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失恋男はガチ泣きする。

作者: ななし

 好きな女の子の恋が実る瞬間を目撃した。


 そんな日は、男だって泣いてもいいと思うんだ。っつか泣くよな? 泣いちまうよな? 泣くに決まってんだろこんちくしょぉおおおおっ!

 目撃して、硬直し、崩れ落ちて、立ち上がり、脱兎のごとく逃げた。かつてないほどの全力疾走をしてたら途中で足が言うこときかなくなって無様にすっ転んだ。

 俺がなにしたって言うんだ! すっげー痛ぇし恥ずかしいし先輩には彼氏できちまうし! ええいそこの野郎や女ども! 地面に這いつくばる俺を見るな! 見るんじゃねぇえええええ!

 泣いてるのは転んで痛いからってだけじゃねぇんだよ、俺のガラスのハートが砕けて泣いてんだよ。ガラスのハートとか寒いって言うな泣くぞ! もう泣いてるだろとか言うな馬鹿野郎!

 でもさすがに、校門に続く道で這いつくばり泣き続けるとか無理だ。恥ずかしくて死ぬ。すでに死にそう。明日にはクラスや部活でぜってぇからかわれる。いや、むしろ引かれて腫れ物扱いされるか? 転んで泣いてる高校二年男子。俺なら引く。

 とりあえず痛む身体を庇いながら起き上がり、血の出ている手のひらは無視して、改めて走った。今度は全力疾走じゃなくてマラソンやる時くらいのスピードだ。なるべく早く家にたどり着くためには、家まで走り続けられるペースに限る。これなら足がへたって転んだりしない。かばんを教室に忘れていたことに気づいちまったけど、もう今日はどうでもいい。

 走る。走る。走る。通行人がぎょっとして振り返るのがわかるけど無視して走る。っつかお前らも俺のことを無視しろ。泣きながら走る男にビビるのはわかるけど、無視しろ。余計に泣けてくるだろ!

 あーもークソッ! なんであんなタイミングよく見ちまったんだ。好きな子が別の男とカップルになった瞬間なんて誰が見たいって思うんだよ。真っ赤になって、涙目で、「う、うれしいよぉ。私も大好き」とか言って野郎に抱きしめられて、しかもそのままぶちゅっとキスとかふざけんな! そんなの目撃した俺が哀れすぎるだろ! 先輩すっげかわいかったよ!

 っつかいつから両想いなんだ? 悔しいけど、めっちゃくちゃ悔しいけど、先輩が佐伯のことを好きなのは知ってた。なんでよりにもよって俺のクラスメイトを好きになるんだって、嫉妬しまくった。

 せめて先輩と同じ三年なら、高校時代は一年の歳の差がでかいもんなって自分を慰められたけど、佐伯と俺は同じ二年。しかも部活が同じで週に三回は会う俺はスルーで、たまに委員会で一緒になった佐伯のほうに惚れるってなんだ。特別あいつがカッコイイわけじゃねぇってのに。接点は委員会だからそこでなんかあったんだろうけど、惚れた詳しい理由は知らねぇ。知りたくもねぇ。……。…………嘘です。知りたいです。どうやったら先輩に惚れてもらえますか? もう遅いけど。

 佐伯は最初、先輩に特別な関心抱いてなかったように見えた。でも先輩がんばってアプローチしてたもんな。めちゃくちゃかわいかったもんな。佐伯に会えた時の先輩の幸せそうな顔、かわいすぎて泣きそうだった。佐伯と話ができた日は、部活の時もすっげ機嫌よくて俺にも普段以上にニコニコしてくれた。幸せオーラをまとった先輩には心臓破裂しそうなほどドキドキしたけど、その理由は佐伯だと思うとズキズキに変わるのがマジつらかった。

 佐伯に恋をしてからの先輩は、もっともっとかわいくなったんだ。外見だってイメチェンして垢抜けたし、仕草や表情も魅力が増した。恋する女の子ってすげぇな。そりゃあ佐伯だって惚れるよ。自分のためにがんばってる子がいたら気になるって。いつからかは知らねぇけど、両想いになるのも時間の問題だってわかってたよ。わかってたけど、わかってなかった。

 想像するのと、現実に目の当たりにするのじゃ、ダメージが全く違うっつの。



 ***



「……なにやってんの?」

 ようやく家にたどり着いて玄関でへばってたら、弟に見つかった。手には紙パックのジュースとスナック菓子を持ってるし、リビングからおやつを拝借して部屋に戻る途中だったんだろう。兄ちゃんが失恋して大変なのにのんびりしてんなおい。

「え、っつか泣いてんの? うわーひでぇ顔」

 どん引き顔ありがとうございます! ちくしょう、慰めろやコラァ! ひでぇ顔言うなっ!

