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尽くしたがりのつくしさん  作者: マノイ


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第14話 心も体もぽっかぽか

「つくし強すぎじゃないか?」

「ふふん。得意ですから」


 ARテニスからの鰻ときて、午後はビリヤード。

 今のところ五分の成績だが、手加減されている気がする。


「学生の頃にハマった時期があって上手くなった気でいたが、ブランクでこんなに下手になってるとはなぁ」

「私も同じなので、ブランクの差ですかね」


 だが全盛期に勝負したとして、果たして勝てるだろうか。

 なんとなくだが、それほどの実力差を感じる。


「尚哉さんは学生時代、どんなことして遊んでたんですか?」

「ん? そうだな。ビリヤードにカラオケに……」


 つくしがデートで何故ビリヤードを選んだのか。

 その理由をなんとなく察している。


 恐らくだが、ゆっくりと身体を動かしながら話が出来ること。


 俺達が一番楽しいこと。

 それは間違いなく『会話』だ。


 話題が尽きることは無く、些細な話題で延々と話し続ける。

 その時間がとても心地良い。


 それなら素直にカフェで良いんじゃないかって思うよな。

 確かにそれでも良いと思う。


 だが話をするだけなら普段もやっている。お昼と夜に、日常的に会話している。デートの時の会話というのはまたそれらとは違うというのは分かっているが、それでもカフェで話をしているだけだといつもの俺達っぽさになってしまう。


 せっかくだから特別感が欲しい。

 かといって特別すぎて空回りするのも嫌なので日常の延長線上の特別感くらいで構わない。


 そう思っている俺の気持ちを察して、少し捻ったデートコースを考えたに違いない。


「それで尚哉さんは……あ、私の番ですね」


 気付いたら話に夢中になっていてゲームの進行が疎かになってしまう。そういうまったり感もたまらない。


 つくしはキューを手にして、ボールに狙いを定める。


「…………」


 ビリヤードの打ち方というものをご存じだろうか。


 細かい話は抜きにして、基本的には上半身を前に倒す姿勢になる。それはつまり、腰を後ろに突き出す姿勢ということでもある。


「…………」


 つくしは毎回そのポーズのままじっくりと狙いを定める。

 だがそれは本当に狙いを定めているのだろうか。


「つ、つくし?」


 あまりにも動かないから不安になって声をかけると、つくしはようやくボールを突く。するとそれは面白いように見事にバウンドし、狙いのボールを全部落とした。


「やった。やりました」


 うん、凄い凄い。

 でも絶対わざとやってるよね。何をとは明言しないけど。


 こんな感じで午後のデートはまったりと進み、雑談しながらビリヤードとダーツを堪能した。


--------


「うおお、美味そう」

「良い香りがしますね」


 隠れ家的な居酒屋の個室にて、俺達の目の前で大きな鍋がぐつぐつと音を立てている。


 基本的に室内デートではあったけれど、移動するために外を歩く必要がある。十二月も後半になろうかというこの時期、少しの外出だけでも体が冷えてしまいそうになり、鍋物が恋しくなる。


「しかしどうして牡蠣鍋なんだ?」

「もしかしてお嫌いでしたか?」

「いや大好きだ。でも鍋物で考えたら牡蠣の土手鍋は中々思い浮かばないだろ」

「はい。せっかくなので会社の飲み会では行かなそうなお店が良いかなって思って調べたら見つけたんです」

「なるほどな~」


 味噌の香りが食欲をそそり、お昼に鰻を食べて満足したはずのお腹を刺激する。


「はい、尚哉さん」

「サンキュ」


 今日はもちろん日本酒の熱燗。

 鍋だから冷酒でも良いかと思ったけれど、せっかくなので熱と熱で徹底的に温まってやる。

 

「つくしはカクテルなんだな」

「はい。烏龍ハイです」


 あれ、そういえばつくしっていつも何を飲んでたっけ?

