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第11話 馬車の旅へ

 領主館から外に出た一行は、敷地内から出ずに庭を歩き建物の裏に向って歩いていた。領主館の横を通ると兵士たちの訓練場所に出た。

 フェスの見ていた先には二十人程の新兵らしき若者が教官の訓練を受けていた。訓練所のさらに先には、この領都の領主館の次に大きい建物がありフェスが気になって見ているとルークスが説明した。

「聖女様、あの建物は兵士達の兵舎です。領都ファウダーを守る未婚の兵士のすべてが寝泊まりしています。未婚の兵士は強制入舎となっていて結婚をすると兵舎を出ることを許されます」

「大勢の方と一緒に住むのは楽しそうですね」

「そうですね。大勢の仲間がいるからこそきつい訓練も乗り越えることができるのだと思います」


 領主館の裏に到着したフェス達の前に現れたのは、領主館専用の門だった。

 領主館専用となっているために使えるのは、領主、領主代理、貴族、騎士、兵士だ。数ヶ月前までは使用人にも使用を許されていたのだが、領主代行にルークスが就任してから使用人に使用することを許されなく鳴った。理由として奴隷の身分にある者が許可なく敷地内から出ると、いかなる理由であろうとも問答無用で処刑されてしまうので奴隷の身を守るためにルークスが出入りできないようにした。使用人も使用できていた際に許可されたと嘘の報告をして外出し処刑されていた奴隷も多くいた。脱走ではなく息抜きのつもりでも処刑対象に成ってしまうためにルークスも悩んだ末に使用人たちに門を閉めたのだった。

 奴隷には奴隷の首輪がつけられているからわかりそうなものだが門兵は身分証しか確認しなかった。領主、領主代理の連名により奴隷であっても……いや、奴隷だからこそ見られたくないものだとして、奴隷のの首輪の確認を禁じていた。


 奴隷の扱い方は、国により異なっていた。

 神聖ヴェスナー帝国の奴隷の扱い方は、デクスィア大陸で一番酷かった。厳しいのではなく酷いのだ。

 他国の人たちでさえ、いくら奴隷に対してもあれは酷いと嫌悪感を持っている。

 神聖ヴェスナー帝国において奴隷とは、人間ではなく家畜以下の存在と認識されていた。しかしマースチェル領だけは奴隷に対しての虐待を禁止していた。

 マースチェル領の奴隷の虐待禁止に皇帝は黙認していたが他の貴族からは疎まれていた。

 マースチェル領の奴隷は、使用人服を着せてもらい毎日三食付き労働時間もきちんと決められているのに対し他の領地では、一日二の鐘分の時間しか休むことを許されていなかった。

 神聖ヴェスナー帝国内の奴隷に対しての扱いに一番酷い領地は、現皇帝の叔父に当たる人物の領地だった。

 その領地の奴隷は、村町街から出なければ自由に歩き回ることは出来た。これだけを聞けば恵まれているようにも聞こえるが実情は違う。

 現在、皇帝の叔父の領地にいる奴隷の九割は女性であり、女も男も服を着ることを許されていなかった。奴隷全員が裸で働かされているのだ。

 食事は、一日一回で、堅いパン一個、具の入っていないスープ一杯のみなので毎日腹を空かせていた。腹が空いていたらお腹が鳴るのは当然なのだが、領主の前でお腹を鳴らした瞬間に五月蝿いの一声で、理不尽に処刑されてしまうのだ。

 奴隷とは言え女性が裸でいるのだから男性に我慢できるわけなく朝昼晩時間に関係なく街の至る所で、女性奴隷は襲われていた。

 少しでも抵抗すると処刑されてしまうために女性奴隷は、嫌がることも出来ずにいた。毎日襲われていたら孕むのは必然なのだが……孕んだのがわかると処刑されていた。

 処刑される理由は、孕むと見苦しいお腹、身重になるとまともに仕事が出来ない、産んだ子供に食べさせるために食料が減る、泣くから五月蝿いから、と馬鹿な理由だった。

 男性奴隷が少ない理由は、奴隷と言っても男は男、女性の裸を見たら立ってしまうのは仕方がないことなのだが主人の持ち物に欲情するとは、と言われてアソコを切られてしまい治療されずにそのままにされるために死んでいた。

 

 奴隷全員で抵抗運動を行なえばいいと思うが出来ないのだ。理由は、神聖ヴェスナー帝国の奴隷には、奴隷の首輪の中でも一番酷い首輪を付けられていた。

 首輪は、主人だけではなく貴族に対して、少しでも敵愾心を持った瞬間に首輪が締り首が切り取られてしまう酷い物だった。

 街中でも首を落とす者もいたが人々は、見飽きているので驚く者はいなくなっていた。

 

