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尽くしたがりのつくしさん  作者: マノイ
第二章

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33/40

第33話 大手だからといって誰もが実力あるわけじゃない

「俺もどこかに行ってみたいッス」


 ある日の休憩時間、丑岡が人生を見つめ直す旅に出たいと言い出した。


「そんなこと言ってないッス」

「心が読めるだと!?」

「わざと口にしてたじゃないッスか」

「だな。でも旅行に行きたいって話だろ」

「違うッス。仕事で出張してみたいって話ッス」


 なるほど、つくしが別プロジェクトのヘルプに向かっているのに感化されたんだろうな。


「うちは出張とは無縁な部署だからなぁ。支社と連携すれば可能性は……いや、今の時代リモートで済む話か」


 システムエンジニアだったら客先作業があってもおかしくないが、うちは製品開発部隊であってお客様との接点は問い合わせ対応くらいだ。営業関係は親会社がやっているし、営業時の技術面のフォローも藤堂さんの所がやっているため出番なし。

 支社にも行かず、客先にも行かず、今のままでは出張の機会などまずないだろう。


「出張じゃなくて、真心さんが今やっているようなことでも面白そうなんスけどね」

「面白いと思えるのは良いことだ。だが、結構苦労しているらしいぞ」

「そうなんスか?」


 家で色々と向こうの状況を教えて貰っている。本人から教えても良いと許可が出てるから伝えても問題ない。とはいえ自分で経験したことを自分で他の人に伝えることは大事なので、さわりだけにしておこう。


「本で学んだ知識と現場で使う知識は全然違うからな。設計書を見たらとんでもない設計だってのは一目で分かったけど、何が問題でどう直したら良いのかさっぱり分からなかったらしい」

「へぇ~真心さんでもそんなことあるッスねぇ」

「そりゃそうだ。かなり馴染んでいるが、彼女はまだ一年目なんだぞ」


 だから今回は分からなくても構わない。南雲さんに教えてもらいながら理解して成長してもらうことがつくしの仕事である。


「それとだ丑岡。大事なのはそこじゃない」

「え?」


 ふむ、分かって無さそうな顔をしてるな。


「晴着さんは俺が言いたいこと分かるか?」

「はい。とんでもない設計だったってところですよね」

「その通りだ」

「それの何処が変なんスか? 専門家が居ないって言ってたからおかしくないッスよね」


 確かに普通に考えればそうかもしれない。だがつくしが行っている現場をイメージするとそうはならなくなる。


「向こうはどの業界のプロジェクトかって教えたよな」

「金融ッス。それと大手銀行関連のプロジェクトって聞いたッス」

「そうだ。大手IT企業による大手銀行プロジェクト。日本でトップクラスの大規模プロジェクトだと言っても過言ではない。開発メンバーだけで百人近くはいるらしいぞ」

「多くて羨ましいッス」


 多ければ良いってわけではないが、人手が欲しい現状を考えると確かに少しだけ羨ましいな。


「それだけのプロジェクトだ。専門家がいなくても、技術力が高いメンバーが揃っていると思わないか?」

「言われてみればそうかもしれないッス」


 ここでの専門家というのは、その技術を主に取り扱っていて高いスキルを持っているということ。

 たとえば料理をする際に理に適った細かなアレンジをして店で出せる程に美味しい料理を作れる人を専門家とすると、レシピ通りだったり知っている料理しか作れない人が普通の料理人となる。

 だが多くの場合、普通の料理人であってもそれなりのものが作れてしまう。しかも全般的な生活スキルが高い場合はそれなりどころか美味しい物を作れるだろう。必ずしも専門家が必要というわけではないのだ。


 銀行プロジェクトについても、俺達が扱っている技術については専門家レベルのスキルが無くても設計が可能なものを作ろうとしている。開発のプロフェッショナルが集まれば専門家など不要だと上の人達は判断した。


