素敵な出会いを求めたいだけなのに、ことごとく勇者に邪魔されるのでいい加減限界です。なので、勇者パーティから抜け出すための理由として私は魔王軍に入ります
「なんでなんだよ……なんで俺たちを裏切ったんだ!!!セシリア!」
なんで?? そんなの決まってる。
「私の……出会いを邪魔するからに決まってるじゃない!!」
魔王城の玉座の間で、私は勇者が来るのを待っていた。
魔王の配下の数名は全身ボロボロの状態で勇者を追ってきたのだろう。見るに堪えない姿で殺意を勇者パーティに向け、睨んでいる。
勇者パーティが背中を向けてるのに攻撃しないのは、実力差があり過ぎるのを悟ってるのだろう。
様子を伺っているように見えた。
魔王の配下の息の根を止めなかったのは、無駄な殺生を好まないのが勇者パーティだ。これも優しさなのだろうが相手側からしたら屈辱的だろう。
向かったところで無駄死になるのを理解しているため、威嚇するしかない。
殺伐とした雰囲気が私まで伝わってきて顔を引き締める。
勇者のライリーは、玉座に座ってる魔王をそっちのけで真っ先に元勇者パーティメンバーである私に声をかけたのだ。
魔王の隣に立っていたからか、魔王が私を冷めた目で一瞬見てきたことは気付かなかったことにしとこう。
さて、何故私が魔王軍に入った(?)理由を話しましょうか。
私、セシリア・ブラウンは魔王を倒すための勇者パーティーメンバーの一人だった。
国王が選りすぐりのメンバーを揃え、聖剣を神木から抜いた少年を勇者兼リーダーにして構成された。
私自身、勇者パーティーのメンバーに選ばれ、少しだけ報酬が上がったのは嬉しく思う。だけどね、私だって恋がしたい年頃でもある。
十四歳になれば成人を迎え、結婚も出来る。なのに……私はもう二十歳。
まずいでしょ!! このままだと人や魔物達にバカにされるわ。
そんな人生は嫌! だから、自分の将来が不安になり魔王討伐の間に恋活していたのよ。
勇者パーティーメンバーの男性陣は、同僚のようなものだから恋愛対象じゃないのよね。
二人しか男性は居ないけど。
問題なのは、勇者よ。私の恋活をことごとく邪魔をする。
私がことあることに愚痴りに言っている居酒屋の店主に相談したところ。
舌打ちした後、呆れたように「惚気は他をあたれって毎回言ってるだろ。独身な俺に対する嫌味かよ」と言われてしまった……。
真剣な悩みだったのに、少しぐらい話に耳を傾けてもいいじゃない。と内心毒づく。
私は、ライリーが邪魔してきて困ってる話しかしてなかったのに。なんで……?
次に冒険者同士の男性と女性が出会いを求めるために設けた飲み会(親睦会みたいなもの)の席にやっと参加出来たと思って、メンバー(特に勇者)には内緒だったはずなのに、何故かバレてて受付途中だったのに強引に連れ戻された時は発狂してしまった。
私がどんだけ苦労したと思ってんのよ。出会いの場なんてそうそうないし、仲のいい受付のお姉さんに勇者パーティーメンバーの私物をこっそりと渡してやっとの思いで参加を許してくれたのよ。
元々、勇者パーティーメンバーは、誰もが憧れる職種。メンバーにはファンも存在するーーするのだが、私には誰ひとりとしてファンはついてない。
いや、ファンはいた。最初のうちは。
だけど、おかしな事に私に話しかけてくる男性は皆、話の途中から段々と青ざめて、最終的にははぐらかされたり、話を中断してどこかに走り去ったりーーそんな奇妙なことが続き、今では好意的に話しかけてくれる人は勇者パーティーメンバーぐらい。
……私そんなに怖いのかな。
腰まであるピンクベージュの髪を後ろで束ね、瞳がグレーで、ツリ目というよりも少しタレ目。
メイクだって薄めにしてある。何が原因なんだろうってなると、やっぱり力の差なのかな。
勇者パーティーに加入する前は、仲のいい冒険者仲間と依頼をこなしていた。
でもモンスター討伐はいつも私が先頭に立ち、気が付くと私一人でモンスターを倒しちゃう。
良く言われた言葉なんて、「頼りになる」「お前が入れば安心だな」だった。
今思えば、少しだけか弱いふりをしても良かった気がしてきて、後悔中。