 領地の奴隷は餓死、凍死、熱中症、処刑などで一年以上生き延びた者がいないくらい殺されている。

 処刑していなくなる奴隷をどこから調達しているかと言えば、自分の領地は勿論他領地のスラムの住民、浮浪児をそれぞれの領主に金を渡し買い取り奴隷にしていた。

 神聖ヴェスナー帝国において、六才以上でなければ奴隷に出来ない法があり、もし奴隷にした場合身分に関係なく処刑されていた。何故そこだけ厳しいのか意味はわからない。

 マースチェル領にも買い付けに来たが領主カルフは、一人も売る気はないと断っていた。

 皇帝の血筋であったとしても他領の民を勝手に連れ出すことは出来なかった。

 流石に奴隷に対しても非道過ぎると皇帝も止めようとしたが、皇帝であっても領地内の領地運営について口を挟むことが出来なかったために他領から領主に無断で、民を連れ出す事を禁止する法しか作れなかった。 

 その法があるためにマースチェル領からスラムの住民と浮浪児が誘拐されることは無いのだ。


 相変らず関係のない話を……門に関係している話は最初だけだし。


 フェスは溜息をついてからマインに話しかけた。

「マイン姉様、話はそれくらいで終わりにしてください。みんな引いていますから……エナちゃんなんで泣いているじゃないですか」

 門を出てから少し歩いたところで、マインが話し始めると全員歩きながら聞いていた。あまりにも酷い話にアーシャとアイン、ツヴァイ、ドライは顔を青くさせ距離を取り、エナは目に涙を浮かべてフェスの外套を掴んでいた。エナは話を聞き自分ももしマースチェル領の浮浪児でなく、そこの領地に連れていかれていたと思うと怖くなって泣いてしまったのだ。


「マインさん、流石に今の話は、よくありませんよ?」

「……ごめんなさい」

 アーシャに諌められてマインもやり過ぎたかと思い謝った。

「ルークス様も申し訳ありません。マイン姉様は一度説明を始めると止まらなくなってしまうので」

 フェスがルークスに謝ると首を軽く振った。

「いいえ、気にしないでください。本当のことですから……本来なら奴隷制度も無くしたいのですか……五大陸全ての制度なので、一国の一領地に何か出来る訳ではありませんから」

「……奴隷を買ってから解放することは出来ないのですか?」

 フェスの言葉に少し困った顔をしてルークスは口を開いた。

「一度、奴隷に落ちると奴隷の身分から解放されることはありません……奴隷は財産ですから手放す人は、まずいません」

「他に方法はないのですか?」

「……正確に言えばないこともないのですが……ないに等しいのです。国によって違いはありますが、神聖ヴェスナー帝国では戦争において功績を上げて皇に認められ騎士に叙せられた場合にのみ奴隷から解放されます」

「それは、難しいですね」

「どうして?」

 フェスの言葉にアーシャが疑問を持って聞いていた。

「奴隷に武器を持たせて戦争に出る者がいないからです。後ろから刺される可能性もありますから」

 フェスの言葉にアーシャが納得した。


「ルークス様、ゴブリン十体、こちらに向かってきています」

 ゴブリンまでの距離およそ百メートルと護衛の男はルークスに報告した。

 フェスも探知で確認したが確かに百メートルほどの距離だった。


 どうしてわかったんだ? この人も探知を使えるのか?


 フェスの心の声を読んだかのタイミングでフェスを一瞬見るとゴブリンに走っていった。フェスが考えことをしていた間にゴブリンは二十メートルほどの距離まで迫っていた。


 あれ? いつのまにこんな近くまできていたんだ?


 フェスがそう呟くのと同時だった。それほど速く走っていたわけではなかった護衛の男だったのだが、ゴブリンとの距離五メートルくらいで誰の目にも見えない速度で駆け抜けた。するとゴブリン二体の首が落ち躰は前のめりに倒れた。

 残った八体のゴブリンはそれぞれ「キィーキィー」「ギャーギャー」と耳障りな声を発すると護衛の男に襲いかかった。男は冷静に対処し一体また一体と次々と倒していった。護衛の動きはフェスにギリギリ見える速度にわざと落とされていた。男は闘いながらフェスの方を見ていた。


 どうしてあの人は、僕に見える速さで戦っているんだ? 先ほどのように見えない速さで戦えば剣筋を見られることもないはず……もしかして、見せているのか? いや、そんなことする意味はない……よね?


