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リンゴの木

作者: 佐西ペコ


 山に囲まれた田舎の村の一角に住むミキオおじいさんは、大地主で、とてもお金持ちでした。


 土地がとても広く、家は豪華で、庭には池があって、そして沢山の花木が綺麗に植えられていました。


 その中でも一際目立つのは、庭の端にあるリンゴの木です。それはそれは大きくて、初めて見る人は感心して見上げてしまうほど。

 毎年秋になると、大きくて真っ赤な、とても美味しそうなリンゴが実ります。


 広い庭の端にあるのに存在感を放つ、たいそう立派な木でした。


 でも、そんな立派な家に住んでいるのに、おじいさんにお客が来ることなんて滅多にありません。

 だって、地元の人は知っているのです。

 ミキオおじいさんが、どれだけケチで、どれほど自分が偉いと思っているかを。 

 



 昔、こんなことがありました。


 土地をぐるっと囲む、低い石塀や柵の外側を旅人が歩いているのを見たとき、おじいさんはすぐさま家を飛び出して、


「ここはワシの土地じゃ。通りたいのなら、所持金を全てか、同じ位価値のあるものを渡せ。これは、通行料だ。さあ、渡すのじゃ。」


 と、威張って言いました。


 これを聞いた旅人は、困りました。

 お金なんてあまりありませんし、かといって大変な価値のあるものを持ってはいませんでした。


 しばらく考えて、お金を全て渡すことにしました。

 しかし、それを受け取ったおじいさんは怒りました。


「カネがこれだけしかないのか、お前は! 話しにならん。この道を今すぐ引き返せ! 二度と来るんじゃないぞ。」


 旅人はがっかりして、


「分かりました。引き返します。二度と通りません。さあ、お金を返してください。」


 すると、おじいさんはとぼけた声で、


「何を言っておる。ワシが声をかけるまで、お前はこの道を歩いていただろう。これから、その道を引き返すだろう。このカネは、その分の通行料だ。さあ、さっさと行け。」


 旅人は、これ以上この人を怒らせてはいけないと思い、諦めて歩いた道を戻りました。


 その夜、泊めてもらった民家の人にその話をすると、


「あのじいさんは、昔からケチで有名なのさ。この辺に住んでる人はみんな知ってることだ。家の前の道だろうが、誰かの持ち物ではねぇさ。みんなの道だ。」




 そうそう、こんなこともありました。


 まだそれほどリンゴの木が大きくなかった頃のことです。

 それでも、秋には美味しそうなリンゴの実がいくつもできました。


 そんな時、一週間の労働を終えた商人がミキオおじいさんの家の前を通りました。商人は遠くの村からやってきたので、残った荷物や商品は少なくとも、歩き疲れていました。そして目に留まったその甘そうなリンゴを見て言いました。


「これは、とても美味しそうなリンゴだ。きっと甘いに違いない。」


 するとそれを聞いたミキオおじいさんがすっ飛んできて、ニコニコしながら、


「ええ、ええ、とても甘くて美味しいんですよ。ああ、あなたはなんて運がいいのだろう。実は、これから収穫して明日には売ろうと思っていたのです。よろしければ、うちで召し上がっていきませんか。」


