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第12話 野営地

 領都ファウダーの南門から抜けた馬車は、きちんと整備されている街道を走っていた。

 馬車の中ですることのなかったフェスは、馬車内外を探知と鑑定を使い確認していた。乗客と馬車ギルドの女性職員の魂の色は青で問題はなかった。しかし、馬車の御者の二人は黄色だった。


 また御者が犯罪者とは……御者は犯罪に手を染めやすいのか? しかも御者の二人だけじゃなく最後に乗ってきた乗客の二人の男も怪しいし……。


 フェスが怪しいと思うのにも根拠があった。切符売り場から少し離れた場所で男二人ともう一人、三人の男がフェスたちの乗る馬車を確認していた。乗る馬車を特定すると一人はその場から離れていった。南門から街を出たのは確認していたフェスだったが、行ったことのない場所へ向かったために探知の出来る範囲から抜けられてしまったのだ。見失った代わりに男二人が馬車に乗ってきたというわけだ。


 直感だけど御者の二人と後から乗ってきた二人は、僕かエナちゃんを尾行していた犯罪者の仲間だと思う……。女性は関係ないのかな? それと冒険者の一組は屋台で絡んできた人たちだから面倒だ。不良冒険者ぽいから犯罪者たちの仲間かも……!


 色々と考えていたフェスに威圧をかけてきた人物がいた。思わず反応してしまった。

 威圧を掛けられた瞬間にフェスは、馬車の窓から視線を向けると領都ファウダー到着前に森で視線のあった男と東門でよく話しかけてきた門兵が馬に乗りフェスを見ていた。


 あんな離れた場所から僕だけに殺気? をかけられるのか?


 フェスが疑問に思っていると男が念話で話しかけてきた。

『やっぱり威圧に反応できるようだな? それだけの強さを持っているとは』

『威圧?』

『念話も使えるとはな……威圧とは殺気に魔力を込めたものだ。お前なら出来るようになるかもな』

『俺からも一つ教えてやる。ゴブリンを倒した際に使っていた能力スキルは瞬動術の縮地という。足の裏に魔力を込めて移動する技だ』

『……なぜ教えてくれるんですか?』

『簡単に死なれると面白くないからな……もうわかっているんだろ? 生き延びてみせろ』

 念話を終わらせた二人は領都ファウダーへ戻っていった。


 良い人達……ではないよね。危険がわかっていても助けようとはしないんだから。それにしてもやっぱりこの馬車は危険なんだな……。


 フェスの乗る十六人乗りの馬車を中心にして先頭に冒険者の操る馬車、左右に一人ずつ後方に二人が護衛し馬車内の冒険者と交代しながらとなっていた。

 現在フェスは左の窓側に座っていて、その左側を護衛していたのはEランク冒険者でありフェスを無理矢荷物持ちにしようとしたパーティのリーダーだった。


 いい加減にしろよ! 


 パーティのリーダーは、フェスが乗客にいたのを見つけてから自分の名前をダリウスと名乗りずっと勧誘を続けていた。今回の護衛任務を終わらせるとDランク冒険者になること、今までに倒したゴブリンや野犬の数を自慢気に話していた。Sランク冒険者を目指しているとも言っていた。


 ゴブリンに野犬を入れても二桁も倒していないのに自慢に話されて、しかもSランクを目指しているといわれても……自慢にならないよね?


「いい加減に俺達の仲間に入れ!」

「いい加減にしろ! 護衛任務中に一体なにをしているんだ!」

 馬車の後ろを護衛していたDランク冒険者であり今回の任務の隊長が怒鳴りながら近づいてきた。怒鳴られたダリウスは舌打ちをして視線を逸らした。

 隊長は一度フェスに謝ってから元の後方任務についた。


 一応謝ってはいたけど本心から謝っているようには聞こえなかったな……。冒険者ってこんな連中の集まりなのか? 


