第40話 臆病と優しさは表裏一体なのかもしれないな
「尚哉さんっ!尚哉さんっ!尚哉さんっ!」
俺の上でつくしが激しく腰を振っている。俺のためではなく、自分のために乱れる姿は実に淫靡であり普段とは違う興奮に夢中になった。
ミニデートの途中でつくしに誘われてホテルに入った。
元々今日はそういうことをする予定は全く無かったのだけれど、つくしが昔の男と会って精神的に疲弊したから予定変更となったのだ。
「尚哉さんっ!尚哉さんっ!尚哉さんっ!」
自宅と違って遠慮なく声を出せることもあり、つくしは何度も俺の名前を叫び愛を求めてくる。その強烈な想いを真っ向から受け止め、お望み通り全力で愛をぶつけた。
乱暴で粗雑で、まるで野獣の交尾。
だが心が絡み混ざり溶けるような感覚は俺達が紛れもなく人間であると実感させる。
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「尚哉さん、ありがとうございました」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、ど、どう致しまして」
おかしい。
どうしてつくしは息一つ切らしていないんだ。今日は俺よりも激しく動いていたはずなのに。
「はぁっ、はぁっ、つ、つくし、体力ありすぎでは?」
「昔から持久力があるほうだったんです」
「はぁっ、はぁっ、もしかしていつもは手を抜かれてる?」
「くすくす。ちゃんと満足してますから安心してください」
手を抜いていないとは言わなかったか。
もっと満足させるように精進せねば。
「尚哉さん、ありがとうございました」
「さっきも聞いたぞ」
「今度はあの人のことです」
気分転換したことでもやもやが少しは晴れたかな。ホテルに入る前よりスッキリした顔になっている。でもまだ完全に復調したという雰囲気では無さそうだ。
「気にするな。むしろもっと活躍できず申し訳ない」
俺がやったことなんて、知り合いに電話をかけてお願いしただけだからな。それが
簡単なことだったとは思わないが、何かを成し遂げた感は正直あんまりしていない。
「これ以上活躍されたら好きになりすぎて壊れちゃうからやめてくださいね」
「そっか~なら頑張らないとな」
「怖~い、壊されちゃ~う。くすくす。」
冗談を言える余裕があるのであれば話を続けても大丈夫だろう。
「一つだけ心配なのが、あれであいつが逆恨みしないでくれるかだ。あまり心に響いてない感じだったからなぁ」
久内の時は変化が分かり易かったから心配はしていないが、黒根の場合は逆恨みで俺達を害してくるのではという不安がまだ拭えていない。
「大丈夫です。元々逆恨みが出来るような人ではありませんから。クスリでおかしくなってしまっているのでそう見えるだけなんです」
「そうなのか」
「はい。ただ私を諦められない可能性がありましたので、また探しに来ないようにとはっきりと言わせてもらいました」
「なら問題ないか」
つくしがそう言うのであれば信じよう。腹立つ話だが、俺よりも遥かにヤツのことを知っているだろうからな。
「しかしまぁ、つくしを怒らせたら怖いってことが良く分かったわ。徹底して『あの人』とか『あなた』って感じで名前で呼ばなかったもんな。普段はどんな人でも絶対にそんなに雑に呼ばないのに」
「名前で呼んだら尚哉さんが嫉妬しますから。ね、尚哉さん」
「はは、大正解だ」
つくしがあいつの名前を呼ばずに距離のある他人として扱っていたから、嫉妬心が抑えられていたというのは確かにあった。
「それと尚哉さんに怒ることはありませんから安心してください」
「それはそれでつまらないな。ケンカして仲良くなるってこともあるだろ」
「ケンカしなくても仲が良いに越したことは無いのでは?」
「…………確かに」
俺達の場合、意見がぶつかったとしてもお互いを尊重しながら話し合いが出来そうだもんな。それに仲の良さが上限に達しているのにこれ以上仲良くなんかなれないか。
「ただ私が怒られることはあるかもしれません」
「え?」
「今回のことで痛感しました。私は酷い女なんだって」
「…………」
それは違う、と即座に否定してあげたかったが、つくしは話を聞いて欲しいのだと思ったので遮るのをぐっと堪えた。
