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尽くしたがりのつくしさん  作者: マノイ
第二章

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第38話 過去が追って来た 中編

「先ほどの男性は黒根(くろね) 鷹雄(たかお)さん。会社に入社する前に私が付き合っていた男性です」

「やはりそうか」


 つくしの昔の男について部長から少しだけ聞いている。というか、そもそも俺がつくしと付き合い出したのはつくしの男運の悪さが理由だった。


 相手に喜んで貰いたいのに、申し訳なく思われて上手く行かない。

 相手に喜んで貰ったら、暴力を振るってでも手元に置かれ続けた。


 部長がつくしの状況に気付き助けに行かなければ、彼女は未だに暴力男、黒根の元で暴力を振るわれながら尽くし続けていたのだろう。


「つくしを取り戻そうと追って来たってことか。でもどうして居場所が分かったんだ? 流石にあいつが知らない場所に引っ越したはずだよな」

「はい。あの人とは九州に住んでいたので、関東に住んでいれば探しに来ても見つかることは無いだろうってお姉ちゃんが」


 しかもそもそも関東地方に住んでいるかどうかも教える筈がない。地球上の何処にいるかも分からない相手を見つけるなんてことは普通であれば難しい。


 自分から居場所を教えない限りは。


「あっ、そういうことか!」


 つくしが何処に住んでいるのか、ヒントになる情報を一つだけ公開してしまっていたことに気が付いた。本来であれば埋没するはずだったその情報は、不運にもバズってしまったがゆえに、あいつの目にも届いてしまった。


「インタビュー映像だ」

「はい、恐らく。不用意なことをして申し訳ありませんでした」

「何言ってるんだ。あそこまで惚気られて超嬉しかった。謝る必要なんか全くない」

「くすくす、ありがとうございます」


 フォローしてはみたけれど、俺がそう言うのを分かっていて謝ったな。空気が重くなりすぎないようにとの配慮なのだろうが、ちょっと恥ずかしい。


「しかし、まさかあそこまでヤバそうな男だったとは。よく逃げずにいられたな」


 黒根は普通とはかけ離れた常軌を逸した雰囲気の男だった。日常的に人を殺していると言われても違和感が無い程の危険さを漂わせている。そんな男の傍につくしが長期間も居たと考えるとあまりにもおぞましい。


「いえ、あの人があのような危険な雰囲気になっているのは初めて見ました。暴力を振るっている時も、もっと…………小物感がありましたから」

「小物感っておい」

「くすくす、本当にそうだったんですよ」


 つくしの口から『暴力を振るわれていた』という事実がさらっと出て来た。そのことに猛烈な憤りを感じそうになったのに『小物感』というコミカルな表現に少し毒気が抜かれてしまった。やはりつくしは話し方が上手いな。あるいはいつかこの話をする時のために俺が激昂して辛く思わない様にとの話の組み立てを考えてあったのかもしれない。


 なんてことを考えていたら、つくしが昔の話を教えてくれた。


「あの人と出会ったのは、大学三年生の時でした」


 つくしは大学卒業後二年目にうちの会社に入社して来た。だから年度で考えると三年度前ってところか。


「友達と九州旅行に行った時に私だけ迷ってしまって、道を教えてくれたんです。その時に物凄い勢いで告白されました」


 いきなり告白?

 一目惚れって話かな。確かにつくしは可愛いけど、性急すぎやしないか。


「何かやっただろ」

「…………手を握ってお礼を伝えて、お仕事頑張ってくださいねって言っただけです」

「それ男にクリティカルヒットのやつぅ!」


 つくしにそんなことされたら一瞬で恋に落ちるわ!

 反射的に告るわ!


「それから猛アタックされて、付き合うことになりました」


 今になって気付いたが、つくしが相手を喜ばせたいのであれば本気で告れば絶対にオッケーしてくれるのではないだろうか。だってそうすれば滅茶苦茶嬉しいもん。それら全てが長続きしないで俺の番が回って来たのは、俺視点では相当に運が良かったのだろう。もちろんつくし視点だと悲しみしかないのだが。


「しばらくは遠距離恋愛でほとんど会えなかったのですが、たまに会えた時やチャットでは普通に優しくしてくれて、少し強引ではありましたが良い人だと感じてたんです」


 でも本当に良い人だったのであれば、こんなことにはなっていない。猫を被っていたのだろうか。


「私が就職活動を始めた話をすると、あの人は働かないで一緒に住もうと提案してくれました。絶対に自分が養うからと。私はその言葉を信じて大学卒業後に九州へと向かいました」


