第12話 身が焦がれるような恋愛を
デート当日。
待ち合わせ場所は大型ショッピングモールの一角。椅子が多く置かれている吹き抜けの休憩所で、三階まで届くほどに高い観葉植物が置かれている。
「ここで待ち合わせするのは考えたこと無かったなぁ」
俺にとってショッピングモールはデートで向かう先であって、待ち合わせに使うような場所では無かった。
「でもこの時期なら最高の場所だ。流石真心さん」
真冬の寒い中、外で待ち合わせをするというのは風情があるかもしれないが、風邪をひいてしまうかもしれない。その点、温かいショッピングモールの中であれば、どれだけ待たされても大丈夫。いや、遅刻するなんて思っては無いけどな。
相手の体調を気遣うとても良い待ち合わせ場所だと感心した。
そんなことを考えていたら、真心さんが時間通りに到着した。
「佐野さん、お待たせしました」
「全然待ってな……い……」
「どうしました?」
ゆるふわ白ニットにグレーのチュールスカート。ブラウンの小さなバッグや少しもこっとしている靴が全体のバランスを程よく整えている。
大人らしい落ち着いた清楚な装いが、あまりにも似合っていた。
「いや、想像の百倍可愛くてドキドキしてる」
「くすくす。ありがとうございます。佐野さんはいつも通り格好良いですよ」
「あ、ずるい。俺もそっちの方が良かったかも」
俺の言い方だと、可愛さに差があるように聞こえてしまう。
いつも最高に可愛いって言われた方が嬉しいだろう。いや、待てよ。
「あれ? 女性の場合はむしろ正解だったのかな?」
デートのために普段よりも可愛くして来たのに、変化が無いと言われたら不満だろう。いつも最高に可愛いけど、更に可愛くなったって表現が正しい気がする。
「くすくす。佐野さんが感じたことを素直に言って下さいね」
「…………だな」
もし俺が真心さんを喜ばせるために思ってもないことを言っていたら、きっと彼女はがっかりしていただろう。だから反射的に出た言葉が最も正しいに違いない。
「しかし凄いな」
「何がでしょうか?」
「真心さんの私服姿って、毎日見ているようなものじゃないか。でもデート用の服に変わるだけで、同じ私服でもここまで印象変わるんだなって思って」
会社での真心さんの服装は、というより女性陣の服装はスーツでは無くビジネスカジュアルに則った落ち着いた服装だ。ビジネスカジュアルといっても堅苦しい感じでは無いため、ほぼ私服といっても差し支えないもの。今日のデート服だって『落ち着いた感じの私服』という点では同じなのに、格段に今日の方が可愛く感じられる。
「それなら私はもっと驚いてます」
「何でだ?」
「だっていつも佐野さんのスーツ姿しか見てませんでしたから。私服姿がこんなに格好良いなんてズルイです」
「…………完敗だ」
俺の私服なんて、それこそ会社でも通じる単なるビジネスカジュアル的なものだ。ジャケットとスラックスをベースとした、それほど凝ってないシンプルなもの。大人のデートだとこんなもんかなと思って選んだのだが、そんなに褒められるとこそばゆい。
「私達戦ってたんですか?」
「そうだ。どっちが相手を最高に褒められるかって戦いさ」
「それなら私の方が完敗です。嬉しすぎてドキドキが止まりません」
「何を言うか、俺だってドキドキ具合なら負けないぞ」
「いいえ。間違いなく私の方がドキドキしてます」
「悪いがそれだけは譲れない。胸が爆発しそうな程にドキドキしてるからな」
「そんな!それじゃあ病院に行かないと!」
「…………」
「…………」
「ぷっ」
「あはは」
ああ、いい。
とてもいい。
何が良いって、自然に言葉が出てくるところ。
俺の言いたいことを察してくれて、冗談だって分かったなら全力でノってくれる。
まだ待ち合わせただけだというのに、こんなにも幸福感で一杯だ。
「そろそろ行くか?」
「はい」
今回のデートでショッピングモールにはもう用はない。
コートを着て目的の場所へと歩いて移動する。
「行きましょう。佐野さん」
「!?」
並んで歩き出そうと思った瞬間、真心さんが腕を組んで来た。分厚いコートのおかげで感触は分からないが、もし薄手の服装だったらふくよかな胸の柔らかさを堪能できるくらいにしっかりと。
「どうしました?」
俺が歩き出そうとしないことに、真心さんが不思議そうにしている。
だっていきなりこんな大胆なことをやってくるとは思わなかったから。
俺達はまだ初デートで、今日はお互いのことを知る……………………
俺は馬鹿だ。
大馬鹿だ。
そうじゃないだろ。
このデートはそういうものじゃない。
部長から紹介されて付き合うことになった。好きになったからではなくお見合いのような形。
付き合ってからまだ間もなく、恋人らしい事はほとんどしていない。
もう良い大人なので、落ち着いた大人の恋愛をしなければならない。
頭の中のどこかで、無意識にそんなことを思っていた。
大人のデートをしなければならない、そんな制約があるのだと思い込んでいた。
今日のデートは本当の恋人になるためのステップであって、恋人になったとしても節度を守った落ち着いた恋愛をしなければならない。
誰にそう言われた訳でも無いのに、どういうわけかそういうものだと理解していた。
だが真心さんは違う。
理由は未だに分からないが、彼女は本気で俺を慕い、本気で俺を愛そうとしてくれている。
このデートは仲を深めるためなんてものではなく、愛する人と共に楽しい時間を過ごすためのもの。
「はっ、はは、はははは!」
「佐野さん?」
「いや、ごめん。あまりにも自分が情けなくてさ」
「佐野さんは立派な男性ですよ?」
「ああ、そうだ。そうだった。そのことを忘れるところだった」
大人だから落ち着け?
もう激しい恋愛をするような歳では無い?
そんなのクソ喰らえだ。
俺は真心さんのことを気に入っている。
いや、それも違う。
真心さんが欲しい。
あの日、マフラーを首にかけてくれた時から、俺の心の中にはすでに真心さんに対する熱情が宿っていた。
だが大人ならばそれをコントロールし、落ち着いて見せなければならないと抑え込んでいた。
つまり大人ぶっていたんだ。
「素直な気持ちで、良いんだよな」
「はい」
真心さんはそれを望んでいる。
彼女の想いを素直に受け取り、素直に喜び、素直に欲しがる。
今になって思い出した。
恋とは制御できないから恋なんだ。
いいぜ、やってやろうじゃないか。
歳とか大人とか、もうそんなものはどうでも良い。
俺はやると決めたんだ。
身が焦がれるような恋愛を。
「あっ」
右腕に絡まれた真心さんの左腕。
俺はそれを強引に動かして、組んだまま恋人繋ぎをする。
「つくし、行こうか」
「はい、尚哉さん!」
本物の恋愛が、今はじまった。
サブタイトルが日本語的に変に感じるかもしれませんが、なんとなくこうしてみました