「私が居なければあの人はこんなことにはならなかったかもしれません。あの人が喜ぶことを何でもやって、暴力性まで引き出してしまって、最悪の状態になったから逃げるように消えてしまった。最低な女です」
相手の幸せを本気で願うのであれば、喜ぶことだけをしていてはダメなのだろう。
怒り、叱り、誤った道へと進まないように気を使うことも大事なのだ。
だがつくしはその選択が出来ない人間だった。
黒根の堕落を後押しするかのようになってしまった。
その失敗を認めて乗り越えたい。
自分のダメなところを改善したい。
つくしがそう感じているのであれば、俺に出来るのは否定するのではなくその気持ちを認めてあげること。
「なら今後俺が間違えた時は、思いっきりひっぱたいてくれよな」
「くすくす。分かりました、全力でやります」
「お、おい、その素振り風切り音が聞こえてくるんだが」
「試してみます?」
「ひいっ!」
この華奢な体の何処にこんなパワーが眠っているんだ。
間違えないように気をつけようっと。
「一つだけ訂正しておくけど、あいつはつくしが居なくても堕落してたと思うけどな。つくしの話を聞いただけでも、会社を辞めさせられて、酒に溺れて、行き場のない不安な気持ちを解消させられずにメンタルが破壊される状況が手に取るように思い浮かぶし」
「それは……そうかもしれませんね」
ならどうしてそんな男につくしが惹かれたのかという疑問も生じるが、それは昔のあいつの姿をこの目で見なければなんとも言えないな。
「私も尚哉さんのように、皆を幸せに出来る人になりたいです」
「それ勘違い」
「え?」
つくしの中での俺の株がストップ高な状況なんだけど、流石に恥ずかしいから訂正しておこう。
「つくし。俺はな、ただの臆病者なんだよ」
「臆病者?」
「そうだ。責められたり嫌われたりしたくない臆病者だから、そうなる原因を取り除こうって必死なだけ」
決して皆を幸せにしたいだなんて崇高な精神の持ち主なんかじゃない。
「分散処理の開発のことだって、チームメンバーからやりたくないって不満を言われたく無くて、事業部長から敵視されたく無くて、開発しても売れなかった時に会社から文句を言われたく無くて、それら嫌なことからの逃げ道を探しただけなんだ」
怒られたくないから相手のことを優先する。
それが俺という人間の本質の一つ。
「だから俺は誰かにお茶を淹れたいなんて思わない。つくしが目指す『皆を幸せに出来る人』とはベクトルが違うから参考にしない方が良いぞ」
「それでも尚哉さんは優しいと思います」
「実感はないなぁ」
「私が保証します」
「ならそういう面もあるのかもな」
俺だって臆病であるが故の行動が全てだとは思っていない。つくしに嫌われたくないからという想いと、つくしを幸せにしてあげたいという想いが心の中に同居している。結果としてそれらは似たような行動に繋がっているから、良く分からないことになってしまっている。
臆病と優しさは表裏一体なのかもしれないな。
「それと、もしかしたら私は尚哉さんよりももっと臆病なのかもしれません」
「つくしが臆病?」
「はい、相手のためになると分かっていても喜ばせる以外のことがどうしても怖くて出来ないんです」
相手の理解が得意なつくしであれば、相手にとって本当に幸せな方向へ導くことが可能なはずだ。だがその過程において少しでも不快にさせてしまうのであれば、恐れて選ぶことが出来ない。それは確かに臆病と呼べるのかもしれないな。
「なんだ、俺達って臆病仲間だったんだ」
「くすくす、そうですね」
「相性バツグンなのも納得だな」
「ですね。でも私はこの臆病を直したいです」
「そうか……焦らずゆっくりやろうぜ」
大人が考え方や性格を変えるというのは中々に労力が必要なこと。
焦ったところで失敗して拗れるだけ。俺が支えになってゆっくりと変われば良い。
と思ったのだが。
「いいえ、急いで治したいです」
「え?なんで?」
どうやらつくしは悠長に構えたくはないらしい。
一体何故なのだろうか。
「だ、だって、こ……こ……こ……」
「こ?」
「こど……子供が出来たら甘やかすだけじゃなくて、ちゃんと叱って育てたいですから」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
交わっている時ですらならなかったほどに顔を真っ赤にして照れるつくしが愛おしく、ホテルの延長が確定した。