 どうして信じたのか。他の人に相談はしなかったのか。

 普通ならそう思うところだけれど、つくしは別だ。だってそうすれば相手が喜んでくれることが分かっているのだから、そうする以外の道など無い。


「同棲を始めて最初の頃は何も問題が無かったんです。あの人は変わらず優しくしてくれて、私の行いを喜んでくれる」


 それは俺が激しく嫉妬してしまうくらいに幸せな日常だったのだろう。


「でも、ある日を境にあの人は変わってしまいました」

「何があったんだ?」

「あの人は建設業界で働いていたのですが、仕事が上手く行かなくなったらしいんです」


 でもその程度であれば家でつくしがかいがいしく世話をしてくれれば頑張ろうという気持ちになれるはずだ。


「お酒の量が増えて、口調が荒くなって、そんなあの人を喜ばせてストレスを発散させるには何が一番なのかを観察して考えて……」

「おい……まさかつくし」

「あの人の心の中に『暴力』や『支配欲』が渦巻いていることに気が付いてしまったんです。いいえ、本当はとっくに気付いていたのかもしれません。強烈に求められたからこそ、きっと私はあの人に惹かれてしまったのです」


 俺が強い感情を露わにしてつくしを求めると、物凄く喜んでくれる。つくしと付き合うようになってから何度も実感した。


 好きな人に喜んで貰いたい。

 自分を求めて貰いたい。


 人として当たり前の感情を抱いているだけなのに、それが少し強すぎるだけなのに、当たり前であってはならない人を引き寄せてしまった。


「暴力を振るって私に言うことを聞かせた快感で、あの人はどうにかメンタルの調子を取り戻しました。ですが、それで仕事が上手く行くことはなく、ついに大きなミスをして解雇されてしまったんです」


 そこからの話は聞きたくない。荒れた男がどうなったかなど、つくしにどのようなことをしたのかなど、想像したくもないからだ。

 ただ一つ確実なのは、そんな状況でもつくしは奴を喜ばせるために必死だったのだろう。部長が助けに来るその時までずっと。


「私は間違ってました」

「…………」

「そのことを尚哉さんが教えてくれました」

「え?」


 つくしの間違いを指摘した覚えなど無い。ということは、俺の普段の行動を見て思うところがあったということだろうか。


「尚哉さんはいつも、将来を見据えて相手の幸せを考えて行動してます」

「将来?」


 そんな崇高な考えなんて意識したこと無いぞ。


「この前の分散処理の時もそうです。私だったら事業部長が望むように分散処理を開発してしまいます」

「それだと丑岡達が反発するだろ」

「はい。ですので私が上司だったら飲み会とかで不満を沢山聞いてあげるという形での解決になると思います。その不満を発散させたいっていうのが強い願いになってますので」


 なるほど確かにそれが丑岡達の一番の願いになるかもしれないな。

 本当は分散処理の開発を止めたいが会社なので偉い人からの指示は断れないと内心諦めているから願いの優先度は低く、燻っている不満を解消したいという願いの方が強くなることはありそうだ。


「でもそれだと頑張って作っても売り上げが増えなくて、私達も事業部長も親会社もみんなが不幸になる。目先の喜ぶことを優先したのに、結果的に悲しませてしまう」


 事業部長も親会社も俺達が悪いって責任を押し付けるだろうが、それはつくしと同じで目先の不満を解消させただけで根本的な解決にはなっていないか。


「尚哉さんは分散処理の開発を止めて私達を喜ばせ、別の新技術を提供して事業部長を喜ばせ、大きな売り上げを確定させて会社を喜ばせました。本当にすごいことだと思います」

