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尽くしたがりのつくしさん  作者: マノイ
第二章

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36/40

第36話 お隣さんも若いカップル

「あっ」

「あっ」


 つくしと一緒に家を出たら、通路を挟んだお隣さんとばったり会った。丁度同じタイミングで家を出ようとしたらしい。


「こんにちは」

「こんにちは」


 見た目が俺より若く、とても穏やかで優しそうな男の人が気持ち良い笑顔で挨拶をしてくれたので返した。都会だと隣人に会っても挨拶しないような場所もあるらしいけれど、このマンションの人間関係は良好で誰と会っても最低限の挨拶はする。


 ただ、お隣さんに関しては相性が良いのか不思議と最低限以上の会話をすることが多い。


「佐野さんもおでかけですか」

「ええ。天気が良くて暖かいですから、散策ついでに何かを食べに行こうかなと思って」

「外食ですか。良いですね」

「岡本さんは?」

「あはは、ちょっとした買い物です」


 おや、どうしてそこで苦笑するのだろうか。そんな言い方をされると意味深な買い物に感じてしまうんだが。


「も、もう、琢磨(たくま)君。恥ずかしいよ」

「え? あ、べ、別に変な意味じゃないですから!」


 岡本さんの横にはこれまた若い大人しそうな雰囲気の女性が立っている。その人が何故か照れてそんなことを言うし、岡本さんが焦って否定するものだから意味深さが増してしまう。


「まぁまぁ落ち着いて、何も気にしてませんから」

「あはは……ありがとうございます」


 なんとなく気まずいから、こういう時はサッとこの場を離れるに限る。そう思って隣のつくしに目配せしたら頷いてくれたのだが、何故か岡本さんは話を打ち切ろうとはしなかった。


「あの、すいません。恥ずかしいついでに一つお聞きしたいことがあるんですけど」

「え?あ、はい。何でしょう」


 意味深なセリフを言ってしまったことが恥ずかしいのか、買い物の内容が恥ずかしいのか、邪推してしまうから余計な情報を与えないで欲しい。まさか岡本さんにこんな自爆癖があっただなんて。普段は話しやすい好青年なのに。


「あの、その……うち、うるさくないでしょうか」

「え?」

「ほ、ほら、隣人トラブルってあるじゃないですか。騒がしかったら申し訳ないなって思ってまして」

「…………」


 岡本さんも彼女さんも顔を赤くしている。これはつまりそういうことか。とても言いにくいけど、どうしても聞いておきたい話だ。周囲に人がいないとはいえ、この話を切り出せるのはある意味勇気があるとも言えるだろう。


「いえ、全く。通路を挟んでますし、何も聞こえませんよ」

「そうですか。良かった~」

「ちなみにうちの音は聞こえますか?」

「聞こえません。本当に住んでるのかなって思うくらい静かです」

「そうですか。こちらも安心しました」


 お互いに若い男女が住んでいるのだから、気にするのは当然だ。でもこんな風にちゃんと気にするってことはトラブルにはならないだろう。多少ミスしてやらかしても仕方ないなって思えるだろうし。


「お話はそれだけですか?」

「あ、はい。引き留めてしまって申し訳ありませんでした」

「また今後、時間のある時にでもゆっくりお話ししましょう」

「そうですね」


 これで今度こそ話は終わり、つくしとミニデートへ向かおうとしたのだが。


「あ、あの!」

「え?」


 今度は岡本さんのペアの女性が話しかけて来た。


「何度も何度も本当にすみません!でも、どうしても真心さんにお願いしたいことがありまして……」

「私ですか?」


 どうやら今度は女性同士で話があるらしい。今日のミニデートは急ぎじゃないし少しくらいなら良いか。


「今度色々とお話を聞かせてくれませんか?」

「どのようなお話でしょうか?」

「私、真心さんがインタビューを受けている動画を見ていいなって思ったんです」


 インタビュー動画?


 …………って年末の時のアレか!

