャは頭を下げて謝った。
「フェスでいい……」
なんと呼ぶべきがわからなかったアーシャに、フェスでいいと言ってから先を促した。
「は、はい、あなたは、本当のフェス様なのですか?」
アーシャは不安そうに核心をついた。
これは、黙っているのは無理だな……。
また考え始めたフェスの首にアーシャの手が伸びてきた。
それに気付いたフェスは、手で制して一度深呼吸し口を開いた。
「本来のフェスという意味なら本物であり、二人の知っているフェスという意味なら、偽物です」
「どういう意味ですか?」
フェスの言葉にアーシャとマインは、心底わからないという顔をしていた。
そしてフェスは、神の力により別世界にいた自分とフェスの魂を肉体を入れ替え生き延びることにしたことを教えた。
最初こそ疑っていた二人だったが、神の存在を聞くと実際に動いているフェスを確認しているために信用した。
マインは興味津々だったが、アーシャは信用しているが納得はできない様子だった。
新しい世界に来て、一時間もしないでピンチになるなんて……あっちは、大丈夫かな?
フェスは自分のことを詳しく話し始めた。
「……僕は、別の世界に別の体を持っていたんだけど生まれて十年間、ベッドの生活を送ってきました」
「……何故ですか?」
アーシャは、本物? のフェスと同じだと思いながらも聞いた。
「心肺機能が弱く、いつ心臓が止まってもおかしくなかった。何より下半身が全く動かないので、歩く以前に立ち上がることさえ出来ませんでした」
フェスが俯きながら話すと二人は、どう反応していいのかわから無かった。本物のフェスと同じ状況に困惑しながらもアーシャは、フェスに聞く事にした。
「その状況って……」
「二人の知っているフェスも同じだったのでは?」
「「……」」
二人は、複雑な顔をし頷いた。
「神様が言うには、僕は本来こっちのフェスの体に入るべき魂だったんだけど、ある神様によって別の肉体に入れられてしまったそうです」
そんな事ってあるの? とアーシャは疑いつつも質問した。
「仮にそうであっても、なぜ今頃になって魂を元に戻したんですか?」
「僕達を探すのに時間が掛かったのと……交換しなければ、今頃死んでいました。僕も彼も死にたくありませんでしたから、二人で納得して決めました」
「それでも……」
アーシャはフェスの言葉を聞いても納得できないと首を振った。話をしても納得してもらえなかったことに否定されたと思ったフェスは、ショックを受けてしまい涙を流し感情を露わにしてしまった。
「それでも? なら……そのまま、僕も彼も死んでいれば良かったと言うんですか?」
フェス自身も自分がここまで感情を出す事に吃驚してしまい布団の中に隠れてしまった。体が震えているので二人からは、泣いている様に見えた。実際に泣いているのだが……。
「アーシャさん……そういう反応は良くありませんよ? フェス様の事だけではなく彼の事も考えるべきです」
「でも……」
「フェス様が私達にお別れを言わないで行ってしまったと言う事は、彼も大切な人にお別れを言えなかったのではないのですか?」
「……」
アーシャはお別れを言ってもらえなかった寂しさを指摘されると、目の前のフェスも同じ状況なんだと考え始めていた。
「ここで、彼がフェス様ではないから、と言って突き放すと彼は全く知らない世界で、ひとりになってしまいますよ?」
黙ってしまったアーシャにマインが、さらに話を続けると俯いてしまった。
マインさんは納得してくれたのかな? でも、アーシャさんは納得できないみたいだ。
「マインさん、もういいです。アーシャさんが納得できないなら……」
「では、どうされますか?」
マインが首を傾げて聞いた。
「彼に言われました。歩けるようになったら国を出るようにと。僕を死んだ事にして城外に連れ出してくれませんか?」
マインの疑問に間を置かずにフェスは答えた。
「連れ出した後はどうされるのですか?」
「とりあえずこの国を出て、一人で生きていきます」
国を出る、フェスから聞いたマインは絶句した。
「しかし……」
この世界に来たばかりの何も知らない子供が、生きていけるほど優しい世界でないことを知っているマインは、理由を話して止めさせようとしたが、その前にフェスが話し始めた。
「危険な世界と言うのは聞いています。別に一人になって……一日二日で死んだとしても構いません」
うん、本当は嫌だけど仕方ない。
フェスの迷いのない発言を聞いたマインは、複雑な表情で聞いた。
「どうして、と聞いでもよろしいですか?」
「十年間歩きたいと思っても出来なかったことをできるようになったんです。動ける事の、歩ける事の嬉しさわかりますか? この嬉しさに比べたら例え一日でも自由に歩けて死んだとしても悔いはありません」
マインの質問に対し迷いのない表情でフェスは答えた。
フェスとマインの会話を聞いて、今まで会話に参加していなかったアーシャが思っていた事を聞いた。