 フェスが護衛の男の戦いを見ていると一体のゴブリンが男の間合いから抜け出すとフェスたちに向かってきた。

 襲いかかってきたゴブリンを迎え撃つためにルークスは、腰に帯びていた剣の柄に手をおいた瞬間ゴブリンの眉間と喉、胸に矢が次々と突き刺さっていった。驚いたルークスは誰がやったのかと探すとすぐに見つかった。ルークスの右後方に弓矢を構えていたフェスがいた。

 ルークスはフェスがどこから弓矢を出したのかと思案していると、フェスが更に弓を引いて矢を射ていた。矢の行方を確認するために視線を向けると護衛の男がいた。ルークスが、あっ! と声を漏らした。矢は護衛の頭を狙って飛んでいたからだ。

 護衛の男は後方に少し頭を下げるだけで避けたが、フードを突き破り顔を露わにさせていた。男が避けた矢はゴブリンの胸に刺さっていた。胸に矢が刺さっただけでは倒れなかったゴブリンは、男の握られていた刀によって首を刎ねられていた。そして、そのゴブリンが最後の一体だった。


 【ゴブリン:ランクH】

 魔物に部類されてはいるが、元々は精霊だった。悪戯や仲間の精霊たちを襲うことを止めないために精霊王によって精霊界から追い出された。

 ゴブリン種族の最下層に位置し知性は限りなくゼロに近く本能のままに動く。

 ゴブリンの本能は二つある。

 一つ目は、ゴブリン種族以外を敵とみなし襲い掛かる。

 二つ目は、ゴブリン種族にメスが生まれないため、他種族の女やメスを巣に持ち帰り子供を産ますため母体が死ぬまで苗床にする。しかし、エルフ族の女性だけはその場で凌辱したあと腹を切り裂き殺してします。はっきりした理由は分かってはいないが、半精霊であるエルフ族に精霊界から追い出された恨みを晴らしているのではないかとされている。

 繁殖力が非常に高く五日に一度、五~十匹ほどの子を産む。そのため常時討伐依頼や国によっては騎士主導の大規模な討伐が行われる。

 ゴブリン討伐を行わなず放っておくと、ゴブリンの中からゴブリンキングが生まれゴブリン王国が誕生してします。

 過去にゴブリン王国が誕生したにもかかわらず討伐せずに戦争を行っていた国は滅ぼされたことさえある。

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 ?ってなに? ……まさか知識が足りないから鑑定不十分なのかな?


 フェスがゴブリンの死骸を鑑定していると魔術を唱える声が聞こえてきた。

「【フレイム】」

 残っている敵がいないのを確認してから護衛の男は、倒れているゴブリンの死骸に次々と【フレイム】を唱えていくと灰も残らずに一瞬で消えていった。灰も残っていないと思わせるほどの炎だったが小さい、本当に小さい粒が消えた炎の後に残っていた。落ちている粒を一つ残らず拾うとその中の二つをフェスに投げて渡した。

「……これはなんですか?」

 本気で聞いたフェスの言葉にアーシャとマイン以外の者は、えっ!? と本気で驚いた。エナやアイン、ツヴァイ、ドライでさえ驚いていた。アーシャとマインは説明するのを忘れていたと思いだしていた。


「これは魔石だ。商業協会に持っていけば貨幣に替えることが出来る。同じく冒険者協会でも貨幣に替えられるが冒険者の身分証を必要となっている。他には魔道具を作る材料、魔道具を動かす材料だ」

 寡黙と思っていた護衛の男は、フェスに魔石について説明した。


 いつまでの血の匂いのする場にいてはゴブリンがさらに襲ってくるかもしれないために鉱脈のある岩山に向かって歩き出した。

 護衛の男とフェスは隣あって歩き話をしていた。

「それよりも、先ほどの矢は俺を狙ったのか?」

 男の質問に対してフェスは、まさか狙うわけないです。と言ってから挑発するように続けた。

「ゴブリンと重なっていましたし……なにより貴方なら避けられると思いましたから」

 そう言われた護衛の男は、急に笑い出した。男が笑うのか珍しいのかルークスは驚いていた。

 

 それにしてもこの人って、日本人だよな?


