14
ゴーンゴーン…と鐘が鳴り響く教会に、真っ白なタキシード姿のクライヴ。向かい合うのは、純白のドレスを身に纏った……私?
「ロティ、一生貴女を愛すること誓います」
「私も…愛することを誓います」
頬を染め、照れながらも誓いの言葉を口にする。ゲスト席からは祝福の拍手が降り注ぐ。
「それでは、誓いのキスを」
神父の言葉で、見つめ合う二人。ゆっくりとクライヴの顔が近づき、ドキドキと胸が高鳴る。
そして、唇が触れそうになった時──
「うわぁぁぁぁぁ!!」
叫び声をあげながら、シャルロットは飛び起きた。
ハアハアと荒い息を吐きながら辺りを見渡した。そこは、教会ではない見慣れた自分の部屋。
「…夢…?」
悪夢にも程があると、未だに高鳴る胸を押さえながら呟いた。
「どうしました?怖い夢でも見ましたか?」
ふと、かけられた声に横を見れば、上半身裸のクライヴが肘をつきながら寝転がっていた。
「・・・・」
人間、驚きすぎると声も出なければ思考も停止するんだなって初めて知った。
「おはよう、ロティ」
時間が止まったように動かなくなったシャルロットの額に軽くキスをする。
まるで恋人のような振る舞いに、まだ夢を見ているのかと錯覚してしまいそうになる。
「えぇ~…一応お聞きしますが、何故お兄様が私のベッドに?」
「愚問ですね」
ようやく頭が働き始めたのでクライヴに問いかけるが、鼻で笑われた。
同じベッドで寝起きするのは今始まった事では無いので別に咎めることはしないし焦りもないが、服を脱ぐのはやめて頂きたい。
(寝起きの視界に、この人の色気は正直キツイ)
「確認ですけど、そのぉ……間違いはなかったですよね?」
モゴモゴと聞づらそうにしながら、シャツを羽織るクライヴの背中に問いかけた。
クライヴは一瞬目を見開いたが、すぐにニヤッと不敵な笑みを浮かべシャルロットに詰め寄ってきた。
「おや?何かあった方が良かったですか?」
「──ンなっ!」
その何かの意味を知らないほど子供じゃない。
顔を赤らめ、狼狽えるシャルロットを見て、クライヴはクスクスと笑った。
「手を出さなかったことを褒めて頂きたいですね」
誇らしげに言っているが、当たり前の事だからな?褒める褒めない云々の話じゃない。
「愛する人が隣で無防備に寝ているんですよ?生殺しもいい所です。どんな拷問より辛かったですね」
眉を下げ、困ったように微笑んでいる。
「今はまだ我慢しておきます。ただ、他の者に盗られるのはごめんですからね。これからは遠慮なく行きます。覚悟しておいて下さい」
獲物を捕らえる猛獣のように、鋭い目つきで宣言された。
***
「…おかしい」
シャルロットは机に肘をつきながら呟いた。
寝起きドッキリの後、何事も無かったように朝食を摂ったクライヴだったが、屋敷を出る際に「ロティ」と呼ばれた。
「はい?」
なんの疑いもなく、傍へ寄ると「チュッ」と頬にキスされた。
「行ってきます」と蕩けたような顔で屋敷を出て行くクライヴを、呆然とした顔で見送った。
周りにいた使用人達は見て見ぬフリを決め込んでいるのか、反応がない。逆にそれがいたたまれなくて、すぐに部屋へと駆け込んだ。
「やっぱり、おかしい」
二度目の呟き。
今まで糖度0の塩対応だった奴が、急に糖度を増すことなんてある?…もしかして、からかわれてる?
その可能性も無きにしも非ずだが、クライヴの表情を見れば、その可能性が限りなく薄い事が分かる。
「……もしかして、本当にもしかしてだけど」
──あの人は本気で私の事が…好き?
そう考えた瞬間、ボンッと顔が沸騰したように熱くなった。
「いや、待て待て待て待て待て!有り得ない!だって、あのお兄様よ!?嫌われる事はあっても好かれる要素がない!」
そうだ。いつだって私を見る目は冷たかった。『愛してる』なんて言っても、それは家族としての愛情に過ぎない。メンタルがやられて、変な感じで兄スイッチが入っておかしくなっているのだろう。
「うん。そうに違いない」
取ってつけたような理由だが、納得するには十分だった。
「あ~ぁ、若が可哀想」
「!?」
頭上から声が聞こえて、思わず見上げた。
「よいしょ」と言う声と共に、一人の男が現れた。見知らぬ男の登場に、シャルロットの警戒心は全開。
「誰?」
「そんなに警戒しなくて大丈夫だよ。俺は若…君の兄上の影として仕えてる者でセウっての」
「宜しくね」なんて、気軽に名を明かしているが、影の人物が軽々教えていいのか?と言う疑問が生まれる。
「因みに、君の部屋に勝手に入るとあの人怒るから、部屋に入ったのは勿論、俺と会ったってのは内緒にしてくれると助かるな」
人差し指を口元に当てて「シッ」と仕草で伝えてくる。
「…分かった。それで、その影さんがなんの用?」
これ以上、お前の事は聞かないから早く用件を言えと、嫌悪感を浮かべながら問いかけた。
「セウだよ。いやぁ、本当は黙ってても良かったんだけど、流石に若が可哀想に思えてね」
「何が?」
「ここからは単純にお節介だから、聴き逃してくれても構わない」
そう言われたが、聴き逃していいならわざわざ目の前に現れないだろう。
「確かに、あの人は不器用だから言葉も足りないし、素っ気ない態度を取ることが多いよ?だからこそ、その言葉に嘘偽りがない。それは君が一番分かる事じゃない?」
「………」
「ぶっちゃけ、若の気持ち分かってんだろ?それに気付かないフリして、誤魔化してるのは卑怯者だって言われても反論出来ないよねぇ?」
随分と分かったような口を聞く影だ。
セウが言っていることは間違いじゃない。頭のどこかで、ずっと考えて事だ。自分が卑怯者だと言われようと構わない。だって…
「心の整理が付かない!!」
叫びながら突っ伏した。かと思えば、勢いよく顔を上げてセウに突っかかる。
「いい!?今まで冴え冴えとした目で見られて、感情入っての!?って感じの物言いをされて来たのよ!?好きだから意地悪するなんて、子供のする事でしょ!?恋愛初心者じゃあるまいし」
一気に捲し立てるとセウは何やら言いずらそうに「あ~…」と視線を逸らして苦笑いを浮かべてる。
「え、ちょっと待ってよ。もしかして、お兄様って…」
嫌な予感がする。
「俺が知る限り、あの人が好意を持ったのは君が初めて。だね」
「まさかの初恋!」
愕然とその場に崩れ落ちた。
人の事言えた立場じゃないけど、多少は好意を持った人がいても良くない?あの容姿は張りぼてか?
「まあ、好意を持ったのが義妹ってのもあって葛藤もあったと思うよ?」
「聞きたくなかった…」
シャルロットは頭を抱えて呟いた。
「んじゃ、俺は行くね。ああそうそう、あの人、今まで何重にもかけていた鎖を外しちゃってるからね。まあ、理性は残ってると思うけど、気をつけて?」
「何に!?」
セウは窓から身を乗り出し、そのまま外へと出て行ってしまった。
「ねぇ!何に気を付けるの!?」窓の外に向けて叫ぶシャルロットだが、そこにセウの姿はなかった。