 静かになってからフェスは、探知と探査を自然に使えるようにするために使いながらアーシャと場所を交換してマインの隣に座り気になっていた協会とギルドのことを聞いた。

 フェスから聞かれたのか嬉しかったのかマインは笑顔で話し始めた。


 五大陸のすべてに商業協会、魔術協会、冒険者協会があり、何かをするためにはどこかの協会に登録する必要がある。これは、身分や種族に関係なく登録が必要となっている。

 物を売りたいなら商業協会、錬金術や加工術、建築魔術の新しい手法を発見し、自分の権利を主張したり公開するなら魔術協会、依頼を受けたり迷宮探索をするなら冒険者協会に所属しなければならない。

 物を売るための商業協会の所属は絶対だが魔術協会、冒険者協会の所属は絶対ではない。

 錬金術を使い魔道具を作成しても報告公開の義務はない。しかし、作成者ではない者に商品を奪われ登録されても権利を主張することはできない。登録した瞬間からすべての大陸での権利が守られることになる。

 依頼や迷宮探索するのなら冒険者協会への登録が必要になるが、採取や魔物退治するだけなら必要としない。だが、採取した物や魔石や素材は冒険者協会へ売ることはできない。

 冒険者協会に登録し、協会以外で売るには商業協会への登録も必要となる。魔術協会の登録者も作成品を売るためには商業協会の登録が必要となっている。


 協会は役所のような役割で、魔術協会は、特許登録のようなものかな?


 各協会によって、ギルドの意味合いが違う。

 商業協会では、飲食店ギルドや宿泊ギルドなど多数のギルドが存在し運営されている。自分が携わりたい商売によってはいるギルドが変わってくる。現在存在していない商品によっては、新しいギルドを設立する必要がある。ギルドを設立した者がギルド長となる。

 ギルドを設立するとすべての大陸で公開されギルド員を探すことになる。ギルドに入りたい者は、商業協会に置かれている契約魔術の施されている契約書にサインと血判しギルド員となる。ギルド員になるとギルド長へのギルド費、国と商業協会への税を払うこととなる。

 魔術協会のギルドとは術ことに分かれている。ギルド数の多い土水火風の属性ギルドにギルド数の少ない錬金術ギルド、加工術ギルド、建築魔術ギルドなどがある。

 商業協会と魔術協会にギルド設立を禁止されているのかある。回復薬や解毒薬の薬関係と聖魔術の属性だ。薬と聖魔術の取り扱いが教会の領分となっているためだ。

 薬は自分で作った分を自分で飲む分には必要ないのだが、他人に飲ませたり販売するためには多額の寄付金を払い許可をもらわなければならない。

 聖魔術も薬と同じような理由なのだが、少し違っていた。

 薬にしても聖魔術にしても本が売られているから自分で使用するのなら教会への寄付金は必要ないのだが、薬と違い聖魔術は本を読んだだけで覚えられるのは、聖の属性を持ち尚且つ才能の持ち主だけだ。属性のない者や才能のない者が聖魔術を覚えたいのなら教会に寄付し数年から数十年の修業が必要となっている。

 教会の数少ない収入源のためにギルドの設立を禁止されている。


 ……協会が禁止しているんじゃなく教会が禁止してるのか? 自分たちの収入源を確保するために……。もっとも僕は、寄付金を払わずに許可を受けたけど……薬の許可は受けたけど聖魔術の許可は受けていなかったような? 破ったらどうなるんだろう?


 冒険者協会では、ギルドの設立を禁止されている。その理由は、五百年前に終結した四大陸邪教殲滅戦争にある。

 ギルドとは大陸に関係なく所属することができるために、同じギルド員同士で殺し合う結果となった。戦争終結後に冒険者協会によりギルド設立が禁止された。

 しかし、冒険者とは争い競う職業でもあるため、パーティ間以外での情報交換はあまりされることはない。パーティという小人数では、どうしても情報収集に限界がある。それを防ぐのに冒険者たちは、ギルドに代わるクランなる団体を作った。

 クラン長はリーダーと呼ばれ、クランに所属するにはリーダー又は副リーダーの許可が必要となっている。そのためクランの仲間は面識のある者だけの集団である。 

 クランの設立の目的は、魔物や魔獣を協力して倒したり、いろいろな情報交換するためだったのだが、現在のクランは、冒険者協会が認めていない冒険者たちによる勝手なランク付けして争うようになっていた。クランランクは、冒険者ランクの高い冒険者の人数や強力な魔獣や魔物を倒した数によって決められている。

当然だが冒険者たちによって勝手に決められたクランランクは通用しないのだが、協会職員の中にはクランランクを参考にして高ランクギルドを贔屓する者もいた。そうなると自分は低ランクなのに高ランククランに素属しているだけなのに増長する者も現れる。