「フェス様の行った世界も危険な場所なのですか?」
自分の知るフェスの事を案じた言葉だった。
「彼は大丈夫です。彼の行った場所は戦争もないし魔物もいないから命の危険はないし食べる事にも苦労しない。なにより向こうの家族は優しいから……仮にばれたとしでも受け入れてくれる人達だから……彼の事は安心して大丈夫だと思います」
アーシャの気持ちを何となく察したフェスは、安心させるように話した。
フェスの話を聞いたアーシャは、複雑な気持ちになっていたが、どこか安心した表情をしていた。
本当に彼の事が心配なんだな。
フェスは内心で苦笑しながらも思われている竜耶の事を羨ましと思っていた。
「で、マインさん……手を貸してくれますか?」
マインに向き直りフェスは口を開いた。
「どうして、死んだ振りまでして国を出たいのですか?」
答えようとしたマインにアーシャが割って入り質問した。
「彼の忠告なんです。 元気になったのがばれると殺される可能性がある。と……本当にそんな事起きるのかわらないけど、忠告に従っておこうと思います」
「城の外……街の外は、君が思っている以上に危険な場所なのよ? 本当に外に行きたいの? 十才の子供がひとりで生きていけるような世界じゃないのよ?」
城外に出る理由を聞いたマインは納得したのだが、街の外は本当に危ないために止めさせようとした。しかし、フェスは諦めようとはしなかった。
「城にいても殺される。外に行っても死ぬかも知れない。なら考える余地はありません……同じ死ぬなら外で死にたいです」
十才の子供が死ぬなら外で死にたい。真剣な眼差しで答えたフェスに驚きつつもアーシャがフェスに声を掛けた。
「どうして! どうして外で死にたいなんて言えるのですか? 外に出てもいい事無いかもしれないのですよ?」
フェスの本気の言葉にアーシャも本気で聞いた。アーシャの真剣な目を見て少し困ってしまったフェスだったが質問に答えた。
「……アーシャさんとマインさんは、歩けるから外の景色を見たことありますよね?」
二人は、なぜ当然の事を聞いているんだろうと見合っていると、フェスの顔に悲しみが帯びた。泣きそうになるフェスは、堪えて話を続けた。
「見渡す限り、この部屋に窓はありませんね。彼は部屋を出たことありますか? 外の景色を見たことありますか?」
それを聞いた二人は気づいた。顔を見合わせフェスが悲しそうな顔をした訳に気がついた。
「その反応からすると彼も無いようですね。僕も記憶のある限りでは一度も外の景色を見た事はありません。元のいた世界でも原因のわからない病気でした。人に伝染る可能性もあるかもしれないとして、窓の無い部屋に隔離されていました」
フェスは少し涙を流し始めているが、気づいていないのか話を続けていた。
「僕の記憶の中では、家族を含め五人しか会ったことありません。彼も同じようなものでしょう? 普通に歩ける人は村や街を歩いているだけで、一日にかなりの人に会えると思います。でも僕達は、十年間外を見る事も許されず会った人数も五人以下……一度、両親に外の景色を見てみたいとお願いしたことがあります。その結果どうなったと思います?」
フェスが涙を流しながら話をしていると、フェスのことを思い浮かべたアーシャとマインも涙を流し始めていた。
フェスの質問に二人は、首を横に振り「わかりません」と返事をした。
一度も見た事が無いと最初に言っていたので、見せてもらっていないと二人にも想像はできた。外に出たいと言われた周りの反応が想像できなかった。
「……お父さん、お母さん、お姉ちゃんは、ごめんなさい。ごめんなさいとずっと泣きながら僕に謝っていました。お母さんは寝たきりの状態で産んだことをずっと謝っていました。その横で見ていた十年間僕の担当をしてくれていた病院の先生と看護士さんも涙を流していました。それから僕は、外を見たいと言った事はありません……本当は見たいけど大好きな人達に迷惑を掛けたくなかったから、言わないようにしていました」
アーシャとマインは、涙を拭きながらフェスの話を聞いていた。フェスも涙を拭き一呼吸置いてから話しを続けた。
「そんな十年間に比べたら一日で死んだとしても、外の風景を見て歩けるだけで幸せなことだと思いませんか? 城の中の人に殺されるくらいなら見た事の無い景色を見て、見た事の無い魔物に殺された方がいいと思うのは駄目ですか? 外を見たいって言うのは我儘ですか? 外も見ないで城の人に殺されろ、と言うんですか? 死ぬなら外で、死にたい」
フェスは我慢が出来なくなり、布団を被り大声で泣いてしまった。
十才の子供が本気で泣いてしまったのを見たマインは、自分も泣いていたのにそのままフェスのいるベッドに腰を落とし右手をフェスの頭かあると思われる場所に置き撫でながら外に出る協力する事を約束した。
しばらく泣き続けていたフェスだったが……。
ここまで、思いっきり泣いたの久し振りかもしれない……二人とも呆れているかな?
