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尽くしたがりのつくしさん  作者: マノイ


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第10話 忘年会と次のステップ

「かんぱーい!」


 乾杯の合図と共にグラスを掲げ、近くの人とぶつけ合う。

 今年も終わりに近づき、忘年会の日が来た。


「真心さん、お疲れ」

「佐野さんも、お疲れさまでした」


 俺の隣に真心さんが座り、空のグラスにビールを注いでくれる。


「丑岡、良く見ておけよ。ビールってのはこうやって注ぐんだ」

「なんでそんなに上手なんスか!?」

「見るべきは泡の量だけじゃないぞ。ビンのラベルを上にして注いでいる。これも常識な」

「そんなクソマナー滅べば良いッス!」


 俺もそう思う。

 常識云々はただの冗談だ。


「お前が新人の時の忘年会は酷かったからな。格安チェーン店を選ぼうとするし、ビールを注ぐと零すし、偉い人にタメ口で話そうとするし」

「そんな昔のことは言わないで下さいッス」

「同じこと晴着さんの目を見て言える?」


 晴着さんは丑岡の隣に座り、チビチビと梅酒を飲んでいる。相変わらず自分から話しかけることはしないが、頬が緩んでいるので楽しんでいるのだろう。


「申し訳ございませんッスた!」

「今だから言うけど、ぶん殴りたくなる時があった」

「ひえっ」


 尻拭いを全部晴着さんがやってくれたからな。年末は個人的な事情で忙しいのに、余計な仕事が増えたって良く愚痴ってた。


「でも真心さんと比べるのは酷いッス! 俺じゃなくても勝てないッスよ!」

「確かにそうかもな。こんな静かで飯が美味い店がこの辺りにあるだなんて知らなかった」


 忘年会シーズンの居酒屋は大抵が満員御礼で騒がしいものだ。でもここは客層が良いのか、満席ではあるけれど程よく静かで会話がしやすい。


「私だけじゃなくて同期のお力です」

「俺の時は同期居なかったッスからね……」


 うちの事業部の忘年会は部単位で行われる。

 そしてうちの部長は三つの課を管理しているため、それぞれの課に配属された新人が協力して忘年会をセッティングするのが毎年の決まり事となっていた。


 でも俺が見ていた感じ、真心さんが一番作業していた気がするし、やっぱり真心さんの成果なのでは。本人は絶対に認めないだろうけど。


「ん、丑岡のグラス空だな。飲むか?」

「もらうッス」


 大きな飲み会の席では丑岡は面倒だからビールばかり飲むと決めているらしい。


「うし、どうだ見事だろ」

「…………」

「丑岡?」


 真心さんに負けず劣らず綺麗に注げたと得意げになっていたら、丑岡が何か考え事をしていた。


「今気付いたッスけど、真心さんって佐野さん以外にはビール注がないんスね」

「おいおい、うちはそういう堅苦しいの無いだろ」


 新人は上司のビールを注がなくてはならないとか、上司から注がれたら飲まなければならないとか、芸を見せなければならないとか、そんな面倒なルールはうちにはない。上下関係は気にせず、近くの人同士で注ぎ合う。そして気の合う人同士で固まってまったり雑談する。飲み会なんてそんな気楽な感じで良いんだよ。


「そうなんスけど、真心さんなら自分からそうしそうだなって気がしたッス」

「言われてみればそうかもな」


 気が利く彼女ならば喜んで精一杯お世話しそうな気がする。


「私は佐野さんに喜んでもらいたいので」

「…………」

「うわ~、あつあつッスね。鍋が沸騰しちゃいそうッス」

「弄るならもっと上手く弄れ」


 ちなみに今日のメニューのメインはもつ鍋だ。

 もつの脂がトロットロに溶けていてとても美味い。もちろん真心さんが全部よそってくれるから俺は食べるだけ。


「うぃ~飲んでるか~」

「お邪魔するよ」

「部長、南雲さん」


 二人は偉い人組で固まって話をしていたのだが、話に一区切りついたのかこっちにやってきた。


「部長、完全に出来上がってますね」

「そりゃあ今年はめでたいことがあったからな!」

「業績良さそうですもんね」

「そんなのどうだって良い。それよりお前とつくしがくっついたことがめっっっっちゃ嬉しいんだよ!」

「あはは、ありがとうございます」


 よほど真心さんのことが心配だったんだな。

 こんなに喜んでくれると、真心さんを大切にしなきゃって気持ちがもっと強くなる。


「あれ? 部長って真心さんのこと名前で呼んでましたっけ?」

「そういえば初めて聞いた気がするッス」


 おっと課長が余計なことに気付きそうだぞ。


 部長と真心さんが親戚なのは秘密にしている。身内だから贔屓しているんじゃないかって思われるかもしれないからだ。もちろん丑岡達ではなく、部長を敵視している外部の人達に。そういう炎上の可能性があっても真心さんをうちの部に入れたのは、それだけ彼女の事を心配してたってことなのだろう。