 会社での飲み会ではビール……いや、烏龍茶飲んでるイメージしかないぞ。


「もしかしてお酒苦手だったりする?」

「そんなことないですよ」

「その割にはいつも飲んでない気がしてさ。まさか性格が変わっちゃうとかじゃないよな」

「くすくす。だとしたらどんな性格が良いですか?」

「そうだな~……今のままが良いや」

「嬉しいです」


 かいがいしく世話して甘えてくれる最高の女性に、一体どう変われと言えば良いのか。つくしは今のつくしが一番だ。


「なら今日は飲もうぜ。って言いたいけど、どのくらい飲めるんだ?」


 飲めるからって勧めすぎて無理なんかさせられないからな。


「そうですね……尚哉さんにお付き合いするくらいは飲めると思いますよ」

「ほう、言ったな」

「言いましたね」

「なら今日は店の酒が空になるまで飲むぞ!」

「はい!」


 一度は言ってみたかったセリフだ。

 ちなみに俺はあんまり量は飲めない方なので冗談である。


「そうだ。もし良かったらだが……」

「どうしました?」

「何で俺、こんなことで今さら照れてるんだ。いや、その、つくしもコレ飲まないか?」

「日本酒ですか?」

「もちろん好きじゃなかったら良いんだが」

「いえ大好きです。頂きます!」

「お、おう、そうか」


 なら良かった。

 店員さんを呼んでおちょこを貰おう。


「でも尚哉さん。どうして日本酒を勧めるだけで照れたんですか?」


 流石につくしでもその理由は分からないか。


「落ち着いた雰囲気の中で日本酒を女性に注いでもらって、俺が注ぎ返して、一緒に静かに飲むのが夢だったんだ。なんか子供っぽい夢かなって思って恥ずかしくなった」


 騒がしい飲み会の中で雑に空のグラスを埋め合うのではなく、二人だけの空気を作って酒を嗜んでみたかった。そういうシーンに憧れていた。


「くすくすくすくす」

「やっぱりおかしいかな」

「ううん。とっても可愛いです」

「かわ!?あ、あはは、そうか、可愛いか」


 なら良いか。男にとって女性に可愛いって言って貰えるのは恥なんかじゃない。勲章だからな。


「ということで」

「はい」


 店員さんがおちょこを持ってきてくれたので、今度は俺が徳利から注ぐ。

 そして二人でおちょこを手にして晩餐開始の合図をしよう。


「おつか…………」


 いや待てよ。

 確かに少しは疲れているけれど、お疲れ様だとネガティブな感じがしないか?

 反射的にいつも通りの合図をしようと思ったけど、せっかくだから言葉を変えてみることにした。


「今日はありがとう」

「ありがとうございます」


 軽くおちょこを上げるだけ。合わせることもせずに静かにその上の液体を口に含んだ。


「くぅ~~~~!効くぅ!」

「はふぅ」


 少し辛めでアツアツの日本酒が喉を焼き、猛烈な熱が一気に体中に染み渡る感じがして最の高だ。


「よし食べよう!」

「はい!」


 つくしが颯爽と菜箸やお玉を手にしてよそってくれる。


「どうぞ」

「サンキュ。美味そう」


 つくしは俺の分と自分の分を同時によそっていたようで、つくしの分を待つ時間は無かった。


「いただきます」

「いただきます」


 まずはスープを一口。

 味噌の塩気の強い香りが鼻孔をくすぐり、魚介と野菜から出たであろう濃厚な出汁が口の中を蹂躙する。


 美味い。


 このスープが染み込んだ野菜が気になり白菜を口にしてみた。


「はふっ、はふはふっ」


 あまりの熱さにすぐには噛めないが、熱さに慣れてくると噛むたびにスープがじゅわりじゅわりと飛び出して来る。当然のことだが、スープ単体で飲んだ時よりも白菜の味わいが強い。

 

「牡蠣は……これか」


 火が通ったことで小さく縮こまった牡蠣は、生のものより頼りなさそうに見える。だがこの小さな体に猛烈な旨味のパワーが詰まっていることを俺は知っている。それにこの最強スープが染み込んだとなればどうなるかなど分かりきっている。


「美味い!」


 脳内食レポなんてしている場合ではない。今すぐに日本酒を合わせねば。


「うまああああい!」


 日本酒を選んで大正解だった。味噌と海の超濃厚な旨味達を、どっしりとした辛さが受け止めてくれる。


「とっても美味しいです」


 つくしも夢中になって食べ進めている。


 おっとこのままでは昼飯の二の舞だ。

 いやそれでも良いんだけど、せっかく居酒屋に来たのに鍋だけってのは無いよなぁ。


「つくし」

「はい。お任せください」


 今日は全部つくしが選んで注文するつもりなのかな。

 特にこれが食べたいってのがあるわけでもないし、つくしセレクトには信頼しか無いから任せよう。


「この店も当たりだな。このマグロにとろろかけたのとか、超美味い」

「鰹や鯖のお刺身も脂がのってて美味しいですね」

「牛の赤身ステーキも柔らかいしソースが良い」


 お酒がどんどん進んでしまうぜ。


「尚哉さん」

「つくし」


 呼んだだけ、うふふ、ではなく日本酒を注ぎあう。


 ほんのり頬を赤く染め、幸せそうに微笑んでいるのは恐らくお互い様。

 美味しい物を食べて、楽しく会話して、なんて幸せな一時なのだろうか。


 デートがこんなにも楽しいものだなんて知らなかった。




「うう~寒……くないな」

「ですね」


 忘年会シーズンのこの時期、居酒屋には時間制限があり追い出された。外は寒いかと思いきや、鍋と熱燗のコンボで温まった身体は、寒さをほとんど感じなかった。


「予定だとこれで終わりになってたけど、どうする? まだ飲むか?」

「予定通りにしようかなって思います」

「そっか」


 まだ夜は長いため次の店で飲もうかと提案したのだが、つくしは今日は帰るそうだ。もう少しこの幸せな時間が続けば良いなと思っていたので少し残念だが、家まで送って欲しいとお願いされたのでアディショナルタイムを堪能させてもらうとしよう。


 電車に乗り、つくしが住むマンションの最寄り駅で降り、静かな住宅街を歩く。

 それまでずっと話し続けて盛り上がっていたが、ふと、話題の切れ目で会話が途切れた。


「…………」

「…………」


 つくしとの会話は楽しい。

 しかし沈黙もまた心地良い。


 俺は足を止め、恋人繋ぎをしていた手を離してつくしと向かい合う。


「今日は本当にありがとな」

「私からもありがとうございます」


 何が、なんて無粋なことは今さら言わない。

 心が通じ合っているというのは、こんなにも心地良いものなのか。


「つくし、好きだ」

「私も尚哉さんが好きです」


 月と街灯が生み出した二つの影が、そっと重なった。

準備完了(意味深

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