 自分のランクに見合わない依頼を受けて失敗したり、他のクランの冒険者に喧嘩を吹っかけたりとクランの評判を落とす者たちがいた。

 そんな者たちはクランから追い出せばいいと思うのだができなかった。クランは一度入れた者を家族とし出来る限りの支援を行うとされているために、追い出すと家族を見捨てたクランとされ信用をなくしてしまうのだ。いたらクランの評判を落とし、追い出せば信用をなくす厄介な存在だった。


 マインがそこまで話すと開けた場所で馬車は停止した。

「ここで昼食になります。テントを張り終わるまでお待ち下さい」

 馬車ギルドの女性の言葉からまもなくして、テントを張り終えたと女冒険者に報告されると後ろの乗客から順に馬車を降りた。フェスたちが最後に馬車を降りると四本の柱に天幕だけ張られたテントに長テーブルと人数分の椅子が用意されていた。テーブルの上にはスープとパン、干し肉が置かれていた。これが馬車ギルドが用意していた旅の間のメニューだった。


 馬車の荷台とテントに使われていた柱の長さがあっていないことに気づいたフェスは、今回の護衛任務と隊長に聞くと「俺のパーティに空間箱を使える魔術師がいる」と説明された。

 テーブルに椅子が用意されていたのは、乗客の殆どが下級とはいえ貴族や大商人のためだった。

 全員席に着き食事を食べ始めるとフェスたちも席に着いた。しかし、馬車ギルドの用意した食事を食べたくなかったフェスは、空間倉庫から朝作ったサンドイッチと屋台の親父にもらったマヤーレの串肉を取り出し自分とアーシャ、マイン、エナの前に置いていった。

 子供が空間箱を使えることにも周りの人は驚いていたが、それよりも美味しそうなサンドイッチと串肉に目を奪われていた。

 貴族の子女がフェスの用意した食事を見て自分も食べたいと親にねだっていたが、下級貴族とはいえ貴族のために直接フェスに言えない、そのため馬車ギルドの女性に耳打ちをしていた。話が終わると女性はフェスの側に来てサンドイッチと串肉を銀貨一枚で買い取らせて欲しいと言ってきた。詳しい理由を聞くと、馬車ギルドが買い取り乗客に分けるとの話だったためにフェスは了承した。

 女性はフェスにお礼を言ってからサンドイッチの入ったバスケットと串肉の包みを受け取ると乗客に分けて行った。冒険者たちは乗客ではないので分けられることはなく自分たちの用意している昼食を食べていた。

 昼食を食べ終わると馬車に乗り込み出発した。御者はここで交代となった。


 護衛の冒険者は、二パーティ。一つは六人全員Dランク、男四人女二人のパーティで、もう一つは全員Eランクの男五人女一人の六人パーティの合計十二人で交代しながら護衛につく。女冒険者を入れているのは、乗客に女性もいるために馬車ギルドからの要請だった。

 馬車ギルドから来ているのは、御者の男二人に乗客の世話係の女性一人の計三人。

 乗客はフェス、アーシャ、マイン、エナの四人の他に男性客六人女性客三人にエナと同い年くらいの女の子の計十四人だ。

 本来なら荷物用の馬車を含めて三輛編成になるはずなのだが、今回の護衛の冒険者の中に空間箱を使用できる者がいたために一輛減らされ二輛編成となっていた。

 

 護衛の冒険者に十二人もいらないのでは? と思う人もいるのだが必要なのだ。

 マースチェル伯爵領領都からアトカース男爵領領都の道程に強い魔物が出ることは滅多にない。しかし、ランクの低い魔物は多いのだ。ならEランク冒険者で大丈夫かと思う人も乗客の中にはいる。だが、今回に限っては安心しても大丈夫だった。なぜならマースチェル伯爵領とアトカース男爵領の騎士や兵士によって、盗賊や魔物魔獣退治を行ったばかりだったから低ランク冒険者でも護衛任務は務まるのだ。

