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尽くしたがりのつくしさん  作者: マノイ


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第9話 課長とレビューと晴着さん

「おはようございます」

「おはようございます」

「おはよ~」


 真心さんと会社最寄り駅で待ち合わせ、一緒に出社したら課長の南雲(なぐも)さんがいた。

 今日出張から帰ってくるって聞いていたので、予定通りだ。


「カンファレンスはどうでしたか?」

「超疲れた。英語ばっかりなんだもん。やっぱ話すの無理」

「と言いつつ乗り切ったんですよね。凄いなぁ」

「通じてたかどうか全く分からないけどね。ははは」


 南雲さんはとあるデータベース系OSSの有識者で、開発コミュニティ内で名前が知られている優秀なエンジニアだ。そのOSSのカンファレンスセミナーが日本の地方都市で開催されるということで、呼ばれて講演をしてきたらしい。しかも英語。

 俺は英語は頑張れば読める程度の実力しか無いから、話せって言われたら絶対無理。ましてや専門用語だらけの内容の講演をするだなんて信じられん。


「ちなみに夜はやっぱりおいしいものばかり?」

「凄かった」

「おお、流石世界的イベントですね」

「控えようと思ったのに、また大きくなっちゃったよ。ははは」


 大きく膨らんだお腹をさすりながら南雲さんは朗らかに笑った。

 定番の自虐ネタだが、もうそろそろ良い歳なんだし、本気で健康に気を使った方が良いのではと心配になる。


「そうそう。お土産買って来たからこれ配って貰える?」

「あ、私がやります」

「ちょっと待って」


 真心さんがお土産を受け取って各自の席に配ろうしていたけれど、ストップをかけた。先に用件を済ませておこうと思ったのだ。


「真心さん、例のやつ、今でも良いかな」

「はい、もちろんです」

「例の話?」


 なんのことかと首をかしげる南雲さんに、俺達のことを報告する。


「実は俺と真心さん、付き合い始めたんです」

「ええ!?」


 丑岡や晴着さんと違って素直に驚いてくれた。こっちの反応の方が普通だよな。


「僕がいない間にそんなことになってたなんて。おめでとう」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 これで近しい人達は全員が俺達の関係を知ったことになる。隠さないで良いってのは楽で良いな。


「それで、詳しい話を聞かせてくれるんだよね」

「もちろんです、って言いたいとこですが」

「ここでする話でもないか。なら忘年会までお預けかな?」

「いえ、忘年会でもそんな時間無いと思いますよ」

「なんで?」


 真心さんも不思議そうにしているけど、理由を聞いたら同じように思ってくれるに違いない。


「丑岡が言ってました。先週の日曜日に南雲さんが若くて可愛い女の子と歩いている所を見たって」

「え゛!?」

「その反応、どうやら本当っぽいですね」

「な、なんのことかな」

「ということで、忘年会は南雲さんの秘密の彼女についての話題で持ちきりですよ。真心さんも聞きたいよな」

「はい!とっっっっても興味あります!今からでも聞きたいくらいです!」


 目をキラキラ輝かせて食いついてきた。

 女性は恋愛話が好きってのが定番だけど、真心さんもそうなのかな。今の彼女は俺に合わせた訳じゃなくて自分の好みでワクワクしているっぽいし。


 でも気にならない訳が無いだろ。

 アラフォーで、かなり太っていて、でも穏やかで優しくて賢い南雲さんが、どうやって彼女を作ったのか。しかもその相手は丑岡の見立てではかなりレベルが高い若そうな人らしい。面白い話が出て来る期待しかないもん。


「ほらほら席に戻った戻った」

「南雲さん絶対に忘年会に来て下さいよ。いつもみたいに仕事で遅れるとか止めてくださいよ」

「それは仕事に聞いて欲しいな」

「仕事さんが許可しても遅れることが多いから南雲さんに言ってるんですよ」

「ははは」


 笑って誤魔化したな。

 南雲さんって仕事中毒なのか、毎日早く来てかなり遅くに帰る。飲み会とかのイベントごとに参加はするけれど、仕事で遅れてくるのがいつものこと。酷い時には来ないこともある。


 そういう人がいると、他の人も残業して仕事しなきゃって空気になりそうなものなのに、不思議とそうはなっていない。むしろ南雲さんに早く帰りましょうよって言いながら笑って定時帰宅することが良くある。俺も課長になったらそういう空気作りが出来ると良いな。


「おはようございまッス」

「おはようございます」


 丑岡達が出社して来たか。


「お、これ南雲さんのお土産ッスか?」

「ありがとうございます。頂きます」


 おや、丑岡の表情が明るいな。

 こりゃあ苦しんでいた問題に解決の目途が立ったな。


 今日の予定を調べてみたら、丑岡がレビューを入れていた。

 うし、なら気合を入れて頑張るか!