 俺が警察で事情聴取されてる時につくしがマスコミに聞かれて惚気まくったやつ。

 誰も何も言ってこないから終わったことだと思ってたのに蒸し返された。


「そうしたら真心さんが引っ越して来てびっくりして、話が出来たら良いなって思ってたんです」

「もちろんです。喜んで」

「良いんですか!?」

「はい、私も金田(かねだ)さんのお話を聞きたいですから」


 女性同士でコイバナしましょうってことか。


 社会人になると友達が増える機会が激減する。相手は一見して面倒そうな性格じゃなさそうだし、つくしにとって良い機会かもな。


 その後、つくしと金田さんが連絡先を交換し、今度こそ話を終わらせてミニデートを開始した。


 まずは近くの公園の散策なんだけれど、散策中の会話はもちろんさっきのことになる。


「それにしても、あのインタビューを見た人がこんなにも身近にいるなんて驚きだな」

「そうですか? もっと沢山いると思いますけど」

「え?」


 つくしが心底不思議そうな顔をしている。

 滅多にない表情だけど、これも可愛い。


 じゃなくて、どうしてそんな反応になるんだ?


「どこかのニュースだかワイドショーだかで一度放送されただけだろ。しかもあの時期って事件が多かったから俺の事件のことなんて注目されずに一瞬で忘れ去られてるだろうし」

「そういうことでしたか。尚哉さんはネットをあまり見て無いんですね」

「ネット?」


 ここ一、二ヵ月はつくしのことで頭が一杯だったからな。前に電車の中でゲームをやらなくなったって話をしたが、それと同じでネットサーフィンの頻度も大分減った。社会人としてニュースの類はチェックしているが、それ以外の巡回をいつの間にか止めていた。


「実はあのインタビュー映像、少しバズってたんです」

「え?」

「切り抜かれてネットで拡散されてました」

「はい!?」


 まさかと思って足を止めてスマホで確認してみたら、あっさりと見つかった。確かにSNSでバズってる。好感コメントに嫉妬コメントにスパムにと入り乱れ、パクツイもかなりある。

 ネットミームになるほどでは無いが、かなり多くの人が見ていることになる。


 つくしが俺を絶賛しているインタビュー動画が。


「超恥ずかしくなってきた」

「くすくす。照れる尚哉さん可愛いです」

「つくしの笑顔には負けるよ」

「やった。勝ちました」


 だからそういうあざといところが可愛いって言うんだよ。俺が喜ぶと知っててわざとやってるんだろうけどさ。


「もしかしてつくしはこの動画について、これまで何か言われたのか?」

「知り合い以外で言われたのは今日が初めてです。こんなに動画が拡散されていても、案外何も言われないものなんですね」

「ふ~ん、そういうものか」


 ネットでバズった動画の子をリアルで見つけたからって、普通は声をかけては来ないか。ただ可愛いだけならナンパ目的の男が来るかもしれないが、彼氏を溺愛している動画だからナンパも出来ないだろうし。


「しかしネットって怖いな。惚気動画だったから良かったが、ちょっとでも誰かを不快にしそうな内容だったら拡散されて何を言われるか分かった物じゃない」

「私も今回のことでそれを凄い実感しました」


 人間なんてちょっとした油断で軽犯罪を行ってしまう。たとえば、見通しが良くて車が全く来ない赤信号を待っているのが面倒になって早足で渡ってしまうとか。それを偶然動画に取られて拡散されて炎上するなんてことが普通にありえる世の中になっているということ。

 犯罪の抑止力や悪質な人間のあぶり出しに繋がっているという側面もあるのだろうが、軽犯罪どころか悪意のある切り取り方や改ざんをされて冤罪で燃やされる可能性もあると考えるとやはり怖い。


「あれ……?」

「どうしました?」

「いや、なんかとても大事なことを忘れているような気がして」


 恥ずかしさから頭の中から追い出していたインタビュー動画。

 それを思い出して動画が拡散されることの危険性を意識したら、猛烈に嫌な予感がしてきた。


「う~ん、分からない」

「すぐに思い出せそうですか?」

「…………いや、この感じはダメだ。後少しで出てきそうって感じがしない」


 せっかくのデートなのに、訳が分からない予感で台無しにするわけにはいかない。

 そう思ってひとまず忘れようとしたのだが、その予感はこの日のうちに的中することになってしまった。




「ようやく見つけたぜ!つくしぃ!」

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