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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

降霊術と呪詛

作者: キキカサラ

「おい、あんた! 何してるんだ!!」


 プアアアァァァァァァァン!!!!!!

 ドンッ!! ……グチャァ…。


 つんざくような甲高い音に、咄嗟に耳を塞いだが、それよりも先に、不快な音を私の耳が拾ってしまった。

 それは、ホームドアをよじ登った人物と、そこに入ってきた電車との接触時に発せられた。

 ハンバーグをこねる時に聞こえる、挽き肉同士がくっついたり離れたりする粘り気のある音。同じような音だけど、私の耳が捕らえたのは、そんな食欲を刺激する、温かくプラスの感情を与えてくれるものではなく、不快で、冷たい手が心臓をつかんでくるような、マイナスの感情が支配する音。

 事実、私は背中に、暑さで出たものとは違う発汗を感じていた。早くこの場を離れたい。

 気持ち悪さと、言いようのない恐怖と不安で足がすくむ中、私は気持ちを落ち着かせようと深呼吸をする。


 ――早く…電車の先頭に急がなくては。誰よりも先に。


 ようやくできた、()()()()()()()()()()()

 重い足を必死に前に出し、走り出した。

 行く手には、突然のことで硬直している人々が、障害物のように立ちすくんでいる。私はそれらをかき分け前へ前へと足を進めた。

 もしかして自分は浮いているんじゃないかと思ってしまうくらい、地面を踏んでいる感覚がしない。興奮のためか、感覚がふわふわしている。

 やっとの思いで電車の先頭に辿り着く。たった電車一両(二十五メートル)ほどの距離なのに、まるで長距離を走ったみたいに息が上がる。心臓の鼓動がうるさく、耳鳴りがする。肺に上手く空気が供給されず、息苦しい。

 脳に酸素が回らず、頭に霞がかかった中、鞄からスマホを取り出し操作する。

 肩で息をしながら画面を開こうとするが、疲れか緊張か、指が思い通りに動かず、何度もパスワード入力に失敗する。

「君、危ないから下がりなさい」

 運転手だろうか、駅員が声をかけてくる。邪魔をしないで欲しい。

 無視して続けていると、やっとロックを解除することができた。急いでカメラを起動する。そして、レンズをマグロ(それ)に向け、シャッターを切った。


 そういえば、私がこんな非常識な行動をしているというのに、駅員は一度声をかけただけで、止めようともしない。

 違和感を覚え、私は画面から顔を上げると、振り返った。そして息を飲む。


 私に向けられる、スマホのカメラの数々。全員がスマホ越しにこちらを見ているさまは、異様の一言だった。

 慌てて顔を隠し、足早にその場を去る。

 距離を取って、先程の群衆を見やると、彼らはまだ、同じ方向にスマホを向けていた。つまり、撮っていたのは私ではなく遺体だったのだ。

「危ないので下がってください!」

 私にかけた言葉と同じものを、先程の駅員が群衆に叫ぶ。なるほど、私に声をかけたのが一度きりだったのは、それどころではなくなったからだったのね。


 常軌を逸している彼らの行動。私もさっきまで同じ行動をしていた。

 でも、私は条件を満たしているため、意味のある行動だった。しかし、彼らにはその資格がないだろう。

 ということは、遺体を撮影するのは興味からか、それとも…。

 私は、人間の気持ち悪い深淵を覗いた気がして、身震いをした。あんな人種にはなりたくない。



  ◇  ◆  ◇



 私はストーカー被害に遭っていた。

 相手は、合コンで知り合った男。名前を(しげる)と言った。

「や、やあ、奇遇だね」

 吃音のある話し方。話しかけてきたくせに、おどおどとした態度をする茂に、私は会うたびに苛々させられた。

 彼は私の行く先々で、偶然を装って話しかけてきた。そして、その時のことを口実に、夜に連絡してくるのだ。

 段々と頻度も多くなり、正直、精神的に参っていた。

「もう、話し掛けるの、やめてもらえますか?」

「え?」

 耐え切れなくなった私は、意を決し口を切った。

「あなたに興味はないので、もう連絡もしてこないでください」

「え…え?」

「じゃあ、さようなら」

 一方的にまくし立て、踵を返した。



 私の言う通り、その日を境に、茂からの連絡はなくなった。そして、話し掛けてくることもなくなった。

 だけど、悩みは解消されなかった。確かに言われたことは守っている。しかし、遠目から私のことを、じっと見ているのだ。その姿は、ドラマで見たストーカーそのものだった。

 実害はない。ただただ見ているだけだ。

 警察にも相談したが、執拗に連絡するわけでも、嫌がらせを受けているわけでもない。日常を平和に暮らせている以上、何もできないと言われた。

 逆に被害妄想ではないかと疑われたくらいだ。その言葉に、私も自分が見えている彼が、本当に実在するのか少し不安になった。

 でも、どちらだとしても、確実にストレスになっていた。その心労は、真綿で首を締めるように、徐々に私の精神を蝕んだ。



 そんな時、オカルト掲示板で面白い書き込みを見つけた。



 <新しい降霊術発見したった>



 その降霊術は、今まで噂で広まっていたような、複雑な準備は必要なかった。

 しかし、内容を読んだ途端、眉根をひそめるくらい不謹慎なものだった。


 この降霊術には二つの条件を満たす必要があった。

 一つは、対象が知り合いであること。

 もう一つは、亡くなった対象との知り合いの間で、最初に遺体の写真を撮ることだ。

 この条件を満たし、暗闇の中で、その写真を見る。


 非常に簡単な降霊術だ。()()()()()()()()()()()()()


