とある"会計責任者"の嘆き(または愚痴)
唐突に短編(空白改行込みで三千字をちょっと越えるくらい)を書いてみたくなったので、本編最序盤の裏側で起きた"小さな出来事"を執筆してみました。
手短な上に、駄文雑文の類とは思いますが、読んで頂けましたならば幸いに存じます。
(なお余談ですが、総執筆時間は就寝前のだいたい3時間を少し超えた(記し終えた時には日付が変わっていた)くらいでした……)
これは、ヤマト国の首都である"平安京"の宮中において、いつも溜息を吐くとある会計責任者の"ある日の"嘆きを記したモノである……
四月某日。
その日、私こと"増束はかり"(仮名)は、恐れ多くも"帝"から召し出されて、宮殿に参内していた。
帝からのお召しとあらば、参らない理由はない。
今の帝とは古くからの顔馴染みでもあり、三代目"碧月帝"として"高天原から"神下"した際に同行衆として選ばれた事に関しては実に名誉であると思った物だ。
ヤマトの地に着き、正式に帝となった"あの方"は、早速私にヤマトでの名乗りを下賜与えた。
こちらで暮らす上では、高天原での名乗りは伏せておくのが良いとされたからである。
どうやら、"真名"を狙った呪術攻撃が想定されたからだろう。
そうして、私は今、"増束はかり"という名を賜り、帝の個人資産や資金の運用面を担う"主計督"という役職に就いている。
ヤマトの地に降り立ちはや二十年を超えるが、その間無難に過ごすことが出来……出来たならば、どれほど素晴らしい事だっただろうか!?
そう、本日、帝からのお召し出しを受けて参内した理由さえ無ければ。
いや、コレに関しては一度や二度などと言うモノでは無かった。
そう、あの帝に対してもガサツな口の利き方をする"バカ娘"さえいなければ、どんなに心的圧迫を受けずに済んだ事だろうか……
「帝、増束はかり、お召しにより参上仕りました。本日はご機嫌麗しゅう御座います。」
「うむ、大義である主計督。……さて、本日召し出したる理由についてなのだが……」
「…………」
「…………ああっ。もう、堅苦しい挨拶は無しで良いわよね? 貴女と私の関係なんだし、肩肘張った事は抜きよ抜き!」
「ちょ!? ……み、帝。僭越ながら、唐突に素を晒すのはいかがなものかと。臣、心よりご諫言申し上げます。」
「ん〜、もう。はかり、貴女は私に仕えて何年経ってると思っているの?
そんじょそこらの近衛達より遥かに古くから仕えている訳だし、たまには昔みたいにわたしの相手をしなさい。これは命令よ。」
「なっ!? ……せ、僭越ながら"媛様"、今の貴女は帝なのですから、少しは御立場を考えて頂かないと、私を始めとする下々の者達が困ります。」
「だめ。今、この謁見の間には私と貴女しかいないわ。他の者は予め下がらせた訳だから、たまには……ね?」
やれ、実に困った事になった。上目遣いで迫り、斯様な事を宣われたのでは……。
こうなっては帝は一歩も引かないという事は、古くから仕えているからこそ解るのだ。
高天原の代表にして、ヤマト国の帝。
蒼の月の外国の言葉を借りると"二重帝国"という状態が、今のこの国の現状なのだが、その二重帝国の最高指導者にして、至高の位に座する御方が、一皮剥けば"やんちゃ"とか"じゃじゃ馬"とかいう言葉が当て嵌まる人物であると、かつての敵国に知られたら果たして我が国の国威は保てるのだろうか?
そんな事を考えても仕方ないので、早速召し出した理由を承る事にした。
その事を帝に振って、答えを待つ。
ここまではいつもの事なのであるが、この日この時、問題となったのは帝の口から出てきた「できれば聞きたくもない名前」を含む事案だった……
『あのね〜。実は"いづるちゃん"が九州の西の端に帰ったみたいなんだけど、その時にどうも変な事に巻き込まれて、至急資金が必要になったらしいのよ。
そこでなんだけど、貴女の権限で資金を少し出して貰えないかしら?』
……帝から告げられた話を聞き、私は頭が痛くなる思いで一杯になった。
よりにもよって、例のバカ娘……"東雲いづる"のやらかしの後始末をやれと言う指示だった。
しかも資金の拠出となると、明らかに何らかの物的損害が生じたに違いない。
この手の話は今に始まった事ではないが、特にここ数年は顕著な気がする。
私の主計督という役職は、帝の個人資産や資金の管理運用を担う関係上、特に帝からの召し出しを受ける機会が多い。
元々古馴染み的な存在だった媛様が帝と成られた関係から、その大任を任されたのだが……現状、あのバカ娘の尻拭いばかりじゃないか!
帝も帝だ。あのバカが高天原に現れた時、興味本位で接近し、あれやこれや起きた末、妹分の扱いをしだしたのだから、何と言えばよいのか。
確かに帝……媛様は"友"が欲しかったというのは察してはいた。だが、その結果がアレでは……。
現に媛様の方がバカ娘の影響を受けているように見える。
いやいや、あのバカ娘の養育係となった、かつての鬼の王達が揃いも揃って自由人過ぎるのが問題なのだ。
それでなくともあの者達、確か力を封じられたはずなのに、いつの間にか力を取り戻している。
この時点で理由が分からん。
そんな事を瞬時に考えている間も、帝が私から視線を逸らす事は無かった。
その視線、その瞳は一点の曇りもない、透き通った黒耀石の如き黒い瞳だ。その瞳で上目遣いなんぞされては、並の男共なら即沈だろう。
そういう意味では、私は女として生を受けて良かったのかも知れない……
『ねぇ〜、はかり〜。私からの大事なお願い、聞いて欲しいな〜。』
……そうは思っても、やはり帝の、この上目遣いには勝てぬ。
この方の凄さは、人の心の隙間に、まるで清らかな水が染み込むが如く入ってくることなのだ。
あのバカ娘ですら、これで手懐けたと言っても過言では無い。
放置すれば、高天原の歴史でも五指に入る危機的状況だった事案を解決したのは、紛れも無く媛様のこの懐の深さなのだ。
結局のところ、私は帝に屈した。だが、決して不快な思いを得た訳では無い。
帝には何の非もないのだ。
悪いのは、そんな帝を当てにして好き勝手やってるバカ娘の方なのだ。
しかもよりにもよって"あの媛"を連れ回している事で少し増長してないか?
いや、増えてるのは支出の方なのだ。
曲がりなりにも臣民からの"租税"と"国富"の一部を回しているとは言え、アレの傍若無人ぶりは如何ともし難い。
上目遣いで迫られ私が屈したあと、帝の話などから、バカ娘はどうやら以前"先代と当代の水の鬼の王"が立案した話に乗せられたらしい。
それが唯一の救いと言ったところか。
願わくば、これから先、帝の懐を痛めるような……そして、私の胃薬が増える事が無いようにしてもらいたいものだ!
だからこそ、敢えてこう叫ばせて貰うぞ!!
ー ま た お 前 の 仕 業 か 東 雲 ぇ !! ー
増束はかり、帝直属の主計督。
……であると同時に、東雲いづるの行動による間接的被害者の一人でもある。
願わくば、彼女の明日に幸あらんことを……
ー おわり ー