 数の多い魔物の代表を上げるとすれば、ゴブリンだ。数年に一度ゴブリン王国が誕生する山の近くを通るので、ゴブリンに良く襲われる。

 最近では、二年前にマースチェル伯爵領とアトカース男爵領の共同で、騎士団を送り冒険者を雇いゴブリン王国を潰している。

 その時に倒したゴブリンの数は、上位種、変異種を含めて三千体以上だったと発表されている。

 ゴブリンの次に多いのが森狼フォルストヴォルフだ。他にもいるのだが集団で襲って来る訳ではないので油断さえしなければEランクでもなんとかなっていた。

 今回の旅で隊長と副隊長をDランク冒険者が務めている。

 客観的に考えるととても不安な隊商だ。Dランク冒険者は一応一人前とされているDランクこれはいい。だが、もう一つのEランク冒険者が不安だ。

 ゴブリンを倒したとか野犬を倒したとかの自慢話を馬車の窓際にいる乗客に何度もはなしているからだ。冒険者にとってゴブリンや野犬を倒せて当たり前なのにだ。もちろん集団のゴブリンや野犬を相手にするのなら人数やDランク以上なければ危険だ。自慢話をよく聞くと一匹のゴブリンを六人で倒したようだ。まったくの自慢にならない。乗客に不安しか与えない話だ。


 雇っているのが馬車ギルドで、雇われているのは冒険者なのだが、旅の最中は雇主であるギルドでも隊長には従わなければいけなかった。

 隊長は、盗賊、魔物等に対し他の冒険者への攻撃命令、旅程、野営場所などを決定する判断力が必要とされている。

 判断力の弱い冒険者が隊長になった隊が全滅することは珍しくない。現に何度も襲われ全滅しているし一体も死体のないこともあった。

 無事に目的地へ着けるかどうかは、隊長の判断力次第であった。


 マインの馬車内での乗客が不安になる話は終わった。


「マイン姉様、終わりました?」

「ええ」

「でも、みんなが不安になる話は止めてください」

 マインの話で、護衛の冒険者が役に立たないようなことを聞かされた乗客たちは、思いっきり不安そうな顔になっていた。

 乗客たちは、隣の人とマインの言っていたことについて語り合っていた。


「マインさん、流石に不安になるような話はよくありませんよ?」

「ごめんなさい……」

「冒険者の人に聞かれたら怒られますよ」


 アーシャとマインの話がもうしばらくかかると思ったフェスは、馬車の窓から外を見た。進路方向の左側が森で、右側が荒野となっていた。

 空を見ると青空で太陽は少し沈み始めていたが、日差しが馬車内を照らし温めていた。ゆっくり流れている白い雲を見ていたフェスは、眠気に襲われ瞼が重くなり眠りについた。

 

 眠ったはずのフェスは、創造主セラの白の世界とは違う黒一色の闇の世界にいた。

 自分がなぜこんな場所にいるのかわからないフェスは、辺りを確認しようと思い歩こうとしたのだが瞳は開いているのだが体が全く動かせないことに気づいた。


 此処は、セラ様の世界じゃないよね?


「そう、ここは、主様の白の世界ではありません」

 誰もいないと思っていたところに身も心も凍えそうな冷たい女性の声が聞こえてきた。


 な、何この冷たい声……体が震えてきた。


「あ、あなたは、誰です?」

「……」

 声の主はフェスの質問には答えずに自分の話を始めた。

「もう少しで二人が死ぬところでしたのに……まさか主様が力を貸し与えるとは思いませんでした」

「いつも! いつも! もう少しの所で邪魔が入る。いい加減にして頂きたいものです」

 姿を現さない声だけの主はイラついてきていた。

「今はまだ……主様の加護が強く私の力では直接手を出すことは出来ませんが、私の邪魔になる可能性のある貴方を……必ず……」

 冷汗を流しながらも平静を装って再度名前を聞いてみた。

「貴女の名前を教えてください」

「……わたしは…………」


「フェス! フェス! フェス大丈夫?」

 声の主の名前を聞く前に、アーシャの心配する呼びかけに目を覚ました。 

「……アーシャ姉様?」

 フェスが目を覚ますと目の前にアーシャとマイン、エナの心配そうな顔がそこにあった。

「どうかしたんですか?」

「それは、こちらのセリフです」

「フェスお姉ちゃん、うなされてたよ?」

「怖い夢でも見たの?」


 夢? いや、安心感と不安感、恐怖感の差はあるけどあの感覚は、セラ様の白の世界に似ていた。多分……セラ様と同じく魂だけをあの世界に呼んだ……と思う。狙われていたのは、僕なのか?