 と言うのですから、商人は喜んで家へあがりました。



「さあ、どうぞ。」


 縁側に座り、商人にリンゴを一つ渡しました。


「あなたは、食べないのですか。」


 自分の分しかないことに気付きそう言うと、


「美味しくて食べすぎてしまって、お腹がいっぱいなんですよ。」


 それを聞くと、よりリンゴがツヤツヤ輝いて美味しく見えてくるから不思議です。


「では、いただきます!」


 そう言ってリンゴを一口かじりました。


「どうです、とっても美味しいでしょう。」


 おじいさんが満面の笑みでそう言いました。

 ところが、美味しくないのです。全然甘くないのです。丸ごとひとつ食べるなんて、できそうにありません。


 でも、おじいさんがいる手前、そんなことは言えません。


「ええ。こんな美味しいリンゴ、今まで食べたことがありませんよ。」


 そう言って、なんとか食べ終わった時、おじいさんがまたリンゴを差し出しました。


「気に入ってくださって嬉しいです。さあ、どんどん食べてください。」


 商人は困りましたが、いい案を思いつきました。


「実は、先ほどご飯を食べたばかりなのです。一つ貰えただけで十分です。本当に美味しかった。ありがとう。ごちそうさまでした。」


 そう言って荷物を持って帰ろうとすると、


「それでは、ご家族用にお持ち帰りください。」


 と言って、5つのリンゴが入った袋を差し出しました。

 商人はホッとしました。どこかに捨てたって、おじいさんには分からないからです。


「いいんですか、ありがとうございます。やあ、嬉しいなあ。本当に運がいい。こんなに美味しいリンゴと、優しい方に出会えたのだから。」


 もちろん、口からでまかせです。

 でも、それを聞いたおじいさんは大喜びで、こう言いました。


「こんなに褒めてくれるなんて、嬉しいです。お礼に、このリンゴの値段は半額にいたしましょう。」



 商人は耳を疑いました。このおじいさんは、今なんと言ったのか?


「すみません、今なんとおっしゃったのでしょうか?」


「リンゴを特別に半額で売ると言ったんですよ。さあ、これから収穫しなくてはならないのですから、早くお金を払ってください。」


 おじいさんが要求したお金は、商人がこの1週間で稼いだ額よりやや少なめといったところで、このリンゴにそんな価値があるとは思えません。


「そんな。それじゃあ、私がこの1週間働いたのとほとんど同じではないですか。払うことなんて、できません。」


すると、おじさんは


「だって、あなたはこんな美味しいリンゴは今まで食べたことがないと言いましたよね。それほど価値があるんですよ。しかも、それが半額なんです。いいじゃありませんか、1日このリンゴ1つ分働いたと思えば。」


全くおいしくなかったと商人は思いましたが、しかし嘘をついたとは言えませんでした。

結局そのお金を払って、少ない荷物と美味しくないリンゴが入った袋を持って家に帰りました。



その後、しばらくしてから騙されたことを知りましたが、今更どうしようもできませんでした。


そんなことばかり繰り返していたので、ミキオおじいさんはみんなから嫌われてしまいました。

そして、そうやって貯めたお金で高級な食べ物ばかり食べていました。




そんなおじいさんのもとに、久しぶりにお客さんがやってきました。

それは、綺麗な着物を着た同年齢くらいの女性でした。


「はじめまして、チヨと申します。この村へ引っ越してきました。よろしくお願いします。」


それから、これはつまらないものですが、とリンゴを2つ渡そうとしました。

その場で一口かじってみて高級品でないことが分かると、


「ふん、本当につまらんものだな。こんな田舎リンゴなんかワシは食わん。持って来るのなら、もっと美味しいものをくれろ。」


とリンゴを突き返しました。


今までは、この対応をすると皆あからさまに嫌な顔をして二度と近づこうとしませんでしたが、この老女は


「これは、失礼致しました。次は、もっと良い物を持って参ります。」


と言って去りました。笑顔までありました。

ミキオおじいさんは、なんだなんだと不審に思いましたが、すぐにその人のことを忘れてしまいました。




それから一週間ほど立った頃でしょうか、再びあのチヨさんが訪ねて来ました。違う場所で買ったというリンゴを持って。


しかし、おじいさんはこの前と同じ対応をしました。おばあさんも、同じ対応をしました。


また一週間後、同じようにリンゴを持っておばあさんがやって来ました。

おじいさんは、やっぱり同じ対応をしました。おばあさんも、やっぱり同じ対応をしました。




それが数回繰り返されたある日、おじいさんが外出から戻ってくると、なんと自分の家が燃えているのです。


「誰か、来てくれっ! 火事だっ!」


そう叫ぶと、村人たちはさすがに大変だ大変だ、と集まって水をかけはじめました。村中に燃え移る可能性もあるからです。


数時間後、おじいさんの家はほとんど燃え尽きてしまいましたが、たくさんの人のお陰でなんとか火は収まりました。しかし、おじいさんは親切な人たちにむかって怒鳴りはじめました。