 そのスレッドには、実際にやってみたという報告も数多く書き込まれていた。

 そして、それはどれも感謝の言葉で締められていた。


『大好きだったおじいちゃんに会えました。ありがとうございます』

『先日他界した猫と再び暮らし始めました。嬉しいです』

『もうできないと思っていたのに、また愛犬と散歩ができます。感謝しています』


 降霊術の検証をして、お礼を言っている状況は今まで見たことがなく、真実味を帯びていた。

 その時に閃いた。この降霊術を利用して、茂の付き纏いをやめさせることができるのではないか。



  ◇  ◆  ◇



『この前はごめんなさい。大事な話があります』

 家に着くと、私は茂にラインを送った。

 謝ることで警戒心を解き、大事な話という餌で、興味を引く。

「既読、はやっ」

 目論見通り直ぐに読まれた。その速さに、思わず嘲笑してしまう。

 これで、彼は私のラインに反応することが確認できた。後は行動を実行するだけだ。


 カーテンを閉めて、電気を消す。室内は暗闇に包まれた。

 隣から微かにテレビの音が漏れている。それがちょっと面白く、そして有難かった。

 これから降霊術という恐ろしいことをするのだ、少しでも雑音があると緊張がほぐれる。


 スマホをつけ、画像フォルダを開く。

 最新の画像に、それはある。小さな画像をタップし、画面全体に表示させる。

 そこに映し出されたのは、確かにあの時自分で撮った遺体だ。長い後ろ髪が顔に垂れ、目は力なく開き、血が体中に飛び散っている。血の気のない表情は、まるでマネキンのようで、どこか現実的でなく、気持ち悪さを感じることはなかった。

 ともあれ、これで降霊術は成されたはずである。


 ゆっくりと顔を上げる。

 直前までスマホの明るい画面を見ていたため、室内は真っ暗だ。でも、スマホの明かりで、薄っすらと室内が照らされる。

 室内を見回していく。特に変わったところは……あった。

 ベッドと対角線に位置する部屋の隅が、他よりも暗い。心なしか、人型になっている気がする。

 さすがに近寄るのは怖いので、目を凝らしてみてみる。


 ―――確かにいる。


 女が佇んでいる。電車に轢かれた女性だ。つまり、降霊術に成功したのだろう。

 彼女は恨めしそうな目で、こちらを睨んでいる。自ら命を絶ったくせに、私を恨むとは、どういう了見だろう。幽霊とは、身勝手なものだ。


 そんな身勝手な相手だ。この後、何をしてくるか分からない。もしかしたら、急に襲ってくるかもしれない。

 私は急いでラインを起動する。そして、茂のトークに遺体の写真を貼り付けた。


 直ぐに既読が付く。

 それを確認すると、自分のフォルダの画像を削除し、即座に茂をブロックした。ついでに電話も着信拒否にする。

 これで彼は私と直接連絡が取れなくなった。


 顔を上げ、先程女性が立っていた場所に目を向ける……いない。

 移動しただけかもしれないと思い、警戒しながら、部屋中に視線を這わせる……いない。

 警戒を解かずに立ち上がり、部屋の電気を点け、再度室内を確認する……いない。


 ほっと胸を撫で下ろす。これで、私の計画は完遂したはずだ。



  ◇  ◆  ◇



 茂の付き纏いはなくなった。

 幽霊のせいでノイローゼになったか、それとも取り殺されたか、どちらにしても、私の生活に平穏が戻ったのだ。

「職場の嫌いな同僚もいなくなったし、最近は、良いこと尽くしだわ」

 快晴の中、私は散歩をしながら伸びをした。気持ちのいい休日はいつぶりだろう。


 降霊術の後に行ったのは、同オカルト掲示板で見つけた、もう一つの書き込み内容だった。


 <心霊写真の呪いを人になすりつける方法>


 このスレッドも盛り上がっており、実行した人の結果報告も書いてあった。

 成功例が多く、私はこの呪詛を使ってみることにした。

 やり方は簡単だが、スマホ限定のものだった。

 スマホで撮れてしまった、霊障のある心霊写真を、誰かに送る。そして、相手が送った画像を見たことを確認したら、自分のスマホの画像を消す。これで、霊障ごと相手になすりつけることができる。