「うう、酷いッス。容赦ないッス」

「そりゃあレビューなんだから、容赦するわけないだろ」


 今更だがレビューとは仕様書やプログラムや各種資料などが正しいかどうかをチェックする作業だ。内容の正しさだけでは無くて、誤字や見やすさなどもチェックする。

 ここでチェック漏れしたら後で痛い目を見るため、重箱の隅をつつくかのような意識で確認をすることになる。だからチェックされている方は厳しくダメ出しをされているように感じてしまうのだが、決して個人を攻撃する意図はない。

 ないのだが、人間ミスが見つかると怒られたり相手を不快に思わせてしまうだろうと考えてしまうが故、指摘する側はそう思わせないように気をつけないといけなかったりする。


 うちのチームは仲が良いからそんな誤解が発生する可能性は低いかもしれないが、親しき中にも礼儀あり、ということでレビュー中は発言に気を付けている。


 もちろん気を付けるのは発言だけであり、製品の品質を高めるために容赦などしない。丑岡は性格が雑な上、今回は難しい処理の理解に時間をかけてしまっていたから、体裁などがボロボロで誤字だらけだった。


「肝心なところは問題無かったんだから良いだろ」

「そうッスよね!」

「普段から丁寧な作業を心がけていれば良いだけの話では?」

「それを言っちゃあおしまいッスよ晴着さん!」


 いやいやむしろその言葉を聞いてはじまれよ。

 今回は許したが、そろそろお前の作業丁寧化育成計画を発動する予定だからな。


 その中心となるのは晴着さん。

 俺と違って厳しいからきっと丑岡を矯正してくれるに違いない。


「佐野さん、レビュー記録票を登録しておきました」

「おお早いな。流石晴着さんだ」


 レビューで指摘された内容を記録する記録票。今回は指摘内容が多かったからページ数が凄いことになっている。レビューしながら作り、表現の修正とかは後で一括でやるのがうちのルール。それをもう終わらせたのか。


「ということで帰宅して良いですか?」

「ん?わざわざ了解取らなくても良いぞ?」


 そろそろ定時だから普通に帰れば良い。

 何故今日に限って聞いてきたのだろうか。


「丑岡の作業が進んだので、他に進められる作業が増えたのではと思いまして。スケジュールがきついなら今のうちに残ってやりたいんです」

「ああ、そういうことか。晴着さんと真心さんが前倒しで作業してくれてるから急がなくて大丈夫だよ」

「分かりました。十二月後半はあまり残業をしたくないのでよろしくお願いします」

「了解」


 そういや例年お盆前と年末は定時になると急いで帰るな。日中疲れた感じで昼休みに仮眠するようにもなる。今年もその何かがあるのだろう。


 そうだ、ならそうなる前にアレをやっておこう。


「晴着さん。明日一緒に外で昼飯食べないか?」


 帰り支度をしていた晴着さんの動きがピタリと止まった。


「何を言っているのですか。真心さんと付き合い始めたばかりなのだから、彼女と一緒に食べるべきでしょう」

「だそうだけど、真心さん」

「晴着さんと三人で食べに行きたいです!」

「…………分かりました」


 ふふふ、真心さんにキラキラした目で見られたら断れまい。


「俺も行きたいッス!」

「いやお前は仕事するんだろ」

「もう終わったッス!明日からは休むッス!俺だけ仲間外れは嫌ッス!」

「だそうだけど、真心さん」

「う~ん……」

「うわあああ、渋らないで欲しいッス!」

「くすくす、冗談です。丑岡さんも一緒に行きましょう」


 結局いつも通りのメンバーか。


「では私はこれで」

「おう、お疲れ」

「お疲れ様ッス」

「お疲れ様です」


 定時になり、晴着さんがすぐに帰る。


「~~~~♪」


 小さく鼻歌が出ていることに気付いていないのだろうな。


 晴着さんは物静かでコツコツと作業をして自分から雑談をするようなタイプでは無い。それに対応がいつも淡々としているので、彼女のことを知らない人からすると壁があるように感じてしまう。


 でも実は彼女は構って欲しがっている。お昼に誘われたことが嬉しくてたまらない。無意識で鼻歌が出てしまうほどに。


 そんな晴着さんを見送りながら真心さんが言う。


「佐野さん、晴着さんって可愛いですよね」


 俺もそう思う。

 でももちろん正解はそうじゃない。


「真心さんの方が可愛いよ」

「ありがとうございます」


 流石に狙いすぎたかなって思ったけど、耳が少し赤くなっているから大正解だったようだ。


「目の前でイチャつかないで欲しいッス」

「丑岡も可愛いよ」

「気持ち悪いッス!」

「丑岡さんも可愛いですよ」

「真心さんに言われるとちょっと嬉しいッス」

「え……?」

「マジトーンでドン引きしないで欲しいッス!」


 つまり俺のチームは可愛いやつばかりで、可愛くないのは俺だけか。

 なんて言ったら怪訝な目で見られた。解せぬ。


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