 睨みつけたら、弟の口元が歪んだ。お前いま笑うの堪えただろっ。目は誤魔化しようがないほど笑ってるぞ。ここは、笑うのを堪えてくれてありがとうと嫌味を言うべきか? ムリムリ。

 弟にこんな情けない姿を見られ、あまつさえ笑いを堪えられちまったら、もう繕うのも馬鹿らしいよな。うちの親は共働きだから今この家の中にいるのはこいつと俺だけ。つまりは弟相手に愚痴りまくっても、兄の尊厳が傷つくだけで親の前で恥をかくわけじゃない。

 よし弟よ。兄ちゃんの愚痴に付き合ってくれ。っつか付き合えちくしょう。

「失恋した傷心の兄ちゃんを慰めろ」

 偉そうに命令したつもりだが、泣きまくってまだ鼻声だし威厳はこれっぽっちもなかった。でも笑いを堪える表情が引っ込んで驚いてくれたから良しとしよう。

「失恋? 失恋で泣いてんの?」

「失恋でとか言うんんじゃねーよ! マジ好きだったんだから仕方ねぇじゃん!」

 さてはこいつ、ガチの恋愛したことねぇのか? まだ中三だもんな。お子さまだもんな。そのうちお前も恋ってものがなんたるかわかる日がくるだろうよ。

「お前も好きな子できたらわかるって。失恋つれぇんだよ」

「好きな子っていうか、彼女なら先月からいるけど」

 ……な、なんだとっ!? お子さまどころか彼女持ち? 中三で彼女持ち? 弟に先越されたぁあああああ!

「ど、どうせ告られてなんとなく付き合ったとかだろ」

 告られるだけでも羨ましいけどな! でもマジで好きなこと付き合う喜びには敵わないんだからな!

「前から好きだった子に、俺が告ってOKもらったんだけど」

 照れたのか、ちょっと赤くなって拗ねたように視線をそらされた。うわこいつマジかよ。好きな子に告った? すげぇ男前。兄ちゃん別の意味でも負けた。

「ちなみに、参考までに告白と返事の詳細を……」

「――ッ、教えるわけねぇだろバカ!」

 一瞬言葉に詰まったが、すぐに真っ赤になって怒鳴ってきた。よほど恥ずかしいセリフを言ったんだろうか。それともその時の彼女がものすごいかわいかったとか思い出したんだろうか。なにはともあれ羨ましい。

「そもそも、兄ちゃんの失恋って告白して玉砕?」

「違う。好きな子とその意中の相手とのカップル誕生シーンを目撃したんだ」

 弟が生暖かい笑顔をくれた。うれしくねぇよ。

「それは、まぁ、ご愁傷さま」

 肩をポンと叩かれた。だからうれしくねぇって!

「告白はしてねぇの?」

「してない。できるわけねぇじゃん。先輩があいつ好きなこと知ってたのに」

「……好きな人は先輩だったんだぁ」

 反応そこか?

「まぁでも告白してないなら仕方ねーじゃん?」

 容赦なくね?

「先輩が必死でアプローチしてんの知ってるのに、言えるわけねーだろっ!」

 アプローチしてる先輩はめちゃくちゃかわいかったよ! っつか、アプローチを開始してから、先輩はひとつに括ってた長い髪をバッサリ切っていじるようになったし、メガネもコンタクトに変えたし、うっすら化粧してリップを塗るようになって唇がつやつやで色っぽくて! 佐伯に見てもらいたくてかわいくなる努力してる先輩が微笑ましくて泣きそうだったっての! そんな先輩をずっと見てる俺に勇気でるわけねーじゃん!