 フードが破れた男の姿は、黒髪黒眼で日本人顔だった。


 日本人顔ってよくわからないけど、この世界の人の顔っていうよりは、日本人顔って言ったほうがしっくりくる。


 もう一度鑑定をしてみたが、先ほどと同じように鑑定はできなかった。不思議に思っていたフェスに男が説明した。

「俺を鑑定しようとしたんだろうが無駄だ。お前は気付いていないのだろう……鑑定する際に一瞬だが魔力の流れと瞳の色が代わるのだ。その代わる一瞬に鑑定できないようにしている」

「…………」

「お前が知りたいのは俺が日本人かどうかが?」

「! ……」

「聖女様、一体どこで弓を覚えたのですか? かなりの腕かと見受けられました」

 フェスと護衛の話にルークスが割り込んだ。


「……三歳くらいから毎日千本以上弓を引いていました。集落出身ですから生きるために必要だったのです」  

「マインさん、流石にフェス様の嘘話大袈裟なのでは?」

「でも、それくらい大袈裟に言わないとフェス様の弓の熟練度は信じられないでしょ?」

「そうですけど、信じてもらえるのでしょうか?」

 アーシャの心配はもっともだ。普通に考えて三才の子供が毎日弓を千本も引けるわけないのだが、ルークスはフェスの嘘話を信じて本気で驚いていた。

 あっさりと嘘話を信じられたフェス、アーシャ、マインの方が驚いてしまった。


「聖女様は、剣も使えるのか?」

 護衛の男の冷たい声色に恐怖を覚えたフェスだったが落ち着いた声色で、神聖ヴェスナー帝国で平民は弓矢とナイフ以外持つことを禁止されているから持ったことも触ったこともない、と答えた。

  

 さっきあの人の使った【フレイム】という魔術【着火】に比べてかなりの火力だったなぁ……。


 護衛の男の【フレイム】を思い出しながら唱えてみた。すると前方十メートルの位置に炎の柱が空に向かっていった。


 できちゃった……。


 自分でやったのにも関わらず驚いているフェスと同じようにその場の全員驚いていた。護衛の男でさえ驚いていた。

「聖女様……聖女様は魔術まで使われるのか?」

「魔術を使えるのは珍しいですか?」

「いえ、簡単な魔術なら習えば誰でも使えます。しかし、神聖ヴェスナー帝国において平民は学校に通うことを禁じられています。文字を覚えなければ本を読むことは出来ませんし……なにより本はとても高価なために貴族でも簡単に手に入れることはできません……」

「平民の私には無理だということですね……今習ったではありませんか? 護衛の方が魔術を使うところを見ていましたから」

「さすがは聖女様ですね……無詠唱で唱えることか出来るとは……」

 ルークスはそう言うと先を急ぐことにした。

 それから暫く歩くと森を抜けて鉱脈のある岩山に到着した。

「着きました。鉱山です」

「こ、ここですか? こんなところに鉱山ですか?」

「信じられないようですね?」

「いえ、そう言う訳ではありません」

  信じられないのも当然かな? と考えたフェスは空間倉庫からつるはしを取り出すと男の子三人に手渡した。

 フェスの指定した場所を一の鐘分岩山を掘ると銀を含んだ石を掘り当てることが出来た。フェスから手渡された銀を含んだ石を確認したルークスは眼を閉じながらも笑顔が漏れた。

「こんな所に鉱山があったとは、領都から近すぎて誰も探していなかったのでしょう」

「領都の近くにあると思わなかった、と?」

「はい、父もなにかを探していたと聞いていましたので鉱山だろうと思っていました。そしてこの辺りも探していたと考えていました」

「そうでしたか……。この岩山と地下から銀が採れます」

「地下からも銀が採れるんですか?」

「いいえ、採れるのは銀だけではありません」

「えっ!?」

 ルークスは、他にも何か採れるのか? という顔をしていた。

「鉄鉱石と錬金術の材料になる物質も多数取れます」

「……まさに……宝の山ですね」

 ルークスは、平静を装っていたが明らかに混乱していた。

「今日は、戻りましょう」

「はい、兵の派遣もしなければいけませんから」

 フェスの提案にルークスも賛同した。


 領都への帰り道は、動物も魔物も現れることもなく時間をかけずに到着することができた。

 