「……フェス?」

「いえ、何でもありません。大丈夫です」

 アーシャの声で我にかえると微笑むとそう答えた。

「本当に? 汗が凄いけど」

「はい、でも、少し気持ち悪いですね」

 空間倉庫から布を取り出すと顔と首の汗を拭いた。


 一息ついてからフェスは、昼食時に気になっていたことを聞いた。

「マイン姉様、魔術師とは何ですか? 魔力を持っている人なら魔術を使えるのなら魔術師というのはおかしくありませんか?」

「昼食のときに隊長さんが言っていたことね……」

 フェスが頷くとマインの説明が始まった。


 フェスの言うとおりに魔力があるのなら習えば誰もか魔術を使えるようになる。しかし、全ての魔術を使えるようになるわけではない。

 誰でも使える魔術は【ウォーター】に【着火】だか当然人により差はある。

 魔力があるなら誰でも使えるのに、なぜ人によって使える魔術使えない魔術があるのか? なぜ使えるのに人によって差があるのか? その理由は、才能と適正だ。

 才能とは言葉通りの意味で、生まれ持った才能のことだ。訓練によりある程度伸ばすことはできるが、才能のある者にはかなわない。

 適正とは、土水火風天地空聖の魔術を使えることをいう。適正があっても才能がなければある程度までの魔術しか使えないし、威力のある魔術を放つことはできない。


 マインの話が終わるころに太陽が沈みはじめ辺りは茜色に染まっていた。隊長により野営地が決められて馬車が停止した。

 野営地が決められると最初に冒険者が行ったことは、馬四頭を入れる柵を作り中へ入れた。次に東西南北の四ヵ所に見張り場を作成した。見張り場は簡易なもので一晩焚き火のできる薪を用意していくつかの鳴子を森の中に設置した。魔物や魔獣、動物が野営地に近付きロープを触れたりするとガラガラと音が鳴り危険を知らせてくれる。音が鳴ると見張りの冒険者が確認して自分で倒せるなら倒し、無理と判断した場合は指笛を吹き仲間を呼ぶ。それでも敵を殲滅出来ないと判断した場合は、乗客を馬車に乗せ撤退をする。その際一パーティは護衛として乗客の乗る馬車を先頭し、もう一パーティは殿しんがりとして敵を引き付ける。乗客の安全を確保すると護衛に二、三人を残し殿を助けに戻ることになっていた。たとえ、それで命を落とすことになってもだ。基本的に冒険者は冒険者を助けなければならないわけではない。しかし、同じ護衛の依頼中は別で助ける義務が発生する。助けに戻らずに見殺しにすると冒険者仲間から弾き出されることになる。


 自分たちのテントの用意が出来た冒険者の合図を聞き馬車ギルドの女性の案内に従って馬車を降りた。

 馬車を降りた乗客たちは、空間箱を使える冒険者の女性から順々にテントを受け取っていた。受け取った人たちだが、貴族やお金持ちたちがテントを張れるわけもないので、冒険者にテント張りの依頼をしていた。

 テントを受け取ろうとしたエナをアーシャが、テントならフェスが持っているからいらないよ、と止めた。

「テント張りの依頼をするの?」

 アーシャの質問にフェスは首を振り試したい魔術がある。と言って歩き出した。アーシャ、マイン、エナは、首を傾げながらもフェスを追った。

 冒険者達が依頼を受けて張っていたテントの一番端っこのさらに少し離れた場所まで歩くと、空間倉庫から薪を取り出し地面に置いた。フェスが木の家のイメージを固めてから【創造建築クリエイション】と唱えた。唱えるのと同時に薪は変化を始めた。

 フェスたちが見ている目の前で薪はみるみるうちに変化していき、数分後にはフェスがイメージした通りの木の家が完成した。部屋は、食事をする部屋、寝る部屋にお風呂場とトイレしかない平屋の家だ。


 最初だからこんなもんかな……本当に魔術で作った建築物は全く隙間がないんだな……!


 全く口を開かないアーシャたちに声をかけようと振り向いたフェスの目の前には、護衛の冒険者たちに乗客たち、馬車ギルドの全員が驚いた顔をしたまま集まっていた。


 いつの間に集まっていたんだ? それに驚いた顔をしているけど、建築魔術は珍しくもないんでしょ?