 もちろん誰も口外することは無いだろうが、無意識でポロっと漏らしてしまうことは誰にもあるので知らせてない。


「そんなことより課長、例の彼女のこと教えてくださいよ」

「そうッス!それが聞きたかったッス!」

「私も知りたいです!」

「聞かせて下さい」

「何だ何だ。そんな話聞いてないぞ」


 よし、誤魔化すのに成功した。

 南雲さんには悪いが盾になってもらおう。


 なんて思った俺が浅はかだった。


「あ、あはは、そういえば部長、最近旦那さんとはどんな感じですか?」

「あ!」

「卑怯ッス!」

「なんてことを……」

「皆さんどうしたのですか?」


 ああそうか、真心さんは知らないのか。

 俺達の飲み会にたった一つだけ、やってはならないルールがあるということを。


「すぐに分かるよ」

「??」


 ただでさえ赤い部長の顔が、さらに真っ赤に染まって行く。


「聞いちゃう?それ聞いちゃう?」


 そこから始まったのは、永遠に終わらないノロケ話。

 飲み会で部長に旦那さんの話を振ると、飲み会が終わるまで延々と話し続け、俺達はそれを聞き続けなければならなくなってしまう。


「それでどうなったんですか!?」


 最初の頃は興味津々で聞いていた真心さん。


「…………そ、それで、どうなったんですか?」


 同じ話の三回目が始まった時には、流石の彼女も頬をひくつかせていた。


 南雲さんめ、自分が追求から逃れるためにこんな卑劣なテロ行為をするだなんて。見損ないましたよ。


 こうなったら酔い潰すしかない。部長のグラスが空にならないように随時注ぎ続ける。ずっと話している部長は喉が渇き酒を飲む。そんなに酒が強くない部長は話せなくなってダウンする。この状況を察している旦那さんが外で待っていて忘年会後に回収する。


 いつもの流れである。


「うしおか~聞いてるのか~?」

「き、聞いてるッス!」


 ついに絡み始めたか。

 こうなったら終わりが近い。


 最後は南雲さんに責任取って介抱してもら……あ、いつの間にか逃げてやがる。なんて卑怯なんだ。こうなったら正月休みのお土産でカロリー爆弾のかりんとう饅頭を大量に貢いで腹にダメージを与えてやる。


「なら復唱して……いや、鞄見せろ」

「え?」

「お前の鞄見せろって言ってるんだよ。かーばーんー!」

「何でッスか!? いくら部長の命令でも嫌ッスよ!」

「なんだとぉ!? まさか見せられないものが入ってるんじゃないだろうな!」

「見せられないものって何ッスか!?」

「そんなの決まってるだろ!業務用PCだ!」

「は?」


 いきなり何を言っているのかと戸惑い硬直する丑岡。

 だがその反応が、後ろめたいことがバレて焦っていると酔った部長に勘違いされてしまったらしい。


「鞄出せ」

「ひえっ! なんでいきなり真顔になってるんスか!」

「いいから出せ」

「佐野さん助けて下さいッス!」

「出せって言ってるだろ」

「佐野さんまでええええ!?」


 お前はあの地獄を知らないから、拒否しようだなんて思うのだろう。

 甘いな。甘すぎる。


「やっぱりお前持ってきやがったな!ぶっ殺してやる!」

「ひいいいい!持って来てる訳ないじゃないッスか!助けて佐野さん!」

「それがお前の最後の言葉で良いんだな」

「ひいいいい!いつもと違って目がマジッス!誰か助けてッス!」


 許さん!

 そこになおれ!

 成敗してくれる!


「くすくす、佐野さんがこんなに酔っている姿、初めて見ました」

「真心さんが絶妙なタイミングで注ぐから、つい飲んじゃったのかも」

「だとすると次から気をつけないといけませんね」


 真心さんと晴着さんが何かを話していたような気がするけれど、あんまり覚えてなかった。


--------


「んー風が冷たくて気持ち良いな!」


 いつもより酔いが回ってたけれど、少し抜けた気がする。


「うう……酷い目にあったッス」

「丑岡?どうした?」

「いや、なんでもないッス。それより二次会に行くッス!」


 二次会は自由参加なので、例年はここで参加者が半分以下に減り、しかもグループが分かれることになる。部長は旦那さんに引き取られ、南雲さんは颯爽と帰ったので、行くとなるといつもの四人で行くことになるだろう。


「今日はダメ」

「どうしてッスか?」

「佐野さんと真心さんを二人にしてあげないと」

「あ、そうッスね!」


 おっと、晴着さんが気を利かせてくれたぞ。


 二次会は俺と真心さんの二人っきり。

 まだ二人だけで飲んだこと無いし、せっかくの申し出なんだからありがたく受け取りたいとは思うが……


 真心さんの顔を見ると、笑顔で頷いてくれた。


「いや、四人で行こう」

「良いのですか?」

「もちろんだ。開発も無事に終わりそうだし、今日はこのメンバーでぱーっと騒ぎたい気分だからな」


 彼女は大事だが、こいつらとの関係も大事だ。

 俺はどちらも蔑ろにしたくはない。


「でも佐野さん。真心さんと付き合い出してから、デートもしていないんじゃないですか?」


 そりゃあ今まで仕事が一番忙しいタイミングだったからな。

 無理矢理時間を作れなくはなかったかもしれないが、真心さんは自分のために俺が無理しすぎるのを嫌がるタイプだ。だから仕事が落ち着くのを待っていた。


「なんだ気にしてたのか。じゃあ真心さん、来週の土曜日にデートしようか」

「はい!」


 明日、と言わないのは、女性には準備期間が必要だって分かっているから。

 嘘です。俺の心の準備時間が必要だから。


「ということで今日は三人で遊ぼうぜ」

「ナチュラルに俺を外さないで下さいッス!」

「三人と一匹で遊ぼうぜ」

「ペット扱いッスか!?」


 なんて丑岡を弄りながら思う。


 どうやら真心さんとの恋愛が次のステップに進む時が来たんだな、と。

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