第8話 お昼休みは外食?お弁当?
「ん~もう昼か」
真心さんと付き合っていることをカミングアウトした日。
懸念していたようなことは何一つ起こらず、平穏に時間が過ぎていた。
仕事の進捗も順調で、程よく腹が減った。
「丑岡は昼は……行かなそうだな」
「ここで食べるッス」
「あんまり根を詰めすぎないでちゃんと休めよ」
「はいッス」
こっちを見ずに画面にくぎ付けになりながら言われても信じられないな。
だが気持ちは分かる。
とても良く分かる。
頭の中にプログラムが広がっていて、今が一番理解できている時のように感じられて、それを休憩でリセットさせたくないんだよな。プログラムの問題をもう少しで理解出来そうで、それなのに後一歩分からなくて、不安と期待が入り混じったその感覚が楽しいんだろう。
元々丑岡は休憩時間になったら気持ちをしっかりと切り替えるタイプだ。そんなあいつが休憩したくないって言ってるんだ。相当自分の世界に入り込んでいる証。今は自由にやらせてやろう。
上司としては本当は休憩させた方が良いんだけどな。特に昼休みは法律で決められた休憩時間であって仕事をさせてはならないし、もし仕事をしてしまったら別で休みを取らせなければならない。だが今の丑岡にそんなことを伝えて無理矢理休ませるだなんて無粋の極みだろう。
となるといつもなら一人で外食か弁当を買いに行くかなんだが……
「佐野さん、食べに行きませんか?」
「だな」
今の俺には真心さんがいる。
カミングアウトした今なら遠慮なく一緒に行動が出来るってものだ。
「あ、でも真心さんはいつもお弁当だろ。今日は持って来てないのか?」
もちろんこれは、真心さんが俺とお昼を食べるために敢えてお弁当を作らなかったことに気付ていない鈍感男、なんて訳では無い。
真心さんなら俺の分の弁当を作って来たので一緒に食べましょう、なんて言いそうな気がしたからだ。
「はい。今日は佐野さんが外食の日なので合わせました」
「なるほどそういう……え? 外食の日?」
「そう、ですよね?」
「ええと、まぁそういう気分だけど、別に決めてないぞ」
「え?」
「え?」
「どうしてそこで驚くんだ。晴着さんまで」
仕事に集中している丑岡は流石に反応しなかった。
ちなみに晴着さんは毎日お弁当派で、いつも自席で食べている。
「真心さんだけじゃなくて全員知ってますよ。それなのにまさか佐野さんが気付いていないとは思わなくて」
「気付いていない?」
「いつも月水金は外食で、火木はお弁当」
「……言われてみればそうかも」
「無意識だったんですね」
全く気付いていなかった。
連続で外食する時とかもあるし、そんなルーチンを組んでいる覚えは全く無かった。でも思い返してみると、確かにそうやってた。
だから真心さんは全く迷いなく外食に誘って来たのか。
恥ずかしいような悔しいような複雑な気分だが、それで意地を張って逆を選ぼうとするような子供でも無い。
「んじゃせっかくなのでそのルーチン通り外に食べに行くか」
「はい」
会社の外に出て、飲食店が多い方向に歩きながら真心さんに聞く。
「真心さんは何が食べたい?」
「中華が良いです」
「中華か、良いね。俺も食べたいと思って……ま、まさかこれもルーチン化しててバレてるとか無いよな?」
「くすくす。他の人は分からないと思いますよ」
他の人は、だと。
「ということは真心さんは?」
「なんとなくですけど、そうかなって思ってました。あ、もちろん本当に中華食べたいです。朝から今日は中華かもって思ってたのでそういう口になっちゃってます」
「マジか~、良く分かったな。ちなみに何で分かったのか聞いても良い?」
「佐野さんって疲れた時に中華を食べてるイメージがありましたから。それで最近食べて無いようでしたし、今日は緊張で疲れそうだったので」
「はぁ~凄い洞察力。大正解だ」
疲れた時は中華。
誰にも言ったことは無いが、確かに意識してそうしている。
「でも今日は偶然分かりましたけど他は全然です。なのでもっと佐野さんのこと教えてくださいね」
「ああ。でも真心さんのことも知りたいな」
「もちろんです」
いつの日か、何も相談しなくても自然と決まった店に足を運ぶような日が来るのだろうか。真心さんとならそんな未来もありそうだ。
「真心さんはこの辺りの店は詳しい?」
「いつもお弁当なので全然分かりません」
「なら今日は俺のオススメの中華の店……いや違うか。俺が行きたいところで良いか?」
「もちろんです!」
うお、なんだこの満面の笑みは。
超可愛いんだけど。
真心さんの性格上、俺が今日行きたいと感じた店を選んだ方が喜んでくれる気がしたのでそうしたが、ここまで喜んでくれるだなんて。こんなんで喜んでくれるなら安いものだ。
「イラシャイマセー」
怪しいカタコトの日本語を話す中国人が経営する、ビル地下にある暗い中華料理屋。お昼時だからかなり混んでいたが、運よく待たずに席に座ることが出来た。