 領都に到着し領主館に着いた一行は、そのまま領主カルフのいる応接室へと向かった。

 応接室前にいた兵士に来客者は退室していることを聞きノックをして部屋へ入った。

「兄上、教会の司祭の話は何だったのですか?」

「……いつもと同じだ。炊き出し用の食材が足りないからもっとよこせ! とか金をよこせ! とかだ。まともに炊き出しをしないのにな……それよりそっちはどうであった?」

 ルークスに聞かれたカルフは、腹立たしさを隠そうともせずに怒気を含んで来客者を蔑んでいた。少し落ち着いてから鉱山の首尾を聞いた。

「はい、領都の目と鼻の先にあれほどの宝の山があったとは夢にも思いませんでした」

 ルークスの話を聞くにつれて、カルフに笑顔となっていった。

 報告の全てを聞いたカルフは、満面の笑顔でフェスにお礼を言った。 

「聖女様、本当にありがとうございました」

「いいえ、領民に優しい領地運営を行なって下さい」

「心掛けます」

「採掘作業にこの三人を使ってくださいませんか?」

「はい! もちろんです」


 カルフとルークスが頷いたのを確認したので、自分のやるべきことは終わったと立ち上ろうとするフェスにルークスがそれを制して話しかけた。

「聖女様、これからもマースチェル領にお力をお貸し頂けないでしょうか?」


 …………帝都に近い場所にいる訳にいかないよね?


 ルークスの誘いに一瞬考えたフェスだったが、帝都の近くにいると危ないと思い直し申し訳なさそうに口を開いた。

「申し訳ありません……朝にも言いましたが、明日の朝には領都を出ることになっています」

「旅ですか?」

 ルークスが寂しそうな顔をして聞き返してきた。

「はい……旅の目的があります」

「では、旅の目的が終われば戻ってきていただけますか?」

「……お約束はできませんが心に留めておきます」

 フェスは、はっきりした肯定も否定もしなかった。


「そういえば、五つ目のお願いとはなんでしょうか?」

 落ち込んでいるルークスに一度見てからカルフがフェスに聞いた。

「……ここにいるエナを旅に同行させることになりました。許可を頂きたくおもいます」

「それはかまいません……旅の前に商業協会で身分証を作ることをお勧めします。……どうして、とお聞きしてもよろしいですか?」

「内密にお願いできますか?」

 アイン、ツヴァイ、ドライ。カルフとルークスが頷き護衛の男はカルフに命令されて頷いた。

 全員が頷いたのを確認したフェスは、エナが精森人族ハイエルフであり犯罪者に聞かれてしまい狙われてしまうかもしれないために連れていくことを語った。

 カルフとルークスが納得したのでついてとばかりにエナのことを聞こうとフェスは、アインに話しかけた。


「エナちゃんを拾ったのはアインさんと聞いています。拾った時の状況をお聞きしてもよろしいですか?」

 アインはエナに視線を向けて話しても大丈夫か? と聞いた。エナは躊躇せずに聞きたいといった。アインはわかったと答えてからフェスに話し始めた。

 

 四年前にアインは奴隷にされる寸前だったが逃げ出すことに成功した。逃げ出したアインは数人の子供たちを連れて住んでいた村から脱出して領都ファウダーを目指していた。その途中に襲われた後の馬車が数台あり、食料でもないかと漁っていると荷台の下から鳴き声が聞こえてきたそうだ。皆で荷台を動かしてみるとエナがいた。他にも生きている人がいるかもしれないと思い辺りを探すとエナを抱っこしていたアインが重体の森人族エルフ族の女性を発見した。森人族エルフの女性は、アインの腕に抱かれている女の子を見ると微笑みエナ、エナと何度も呼んだ。アインは女性が自分の腕にいる女の子の母親と気付き近づいた。女性は、ありがとうと答えてエナの頭を撫でながらアインにエナをお願いと託すと息絶えたと語った。他に息をしている人はいなかった。全員で穴を掘り一体一体埋めたと言った。そして最後に、状況を見る限り襲ったのは盗賊だと思うと言って話を締めた。


 話を聞いていたエナは、途中からフェスに抱きつき泣いていた。それをフェスは優しく頭を撫でていた。


 エナちゃんの家族を襲った盗賊……この街にいるのと関係あるのか?


 エナが泣き止むのを待ってからフェスは、今度こそ退室することにした。アイン、ツヴァイ、ドライ

をルークスとカルフに託し応接室を後にした。


 フェスの後ろにアーシャ、マイン、エナの三人が続き領主館の廊下を執事に案内されて外にでた。


 領主館の外に出ると八の鐘が鳴ったところだった。

 一度宿屋に戻りもう一晩泊まるとユイナに報告し四人分支払った。それから商業協会に赴きエナの登録証を作成した。

 屋台の親父が店を開けるまで時間があるために街の中を目的もなく歩いているといい匂いがしてきた。どこからしてくる匂いかと探しているとパン屋があった。

 お昼を食べていなかったフェスはお腹が空いていた。パン屋に吸い込まれるように店の中に入ったフェスの眼のまえには大きな食パンが置かれていた。食パンの長さは三メートルもあった。


