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尽くしたがりのつくしさん  作者: マノイ
第二章

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35/40

第35話 職場でのバレンタイン強制の空気は誰が作ったのか

「これ、晴着さんと私からです」

「え? チョコッスか? 良いんスか!?」


 つくしが帰って来た。

 と思ったらいきなり晴着さんと連名でのバレンタインチョコをプレゼントしてくれた。


「部長が義理チョコ禁止令を出してるッスよね。だから今年は貰えないかと思ってたッス」


 渡す方もお返しをする方も面倒で内心嫌がっている人がそれなりにいるから、そんな風習止めてしまえと号令が出たのだ。確かに毎年この時期になると、イベントを楽しみたいからではなくて文字通り義理でプレゼント交換をしなければならない謎の空気があった。

 お歳暮とかお中元とか年賀状とかは社会人っぽい真面目な感じがするから拘る人が居るのは分からなくはないけれど、バレンタインデーなんて俗っぽいものが必須に感じられるこの空気って一体なんなんだろうな。


「いえ、部長は形だけの義理チョコは止めようとお話しされてました。私達は嫌では無いですし、日頃お世話になっている感謝の気持ちを伝えたいので用意しました」

「お返しは本当に気にしなくて良いから」

「真心さん……晴着さん……超嬉しいッス!」

「サンキュ」


 軽く返事をして受け取ったが、丑岡程では無いが確かにこれは嬉しいな。義理だけれど想いのこもった意味のある義理チョコだ。

 つくしから貰える本命チョコとは全く違ったベクトルで心が温まる。

 俺も丑岡もお礼考えるの好きだから、楽しんで選ばせてもらおう。


 二人は南雲さんにチョコを渡すために席を離れ、その隙に丑岡が彼女達に聞こえないようにこっそり話しかけて来た。


「佐野さん、真心さんどうしたッスか?」

「何がだ?」

「何がって、超笑顔じゃないッスか。戻って来たのがそんなに嬉しいッスかね」


 これまでのつくしは柔らかい控えめな笑顔を常に浮かべていた。でも今のつくしは向日葵が咲いたかのような満面の笑み。出社してからずっと楽しそうにしている。


「それともチョコを渡すのが楽しいッスかね?」

「…………まぁ、色々と楽しいことがあるんじゃないか」

「その様子は何か知ってるッスね。教えて欲しいッス」

「黙秘する」

「え~」


 つくしの変化の理由を俺は詳しくは知らない。だがいつからそうなったのかは知っている。


 とても寒かったあの日。

 家に帰った直後につくしを求めたあの日から、つくしはずっと嬉しそうにしているのだ。


 それは仕事中も同じらしく、南雲さんからも何かあったのかと裏でこっそりと聞かれていた。仕事そのものは集中して真剣に進めているので全く問題視はされていない。


「何か気になることでもありました?」


 俺達のひそひそ話に気付いていたのだろう。

 戻って来た晴着さんが率直に聞いてきた。チョコを渡して困らせてしまったのではないかと不安に思っちゃったかな。


「真心さんが楽しそうって話ッス」

「はい、最近楽しいことばかりです!」

「そ、そうッスか」


 あまりの陽のオーラに丑岡が押されてちょっと面白い。

 なおその裏でチョコは関係なさそうだと分かって晴着さんが安心してたことに気が付いた。彼女は対人関係でセンシティブなところが少しあるので変に誤解されないように気をつけないとな。


「雑談はこのくらいにして仕事に戻るぞ」


 チョコの話は昼休みや午後の休憩時間にでもすれば良い。


「真心さん、向こうで仕事をして感じたことを共有してくれ」

「はい」


 開発作業が忙しいが、結果の共有も大事な作業だ。向こうでの仕事の印象が残っている間にやる必要があるのでこの作業を優先させた。


「とても難しかったです。設計書を渡されて、それが明らかにおかしいことは一目で分かったのですが、それをどのように直せば良いのかが全く分からなかったです。本で学んだ通りにはいかなくて……」


 この後、つくしは『何がどうおかしかったのか』『どうして直せなかったのか』について具体的に教えてくれたが、あまりにも専門的な話なので割愛しよう。


「南雲さんが教えてくれるたびに何度もなるほどって思って、なんとなくですけれど考え方が分かった気がします」

「それは凄い大事な経験だな。俺も部長に色々と連れてかれて実務で勉強して、それが無かったら資格とか全然取れてなかったと思う」


 資格試験の問題は実務では使えない極端な例が出されたりするが、そもそも基礎が分かっていないとそれが極端なのかどうかすら分からない。実務をベースに基礎を磨くことはスキル上昇の早道だと俺は思う。