「はは、なんか照れるな。主任になって視点が変わったからだけだと思うけどな」


 個々ではなく全体を見て考える。

 仕事をする上でそれが必要だと思っているので意図的にそういう視点で物事を俯瞰する癖をつけるようにしてはいる。


 立場が俺を変えたのだ。


「私もあの人の幸せを本気で考えるのであれば、ストレス発散ではなくて立ち直れるような方法を考えるべきだったと、今なら思います」


 つくしは優しいなぁ。

 それが正しいことだったとしても、女に暴力を振るうような男なんて見捨てるべきだと思うんだが。


「それは素敵な考えだと思うが、立ち直れる……のかなぁ」


 短時間の遭遇でしか無かったが、黒根は一般的な感性からはかけ離れた危険な思考の持ち主だと感じた。下手なことをしたら殺されてもおかしくなかったのではないだろうか。


「尚哉さんは勘違いしています」

「勘違い?」

「あの人は態度が大きいだけで基本的に小心者なんです」

「小物だとか小心者だとか酷い言われようだな」

「くすくす。このくらいは許してください」


 許すも何も、やられたことを考えると全く持って物足りない。


「私に暴力を振るう時も、お酒の力を借りて泥酔しなければ出来ませんでした」

「それが常習化して暴力性が普段から表に出るようになったのでは?」

「だとしても、さっきのあの人の様子はあまりにも不自然でした。まるで別人のようです。いくらなんでもあそこまで変わるというのは信じられません」


 もしかしてつくしが言うように、俺は盛大な勘違いをしているのではないだろうか。


 暴力という言葉。

 いかつい見た目。

 遭遇時のインパクト。


 これらのせいで黒根が極悪暴力団風なヤバい性格の男だという印象が拭えない。


 だがつくしからは優しかった、小物、小心者といったヤバさとは真逆の言葉がどんどん出て来る。それはつくしが優しいから黒根を悪く言わないように言葉を選んでいるだけなのかと思っていたが、実は本当にごく普通の人物だったのではないだろうか。


 いくらつくしでも、見るからに悪人そうな人物と付き合うなんてことをするとは思えない。そんなことをしたら家族や友人を酷く悲しませることになってしまうのだから。恋人が最優先という思考であっても、他を蔑ろにするなんてことは絶対に無い。


 黒根は態度が大きく心の中に多少の暴力性や支配欲を抱えているだけの普通の男。

 だが先ほどの黒根の様子からは信じられない。


 もし普通の男が先ほどの黒根のように変貌するとしたら何が考えられるか。


 口をだらしなく開き舌が飛び出ている。

 まともな会話にならず喚きたてまくる。

 すでに何人も殺してそうな程に目が血走っている。


 愛する人(つくし)が居なくなったからだけでは説明がつかないほどの変化。

 その理由として考えられるものと言えば。


「クスリ……か」


 手を出してはいけないものに手を出してしまった。

 クスリを使った人がどんな様子になるのかなんて知らないが、イメージにはピッタリと合致している。


「…………」

「…………」


 つくしと見つめ合う。

 もちろんいつものような甘い空気になどならず、これからどうすべきかを真剣に考えた。


「尚哉さん」


 何かを決心したかのようにつくしが表情を引き締めた。


「あの人を助けてあげてください」


 己を苦しめた男を助けて欲しいとつくしは願った。


 そんな願いなど、叶えられる訳が無い。


 つくしに暴力を振るったんだ、許せるわけないだろう。

 何度も殴ってやりたいくらいだ。

 

 それにつくしの昔の男というだけで嫉妬してしまう。

 そいつが困っているからといって、どうして俺が助けなきゃならないんだ。


 答えなど決まっている。


「任せろ」


 決してつくしの願いならなんでも聞くというわけではない。

 つくしの優しさを無駄にしたくないからなんてことでもない。


 つくしの成長を支えてあげたいと思ったからだ。


 これまでのつくしであれば単に黒根から距離を取りこの話を二度としないことで俺に嫌な思いをさせないようにと考えるだろう。

 だがそれだと黒根に遭遇してしまうかもしれないという危機が残ったままだ。もしまた何らかの偶然で出会った時、今度は取り返しのつかない被害を受けてしまうかもしれない。


 そうならないために、今のうちに黒根という危険を取り除く。

 黒根を助けて暴走を止め、今後二人に近づかないと確約させる。もしも黒根がつくしが言うように本当に小物であり普通の男であるならば説得は可能なはずだ。


 こうすることで今だけでなく今後も大丈夫だという安心を手に入れる。

 

 今この瞬間ではなく、将来を見据えたお願い。

 つくしがそれを願い、幸せを求めているのであれば、喜んで応じるしか無いだろう。


「ありがとう……ございます」


 そっとつくしの体を抱くと、小さく震えていた。

 相当に勇気がいるお願いだったのだろう。

 何しろ俺を強く不快にさせる可能性が高いお願いなのだから。


 この勇気に報いるためにも、全身全霊で救ってやろうじゃないか。

 待ってろよ黒根。


 つくしを追って来た過去を、ここで終わらせる。

 俺達の未来のために。

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