フェスが恐る恐る布団から顔を出すと目の前にマインの顔があった。マインの目には、まだ涙が残っていた。
じーっと見ていたマインは、フェスの手を握り「ごめんなさい」と謝った。
「私は、最初っから手を貸すつもりでした。そんなにつらい過去があったなんで……少し考えればわかることでしたのに、本当にごめんなさい。城の外までお連れ致します。旅のお供も致します」
フェスはマインの言葉に心からお礼を言ってからアーシャを見た。
アーシャさんは……まだ、納得出来ないかな? 簡単には無理だと思うけど、竜耶との約束を破る事になってしまった。でも、仕方がないと言う事で……ごめん。
フェスは、内心で竜耶に謝った。
「マインさん、今何時位ですか?」
「時間ですか? 先ほど十一の鐘が鳴ったところです」
どうして時間? と思ったマインだったが、訊かれたことをフェスに答えた。
「…………」
十一の鐘ってなに?
しかし、フェスに十一の鐘と言われても意味がわからなかった。
「……ところで、何故敬語なんですか?」
フェスは、気になりマインに訊くと、その質問に躊躇なく答えられた。
「はい、話を聞くに本来ならあなたがフェガロフォス・ヴェスナー様として生まれるはずだった。ならば、前のフェス様も今のフェス様も神聖ヴェスナー帝国の第一皇子ということです」
なんだかわざとらしい気がする。
「本音は?」
フェスがそう質問すると一瞬驚いた顔をしたマインだったが、微笑みながら口を開いた。
「今言ったことは本音です。厳密に言えば、フェス様が死んだとしても、いなくなったとしても私も城から追い出されるし、最悪の場合は、口封じに殺されると思います。ですから一緒に逃げるのが最善だと思いました」
「なぜ殺される、と?」
「言い難いのですが、フェス様は神聖ヴェスナー帝国にとって汚点なのです。死んだのなら最初からいなかったことにするでしょう。その際に邪魔になるのは、フェス様の傍にいた人物でしょう。なら、フェス様に付いて行くべきでしょう」
「監視……ですか?」
「監視? 全然違います。自分の身を守るためですし、本当にフェス様の身を案じてのことです」
フェスはマインを見てからアーシャを見ると視線を逸らされた。
僕の事は認めてもらえないのかな? さっさと城を出たいから仕方がない……本当にここでお別れかな……。
「マインさんが危険だというなら、アーシャさんも残ったら危険なのでしょう? 一緒に行きませんか?」
「…………」
フェスの言葉にアーシャは考え込むように瞳を閉じた。
少し考える時間が必要かな。
「マインさん、夜? の内に出た方がいいと思います。何か案はありますか?」
「案と言われましても方法は一つしか御座いません。フェス様が容体急変の為お亡くなりになりました。御者と馬車を用意してもらい城を帝都を出ます。棺桶とお墓はもう用意されています」
「死ぬ前から、用意されているのですね」
「はい……そして、棺桶をお墓に埋めてから隣の領地に向います。そのため御者は、二度と帝都に戻ることができなくなりますので、それなりにお金を渡すこととなります。私が支払いますから心配しないで下さい」
「そんなに上手くいきますか? その御者は信用できる人ですか?」
「その人の家族が病気の際に私の渡した薬で治っていますしお金も持たせていますから大丈夫かとは思いますが、もちろん絶対の信用はしていません。別れる際に嘘の行き先を教えします」
フェスは、気になる事かありマインに聞いてみた。
「監視の人は来ないと?」
「絶対に来ません。先程もフェガロフォス様危篤、今夜か峠です。と言っても私達二人以外心配する者はいないところが……ご両親でさえ、やっと死んでくれるのか、と安心した顔をしていました」
「…………」
フェスは口を開くことが出来なかった。
落ち込むフェスを見たフェスは、慌てて謝った。
「フェス様、ごめんなさい。配慮が足りませんでした」
「気にしないでください。それより、城と帝都を出る際に止められないのですか?」
「帝都を出る際に馬車を止められるかもしれませんが、棺桶の中までは確認しないと思います」
「御者は本当に大丈夫ですか? より多くのお金を受け取ると裏切りそうだけど」
お金で解決できる事に対して不安になったフェスはマインに聞いた。