「だがそれでもうまくいかなかった。真心さんが言うには、このままだとプロジェクトが確実に失敗する程の致命的なミスがいくつもあるらしい」

「ひえっ、何それ怖いッス」

「つまりだ、大企業で実力があるって言ってもその程度なんだ。あるいは、実力がある人達ですらうまく扱えないのが俺達が携わっているものなのかもしれない」


 相手を貶めろとか、自信を持てと言っている訳では無い。


「他の現場を知ることで現実を知り、多くの学びがある。だから丑岡が外に興味を抱いているってのは良いことだが、決して想像した通りの現場ではないぞってことだ」


 それでも果たして丑岡はつくしと同じようなことをやってみたいと思うのだろうか。


「それならなおさら面白そうッス」

「へぇ……なら機会があれば次は丑岡を推薦してやろう」

「マジッスか!?」

「ああ、だが一つだけ条件がある」

「条件?」

「ケアレスミスを撲滅しろ。じゃなければ恥ずかしくて表になど出せん」

「う゛っ……が、頑張るッス」


 しつこく言い続けているからか、最近は大分ミスが減って来た。つくしが居ないのも良い影響が出ている。どうやら丑岡は無意識のうちに、つくしがミスを発見してくれるからセルフチェックが少し甘くても良いだろうって思っていた節があるからな。つくしが居ないことで逃げ道が無くなり本気でチェックするようになった。それでもまだ甘いので、これからもしつこく注意することになるだろうが。


「ということで、これから丑岡の仕様書レビューだ。楽しみだな」

「少し見直しさせて欲しいッス!」

「しょうがねぇなぁ」


 つまりこの話が無ければケアレスミスを排除しきれたか自信が無い状態のものを見せようとしていたってわけだ。やはり性根を叩き直さなきゃならんな。


「晴着さん」

「はい」

「頼む」

「はい」


 仕事なので阿吽の呼吸で伝え合うなんてのは良くないことなのだが、今回に限ってはこれで良い。


「今のなんスか!超怖いんスけど!」

「ふふふ」

「教えてくださいッス!」

「早く見直ししろ」

「くっ……嫌な予感がするッス……」


 何故ならば丑岡にプレッシャーをかけるために敢えて意味深な会話をしたからだ。


 丑岡は晴着さんが苦手だ。

 いや、正確には苦手では無いのだが、感情表現が薄い彼女の言葉に未だにプレッシャーを感じて動揺することがある。晴着さんもそのことに気付いていて部下との接し方をどうすれば良いかと悩んではいるのだが、敢えてその問題を使わせてもらった。


 つまり厳しくプレッシャーをかけて丑岡に頑張ってもらおうという作戦だ。その中で晴着さんがどういう時は不機嫌で、どういう時がノーマルなのかを今まで以上に理解してもらう。その結果ケアレスミスの回数も減ってくれれば御の字ってところ。


 この作戦を思いついた当初は晴着さんはやるかどうか悩んでいたが、流石に丑岡のミスの多さに辟易してきたのか、今はノリノリである。むしろ演技で怒った風を装ってプレッシャーをかけるなんてこともするかもしれない。パワハラにならないようになと注意はしたが、この二人の関係と性格ならば大丈夫だろう。


『今日のお帰りは何時ごろになりそうですか?』


 おっと、いつの間にかつくしからチャットが来ていた。


『今日はあまり遅くならないと思う。一緒に帰ろうか』

『はい!』


 自分にとっては必死に仕事をしていてこれ以上のペースアップは無理だと思っていても、まだ上を目指せるということを最近知った。


 家に帰って思わずつくしを抱き締めたあの日。


 それ以降、仕事が物凄い勢いで進むようになった。たまたまなのか、それともモチベーションが影響しているのか分からない。決して雑になったわけでもなく、作業の品質はこれまでと変わらない。


 そのかいあって深夜ギリギリまで作業するなんてことが無くなり、最寄り駅で待ち合わせて一緒に帰ることが出来るようになったんだ。


『後少し、お体にお気をつけて頑張ってくださいね』

『つくしもな。楽しすぎるからって無茶するなよ』

『それは難しいお話です』

『いいな~羨ましいな~』

『そちらは楽しくないのですか?』

『超楽しい』

『ですよね。お互い幸せですね』

『ああ』


 おっと危ない、このままだと私的チャットが延々と続いてしまう。

 仕事中に何やってるんだって話もあるが、仕事が進まず帰るのが遅くなってしまうという問題もある。


『もっと幸せになるために、がんばるぞ』

『おー』


 話に区切りをつけたのでこれで良しと。


 うし、さっさと終わらせて帰っていちゃつくか。

 もうすでにいちゃついているだなんてクレームは受け付けない。


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