「お前らがもっと早く気づいていれば、もっと被害が小さくなっただろう。どうしてくれるんだ。お金が、食べ物が全部なくなってしまったではないか!誰が弁償してくれるんだ!」


これを聞いた村人たちは、怒りを通り越して呆れました。

確かに、もっと早く気づくことができたかもしれません。でも、おじいさんの家は他の家から少し離れたところにあったので、分からなかったのです。


おじいさんを家に泊めてあげようと考えた人も、その気をなくし、各々家へ帰りました。


残されたのは、おじいさんと、それからチヨさんだけでした。


「ミキオさん、狭いですし何のおもてなしもできませんが、うちへいらっしゃい。」




野宿するわけにもいきませんし、渋々チヨ家にやってきました。ミキオおじいさんの家より、遥かに狭いですが、住んでいるのはチヨさんだけでした。


「ミキオさん。」


そう言って差し出したのは、リンゴ。


「これなら、あなたのお口に合うはずです。」


平民の食べ物なんか、と嫌がったミキオおじいさんでしたが、外出先でも何も食べていなかったので、空腹には勝てませんでした。


一口、かじりました。


「……美味しい。美味しい!」


おじいさんはお世辞など言える性格ではありません。本当に、そのリンゴは美味しいのです。そして、ちょっぴり懐かしい味もしました。


「こんな美味しいリンゴ、食べたことがない! どこで手に入れたんだ?」


それには答えず、チヨさんはおじいさんに


「ついて来てください。」


とだけいって家の外へ出ました。



ついたのは、おじいさんの家があった場所。


「なんだね、一体。」


チヨさんは、指をさしていいました。


「これです。」


「……はあ?」


チヨさんは真っ直ぐ、リンゴの木を差していました。そう、あの大木です。庭の端にあったのが幸いして燃えずに残っていたのです。


そこからリンゴをもぎとり、おじいさんへ渡しました。


「これですよ。」


「何が?」


「だから、あなたが美味しいって言ったリンゴは。」


おじいさんは驚きました。


実は、リンゴの木が初めて実をつけた時、食べたらまずかったのです。それからは、一度も口にしていなかったのです。


「初めはだめな物でも、時間をかければ、そして手間をかければ、もっと美味しくなる。変わるんですよ、なんでもね。」



ミキオおじいさんは、柄にもなく感動してしまいました。


だって、それほど美味しかったのですから。昔、商人だって、まずいと感じた物なのに。


「ミキオさん、本当は、村の皆と仲良くしたいんでしょう。でも、ひどいことをたくさんしてしまったから、どう接していいのか分からないんでしょう。あなたは、本当は優しいはずです。だって、毎週、私がリンゴを届けるのを待っていてくれたのだから。拒否することだってできたはずなのに。」


そうなのです。実は、ミキオおじいさんは、チヨさんが来るのがいつからか楽しみになっていたのです。もちろん、美味しいリンゴが食べたいと思ったからですが、同時にチヨさんともっと話したい。村の人と仲良くなりたいと思い始めたからなのです。

でも、自分ではどうにもできないほど、村の皆と疎遠になっていたのです。




ミキオおじいさんは村に住む全員に謝りました。


「今まで、たくさんひどいことをしてすまなかった。」


みんな、快く許してくれました。

きっと、沢山の人が本当はおじいさんと仲良くしたいと感じていたのでしょう。


そして、今ではおじいさんは村一番の働き者。

畑仕事、田んぼの見回りを欠かしません。

それは、手間をかければ美味しくなるということが分かったからです。


自分で汗水垂らして働いて、それを調理して。時には失敗してもめげずに頑張り続けて、ようやく完成した時の達成感と来たら、今まで経験したことはありませんでした。


その証拠に、今まではまずくて食べられないと言っていた、村で作った野菜や米も、食べるようになりました。


「少し前までは、高級食材しか食べなかったんでさあ。」


作物を街へ売りに行くと、そんな話を笑ってしています。

たくさんの友達もできて、ミキオおじいさんは本当に幸せを手に入れました。



そうそう、チヨさんは、前の村では皆が知っているほど「お人好しで世話焼き」な人だったみたいですよ。



終わり。

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