「佐野さんのお目当ては?」
「麻婆豆腐。ここの結構辛くて美味しいらしいんだ」
少し周囲を確認してみると、麻婆豆腐の注文率が結構高い。人気なのは間違いないな。
「真心さんは辛いのは平気?」
「そこそこですね。十辛とかは無理です」
「はは。俺も辛党って訳じゃないから安心して」
「それならこっちの普通の辛さの方にします?」
ここの麻婆豆腐は辛さのレベルが二種類ある。
普通と激辛。
激辛といっても無茶な辛さじゃないらしく、普通の方もそこそこ辛いらしい。
それぞれ辛さだけじゃなくて味わいも違うなんてレビューも見かけて、どっちにするか迷っていた。
「う~ん……激辛の方にしようかな」
「それなら私は普通の方にしてみようかな」
ふっふっふ、自然に言ったつもりだろうが俺には分かるぞ。
俺が両方食べてみたいって思ってるから、そうすれば分け合えると思ったんだろ。
真心さんが相手の場合は素直にその気遣いを受け取るのが正解だ。
いつもの俺ならばそうしようと答えるところだろう。
だが今日はちょっと違う。
「それも良いけど、他のも食べてみたいんだよなぁ」
「回鍋肉とかですか?」
「流石に俺がそれを好きだってバレてるのは分かってる。よく回鍋肉弁当買ってるからな」
「くすくす、そうですね」
濃い味付けがご飯にとても良く合うから、お腹が減ってガッツリ食べたい時に良く選ぶ。
「麻婆豆腐も味濃いけど、辛い場合は一気に頬張れないんだよな。お腹結構減ってるから回鍋肉でがっつり行きたい気持ちもある。メニューの写真も美味そうだし。悩むなぁ」
麻婆豆腐で味比べか、回鍋肉でがっつりか。
究極の二択だ。
「それなら私は回鍋肉にするので分けて食べましょう」
「迷わないんだな」
「佐野さんはどちらでも良さそうでしたので、私の好みで選んでみました」
「助かる」
優劣が全く無くて選べなかったので、決めて欲しかった。きっとまた俺の気持ちを察したのだろう。
店員さんを呼んで激辛麻婆豆腐定食と回鍋肉定食を注文。俺の分のライスはもちろん大。
「さて、料理が来るまでの間に教えてもらおうか」
「何をですか?」
「真心さんの好きな中華料理」
メニューを広げて、いくつかの料理を指さした。
「さっきも言った通り俺は回鍋肉が好きで、麻婆豆腐やエビチリも良く頼む。それと卵とキクラゲと豚肉を炒めたこれも時々無性に食べたくなる。真心さんは?」
俺の問いに、真心さんは困った顔をしていた。
「…………佐野さんが好きな料理を食べたい、じゃダメですか?」
やはりそう来たか。
ここで真心さんが自分の好みを伝えたら、俺がそれを考慮して食べたい物を決めてしまうと思ったのだろう。真心さんの好みは関係なく食べたい物を選んで欲しいから言いたくないのだ。
それならそれで構わない。
とはならない。
「だ~め、教えて」
「うう、佐野さんがいじわるです」
「はははは。意地悪なんかじゃないさ。実は俺、普段は食べないメニューを食べたくなることが良くあるんだ」
「え?」
「たとえばこの店なら……ほら、この写真が無い謎の漢字だけの料理とか凄い気になる。次来たら頼んじゃうかも」
というか、こんな話してたら無性に気になって来た。近いうちにまたここに来て頼んでみよう。
「真心さんの好きな料理を聞いて、最近それ食べてなかったから食べてみたいな、とか、普段食べないけどたまには食べてみたいかも、なんて思うかもしれないだろ。というか思いたいんだよ。いつも同じのばかり食べるのは味気ないからな。あ、もちろん真心さんのことが知りたいってのが一番だぞ」
「で、でも佐野さん。いつも会社では同じお弁当ばかり食べてますよね?」
「はは~ん。それで俺が決まったものばかり食べたいタイプだって勘違いしたな」
その勘違いの理由は俺と真心さんとの間に、社会人としての期間の差があるから。
「入社した当時は目新しい弁当を食べてたんだよ。でも近くの弁当屋やコンビニ弁当は大体食べ尽くしたんだ。新作が出ても過去のやつのリニューアルがほとんどだし、選ぶ気が出なくて同じのばかり選んでる。外食の時は結構色々なの食べてるんだぜ」
外食から戻って来て何を食べたか毎日話すなんてことはしないから、俺のメニュー選びの癖に気付かなかったんだな。
「そうだったんですか!?」
「俺のことが知れて嬉しいか?」
「はい!」
良い笑顔だ。
この程度の事でこんなに喜んでもらえるなんてな。
「それと信じて欲しい。俺は真心さんに忖度してメニューを選んだりしないよ。だって真心さんがそういうの嫌だって知ってるから」
「あ……はい!」
今朝は緊張して情けない姿を見せてしまったから、これで少しは挽回できたかな。
ちなみに彼女の好きな中華料理は青椒肉絲だった。そういや最近食べて無いな。弁当だと肉が固かったりするから敬遠してたけど、店のだと美味そうだから今度食べてみよう。