 大きいけど、食パンだよね? 食パンとコッペパンもあるのか……サンドイッチとホットドック作れるかな? 野菜や肉はあるから作ってみるかな……。


 食パンとコッペパンを買うと街の散策を続けた。


  領都の大通りを歩きながらフェスは、領主館にいた護衛の男のことを考えていた。

 男の冷たい声、男のニヤついた笑顔、そして、領主館の応接室から出て戻って来るまで背筋が凍るほどの威圧を浴びせてきた男……黒髪黒眼の日本人風の顔の男結局名前を聞くことはなかった。

 歩きながら考えているとアーシャがフェスを呼んでいた。

「そろそろ時間じゃない?」

「そうですね……最後に雑貨屋、いいですか?」

「いいけど、なにを買うの?」

「テントは買いましたが寝具を買っていなかったことに気がつきました」

「寝具?」

「寝袋か布団ですね」

「布団がいい!」

 アーシャとマインは、布団を選んだ。

「四人分ですね?」

「ううん、大きいの一組でいいよ! みんなで寝られる大きいの」「うん、そうね」


 アーシャとマインが一度言ったことを変えないことを知ったフェスは、悩むこともせずに頷いた。

「わかりました」

「フェス、素直になってきたわね」

「二人共、諦めないでしょう?」

 フェスの言葉に二人は、笑って頷いていた。


 雑貨屋で布団一式を買ってから屋台の親父の店に向かった


 屋台の準備をしていた親父が、四人の姿を発見すると笑顔で話しかけてきた。

「おう! 嬢ちゃん達よく来た。肉の解体は終わっているぜ!」

 そう言ってから親父は、自分の立っていた場所の後ろに置いてあった二箱の木箱を持ち上げてフェスの前に置き蓋を開けた。

 中を確認するとボアマヤーレの肉が別々に入っていて小さい正方形、薄切り、串に刺してあったりと色々な形に切られ綺麗に並べられていた。

「随分と色々な形にわけてくれたんですね?」

「ああ、どんな料理に使うのかからなかったからな。それなら色々な料理に使えるようにしといたぜ」

「ありがとうございます」

 顔に似合わず細かい仕ことをする人だね? と思っていたフェスだったが、顔に出ていたようで屋台の親父に読まれてしまった。

「おっ! その顔は、顔に似合わずに、て思っている顔だな?」

「す、すいません……」

「いいってことよ。商売をしていると人の顔色で何を考えているかわかるようになるものだ」

 親父は、腰に手を置き、がはははは、と力強く笑っていた。


 豪快に笑っていた親父が急に真剣な顔になった。

「そう言えば、嬢ちゃん達は明日馬車に乗って行くのか? どっち方面に行くのか聞いていいか?」

 聞かれたフェスだったが自分にはわからないので、アーシャとマインを見た。マインはフェスに頷いて親父に行き先を説明した。

「北東と東の領地は、魔物討伐の前のために危険だと言う話を聞いています。北は目的地から離れますし、南は現在隣国との戦争の準備をしていると聞きますから取り敢えずは南東方面のオルフ・アトカース男爵のアトカース領領都に向かいます」

「そうだな、今の時期ならアトカース領が安全だな」

  

 安全? 


 首を傾げているフェスに親父が知らないのか? と驚いた顔をした後で説明した。

「アトカース領の騎士団が魔物退治を行なった後だからだ。それでも気をつけていけよ? 魔物討伐は終わっているが盗賊が出るようになったという話も最近よく聞くようになった」

「はい、ありがとうございます」

「明日、馬車に乗る前に寄ってくれ、餞別をくれてやる」

 四人は、お礼を言ってから宿屋へ戻ることにした。


 宿屋に入りユイナに声をかけて部屋に戻る前に食事を摂ってから部屋に戻った。三階に昇り護衛の冒険者に挨拶してから部屋に入った。部屋はユイナによってすでにランプが点けられ風呂の用意がされていた。

 四人は昨夜と同じように四人で入った。風呂の後はフェスは薬学術の本を読みながら薬を作ることにした。その間にアーシャはマインから字を習うことにした。それを聞いたエナも習いたいと言い出してアーシャと一緒にマインに習うことにした。