 フェスが【創造建築クリエイション】を唱えて薪の変化が始まると、一人また一人と集まりだしていた。集中していたためにフェスは気付いていなかった。

 フェスがアーシャたちに声をかけようとしたが、その前に隊長がフェスに声をかけた。

「君はその歳で、いや、難しい建築魔術をどこで誰に習ったのかな?」

「難しい? 本に載っていたのを試しただけですけど……使える人は沢山いるんでしょ?」

 隊長はフェスの言葉を聞いて、本気で言ってるのか? とアーシャとマインに視線を向けた。それに気付いたマインが口を開いた。

「私たちの妹は常識を知らないんです。自分の異常までの才能が普通だと思っています」

 説明ではなかった。

 本気なんだな。と隊長はため息を吐いた後に簡単に説明した。

 隊長の話によると、建築魔術の本は売っているから買って読むことは出来る。しかし、読めるからといって誰でも使えるわけではない。建築魔術を使える人たちは、建築ギルドの適性検査を受けて試験に合格して初めて建築魔術を習うことが出来る。そして、二~三年間の研修を受けて一人前になる。と説明した。

「と、言うわけだ。君がどんなに優秀なのかわかるだろ?」

「本で覚えるか一から習うかの違いだけでしょ? 使える人はいるんだか珍しい魔術ではないのでしょう?」

「ま、まあ、そうなんだ、が……」

 隊長は、自分の考えの方がおかしいのか? と思い始めていた」

「隊長! 彼女をギルドで保護するべきです」

 空間箱を使える女魔術師が自分の考えを話した。その言葉を聞いたフェスを勧誘していたダリウスが慌てた。しかし、隊長と女冒険者の話が続いているために割って入れなかった。

「どうして彼女の勧誘を勧めるんだ?」

「彼女がこのまま成長すると凄い魔術師になります。私たちのギルドがSランクになるのも夢ではありません」

「確かに建築魔術には驚いたし空間箱を使えるのも見た。だが、現時点で判断するわけにはいかない」

「いえ、隊長。彼女の使ったのは空間箱ではなく……」

「もう、よろしいではないですか? そろそろ完全に陽が落ちます。テント張りの続きと食事にしませんか?」

 女魔術師の言葉を馬車ギルドの女職員が止めた。隊長は頷くと冒険者全員に指示をしてテント張りを急がせた。


 フェスは、隊長と女魔術師の会話に割り込みことが出来ずに聞いているだけで終わってしまった。どうしていいのかわからずにアーシャとマイン、エナをみた。三人とも首を左右に振るだけだった。

「とにかく食事にしましょうか?」

「そうね……私たちは何をすればいい?」

 フェスは空間倉庫から煉瓦を取り出すと竈をお願いします。と言ってからフェスは、野菜を洗って細かく切ると鍋に入れた。竈の用意が出来たと聞くと薪を置き【着火】で火を着けて鍋をかけた。野菜、肉の順に炒めてから水を入れてトマトを鍋に大量投入して潰した。蓋をして煮込んてから数分後に味見をしながら水を入れたり塩で味を整えた。

 トマトスープが完成したので食器を取り出そうとしたフェスの耳に賑やかな声が聞こえてきた。不思議に思ったフェスが顔を上げると数人の人が集まっていた。鍋が完成したと感じた馬車ギルドの女性がフェスに話しかけてきた。

「申し訳ありません。その鍋も買い取らせていただけませんか?」

 四人で食べきれないほどの量を作ったフェスは構わなかったが、念の為にアーシャとマインに聞いた。二人も構わなかったようで頷いた。

「私たちの分をよそってからなら構いません」

 馬車ギルドの女性は、当然です。と全く問題はなかった。トマトスープは銀貨一枚で売れた。


 即席トマトスープなのに……銀貨一枚になってしまった。


 フェスたちは、自分たちの器に入ったトマトスープを持って家の中に入った。家の中も宿屋のように隙間一つない床に壁、天井が出来上がっていた。

「中は、私たちの泊まっていた宿屋に似ているのね?」

「はい、参考にしましたから」

 フェスにとっての家とは、日本にいた頃の病院に本やテレビで見る家のためにこちらの世界の建築物を参考にイメージをした。

 中に入るとテーブルと椅子も用意されていた。手に持っていた器をテーブルに置き椅子に座るとフェスは、空間倉庫からホートドックの入ったバスケットと果物、ミルクも置いた。

「では、食べましょうか」

「え、ええ……」

「う、うん」

 フェスや貴族の令嬢でもマインにとっては大した料理ではないのだが、アーシャとエナにとっては豪華な料理のために驚いていた。エナは、本当に食べていいの? とフェスに視線を向けていた。フェスが頷くと笑顔となったエナは食べ始めた。

