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尽くしたがりのつくしさん  作者: マノイ


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第6話 最初にやらなければならないこと

 真心さんと本格的に付き合うことになった。


 のだが、実は数日経ってもあまり変わったことは無かった。


「佐野さん、コーヒーどうぞ」

「ありがとう」


 いつものように飲みたい物を察してくれた真心さんが、飲みたいと思った時間に淹れてくれた。

 ただその味はいつもよりも美味しく感じる。きっと彼女が淹れてくれたという事実がそう感じさせてくれるのだろう。


 真心さんは席に戻り仕事を再開する。付き合い出したからと言って何度も視線を交わしたり必要以上に会話したり意識して仕事が手に着かないなんてことはない。

 では何が変わったかと言うと、仕事が終わってからスマホでメッセージを頻繁に送り、雑談をしていることくらいだろうか。


 デートもしていない。

 面と向かって会話をする機会も増えていない。


 本当に付き合っているのかと不思議に思えるくらいに進展が無いのは、大人のお付き合いをしているから、なんてクソみたいな理由じゃない。


「佐野さん、今日も残るッス」

「何時までだ?」

「う~ん……二十時までには終わらせたいッスけど」

「分かった。ちゃんと申請しろよ」

「はいッス」


 開発プロジェクトが佳境に入り、忙しくなってきたからだ。


「それと困ってたら周囲に相談しろよ」

「はいッス。でもなんとか分かりそうなので、もう少し自力でやらせて欲しいッス」

「了解」


 製品開発が順調に進むなんてことは珍しい。

 今回の開発では、丑岡がプログラムのバグの原因が見つからず苦戦している。


 OSSを流用改造した箇所で、流用した内容の理解が甘かったのだろう。

 ちなみにライセンスはしっかりと確認して商用利用の流用改造がOKなOSSを使っているからな。そこを無視したら久内と同じ穴の狢になってしまう。


「佐野さん、私の担当箇所の実装が終わったから、明日レビューして貰えませんか?」


 晴着さんは順調そうだな。

 前回の開発でかなり苦労したことで成長したのだろう。


「分かった。予定入れといてくれ」


 打ち合わせなどの予定はシステムで管理している。

 明日の俺の予定は一日中フリーだったはずだから、きっと朝からレビュー会議が入るのだろう。


「レビューまでは真心さんと協力してテスト(評価)ツールを作成します」

「ああ頼む」


 何百、何千とあるテスト項目を毎回手作業でテストするなんてことは普通はやらない。

 一度だけならまだしも、テスト後にバグが見つかって修正したら、また全てのテストをやりなおして修正によって新たなバグが発生していないか確認する必要があるからだ。


 ゆえにテストの自動化ツールを作成するのだが、真心さんがテスト項目を作っているので、それを元に晴着さんがツールを作ろうとしてくれていた。


 プログラム作成(実装)が遅れていてもテストの準備は先に出来るからな。


「真心さんの進捗は?」

「今のところ予定通りです。晴気さんに随時チェックしてもらっているので、大きなミスは無いと思います」


 晴気さんが小さく頷いた。

 それなら大丈夫だろう。


「つまり丑岡だけが遅れてるってことか」

「ぐはぁ!気にしてるのにわざわざ言うなんて酷いッス!」

「はっはっはっ、悔しかったら早く終わらせるんだな」


 人によっては酷いパワハラだと思われそうな言い方だが、丑岡はこうして茶化してやった方が安心するタイプ。何も言われてないけど実は心の中では苛立ってるに違いないって重く思ってしまう人っているだろ。

 しかも俺達は普段そこそこ仲が良くて会話も弾むから、黙って重い空気にしてしまったらますますその疑念が深まってしまう。だからいつも通りの雰囲気で対応してやることが大事なんだ。


「絶対に今日中に終わらせてみせるッス!」

「焦ってバグを埋め込まないように」

「晴気さんはそればかりッス!」

「誤字にも気を付けてくださいね」

「真心さんまで!」


 ふふ、楽しそうに抗議してやがる。

 愛されキャラってやつだな。


 だが、実は丑岡について、一つ大きな懸念事項がある。


「でも真心さんがチェックしてくれるなら安心ッス」

「そうですか?」

「それにいつもコーヒー淹れてくれるから、頑張らなきゃ悪いッス」

「気にしないでくださいね」


 うん、やっぱり早く手を打つべきだ。


 ぶっちゃけ俺の仕事は順調とは言い難い。

 今回の開発に関しては問題無いんだが、それ以外のこまごまとした作業が沢山振って来ている。だから本当は今日は遅くまで残業しようかと思っていたが、早めに帰るとしよう。


 ふと、真心さんの方を見た。

 すると彼女もこちらを見て、軽く微笑んで小さく頷いた。


 俺の考えを見抜いているのだろうか。


--------


『夜中に悪いな』

『そんなことないです。佐野さんとお話しできて嬉しいです』


 帰宅後、一息ついてから俺は真心さんに電話をかけた。

 チャットではないのは、それだけ重要な話だからだ。


『ああ、俺も嬉しい。真面目な話じゃなかったらな』

『私は真面目な話でも嬉しいですよ?』

『助かる。でも俺はもっと楽しい話がしたいよ。まだ全然恋人らしいことが出来てないし』

『一番忙しいタイミングに重なっちゃいましたから仕方ないですよ』

『それでも時間を作るのが彼氏の役割だと思うんだがなぁ』

『ふふ、期待してますね』


 決めた。

 抱えている仕事を少しでも早く終わらせて、絶対に時間を作ってやる。期待に応えてやるのが男の務めだ、なんてな。


『本当は会社で話そうか悩んだんだけどな』

『仕事の話なんですか?』

『いや、プライベートの話だ。だが、仕事にも関係する』

『ということにして、合法的に会社でお話しする時間を作りたかったんですね』

『バレたか』

『そうしてくれたら嬉しかったのに』

『はは、これからはそうする』


 もちろん公私混同はしない。

 ただ、少しばかり話をする機会があっても良いはずだ。


『そのためにも、これからする話をどうにかしないとな』

『と言いますと?』


 なんとなくだが、真心さんは俺が何を相談したいのか気付いているような気がする。それを先んじて言わないで聞き役に徹してくれているのは、俺が話しやすいようにとの彼女の気遣いに違いない。


