第31話 つくしの居ない職場は少しだけ寂しいな
「炎上プロジェクトの火消しですか?」
「火消しなんて大層なものじゃないよ。専門職が居なくて設計が不十分だからフォローしてくれって話」
「なるほど。火元の特定、いや、隠れた火元の発見ってとこでしょうか」
「はは、上手いこと言うね。そんな感じ」
ある日の朝、課長から話があると呼び出されて聞かされたのは、親会社のとある大きなプロジェクトが遅延しまくっているという話だった。いわゆる炎上プロジェクトの一種なんだけど、炎上している部分に注力しすぎてそれ以外が疎かになり、しかもある内容については専門職がいないから正しいかどうか分からないという状況になっているそうだ。
その『ある内容』を活用して製品を作っているのが俺らであり、専門職として確認して貰えないかと依頼が来たそうだ。
重大インシデントと比べるとマシな内容だが、一番忙しい今のタイミングなのは困る。
「もしかして最初はプロジェクトに引き抜こうとしてきたんじゃないですか?」
「うん。もちろん断固として拒否した。そんな余裕無いからね」
「ですが確認するだけと言っても、ある程度は拘束されるのでしょう。キツイですよ」
難易度も規模もこれまでと比べて激増した開発をすると決まったため、人が足りなくて困っている。それなのに短期間とはいえ人が居なくなるのは厳しすぎる。
「今回は藤堂さんのところも開発に加わるでしょ」
「その分を除いても今まで以上に規模があるんですよ」
「分かってる。でも僕の見立てでは大丈夫だと思うけどね」
「…………はぁ、お願いですから引き留められたりしないでくださいよ」
「もちろんさ」
大きなお腹をポンと叩いて自信満々な南雲さん。
でも俺はその言葉を信じて無いし、南雲さんも信じられてないことを理解している。
決して南雲さんが悪い訳では無い。
ただ、会社の力関係上、どうしても親会社の意向には逆らえないからだ。
いざとなったら部長が何とかしてくれるし、部長に頼らなくても何とかする方法はあるだろう。だが、どちらにしろ解決までに無駄に時間がかかってしまう。
「念のためスケジュールはトラブル込みで考えて貰いたいけれど、今回の件に関してはそんなに心配しなくても良いと思うよ。君達が持って来た案件は社内でそれだけ重要視されてるからね」
「それならこんな話を持ってこないで欲しいんですけど」
「普通なら来ないさ。でも来たってことは相手が本気で困っているってこと」
「分かってはいるんですけどねぇ。せめてこっちの人を増やすとかして欲しいんですけど」
「会社としても増やしたいけど、最近ホントに人手不足で……使えない人や性格に問題ある人が来ても困るだろう?」
「はは、それなら居ない方がマシですね」
うちの部門は過去に派遣会社を使って人を増やしたことが何回かある。その時の人材があまりにも使えなくて普通以上に開発に時間がかかってしまったのがトラウマになり、それ以降人を増やすことに慎重になってしまっていた。
幸いにもうちのチームではその被害を受けていないが、同じフロアにいるため問題っぷりを良く知っている。他の部門では良い人が派遣されてくるらしいけど、どうしてうちばかり……
「それで、誰を連れて行く予定ですか?」
「僕と真心さんで行く」
「え!? よりによって真心さんですか!?」
誰が連れてかれても困るが、つくしを連れてかれるのは一番困る。
今回の開発で一番の成長が見込めるのはつくしだからだ。晴着さんと丑岡はすでに大分成長しているからな。
「彼女がいないと寂しいかな」
「冗談はやめてください。上流工程を経験させる良いチャンスだと思ってたんですよ」
「僕としては彼女が最優先で学ぶべきは技術だと思うけど、どうかな?」
「…………」
なるほど言われてみればそうかもしれない。
つくしに限らず新入社員に求めるものは何を差し置いても『技術』だ。プログラミングを始めとした様々な技術を基礎とし、そこから能力を広げていくことが求められる。
この考えが今の時代に正しいかどうかという是非はあるだろう。プログラミングはAIに任せれば良いなんて話も出てきているからな。個人的にはそれが悪いとは思わず環境によるというのが答えだと思っているのだが、それはそれ。
社会人であるからには、会社の方針に従わなければならない。それならば俺が上司としてつくしにやらせるべきなのは『技術』を身に着けさせること。
今回のヘルプ依頼は、まさにその『技術』、あるいは『知識』を磨くのにうってつけな話だ。