 食事中にフェスはマインに、スープが銀貨一枚になった理由を聞いた。マインは、今までにない料理だったから高く売れた。と言った。


 今までにないって、普通のスープだと思うけど……。


 食事が終わるとお風呂に四人で入った。四人で入ることになると思ったフェスは、はじめから四人で入っても余裕のある大きさに作っていた。

「そろそろ自分で拭きます。アーシャさんは、僕の使用人ではないのだから」

「……私のこと邪魔になりましたか? 必要ありませんか?」

 泣き声で言い放った後にアーシャは、両手で顔を隠し俯いてしまったのも見てフェスが慌てて言葉をかけた。

「そんな事こと言っていません。アーシャさんもマインさんも僕にとって必要な人です」

「まあ! 嬉しいですわフェス様」

「では、体を拭くくらいやらせてもらってもいいですよね?」

 マインが少し照れながらフェスに言うとアーシャも両手をパッ! と勢いよく離すと満面の笑顔でフェスを言った」

「嘘泣きだったんですか?」

 体を拭かれながらフェスは呟いた。

「ごめんなさい……でも、フェス様の体を拭くのは私の仕事ですから……怒りましたか?」

「いいえ、怒ってはいませんけど……それよりも、名前と言葉遣い戻っています。エナちゃんもいますから」

 エナは、フェスとアーシャの話を聞いてきょとんとして首を傾げていた。

「あ、あのー……」

「さあ、エナちゃんも体拭きますよ」

 エナが何かを口にする前にマインがエナの背中を洗い始めた。


 お風呂から上がるとフェスは薬作り、アーシャとエナは、マインに文字を習った。


 夜も更けてきたので寝ることにしたので布団を敷いた。

「大きいの買って良かったでしょう?」

「エナちゃんの寝間着も買っとけばよかったわね」

 布団を敷き終わりアーシャとマインが寝間着に着替えながら言った。エナには、フェスの寝間着を着せていた。

「次の街で買えばいいですよ。それまで僕の寝間着を着てればいいですよ」

「フェス、僕じゃなく私でしょ?」


 みんなの前じゃなければ僕でも良かったんじゃ?


「旅の間は誰に聞かれるが分からないからずっと私といいなさい」

「……わかりました」

 フェスの考えていることがわかったマインが言った。何故わかったんだ? と思ったフェスだったが素直に返事をした。

 四人で布団に入り眠りに着いた。


 野営地の配置は、東西南北に見張りの冒険者を一人ずつ配置し、中心の東側に馬車ギルドの女性のテント右側に御者二人のテントが張られていた。家族連れなら北と南、女性だけなら東側、男性だけなら西側に分かれていた。フェスたちは東側の一番端に木の家を建てたはずだったが、女冒険者たちのテントがさらに東側に張られていた。

 テントの配置には意味があった。馬車ギルドの女性と護衛の冒険者たちは乗客yを守る義務がある。そのため中心に馬車ギルドの女性を配置して乗客たちの世話をして、冒険者達のテントを乗客たちの外側に配置して敵襲に備えていた。

 女性だけと男性だけのテントを離しているのにも意味はある。旅の疲れなどから男性が女性を襲うこともあるために離していた。

 馬車ギルドの乗客を装って女子供を襲い奴隷商に売ろうとする者も中にはいる。それを防ぐために四ヵ所に見張りを置く理由でもあった。

 女性を襲うと犯罪にならないのかと言うともちろん犯罪になる。が現行犯でなければ捕まえられない。そんな法があるために旅の女子供を狙う犯罪者もいた。襲われた女性は殺されるか奴隷商人に売られる未来しかない。この世界は、貴族の女性や名声のある女性以外の一般の女性の価値は低かった。もちろん全ての国がそうではない男女差別や人種差別の無い国も少ないとはいえ中にはある。


 マインさん五月蝿い。寝言でも説明口調で話さないでください。目が覚めたじゃないですか……ミルクでも温めて飲むかな?


 ミルクを温めて飲むことにしたフェスが家を出るとエナもついてきた。

「エナちゃんも眠れないの? 温かいミルクでも飲む?」

「うん!」

 薪に火をつけて鍋にミルクと砂糖を入れて温め始めた。

 ミルクを温めてしばらくすると甘い匂いが周囲に流れはじめると見張りの冒険者が集まってきた。

 集まってきた冒険者たちは、コップに温めたミルクを入れて手渡すと元の場所に戻って行った。


 体が温まったので家に入ろうとしたときに、フェスの探知に反応があった。


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