 フェスが作った薬は、回復薬に解毒薬、熱さましだった。


 フェスは薬作りを終わらせると作った薬を空間倉庫に仕舞うと寝ることにした。

 フェスが薬作りを止めてベッドで寝ようとすると文字の勉強をしていたはずのアーシャとマイン、エナがすでに寝ていた。

 アーシャの隣が空いていたのでそこに寝ることにした。

 今晩もセラ様の所に呼ばれるのかな? そう思いながらフェスは眠りについたが、創造主セラの白の世界に呼ばれることもなく目を覚ました。

 目が覚めるとアーシャに蹴飛ばされてベッドの下に落とされ床に寝ていた。


 アーシャさん寝相悪いのかな……。


 目を覚ましてすぐに顔を洗い着替えると一階に降りた。一階に降りるとユイナに挨拶して厨房を貸して欲しいとお願いをした。朝食の準備は終わっているからいいわよ、と心良く貸してくれた。

 早速フェスはサンドイッチとホットドックを作ることにした。

 食パンを薄く切り野菜や焼いたマヤーレの薄切りを挟めていった。コッペパンを真ん中を縦に切れこみを入れてサンドイッチと同じように材料を挟めていった。


 焼きそばがあれば焼きそばパンが作れたのに残念だ。どこかにそば粉? ないかな……。


 作ったサンドイッチとホットドックをバスケットに詰めていると、目を覚ましたアーシャ、マイン、エナがユイナに連れられて現れた。

「何してるの?」

「料理です。昼飯を作っていました」

「なにを作ったの? みせて」

「ダメです。食べるときのお楽しみです」


 一度部屋に戻ると寝巻きや桶などをすべて空間倉庫に仕舞うと宿を後にすることにした。一階に降りる前に護衛の冒険者に挨拶しようとしたが誰一人としていなかった。

 一階に降りるとユイナが階段のところで待っていた。

「短い間でしたがお世話になりました」

「こちらこそ有難う御座いました」

「ユイナさん、リアさんはどこですか? リアさんにも挨拶したいのですけど」

「リアさん? どなたですか? 聞いたことありませんけど」

「えっ! ユイナさんの娘のリアさんですよ?」

「何かの間違いでは? 私に娘はいませんよ?」

「アーシャ姉さまもマイン姉さまも合っていますよね?」

 フェスに聞かれたアーシャもマインも困惑した顔をして、知らないわ、合ったことないわよ? と二人も記憶に無いようだった。


 どうなってんの? ユイナさんから娘のリアと紹介されたのに……アーシャさんもマインさんも会って話もしていたのに……。


「私の勘違いかもしれません……」

 納得できなかったフェスだったがこれ以上話をしていても仕方がないと思いやめることにした。


「道中お気をつけて下さい」

 部屋の鍵をユイナに渡して、見送られながら宿屋を後にした。


「さっきのリアさん……そんな人いたの?」

「いました。この街に着いた日に服屋に行きましたよね?」

「行ったわね」

「その服屋に案内してくれたのがリアさんです」

「…………」

「着いたばかりで店の場所もわかりませんでしたよね? でも迷わずに行けましたよね」

「……そうね。たしかに店まで迷わずに行けたわね……」

 フェスの話を聞いているとアーシャもマインもリアという人物がいたのかいなかったのかわからなくなってした。

「考えてもわかりませんからもう止めましょう」

 アーシャとマインも困惑しながらも頷いた。


 鑑定しておけばよかった。でも……たぶん鑑定はできなかったと思うけど。


 親父との約束通りに屋台に着くとアイン、ツヴァイ、ドライの他にも数十人の子どもたちが待っていた。

「親父さん、これは?」

「みんなが嬢ちゃん達にお礼が言いたいと集まったんだ。領主様が皆の住む場所をくれたんだと」


「お姉ちゃん達ありがとうございます」

「ありがとう!」

「聖女様、本当にありがとうございました」


 全員が順番に一人一人お礼を言ってからアイン、ツヴァイ、ドライが最後にお礼を言った。そして、エナをよろしく頼むと言った。フェスはアインの言葉に任せてくださいと言ってから銀貨一枚を投げ渡した。報酬の残りを渡し忘れていましたと笑顔で言った。アインは仕事と皆の住む場所を与えてくれたんだから受け取れないと返そうとしたが、フェスは仕事の正当報酬を仕事と住む場所は別問題ですと首を振り受け取ることはなかった。

 子どもたちのお礼が言い終わると屋台の親父が、焼きたての串肉の入れてあるバスケットをフェスに手渡した。

「馬車の中で食べてくれ」

 代金を払おうしたフェスを親父は手で制し代金はいらないと言った。フェスが笑顔でお礼を言うと親父は顔に似合わずに照れていた。それを見た子どもたちは大笑いした。

「それそろ馬車の出発する時間じゃないのか?」

 親父に教えられたフェスたちは、お礼とお割れを言ってからその場を後にした。フェスと親父が話をしている最中にエナと子どもたちのお別れは済んていた。


「いい人達が多かったわね?」

「そうですね」

 アーシャの言葉にマインも同意した。

 

