脳内お花畑王子に婚約破棄されました。私にはネコがいるので問題ないですが
──春の舞踏会。
王国の社交界でもっとも華やかで、人々の視線が集まる場で、私は思いがけない言葉を浴びせられた。
「エリザベート。 君との婚約は今日をもって破棄する。そして今日からリリアーナを迎え入れようぞ!」
堂々と宣言するのは、この国の第一王子アルフォンス殿下。金糸の髪を光らせ、隣に立つ男爵令嬢リリアーナの手を握っている。
「……殿下?」
私の声は震えていた。何が起こったのか理解が追いつかない。
人々のざわめき、冷ややかな視線、くすくすと忍び笑う音。
殿下は誇らしげに続ける。
「君は冷たく、優しさが足りない。婚約者として相応しくない! だが、リリアーナは違う。彼女は純粋で、慈悲深く、民を愛している。僕は彼女と共に未来を築く!」
──あぁ、この人は本当に脳内がお花畑なのだ、とそのとき私は理解した。
証拠も根拠もなく、ただ甘い言葉に酔い、彼女を理想の聖女に仕立て上げている。
私は深く息を吸い、頭を下げた。
「……承知しました。殿下のご判断に従います」
それだけを告げて、私は舞踏会場を後にした。
──人生が音を立てて崩れていくのを、実感しながら。
屋敷へ戻る馬車の中、私はようやく涙を流した。
誇り高くあろうとしたけれど、心は張り裂けそうだった。
婚約者を失うことより、信じてきた時間を「なかったこと」にされた悔しさが胸を刺す。
けれど、玄関で待っていた存在が私を救ってくれた。
「ミルク……」
白い毛並みの猫が、にゃあと鳴いて足元にすり寄ってくる。
幼い頃に拾い、大切に育ててきた私の宝物。
私は彼を抱き上げ、胸に顔を埋めた。
「私には、あなたがいるものね……」
ふわりとした温かさと、柔らかな喉の音が、壊れかけた心を少しずつ繋ぎ合わせてくれる。
婚約破棄の噂は瞬く間に広まった。
「冷酷令嬢エリザベート」と陰口を叩かれ、社交界から距離を置かれるようになった。
だが、不思議と絶望は長く続かなかった。
日々を共にするミルクの存在があったからだ。
朝は一緒に庭を散歩し、昼下がりは膝の上で丸くなる。
夜は本を読む私の横で眠りにつく。
そんな小さな幸福が積み重なり、私は次第に自分を取り戻していった。
「人の評価なんて、どうでもいいわ。私には大事な家族がいる」
そう思えるようになった頃、私は屋敷の一角を開放して、怪我をした猫や捨てられた猫を保護する活動を始めた。
不思議と協力してくれる人も現れ、気づけば屋敷は「猫の楽園」と呼ばれるようになっていた。
ある日、懐かしい顔が門を叩いた。
──アルフォンス殿下だった。
彼の顔には疲れと苛立ちが滲んでいる。
「エリザベート、助けてくれ。リリアーナは……民からの信頼を失った。君がいなければ王国は……」
彼女は「慈悲深い聖女」などではなく、ただ甘やかされたいだけの少女だったらしい。贅沢と怠慢が露見し、人々は失望したのだ。
私は静かに答えた。
「殿下、私はもう過去を振り返りません。どうかご自身の選んだ道を歩まれてください」
ミルクが私の足元でにゃあと鳴いた。まるで「もう用はない」と告げるように。
殿下は言葉を失い、やがて背を向けて去っていった。
季節はめぐり、猫たちに囲まれた生活はますます充実していった。
保護活動は街の人々に喜ばれ、私自身も多くの仲間を得た。
時折、夜空を見上げると昔の痛みを思い出すこともある。
けれど、膝の上のミルクが小さく喉を鳴らすたび、胸の奥に静かな幸せが満ちていく。
「……ありがとう、ミルク。あなたがいてくれるから、私は立ち直れたのよ」
猫の瞳はまっすぐに私を見つめ返し、やがて目を細めて眠りに落ちる。
その穏やかな寝顔を眺めながら、私は未来に怯えることなく笑った。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
脳内お花畑王子に振り回された主人公ですが……結局、一番大事なのは自分の幸せを掴むこと。
猫と一緒なら、王子なんていなくても大丈夫ですし、むしろいない方が幸せかもしれませんね。
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一ノ瀬和葉