「本当は丑岡にもこういう経験を色々とさせてやりたいんだがな」

「楽しみにしてるッス」

「そのためには……」

「分かってるッス!ケアレスミスは無くすッス!」

「よろしい」


 晴着さんは経験する機会があったが、丑岡はタイミングが悪くこれまで機会が無かった。南雲さんが考えてくれてるので、この開発が終わったら何かあるかもしれないな。


「それで他に何かある?」

「そうですね……私達が使っている技術がとても大事なことだって実感しました」

「というと?」

「あの設計のままだと直ぐにディスク容量が一杯になってシステムがまともに動かなくなるんです。今より数倍の容量が必要で、それだけのディスクを用意すると追加で数千万もかかるそうで……」

「エグイな」


 そうなると設計の根本的な見直しが必要になる。それは間違いなく他の部分にも大きな影響を及ぼし、ただでさえ大幅に遅れて炎上しているプロジェクトが更にヤバいことになるな。


「ちゃんとやらないとそんな恐ろしいことになるッスね……」

「お二人とも、良く解放されましたね?」


 晴着さんの言う通り、そこまで酷いとプロジェクトに入って設計を手伝ってくれと泣きつかれてもおかしくない。でも部長や南雲さんが必死にそれを止めたなんて話は聞いてないな。


「詳しくは聞いてないですが、プロジェクト体制を大きく変えてやり直すって聞きました」

「英断だな」


 炎上していればいるほど、焦って人を増やして強引に突破する方法を選びがちだ。だがそれは更なる炎上を招くだけで、本来やるべきことは炎上の真の原因を突き止めて完璧に鎮火させること。

 それをせずに致命的なバグを取りきれずにお客様に納品したら、いっそのこと大赤字でプロジェクトが中止になった方がマシと思えるくらいの地獄が待っている。


「プロジェクトのメンバー全員が大会議室に集められて、とても偉い人に物凄く怒られました。こんな状況なのに危機感が薄くてやる気が無さそうな人が多いって」

「うわぁ、怖すぎるッス」


 口ぶりからするとつくし達も呼ばれたのか。ヘルプで入ってちゃんと仕事してるのに怒られるなんて理不尽だが、個別で注意されたわけでは無かったからあまり気にしてないのかな。


「多分ですが、あの方が再編を決めたのではないでしょうか」

「今のメンバーでは力不足だと判断した、か。ありえるな。だとすると技術上位職を引っ張って来たのかもしれん」


 技術上位職とは、マネジメントよりも技術寄りの仕事を職務とする昇進先の役職だ。

 でもおかしいんだよ。近くにはマネジメントまでさせられている技術上位職しかいない。は~会社ってクソだ。


「凄い人が入るなら安心ッスね」

「そりゃそうだが、会社としては問題でしかないな。若手が育たない」


 だから若手中心に人を揃えたのだろうけれど失敗した。想像だが、彼らを上手くマネジメントできる人材が居ないのではないだろうか。それが炎上の原因の一つな気がする。


「うし、このくらいにするか。文書にまとめて、他に何か共有すべきことがあれば別途報告してくれ」

「はい、分かりました」

「次に現在のこっちの開発状況の共有と、真心さんにやってもらいたいことについて……」


 つくしが一時的に離脱したのは予想外だったが、どうにか大きな後れを発生させずに進められた。しかもつくしが技術的に成長し、外の話を持ち込んだことで晴着さんや丑岡も色々と考えるところがあるようだ。


 結果的に良いことづくめだったな。


「佐野さん、お茶です」

「ありがとう」


 でもやっぱりつくしにはうちのチームに居て欲しいと思う。それは惚れた弱みというだけではない。


「ありがとう」

「これこれ、真心さんのお茶があるとやる気が倍増ッス!」


 つくしがいるとチームの雰囲気がいつも以上に明るくなるから。

 つくしのお茶が俺達の癒しでありカンフル剤にもなっているから。


「さぁ、もうひと踏ん張り頑張りましょう」


 今回の開発は成功する未来しか見えないな。




 あれ、つくしからチャットが来た。

 

『尚哉さんは、今日はあまり頑張らないでくださいね』


 ……

 …………

 ……………………


 家に帰ったらバレンタインデーのチョコが待っている。

 そして明日は休日。


 頑張らずに体力を残さなければならない理由なんて一つしかない。


 はは、幸せすぎてなんか怖い。

 俺もつくしにつられて満面の笑みを浮かべてしまいそうだ。

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