第13話 う~ま~い~ぞおおおおおおおお!
「くっそおおおお!負けたああああ!」
「やりました!」
大の字になって床に横になる俺と、勝利のVサインで喜ぶつくし。
「後少しだったんだがなぁ」
ゴーグルを外しながら起き上がると、つくしもゴーグルを外しながら俺に近づいてきた。
「お疲れ様です、尚哉さん」
「お疲れ」
差し出された手を握り立ち上がる。
柔らかくてとても気持ち良い。
「それにしても想像以上に疲れたな」
「ですね」
「そして想像以上に楽しかった」
「ですね!」
更には想像以上にエロかった。
いや別に卑猥なことをしたわけじゃないぞ。スパッツ姿のつくしが刺激的だったって話。
俺達がやってきたのはARゲーム体験施設。
その中でバーチャルテニスというものをやってみた。
ゴーグルをかけると仮想のコートとボールが見えて、特殊なラケットを使って打ち合うゲームだ。単なるテニスじゃなくて、ラケットについているボタンを操作することで現実では不可能な特殊技を放てるところがすげぇ面白かった。
でも疲れた。
ゲームを始める前はつくしの健康的な姿に見惚れてたんだが、いつの間にか必死に走っていてそれどころじゃなくなってたもん。
「どうぞ」
「サンキュ」
つくしからスポドリのペットボトルを受け取り、一気に半分程度飲み干した。
一番飲みたいと思ったタイミングで、一番飲みたいと思った種類のドリンクを渡して来るのは流石つくしだと思わざるを得ない。
「ぷはー!最っ高!」
疲れた体に糖分やら水分やら大切な何かが染みわたり至福の気分だ。
これが夜だったらビールなんだがな。
「はい」
「いただきます」
残りをつくしに返すと、俺とは違って少しずつ飲んだ。
間接キスじゃないかって?
学生じゃあるまいし、この歳でそんなこと気にするかよ。
嘘です気にします。
というか、したいなと思ったから残して渡した。こういう邪で隠したい気持ちも、素直に表現することに決めたんだ。つくしならきっとそうする方が喜んでくれるだろうから。
「美味しいです」
「そ、そうか」
照れさせたいとは思ったが、照れた顔でストレートに喜ばれると、こっちが恥ずかしくなってくる。ずるいなぁ、俺が喜ぶ反応しかしないんだから。
「良い感じに腹が減って来たな。飯に行こうぜ」
「はい」
それにここのARゲームは人気だから後ろが詰まっている。
終わったなら早く撤収すべきだろう。
ちなみに着替えるまでの間につくしは俺と腕を組むことは無かった。
流石に汗をかいた身体を密着させるのは恥ずかしいからだろうなって思ったけど、つくしなら俺が喜ぶからって恥ずかしくてもやりそうな気がする。多分、俺が勘弁してくれって思ったのを察したからだろうな。だってそんなことやられたら盛ってしまいそうだもん。まだ普通にデートを楽しみたいからそういうのは無しだ。
「そういえば、どうしてARゲームを選んだんだ? 俺って会社でこういうのが好きって話をしたことないよな」
移動中、気になったことを聞いてみた。
つくしは俺の腕で暖を取りながら、上目遣いで答えてくれる。
その体勢で良く真っすぐ歩けるな。
「男の人ってこういうのが好きなんでしょ?」
「ぶはっ!」
やばいツボに嵌まった。
そういうネタ大好き。
「ふ、ふふっ、そりゃあ好きだけどさ」
「くすくす。身体を動かすのが嫌いじゃなさそうだから選んだだけですよ」
「そうなの?」
「はい。もしダメそうなら他の場所を選ぶつもりでした」
それもそっか。
デートプランを聞いてきたんだから、その時の俺の反応を察して違う場所に変更するチャンスはあったんだな。
「つくしのことだから、全部知られてるのかと思った」
「そんなことないです。だからもっと教えてくださいね」
「ああ」
「やった。これでたくさん尚哉さんに尽くせます」
「つくしだけに?」
「つくしだけに」
「ふふ」
「くすくす。男の人ってこういうのが好きなんでしょ?」
「ぶはっ!天丼はずるい!」
こりゃあしばらくはこのネタで笑わされそうだな。
「あ、あそこです」
そうこうしているうちに、昼飯の店に着いたようだ。
裏通りにある小綺麗な和風建築で、何処となく高級感が漂っている。