「大丈夫です。この世界では命よりお金が大事な時もあります。より多くのお金を貰ったからといって依頼主を裏切った事を知られると誰からも相手にされなくなります」
いろいろと考えたフェスだったが、とにかく城から出るしかないために信用するしかなかった」
「マインさん早速フェスが死んだ。と報告をお願いします……アーシャさんは、どうしますか? 一緒に来ないのであれば、ここでお別れです」
「…………」
「彼もアーシャさんには感謝していましたし、アーシャさんを頼むとも頼まれていたので残念ではあります。でも、お別れですね。アーシャさんも気をつけてください」
アーシャは自分の方を見向きもしなかったので、説得を諦めてマインに振り向き頷いた。
マインが部屋を出て、フェガロフォスが死んだ事を報告すると悲しみの声ところが歓喜の声さえ聞こえてきた。
フェスには本当に死んで欲しかったんだな……まさか、ここまで喜ばれるとは思わなかった。
「アーシャさん、なんだか凄い喜びの声だね? 城中の人が喜んでいるみたいだ」
「えっ! ええ……」
フェスの話しかけられて驚いたアーシャは言葉に詰まった。
どうしたんだろ? 心ここにあらずみたい。あっ! 誰が来たみたいだ。
フェスがアーシャの事を考えていると複数の足音が聞こえてきた。
「アーシャさん、誰か来たみたいだから死んだ振りをします」
「……」
フェスの言葉に反応する事も無くアーシャは考え事をしていた。
部屋に入って来たのは、マインと棺桶を持った男性の二人だった。
「準備は、私達でするので、部屋の外で待機をしていて下さい」
「「はい」」
男性二人は、マインの言葉に返事をすると部屋の外へ出て行った。
「フェス様、あの二人は奴隷です。主人の命令は絶対のために隠し事は出来ません。そのために小声でお願いします」
フェスは頷き部屋から出て行った奴隷のことを考えた。
この世界には奴隷制度があるのか。
考え事をしていたフェスにマインが棺桶に入るように、と声をかけた。
「フェス様、棺桶の中にお願いします。馬車の中で着替える衣服も一緒に入れておきます」
「わかりました」
フェスが棺桶に入るとマインは、棺桶の中へ旅に必要になりそうな物を次々と入れていった。
棺桶に入り横になったフェスに、今まで黙っていたアーシャが棺桶に近付きフェスの手に自分の手を重ね、迷いに迷ってといった感じで口を開いた。
「フェス様、わたしも……わたしもご一緒してよろしいですか?」
フェスは一瞬驚いたがすぐに笑顔で頷いた。
「もちろんです」
マインはアーシャなら最初から来るとわかっていたかのように笑顔で聞いた。
「アーシャさん、やっと決心がつきましたか?」
「はい、別の世界に行かれたフェス様が幸せになれるのであれば、こちらに来られたフェス様も幸せに……なるべきだと思います。そのためのお手伝いをしたいと思います」
「アーシャさん……ありがとうございます」
フェスは心の底からお礼を言った。
フェスのお礼にアーシャとマインは互いに見合って苦笑した。
マインはフェスへと向き直り笑顔で答えた。
「旅に必要な物は全て入れ終わりました。アーシャさん、ここにはもう帰って来ることはないと思っていて下さい」
「構いません。フェス様にお優しくないこんな国に未練は御座いません」
「アーシャさん……行くと決めたら思いっきりいいね?」
アーシャは少し照れながらフェスの言葉に軽く頷いた。
棺桶に詰め込めるだけ詰め込んだ棺桶の数ヵ所に空気穴を開けてから蓋を閉め開けられない様にして、部屋の外に待機をしている奴隷の二人に声を掛けると馬車へ運ぶ様に指示をした。
地下にあった部屋から一階に上り城の外に止まっている馬車に着くまで誰一人として棺桶に近づく者はいないところか遠巻きにやっと厄介払い出来る。早く出ていけ、と言いたけな顔をしていた貴族の姿があったが、さすがに表立って言う人物はいなかった。
奴隷の二人によって運ばれた棺桶が馬車の荷台に積まれるとマインは、奴隷に食料を渡しもう行くように指示を出すとアーシャに馬車に乗るように言った。御者台へ向かうと御者へ街門に到着するまでゆっくりと走る様に伝えると自分も馬車に乗り込んだ。
新しい世界に来て、部屋以外の景色を見る事も無く棺桶に入り城から出ることになったフェスだったが、なんとも複雑な気持ちで棺桶の中に入っていた。