表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「君の静寂が愛おしい」殺された記憶を持つ令嬢が沈黙を選んだら、ヤンデレ騎士の最愛になった件  作者: ましろゆきな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/12

第二話:沈黙のドレスと、氷の騎士の熱

(……夢じゃない。絶対に、夢なんかじゃない)


 鏡の前に立ち尽くしながら、私は自分の喉元を何度もなぞった。

 指先に伝わるのは滑らかな皮膚の感触だけ。けれど、脳裏にはあの銀色の閃光と、内臓を抉るような「熱くて冷たい」鋼の重みが、呪いのように刻まれている。


 五年前に戻ったのだ。

 彼に恋焦がれ、振り向いてほしくて、醜い嫉妬と虚飾で自分を塗り固めていた、あの忌々しい日々に。


(……詰んでいるわ)


 絶望が、冷たい水のように足元から這い上がってくる。

 ローゼンベルク侯爵家は名門だが、相手はさらに格上の公爵家。しかも王命による婚約だ。

 私から「嫌になったのでやめます」なんて言えば、家は取り潰し、私は良くて修道院、悪ければ不敬罪で処刑だろう。


 死ぬ未来を変えたい。けれど、逃げ道がない。

 唯一の希望は、向こうから「こんな女はいらない」と愛想を尽かしてもらうことだけ。


「お嬢様、そろそろお支度の時間です」


 サーラの声に、私は弾かれたように顔を上げた。

 鏡の中の私が、ひどく青ざめた顔でこちらを見返している。

 今日という日は最悪だ。婚約披露パーティ――私が「公爵夫人の座」を勝ち取ったと、周囲に、そして何よりアルフレートに見せつけるために、一ヶ月前から騒ぎ立てて用意させた、私のための晴れ舞台。


(……いいえ、違う。これは、私が「死」へ向かうためのパレードの始まりよ)


 私は、血のような深紅のドレスに身を包んだ。

 一分一秒が惜しい。私は着替えの間、一言も発さなかった。

 サーラが「顔色が悪いですよ」「お疲れですか?」と心配そうに話しかけてくるが、私はただ、人形のように目を伏せ、唇を固く結び続ける。


 準備を終え、私は屋敷の控室で彼を待った。

 指先を組み、沈黙の中に身を沈める。

 そこへ、予定よりもずいぶん早く、扉が開く音がした。


「……待たせたな、エルシア」


 心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。

 ゆっくりと顔を上げると、そこに「彼」がいた。


 アルフレート・フォン・ディトハルト。

 月の光を溶かしたような銀髪に、すべてを射抜くような氷の青眼ブルーアイズ

 騎士団の制服に身を包んだその姿は、神々しいまでに美しく、そして――吐き気がするほど、残酷なまでに「あの夜」のままだ。


 私を殺した男。

 一度目の人生で、私が魂を削ってまで愛し、そして最期にすべてを奪われた男。


(……来ないで。こっちを見ないで)


 私は反射的に立ち上がり、深々と頭を下げた。

 もちろん、声は出さない。一秒でも早く彼を遠ざけたい。不気味だと思われてもいい、愛想を尽かされるなら本望だ。


 けれど。


「……エルシア?」


 目の前に、磨き上げられた軍靴が見えた。

 近い。

 一度目の人生、彼は私に近づこうとはしなかった。私がどれほど縋り付いても、彼はいつも一定の距離を保ち、氷の壁のように私を拒絶していたはずなのに。


 顎を、強く、けれど壊れ物を扱うような指先で掬い上げられる。

 強制的に視線を合わされ、私は息を呑んだ。


(……何、これ)


 彼の瞳の奥に、見たこともないような「熱」が渦巻いている。

 一度目の人生では一度も向けられたことのない、暗く、重く、粘りつくような視線。

 それはまるで、獲物を巣に持ち帰ろうとする猛禽のようで。


「……今日の君は、驚くほど静かだ。まるで、別の生き物のようだ」


 彼の低い声が、至近距離で鼓膜を震わせる。

 私は震えを悟られないよう、ただ無言で、琥珀色の瞳に拒絶の色を浮かべて彼を見つめ返した。


(話さない。一言も。貴方に、私の心なんて二度と触れさせない……!)


「いい。……その沈黙、嫌いではないよ」


 彼は微かに口角を上げると、私の手に自分の手を重ねた。

 エスコートのために差し出されたその手は、驚くほど熱く、私の逃げ場を塞ぐように強く握られた。


 そのまま、私は一度も口を開くことなく、華やかな光と喧騒が待つパーティ会場へと連れ出された。

「沈黙の令嬢」としての、私の二度目の戦いが幕を開ける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