「ぬおお、良い香りがするなぁ」
「うう、お腹が鳴っちゃいます……」
外まで漂ってくる暴力的なまでの美味そうな香り。それだけで白米を食べられるのではと思えるくらいに濃厚なソレを嗅がされては、早く入るしかないだろう。
「いらっしゃいませー」
予約してあったので待たされること無く店員さんに席に案内される。
店内は満席で賑わっていて、皆良い笑顔で料理を味わっていた。
「つくしはもう決めてるのか?」
「はい。尚哉さんは?」
「もちろん決めてある。久しぶりに食べるから楽しみで、何回もネットでメニューを確認しちゃったよ」
「くすくす、私も似たようなものです」
店員さんがお冷を持って来たので、その場ですぐに注文した。
「改めてつくしって凄いよな」
「いきなりどうしたんですか?」
「だってデートでここを選ぶなんてこと、俺は全く思いつかなかったもん」
「そうなんですか?」
もちろんそれは俺がこのデートをお試しのようなものと思い込んでいたから定番の店しか候補にあげられなかったのだが、もし今から新しくデートプランを考えるとして、果たしてここを思いついただろうか。
いや無理だろうな。
「なんでだろ。デートだから値段は気にしないって思ってるのは間違いないのに、ピンとこなさすぎる。馴染みが無いからかな」
「尚哉さんは優しいから、高すぎるお店は相手が気にするかもって思っちゃうんじゃないですかね」
「昔だったらそうだったけど、つくしには遠慮しないって決めてるからなぁ」
「…………」
「どうした?」
「…………やっぱり尚哉さんの方がずるいです」
「??」
しまった。
考え事をしながら話していたから、つくしが何を喜んでいるのか分からん。
「おっ、来たんじゃないか?」
店員さんがこっちに来るのが視界に入った。
お盆に乗っているのも俺達が注文したやつっぽいし、間違いないな。
「お待たせしました。うな重の松と竹です」
そう、俺達が入った店は鰻の店。
社会人だからこそできる豪遊デート。
まぁ豪遊って程に高い店じゃないけどな。
「うおお、うまそおおおお」
「早く食べましょう!」
つくしも今は俺よりも料理に夢中。
そりゃあ鰻好きがうな重を前にしたらこうなるよな。
「頂きます」
「頂きます」
まずは山椒無しで。
たっぷりのタレでテカっている鰻の上から箸をそっと押し付けると、殆ど抵抗無く沈み込む。そのまま思いっきりご飯を切るように底まで沈ませ、掬うように一気に持ち上げる。
いくぞ。
箸の上の御馳走を思いっきり口の中に放り込む。
「はふっ、はふはふっ」
炊き立てのご飯がとても熱く、口の中が熱気で充満する。しかしその熱気にはあま~いタレと脂が合わさった香りが混じっていて、早く噛め早く噛めと催促してくる。
どうにか熱に慣れたらすぐさま全力で咀嚼しようとするが、一回噛むごとにふわっふわな鰻からとろけるような脂が染み出し、濃いタレと共にご飯と混ざってまろやかな旨味へと変化する。
「美味い!」
「美味しいです!」
こりゃたまらん。
デートだから落ち着いてゆっくり食べる、なんて出来る訳が無い。
「はふっ、はふはふ」
「はふふっ」
俺もつくしも夢中になってうな重を食べ続ける。山椒をかけて味変し、香りを楽しみ、最後にお吸い物を堪能するまで会話はゼロだ。それほどにこの店の鰻は美味しかった。大当たりの店だな。
「つくし、ありがとう。ここに誘ってくれてマジでありがとう」
「私もここまで美味しいなんて思わなかったです」
「どこで知ったんだ?」
「昔バイトしてた時に、上司の方がここが美味しいって話してたんです」
「なるほどなぁ。その人に感謝だ」
「はい」
デートでのご飯なんて、悪い印象を与えないようにとか、会話が途切れないようにとか、いつもそんなことばかり考えていた気がする。こんな風に素直に美味しく食べることも出来るんだな。
楽しい。
デートが楽しい。
つくしと一緒の時間を過ごすのが幸せだ。
「ああ……美味しかったぁ……」
そしてきっとつくしも、幸せだと思ってくれている。
こんな日々がずっと続くのであれば、きっと俺はそう遠くないうちに……
最近ウナギ食べてないから食べたくなってきた