私って、考えるよりも体を動かすのが好きだし、手加減というものをよく知らない。
そんな可愛げがない女、嫁の貰い手なんて居ないのはわかってる。けど、希望を捨てたくない。
恋がしたいし、最終的には結婚も視野に入れていきたい。
だから、私の恋活の邪魔をする勇者……ライリーを私の視界から消えさせたい。
だったら私が姿を眩ませば良いだけの話になってくるかもしれないが、ライリーを甘く見ないほうが良いというのを身をもって知った。
以前、嫌気が差して姿を眩ました日があった。
だけどその三日後のこと、飲まず食わずで更には寝てない状態のまま探されて私は見つかってしまった。
あの時は、他のメンバーたちが泣きながら必死に頼んできたので、渋々とパーティーに再び加わった。
勇者であるライリーは私を見つけた安心からなのか、ぐっすりと眠ってた。
その次の日は何事もなかったように普通にしてるのが癪に障る。ライリーの考えてる事は分からない。
国王に頼んで勇者パーティーから脱退志願したとしてもライリーが黙ってないだろう。
ーーなんて、
自意識過剰なことを考えてしまう私は、自分に酔っているのかもしれない。
それほどまでにライリーは私のことを良く気にかけてくれるんだ。
気にかけるほど、私は弱くないと思うのに……ものすごく心配性で困ってしまう。
ライリーがいる限り、私には恋人が出来ないのかも知れないという危機感にも襲われる。
私は世界の平和よりも自分の欲を優先した結果、魔王軍に入ることにした。
追い出される覚悟で魔王城まで来たのに、魔王は寛大な心(鬱陶しそうに)で私を出向いただけじゃなく、敵視する所か歓迎(魔王は拒んだがアリシアが勘違いした)された。
勇者を亡きもの(帰るように説得した)にするならば魔王軍に(自分の都合の良いように解釈した)入れてくれると約束してくれたのよ!
そして今、その約束を果たすべく、勇者パーティーメンバーを魔王城の玉座の間で待っていた。
魔王からは何回か「帰れ」だの「いい加減にしてくれ」だの「痴話喧嘩は他でやれ、巻き込むな」と、言われたけどもそれはきっと、『気が済むまで思う存分、暴れていい。勇者を倒してくれ』ということに違いないわ。
きっとそうよ。痴話喧嘩という言葉も聞こえたけど、聞き間違いに違いない。
だって、勇者とは恋仲じゃないしね。
「アリシアさん、見損ないましたよ」
十代前半の少女はリスのようなまん丸としたブルーの瞳で私を睨んだ。
前衛にいる勇者の後ろにいる少女は、美しい見た目と性格から人々に『聖女』と崇められている。
薄紅色のローブをまとい、膝ぐらいまであるスカートからは黒のタイツが見え、焦げ茶色の革ミニブーツ。
肩まであるブロンドヘヤの髪は前下がりになっておりウェーブでくびれのようなシルエットは華奢な少女に華やかさを与えていた。
杖を強く握り、後ろに一歩下がる。
ーーそれは、
ルナが上級魔法を使う時の癖だ。
防御と回復魔法が得意なルナの上級魔法はメンバーを援護する魔法。
なので今使う魔法は大方予想はつく。
私は腰にある剣に手をかける。ぐっと足に力を入れる。
ほかの面々も戦闘態勢に入ろうとしていた時だ、玉座に座っている魔王が深いため息をした。
だが今はそんなことはどうでもいい。目の前にいる勇者をどうにかしなくてはいけないんだから。
勇者パーティーメンバーを包むように大きな魔法陣が床に現れる。
ーーまずい
そう思って、地を強く蹴り駆け出した。
ルナは仲間を守るのが役割だから攻撃は出来ない。でも、彼女の援護はとても厄介だ。
パーティー構成を崩すには、真っ先にルナを戦闘不能にした方がいい。
剣を鞘から抜く。風属性の星の結晶をまとったロングソードをルナ目掛けて何かを切るように横に振る。
魔力があるが魔法として外に出すことが苦手な私にとって星の結晶というアイテムは優秀だった。
まだルナの元にはあと二十メートルの距離。でも、星の結晶を通して、ロングソードに自分の不安定な魔力を注ぎ込めば、剣本体が魔法陣となる。
一振りによって放たれた風の魔法は刃となってルナを狙う。
殺しはしない。元とはいえ、仲間だったから。軽く傷をつけて威嚇するだけよ。
