第四話:沈黙の鳥籠と、唯一の共犯者
1. 奪われた「声」の代償
屋敷での日々は、氷のように冷たく、静かなものへと変貌した。
私が一言も喋らなくなってからというもの、両親や兄弟たちの目は、心配から「困惑」、そして「忌避」へと変わっていった。
「エルシア。……今日も、何も話してくれないのか?」
食事の席で父が溜息をつく。
私はただ、静かに首を振るだけだ。一周目のように「お父様、聞いて!」と叫んでいた頃が嘘のように。
家族は私を「心が壊れた哀れな娘」か「何を考えているか分からない不気味な存在」として扱うようになり、やがて私に話しかける者はいなくなった。
(これでいい。誰も私に関わらないで。そうすれば、あの男の目も逸れるはず……)
そう信じていたのに、現実は残酷だった。
2. アルフレートによる「再構築」
社交界という戦場において、私の「沈黙」はアルフレートによって都合よく塗り替えられていた。
「エルシア様、今日はあちらのお茶会に……」
「失礼、彼女は今、私以外の者と語り合うことを望んでいないんだ。私への愛を深めるために、世俗の雑音を断ちたいそうでね」
夜会で私が誰かに話しかけられそうになれば、どこからともなく彼が現れ、私の肩を抱き寄せ、私の代わりに「私の気持ち」を語る。
「彼女はこう言っている。『私の声は、愛するアルフレートだけのものだ』と」
(そんなこと、一言も思っていない……!)
否定したくて唇を噛むが、私が声を出そうとすると、彼の氷の瞳がわずかに細まる。あの、私を斬り殺した時と同じ、冷酷な光。
それを見ると、恐怖で喉が引き攣り、音は死んでしまう。
結果、社交界で「エルシア・フォン・ローゼンベルクは、アルフレート公爵嫡男に心酔しきって狂い、彼以外との関わりを絶った異常者」という評価が定着してしまった。
私が黙れば黙るほど、私は彼の色に染め上げられ、世界から孤立していく。
私の「声」は、もう私のものではなかった。
3. 暗闇に灯る、小さな光
ある夜。
誰もいなくなった自室で、私はひとり、宝石箱から換金できそうな装飾品を仕分けていた。
孤立無援。四面楚歌。
このままでは、アルフレートに魂まで食い尽くされる。
「お嬢様……」
背後から声をかけられ、私はびくりと肩を揺らした。
そこには、温かいハーブティーを持ったサーラが立っていた。
彼女は、一周目では私の横暴に耐えかねて真っ先に逃げ出した侍女だ。
今世でも、不気味な私に怯えて去っていくのだと思っていた。
「……本当は、喋れるのでしょう?」
サーラが、テーブルにトレイを置き、真っ直ぐに私を見つめた。
私は咄嗟に視線を逸らそうとしたが、彼女が私の冷え切った手を、ぎゅっと握りしめる。
「お嬢様の瞳は、壊れてなんていません。……怯えているだけです。アルフレート様に、何か……何かされたのですか?」
その言葉に、堰き止めていたものが溢れそうになる。
私は震える手でパピルスを引き寄せ、殴り書きのような文字を綴った。
『私は殺される。あの男に、いつか必ず』
サーラは、その不可解な告白に目を見開いたが、決して私の手を離さなかった。
「……分かりました。理由は聞きません。ですが、お嬢様をあんな顔で笑う男に差し出す手伝いは、二度と致しませんわ。……逃げましょう、お嬢様」
この瞬間、私は二度目の人生で初めて、本当の「味方」を得た。




