第三話:沈黙のパレードと、支配の残響
シャンデリアが眩いばかりに輝く王宮の大広間。
本来なら、私はここでアルフレートの腕に縋り付き、「ご覧なさい、彼が私の婚約者よ!」と周囲に聞こえよがしに自慢して回っていたはずだ。
けれど今の私は、死人のように口を閉ざし、ただ隣に立つ男の熱を感じていた。
「エルシアお嬢様、おめでとうございます……? その、今日はずいぶんと落ち着いていらっしゃるのですね」
「ええ、本当に。まるで別人のようだわ」
挨拶に訪れる貴族たちが、一様に当惑の表情を浮かべる。
私の父である侯爵も、兄も、普段なら私のわがままに頭を抱えているはずの家族ですら、「どうしたんだ、体調でも悪いのか?」と遠巻きにこちらを伺っている。
(いいわ……。もっと不審がりなさい。そして『あの令嬢は壊れた』と噂して、彼に破談を勧めて……!)
私は一言も発さず、ただ冷ややかな笑みを口元に固定していた。
ところが、期待していた「幻滅」は一向に訪れない。
「エルシアは今日、少し喉を痛めていてね。彼女の分まで、私が感謝を伝えよう」
アルフレートが、私の腰を引き寄せながら滑らかな声で告げた。
……おかしい。
一周目の彼は、パーティが始まると同時に私を突き放し、一人でさっさと壁際へ行ってしまったはずだ。私がどれほど声を張り上げても、彼は氷のように冷たい視線を一度向けるだけだった。
なのに、今世の彼はどうだ。
私の腰を抱く手のひらは、ドレス越しでもわかるほど熱く、私が一歩でも離れようとすれば、逃がさないと言わぬばかりに力がこもる。
(何なの? どうしてずっと隣にいるの!? 私のことなんて、どうでもよかったはずじゃない!)
「彼女は今、沈黙をもって私への信頼を示してくれている。言葉などなくても、我々の心は通じ合っているからね」
アルフレートが私の髪を愛おしそうに撫で、近づいてきた父侯爵に微笑む。
その「完璧な婚約者」然とした振る舞いに、周囲の貴族たちはざわめき始めた。
「……見て。アルフレート様が、あんなに優しくエルシア様を見つめるなんて」
「政略結婚だと思っていたけれど、あのお二人は、本当は深く愛し合っていらっしゃるのね」
(違う。そんなんじゃない……!)
否定したくて口を開きかけたが、思い出す。
「喋れば、彼に殺される」
その恐怖が喉を塞ぎ、私はただ、彼の手の中に閉じ込められたまま、絶望的な「幸せな恋人ごっこ」を演じさせられるしかなかった。
パーティが終わり、屋敷の玄関で彼を見送る際も、彼は私を解放しなかった。
私の震える右手を両手で包み込み、指先に深く、執拗な口付けを落とす。
「……今日の君は、最高に素晴らしかったよ、エルシア」
彼は私の耳元に顔を寄せ、他人に聞こえないほど低い、けれど甘い声で囁いた。
「私の望みを理解してくれる、聡い婚約者で良かった。……明日も、君のこの『静寂』を愛でに来るよ」
名残惜しそうに離れていく彼の背中を見送りながら、私はその場にへたり込みそうになった。
(聡い……? 私が黙っているのを、彼に従っていると思っているの……?)
私の「拒絶」は、彼にとっては「悦び」でしかなかったのだ。
一周目よりもずっと近く、ずっと重い、彼の愛という名の鎖。
私は震える手で、彼に口付けられた場所を強く拭った。