「マインさん、ここならフェス様も安心して暮らせるのではないですか?」

「私もそう思います。しかし、帝都との距離があまりにも近づきます。それと変態貴族に見つかると面倒です」

「近いと駄目ですか?」

「フェス様は目立ちます。それを帝都に知られると呼ばれてばれる可能性があります。せめて、神聖ヴェスナー帝国と国境線の隣接している国以外に行かなければならないと思います」

「それで、東端の国ですか?」

「ええ、あの国ならフェス様を守ることが出来ると思います。しかし、神聖ヴェスナー帝国と同じく貴族が領地経営をしていますから貴族の力が強い国のために絶対とは言えませんけど……この国にいるよりはいいと思います」

 先頭を歩いているフェスに聞こえない様にアーシャとマインは、小声で話していた。


 南地区にある馬車乗り場に到着すると、早速とばかりに切符売り場に向かうとアトカース男爵領領都カナー行きを買うことにした。

 切符売り場で話を聞くと本日のアトカース男爵領領都カナー行きの馬車は二つ。一つは途中にある集落や村町を経由する隊商とともに行く格安馬車と、どこにもよらずに直接向かう高級馬車。値段を聞くと前者は平民には安いとも言えない一人銀貨一枚、護衛の冒険者はEランクの一パーティだが、後者は金持ち専用となっているために一人銀貨五十枚で、EランクとDランク冒険者の二パーティが護衛に付く。高い割には冒険者の数か少ないのでは? と質問すると乗客用の馬車が一つなので十分なのだと説明された。


 さっさと帝都から離れたかったためにフェスは後者の馬車を選んだ。大銀貨二枚を渡して切符を四枚受け取ると数台の馬車が停まっている場所に向かった。

「お早う御座います。こちらはアトカース男爵領領都カナー行きです。間違いはございませんか?」

 馬車ギルドの職員の男性がフェスたちに一礼してから確認するように聞いた。切符を見せると男はキャリッジの扉を開けてフェスたちを中へと誘導した。

「まもなく出発となります。座席にお座りになってお待ち下さい」

 中に入り確認すると真ん中に通路があり、通路の左右に二人用の椅子が置かれていた。縦に四脚横に二脚置かれていて十六人乗りのようだった。現在の乗客はフェスたちを入れて十四人だった。

 一番前の二脚が空いていたのでそこに座ることにした。

 フェスたちが座ってまもなくしてから馬車の前にいた男が声をかけてきた。

「大変長らくおまたせいたしました。まもなく出発となります。アトカース男爵領領都カナーまで五日間の旅となります。……」

 男の話の途中に二人の男が乗客として乗り込んできた。

「まだ間に合うかい?」

「はい、大丈夫です空いているお席にお座り下さい」

「ああ、すまんな」

 乗り込んできた男二人は、お礼を言ってから席に着いた。

「では説明の続きをさせて頂きます」


 アトカース男爵領領都カナーへの五日間の旅の説明を聞いた。

六人二パーティで合計十二人の冒険者が交代しながら昼夜問わず護衛につく。乗客と思っていたうちの二人は馬車ギルドの職員だった。交代要員の御者の男性と乗客の世話係りの女性の二人だ。

 二の鐘分に一度トイレ休憩をとる、朝食と夕食は野営地で摂り昼食は七の鐘に馬車を停めて簡易テントを張り食べるが、雨の際は馬車内で食べることになっていた。朝昼夕の食事は配給されるが当然自分で用意した物を摂っても良かった。

 どうやって時間を計るのかとの質問に一の鐘分の砂時計が馬車内に置かれているので大丈夫だと説明された。

 昼食時のテントは冒険者が無料で行うが、野営地でのテントは用意されているのだが自分で組み立てるようになっていた。個別に冒険者へ依頼すれば銅貨五枚で請け負ってくれることになっている。

 旅の間はDランク冒険者の一人が隊長となりすべてを仕切ることになると言って馬車ギルドの男性は馬車を降りた。馬車ギルドの男性と入れ違いに兵士が乗り込み乗客の身分証の確認を始めた。全員が問題なかったようで兵士が馬車を降りるとキャリッジの扉は閉められた。

 

 神名暦五百六十一年蒼月十一日、御者による出発の合図により南門からアトカース男爵領領都カナーに向けてフェスを乗せた馬車は旅たった。


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