だから、手加減をした。
「アリシア!!!!?」
ルナの前で剣を構えていたライリーは迷うことなく私の攻撃を受け止める。
ーーその瞬間、
風の魔法と剣がぶつかった衝撃が外に向かって弾き飛ばすかのように風が吹き荒れた。
思わず吹き飛ばされそうになったので風が止むまで、走りを止め体制を持ち直す。
「っ!?」
ゾクリと、背筋から寒気が遅った。それは殺気だった。
風が程よくなるのを待ちきれなかった斧使いのアルフィーがいつの間にか近付いていて私に斧を振り上げていた。
気付くのが少し遅かった。逃げられない。
ならばーー受け止めるしかない。
ロングソードで斧を受け止める。だが、アルフィーは紅い瞳を細めて怪しく笑った。
余裕な表情に腹が立つ。
整った顔立ちに外ハネをしている銀髪を帯状の布で巻いていて、黒っぽい革の鎧を着用している。
人懐っこい性格と中性的な見た目から男女問わず色んな人に好かれている。
体格も良く、力が自慢のアルフィーは振り下ろした斧に力を込める。
女である私は、男の腕力には敵わない。斧が着々と私に向かってくるが、負けじと必死に押し戻そうとする。その攻防戦が続く。
「少しは手加減しろよ。ルナを殺す気かよ」
「私はちゃんと手加減してたもの、それに本気を出したところで前衛にいるアルフィーかライリーのどちらかが攻撃を止めてたでしょ」
アルフィーは呆れ気味に言うが、私自身、手加減はしていたつもりだ。ほんのちょっこっとだけ力を抜いたはず。……そう思うことにしよう。
私がいる床にヒビ割れが起きた。地面に叩きつけられそうな勢いでアルフィーは斧に力を込める。
その間に、風は完全に止み、ルナが詠唱し始めている。
「……お前、良いのか? このまま魔王に肩入れすれば反逆罪として街から追放どころか処刑される。ましてや人とは一生恋愛はできないと思うがな」
アルフィーが私に問いかける。キッとアルフィーを睨むが、少し動揺してしまった。
だって……、そこまで考えてなかったんだもの。
なにそれ!? 人とは恋愛出来ないの!!? 勇者を倒せば心置きなく恋愛を楽しめると思っていたのに。
「そ……そんなの、言われなくてもわかってるわ!!」
「その反応はわかってなかっただろ!!?」
人と恋愛出来ないのなら魔族を狙うか……。いやでも、私にそんな趣味は無いしなぁ。
斧に力を込められて押される度に床が悲鳴をあげている。
私ももうそろそろ限界だ。
ロングソードに込めていた力を一瞬抜いた。
私が力を抜いたことにより、アルフィーは一瞬だけバランスを崩した。
ーーその隙を見逃さなかった。
地を強く蹴り、アルフィーの背後に回った。
峰打ちをするつもりだったのだが、ライリーが私の左腕を掴み、後ろで押さえつけられる。
「ルナ!! 魔法を使うな。俺がなんとかする」
ライリーの言葉に驚いたルナは戸惑っていたが、意図を理解したのかルナは詠唱を止めた。
「良いの? ルナのサポートが無いと、私は倒せないんだよ」
「倒す? 馬鹿言え、俺はお前に傷一つ負わせたくないんだ」
「甘いのね。そんなんだから、裏切り者が出るのよ」
「お前の反抗的な態度はいつもの事だ」
「だ、誰のせいでこうなってると……!?」
剣を握っている右手は動かせるので、肘でライリーの脇腹を狙う。
だが、あっさりと躱かわされ、右手も掴まれる。
「お前の居場所は魔王軍じゃない。俺らのパーティーだ。戻ってこい」
「嫌だと言ったら?」
「そんなに世界平和よりも自分の恋が大切か?」
「……当たり前じゃない。ガキっぽいって笑っててもいいのよ。いい大人が情けないと。それでも、私は恋をしたい。平和はその次よ」
「お前を笑うかよ。嘲笑う人がいるなら、俺が許さない」
「なんでライリーが許さないのよ」
確かに孤児育ちだし、冒険者として活動した時期が同じで、勇者になる前はよく一緒にパーティーを組んでたとはいえ、そんなに執着される意味がわからない。
「アリシアが……好きなんだよ」
一瞬、周りの音が聞こえなくなり、ライリーの声がよく聞こえた。
「…………は?」
開いた口が塞がらないとはこのことなのだろうか。
ライリーが私を好き??