『丑岡のことだ』

『はい』


 一体俺が丑岡について何を懸念しているのか。

 そして何故それを部長(上司)では無く真心さんに相談しようとしているのか。




『あいつ、真心さんに気があると思うんだ』




 それは俺達の恋愛に関係する話だから。

 関係者の意見が必要だから。


『気があるって言っても、まだそこまで重くはないような気がする。可愛い子がいるから嬉しい、くらいの感じで』

『嬉しいです』

『む、嬉しいのか』


 俺以外の男に可愛いと思われていて嬉しい。

 そうかもしれないが、少しばかり嫉妬してしまう自分がいた。


 だがそれは勘違いだった。


『はい。佐野さんに可愛いって思って貰えて嬉しいです』

『…………わざと誤解を招くような言い方したな?』

『バレちゃいましたか』

『全く。そんなことしなくてもちゃんと言うよ。真心さんは可愛い』

『ありがとうございます』


 なんだ、俺達もう、ちゃんと恋人やれてるじゃないか。

 ちょっと気恥ずかしいけれど、嬉しそうな真心さんの声を聞けて少しだけ安心した。


『話を続けるぞ。このままだと丑岡が本気で真心さんを好きになるかもしれない。その前に俺達が付き合ってるってことを教えた方が良いと思うんだ』

『私もそう思います』


 可愛い子に既に彼氏が居たっていうのと、惚れた子に彼氏が居たっていうのは、ダメージが違いすぎるからな。


『ただ、今の段階でも少しはショック受けると思うんだよな』


 それが平時ならば全く問題ない。


『でも今、丑岡は正念場なんだ。初めて大事な機能を任され、悩みながら難題をどうにか乗り越えようとしている。ここでの成功体験があいつの今後の人生を大きく左右するに違いない』


 開発作業なんて、いくら徹底的に準備しようが上手く行かないことが多い。その多くは外部からの横やりで、例えば先日の重大インシデントの協力で呼び出されたり、炎上プロジェクトの火消しに呼び出されて人が減り遅れてしまったり、突然の機能追加修正の要望を受けて予定が狂ったりと、そんなことは日常茶飯事だ。


 だからこそ、そういう横やりが無い状態での成功体験というのは貴重だ。

 その体験で自信を得ることで、難題にチャレンジする意欲が生まれる。


『それなのに、ここで俺達が付き合ってるって知ってショックを受けたら、今回の開発成功の想い出がそのショックで塗りつぶされてしまうんじゃないかって不安でさ』


 成功体験を思い出そうにも、思い出すのは失恋のショックだけ。

 そのせいで今後挑戦する意欲が失われてしまうかもしれないと思うと、このタイミングでカミングアウトするのが果たして正解なのだろうかと考えてしまうのだ。


『あるいはショックで集中できずに失敗する可能性もある』


 どちらにしろ、丑岡に良い影響は与えないだろう。


『ということで、俺達のことを丑岡に伝えるかどうか悩んでるんだ』


 これは丑岡の上司としての悩みであり、部下である真心さんに相談するのはおかしいかもしれない。でも彼女でなければ分からないこともある。


『率直に聞くけど、真心さん的には丑岡にどう思われていると感じてる?』


 ガチ恋されているのか、そうでもないのか。

 想われている側の感覚を知り、それを判断材料にしたかった。


 この質問が来ると分かっていたのだろう。

 真心さんは時間を置かずに答えをくれた。


『安心してください。今はまだ私の事を考えている余裕が無い気がします』

『そう……か』


 だがそれは、丑岡が真心さんのことを好きかどうかの直接的な答えでは無い。

 かなり強い好意があるけれど、仕事を優先しているだけの可能性もあるからだ。


 そんな俺の不安を察したのだろう。

 やはり真心さんは一番欲しい言葉をくれる。


『佐野さん。丑岡さんを信じてあげてください。きっと大丈夫です』


 そう。


 俺は丑岡を信じたかった。これまでの付き合いから、あいつなら大丈夫だと思えたから。

 だが様々な理屈と、上司としての責任感が、軽率な判断をしてはならないと引き留めた。


『ふぅ……人を育てるって難しいな』

『佐野さんは最高の上司です。自信を持ってください』

『それは恋人としての励ましかな』

『いえ、それを加えるなら、世界最高の上司で、世界で最も愛しい人です』

『…………なら世界最高に相応しく、堂々とやるか』

『はい!』


 もしかしたら、それで失敗することもあるかもしれない。

 だが失敗を恐れすぎてしまったら、人は成長できない。


 俺は主任として、そして真心さんの彼氏として成長したい。


『ありがとう真心さん』

『どう致しまして』

『お礼に今日はどれだけ眠くなっても君が満足するまで話に付き合おう』

『それは難しいと思います』

『どうしてだ?』

『一生話し続けても満足しないと思うから』

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