「ちなみに告白したのはどっち」

「相手の男」

 佐伯の奴、放課後に先輩を呼び出して「先輩好きです。付き合ってくれませんか」って言ったんだぞ。その言葉に先輩は真っ赤だし涙目だしかわいかった。それは佐伯に向けたものだったけど、物陰から見てた俺すら抱きしめたくなった。当然あいつも同じだったのか、目の前の先輩抱きしめたよ! そんでキスしたよ! 先輩の腕も佐伯の背中に回ってキスに応えてたよ! それを見てた俺はショックすぎて動けなかったよ! 思い出しただけでめちゃくちゃ痛ぇ。

「あー、じゃあつまり、その先輩は好きな奴にちゃんとアプローチして、相手もそれで惚れたかなんかで自分から告白してカップル誕生? どっちも好きな奴手に入れるためにがんばってんじゃん。なにもしてない兄ちゃんがへたれだっただけだろ」

 へたれって言うな! 俺だって、俺だってなぁ、好きだって言いたかったんだ。言いたかったけど、佐伯のこと想ってる先輩見ると言えなかったんだよ!

「お前はじゃあ言えるのかよ。他の奴が好きなことわかってるのに!」

 どうせ両想いだってわかってたからお前も告ったんじゃねーの? 完全に片想いだってわかってたら、言えなかっただろ。だったら人のこと言えねぇじゃん!

「他に好きな奴いるの知っててアプローチして、一年がかりで手に入れたんだけど。今の彼女」

 ……弟が想像以上にがんばり屋で男前だった。兄ちゃんの立場は? 告白もできずに指くわえて見てたら、最終的にカップル誕生シーンどころかキスシーンまで見ちゃった兄ちゃんの立場は?

「兄ちゃんがその先輩を好きになったのと、先輩に好きな奴ができたのと、どっちが先かはわかんねぇけど、好きな奴を手に入れるためにがんばった方が報われてほしいと俺は思うけど」

 なんだそれ。がんばらなかった俺が報われなくてよかったと? 傷心の兄ちゃんに向かってその言い草はひどすぎやしねぇか? ちょっと新たな涙が出てきちまったよ。

 でもまぁ確かに、先輩が佐伯を好きになる前から俺は先輩のこと好きだったのに、告白どころかアプローチのひとつも満足にできなかったもんな。特別仲がよかったわけでもない、部活の先輩後輩っていう立場でしかなかった。それ以上になる努力をしなかった。

 先輩が佐伯の事好きだから告白できなかったなんて言い訳で、もし先輩に好きな人がいなくても言えたかどうかわからない。むしろ、できなかった可能性のほうが高いんだろうな。

 がんばってアプローチした先輩。ちゃんと自分から告白した佐伯。ただ先輩を見てただけの俺。誰が幸せになれるなんて明らかだ。もちろん、がんばったからって報われるとは限らねぇけど、がんばらなきゃスタートラインにすら立てないことだってあるんだろう。

 ――頭が少し冷えた。

「顔、洗ってくる」

 のろのろと立ち上がって洗面場に向かったら、「いってらっしゃい」と優しく言われた。おい、それガキの頃に俺がお前をあやしてた頃の口調じゃね?



 顔を洗ってさっぱりしてからリビングに飲み物を取りに行ったら、弟がいて冷たいお茶を入れてくれた。それなりに気を使ってくれているんだろうな。情けない姿を見せちまってごめんな。身内のああいう姿って、あんまり見たくねぇよな。

 受け取ったお茶を飲んで喉を潤したら、ふと気になった。

「そういや、お前の彼女ってどんな子なんだ?」

 一年がかりで手に入れた彼女ってんだから、めちゃくちゃ惚れ込んでいるんだろう。そんな相手がどんな子かは激しく気になる。

 だが、すぐに後悔した。驚いたように目を丸くしたくせに、一度まばたきをしたら途端に幸せそうに緩んだ顔がヤバかった。

「クラスメイトなんだけどさぁ」

 デレデレした顔すんな! 長い付き合いだけどはじめて見るぞその顔! むかつく! すっげぇむかつく! 失恋したばかりの兄ちゃんの前でそんな顔をするんじゃありません!

 だけど弟は止まらない。ジュースとお菓子を用意してリビングのソファーに座って、ガチで話す体勢になりやがった。デレデレした顔で彼女との馴れ初めやらかわいかったエピソードを怒涛のように語ってくれる。


 弟のノロケなんていらねぇえええええええ!


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