笑えない冗談だ。そもそもこの状況でよくそんないい加減なことが言えるものだ。
「好きなら、応援するものでしょ。いくらなんでもその嘘は酷いわ」
「……違う、そうじゃない。悪い虫に取られないように目を光らせてたのに、まさかこんなことになるとは思ってもみなかった」
「虫って……虫は嫌いよ。ライリーも知ってるじゃない。虫系のモンスターが現れると失神することぐらいには」
私は大の虫嫌い。いつもは前衛で戦ってるけど虫となると後衛に回る。近付いただけでも気絶してしまうんだ。
勇者パーティーに加入する前は、虫系魔物が出ないような依頼を集中的に狙ってたから私が虫嫌いということをしっているのは勇者パーティーメンバーぐらいだろう。
虫嫌いなのを知ってて、虫の話題を出すだなんて、やっぱり嫌がらせをしてるんだわ。
勇者パーティーだけじゃなく、色んな人を裏切ってしまったわけだから、そのぐらいの嫌がらせは可愛い方なのかも。
「そうじゃなくてだな。俺は、アリシアを一人の女性として好きなんだよ!! どこにも行ってほしくない。……だから、戻ってこい!! 俺の傍から離れないでくれ」
ドクンッと胸が高鳴る。
ライリーは私よりも一つ年下でお酒が弱くて、口下手だし、乙女心がわかってないし……少しだけ頼りないところがあるけど、努力家で仲間想いな一面もある。
そう、仲間想いなのだ。だから、私を一人の女性として見ているとはとても思えないし、それは無いと思った。
でも、好きって言われて、複雑な気持ちなのに胸の高鳴りが早くなる。
「……バカ」
その高鳴りを隠すように悪態をつく。
ライリーの力が弱まり、起き上がると自由になった手を胸に持ってくる。
さっきまで掴まれていた手首を優しく触る。
突然の告白で頭がついていけない。
そもそもずっと私を嫌っているものとばかり思ってたもの。
ドキッとしたのは、乙女のようにときめいたとかじゃなく、仲間として友情を感じたからだ。
断じて、ライリーを異性として見てしまったとかでは無い。
ーーそんなの絶対に有り得ない。
私よりも背が低い異性は無理だもの。頬に熱が帯びてるのも今日がいつもよりも暑いからだ。
「話は終わったか?」
かなり低めな声が響き、すっかりと存在を忘れてしまっていた人物に気付いた。
「お前ら……もう許さぬぞ」
ーーやばい。すっかりと忘れてた。
そう思ったのはきっと私だけでは無い。戦闘に夢中になっていた皆が忘れていたことだろう。
だけど不思議なことに声は怒っているのに、殺気は感じない。
そんな違和感は、私しか気付いていないのだろう。ライリーに腕を引っ張られた。
「逃げるぞ」
「え!? ちょっ……」
「ルナ、頼むぞ」
「もうやってますよ!」
ライリーに引っ張られるままに走り出し、ルナの傍を通り過ぎる。
ルナは詠唱を唱え終わると屋敷内だというのに霧が発生した。
霧で魔王の姿が見えなくなる瞬間、微かに笑ってるように見えた。
魔王には、なんだかんだ愚痴に付き合って貰ったりしてた。
敵だというのに、面倒見がいいというか……。
……そんな優しい方が人の敵なのか、世の中は理不尽だな。
〈おまけ〉
「やっと出てってくれた」
勇者パーティーメンバーが逃げるのを見届けた後、ぐったりと玉座に座り直す。
悪夢はやっと去ったことに安堵した。何が楽しくて人間の女のくだらない話を聞かなくてはならないのか。
悲しそうにするものだから殺せなかった。何よりも、アリシアは亡き妹に瓜二つなのだ。
殺せるはずがない。
けれど痴話喧嘩に我を巻き込むのが腹ただしい。
しかもよりによって幹部たちは出払っており、低魔族しか居ない時に来られたものだから、内心焦っていた。
最低限の被害で済むように、低魔族にはなるべく勇者パーティーとの戦闘は避けるように。
背中を向けてたとしても絶対に攻撃を仕掛けるなと伝えてある。
そのおかげで、ボロボロな魔族はいるが、死人は出なかった。
勇者パーティーは、無駄な争いはしない奴らだ。
でもこれで、しばらくは来ないだろうと思ってた次の日だ。
朝食を食べていたら、いきなりアリシアが来たのだ。
しかも手には若干血に染まったロングソードが……。
殺してはいないんだろうが、怪我の度合いで戦略が大きく変わる。
アリシアは、手加減というものを知らない。虫の息になっている部下が絶対にいるーー殺されてないことが奇跡だ。
……もう勘弁してくれ。
「聞いてよ!! 魔王! ライリーがね」
「帰れ!!」