「仰る通りですね。私は早急すぎました」
「真心さんは非常に高い能力があるから、そう感じてしまうのも仕方ないさ」
「でもせっかくの機会ですので、こちらの進捗も随時伝えようと思います。彼女であれば、それだけでも糧としてくれると思いますし、戻って来た時にすぐに戦力になってくれそうですから」
「うん。その辺りの裁量は任せるよ」
「はい」
ということで、つくしはしばらく別の場所で仕事をすることになった。
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「寂しそうッスね」
「そう思えるか?」
「全然思えないッス」
俺もびっくりだ。
少しはつくしが席に座っていないことを寂しく思うだろうと予想していたのだが、忙しすぎて全くそれどころじゃない。研究所の対応に、プロジェクト管理に、藤堂さんからの開発方法の相談に、仕様書の作成に……つくしのことを考えている余裕が無かった。
「丑岡、藤堂さんと俺のメールのやりとり、ちゃんと見てるか?」
「見てるッス」
「ならここからはお前に引き継ぐ。現場で細かい相談をするフェーズに入ったからな」
「分かったッス」
藤堂さんのところで若手に開発を経験させたいという要望があり、今回は開発をすることになった。人手が足りていないので助かったけれど、開発のやり方について細かいところで相談や調整が来る。大まかな所は俺と藤堂さんの間で決めたので、具体的な話は全部丑岡に任せてしまおう。向こうの若手と仲良くなりコネを作るという意味でも大事な作業だ。
「晴着さん、SaaSの資料の進捗はどう?」
「今日中に終わるかどうか微妙なところです。間に合いそうならレビュー入れます」
「了解。いつでも構わないので予定表に入れといて」
「遅くなったら真心さんに怒られてしまいます」
「はは、むしろ無理矢理早く帰ったらそっちの方が怒られちまうよ」
いつでも、というのは今日の夜遅くでも構わないという意味だ。
だがそれをやってしまったら、つくしを家で一人で待たせることになってしまうだろう。
別にそれを申し訳ないとは思わない。
つくしは俺がしっかりと仕事をして納得して帰ることの方を望むから。きっと俺がいないのを良いことに家事とか勉強してるだろうな。
さて、俺も自分の作業を……げ、面倒なメール来てる。
こりゃあしばらくは帰るの遅くなりそうだな。
「佐野さん」
「ん?まだ何かあったか?」
晴着さんとの話は終わったかと思って打ち切ってしまったが早計だったかな。
「そろそろ三時ですよ」
「…………うし、休憩すっか」
いつもはつくしがお茶を淹れてくれるから、自然と休憩する流れになっていた。でもつくしがいないと仕事を続けてしまうな。フロアには休憩の曲が流れているのに全く気付かなかった。
「真心さんのお茶がないと寂しいッス」
「だな」
「そんなこと言って、佐野さんは真心さんお手製ドリンクを持って来てるじゃないですか」
「やらんぞ」
「いらないッスよ」
「は?興味ないとか本気か?」
「うざいッス!超めんどいッス!」
よしよし、やっぱり空気を和らげるには丑岡弄りに限る。
丑岡も声を出して少しスッキリした顔になっている。
「美味いな」
保温ボトルに入っていたのは、少し薄めのスポーツドリンクだった。かなり頭を使って体が糖分を欲しているのか、美味しくてグビグビ飲んでしまう。
「ちゃんとお礼を言うッスよ」
「誰に物を言っている。当然だろ」
丑岡に言われて気付くようじゃ男として終わりだ。
そうならないようにこれからも気をつけよう。
社内チャットツールを起動し、つくしにドリンクの感想とお礼を軽く伝えるか。
するとウィンドウを開いた瞬間、先につくしからメッセージが来た。
『お疲れ様です。もう少し頑張りましょうね』
おいおいマジかよ。
まるで俺がつくしにメッセージを送ろうとしていることが分かっているかのような絶妙なタイミングじゃないか。
偶然って普通なら考えるけど、つくしの場合は本当に分かってそうだ。
休憩時間が少し過ぎてからメッセージが来たのも、俺達が休憩を忘れそうになるだろうってことを予測されてた気がするし。
「どうかしたッスか?」
「いや、やっぱり少し寂しいなって思っただけだ」
「惚気ッス」
「おうよ、惚気だ」
よし、もうひと踏ん張り頑張るか。
遅くなっても家で先に帰ったつくしが待っていてくれる。そう思うだけで、どんな仕事でもこなしてみせるって気になるな。
嘘です、やっぱり理不尽なのは止めてください。




