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 その頃、クライヴは仏頂面顔で国王であるエミディオの前で跪いていた。


「お前…その顔はないだろ?」

「何を仰っているのかわかりませんが、元よりこの顔です」


 男前が台無しだと言っているのに、表情を変えることはしない。エミディオは頭を抱えながら、何とか宥めようと声をかける。


「文句を言いたいのも分かるが、国同士でいざこざは起こしたくないのだ。分かってくれ」

「ほお?では、私の意見は鼻っから聞く気がないと…?」

「そうは言っておらんだろ!」


 国王相手でも一切怯むことなく睨みつけるクライヴに、もはや溜息も尽きた。

 (いち)言えば(じゅう)言い返してくる者を相手にするのは骨が折れる。


「お前の気持ちを尊重したいのは山々だが、今回の件の仕掛け人が誰なのか…知らんとは言わせんぞ」

「……」

「お前の義理の叔母であるリッツ夫人だ」


 分かってはいたが、いざ名を聞くと厭悪感が全身を駆け巡る。


「どうやら、噂は本当のようだな」

「…ええ、だいぶ焦りが見えてきました」


 噂と言うのは、ミランダの夫リッツ伯爵の事。


 伯爵はここ数年の業績が悪く、新たな事業を展開し、軌道修正を試みたが上手くいかず資金繰りに窮しているらしいというもの。

 使用人らの賃金も払えず、だいぶ困窮しているとセウからの報告があった。


 贅沢な暮らしに慣れ親しんだミランダが、そんな困窮した生活に耐えれるはずもなく、何とかこの窮地を脱したいと目論んだ。そして、出した答えが実弟の遺したヴァレンティンと言う地位と名誉を我々から奪う事。


 その為に、邪魔な兄妹(我々)を屋敷から追い出そうと縁談を持ちかている。何とも陳腐で愚かな事を…


「叔母の事を大切に思っているシャルロットには知られたくないんです。あんなのでも叔母には変わりありませんからね」

「相変わらず妹に甘いな」

「なんとでも言ってください。あの子を守る為なら何だってしますよ。兄としても、男としても…」


 決意表明するようにはっきりと言い切るクライヴを見て、エミディオは「ふっ」と笑みがこぼれた。


「さて─」とエミディオが口を開こうとしたその時


「クライヴ様ぁ」


 一人の女性がクライヴ目掛けて飛びついた。


「お会いしたかったですぅ」


 上目遣いでクライヴの胸に縋り付く女性…件の王女、リリアン・グリフィス。


「もぅ、わたくしずっと、ずぅと待っていたんですよ?」


 目を吊り上げ、頬を膨らませて怒ってます風を装っている。


 自分を可愛く見せようとしているのは分かるが、こうもあからさまだと逆に馬鹿っぽく見えて仕方ない。


(何だ、この女は…!)


 思わずクライヴの顔も引き攣る。今から()()を相手にしなければならないと言う、煩わしさと人の言葉が理解出来るのかという不安。


 ──とはいえ、どんな馬鹿でも一応は王女。無碍には出来ない。


「…リリアン王女。気安く男に触れるのは良くありませんよ?」


 引き攣る顔で笑顔を作り、それらしい事を言いながら身体を離そうとするが、腕に引っ付いて離れない。


「わたくしが触れるのはクライヴ様だけですわ。勿論、わたくしに触れていいのもクライヴ様だけ…」


 それどころか、頬を染めて恍惚とした表情を浮かべている。

 話にならないと、エミディオに助けを求めようとしたが『俺には無理だ』と言うかのように首を横に振っている。


「…チッ」


 舌打ちもしたくなる。


 こういう女は、こちらが下手(したて)に出れば出るだけ、調子に乗り安く勘違いし易い。更に、粘着質な傾向もあるとあれば、ここは早めに手を打っておきたい。


「リリアン王女」


 優しさを一切消し、冷たく軽蔑するような眼差しを向けながらリリアンを突き放した。


「─え?」


 まさか自分が突き放されるとは思わなかったのだろう。困惑した表情のまま固まっている。


「率直にお答えしますが、私には愛する者がいます」

「ですから、それがわたくし─」

「は、ご冗談を」


 目を輝かせて自分の存在を主張するが、クライヴは鼻で笑いながら一蹴した。


「いつ私が貴女を愛していると?……寝言は寝てから言えよ」


 凍てつくような鋭い視線を向けられ、リリアンはヒュッと息を飲んだ。

 エミディオが止めに入るだろうと思っての言葉だったが、声が掛からないところを見ると、好きにしていいと言うことなのだろう。

 まあ、止められたところで黙るつもりは無い。


「誰から何を聞かされたか知りませんが、貴女を愛することは未来永劫ありえません」

「わ、わたくしは王女よ?わたくしと一緒になれば国が手に入るのよ?」


 辛辣だと言われてもおかしくない言い回しで言われたリリアンだが、ここまで来て手ぶらで帰る訳には行かないと食い下がる。


「あの子の居ない国など興味がありません。王女だからなんです?自分中心に世界が回ってるとでも?随分、おめでたい頭をしているお姫様のようだ」


 ここまで馬鹿にされ、流石のリリアンも怒りの表情に変わってきた。


 ここまで言えば十分だろうと、クライヴはゆっくり息を吐いた。そのタイミングでエミディオが手を打ち、視線を自分に向けさせた。


「リリアン王女よ。クライヴの非礼は私が詫びよう。だが、そちらも土足で我が国に入って来た以上、身勝手な行動は控えて頂きたい」


 この場は国王であるエミディオの顔を立てろと言う事で何とか収まった。


 リリアンは悔しさを滲ませながら、側仕えの者に促され立ち去って行く。クライヴの方も、一礼してから持ち場へと戻って行った。


 ようやく静かになり、エミディオは玉座にもたれながら盛大な溜息を吐いた。


「…あの王女があそこまで言われて大人しく帰ると思うか?」


 隣に控えている宰相に訊ねた。


「いいえ。残念ながら、油に火を注いだようなものですね。何せ、酷い顔で睨みつけておりましたから」

「そうだよなぁ…」


 プライドも自意識も高い彼女にクライヴの言葉は逆効果だった。

 今頃、屈辱と羞恥心で腸が煮えくり返ってる頃だろう…


「何事もなければいいが…」

「あの様子で、何事もない方の方が不安になりますよ」

「そうだよなぁ」


 二人は顔を見合せて、疲れたように深く息を吐いた。




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