 相手が画像を見たことを確認するのに便利なのは、ラインの既読機能だった。何せ、見たことを知らせてくれるのだから、これを利用しない手はない。



 降霊術を行うことで、私の前に幽霊が姿を現すという霊障をわざと起こさせた。

 これにより、私の持っている遺体の写真は、()()()()()()()()()()()()()()()

 心霊写真になったことで、なすりつけの呪詛ができるわけだ。

 二つの儀式の合わせ技だったため、上手くいくか不安だったが、茂が現れなくなったのだから、成功したのだろう。

 いや、たとえ失敗していたとしても、茂が付き纏ってこないという事実に変わりはない。


「あら? 珍しい」

 ラインの通知には、久々の名前が表示されていた。茂が参加した合コンの幹事をした美絵(みえ)だ。合コン以来、連絡を取っていなかったので、少々驚いた。

『突然の連絡ごめんね。茂君が亡くなったらしくて、お母さんが、お葬式の日取りを伝えたいから連絡先教えたいって言うんだけど、教えていい?』

 そっか、茂は死んだんだ。取り殺されたのかな。

 思いがけない所からの、茂の現状の知らせに、私は満足した。それにしても、何で私がお葬式に呼ばれるのかしら。

『どうして私が呼ばれるの?』

 疑問だったので、素直に質問した。

『え? だって、奈美(なみ)と茂君って仲がいいって、茂君のお母さんが言ってたけど。違うの?』

 あぁ、茂が勝手に言っていたんでしょうね。本当に迷惑。

 茂が死んだ今、変に波風を立てたくない。茂の母親の話に合わせておくことが得策だろう。

『ごめん、そうだったわ。いいわよ教えて』

『じゃあ、連絡しておくね』

 しばらくして、登録していない連絡先から通知が入った。ユーザー名は「母」だった。

「凄い名前。きっと息子しか連絡相手がいなかったんでしょうね」

 嘲笑が出てしまう。息子が息子なら親も親だわ。

『連絡先を教えて頂き、ありがとうございます。先ず、奈美さんに渡したいものがあります』

 渡したいもの? 思い当たる節がない。

 しばらくして、画像が送られてきた。しかし、全体が暗い上に、ライン上だと小さくて何だか分からない。

 私はタップして画像を全画面表示にした。

「……っ!」

 声にならない声が漏れた。

 画像は、茂の首吊り写真だった。

『私はもっと茂と一緒にいたかったんですけど、息子の心からの頼みなので、別れは寂しいですが、あなたにお渡しします。末永く、茂と仲良くしてください』


 ――やられた!


 茂のお母さんにメッセージを送るが既読がつかない。おそらく、私がやったことと同じく、写真を返されないようにブロックしたのだろう。

 こうなったら、打つ手はない。さすがに、この首吊り写真を誰かに送るわけにはいかない。

 どうしようか考えていると、背後から視線を感じ、悪寒が走る。

私は恐る恐る振り返った。


 そこには電柱から顔を覗かせている、二人の影があった。

 一人は茂。もう一人は、轢死した女性。

 その様子に、私は天を仰いだ。空はこんなに綺麗なのに、心は晴れない。

「折角、なすり付け用に、心霊写真まで作ったっていうのに…」

 唸るように、ひとりごちる。

 まさか、茂になすり付けた幽霊まで一緒に返ってくるとは思わなかった。霊障を受けている人間が死ぬことで、その霊障がそのまま上乗せされたのだろうか。

 どちらにしろ迷惑な話だ。女性の方は、部屋で見た時と同じように、恨めしそうな目で私を睨んでいる。

「自分で勝手に死んだくせに、私を恨むなんて筋違いなんじゃないの?」




 降霊術に必要なのは知り合いの遺体の写真。

 スレッドの書き込みから、それは人間でなくてもいいようだった。しかし、私は動物を殺して喜ぶような異常者じゃない。なら、たまたま死んだ知り合いを撮るしかなかった。

 身近の人間が死んで、その葬儀に参列して、そこで、こっそり写真を撮ればいいと思った。でも、そんな都合よく訃報なんて起こるはずもなかった。

 そこで私は、一人の同僚に目を付けた。彼女の名前は尚子(なおこ)

 いつもおどおどしていて、ミスが多い。尻拭いをしてやると、お礼を言うものの、また同じミスをする。その繰り返し。正直、本当に申し訳なく思っているのか疑問だった。うんざりしていた。本当に嫌いだった。鬱陶しかった。


 こいつを使おう。いつしか、そう思うようになった。自ら死にたくなるような、そんな状況に陥らせる必要があった。つまり、天国から地獄に落ちるような絶望を、味わわせる必要があった。

 その為には、仲良くなり、近しい存在になる必要があった。

 色々手を尽くし、相談に乗り、悩みを聞いてあげ、私が味方であると、誤認させてやった。結果、尚子はすっかり私を信じ、プライベートまで話し始めた。

 そして、婚約者がいることを打ち明けてきた。半年後には、結婚して会社を辞めるとも言った。

 この事実には絶句した。私にも彼氏はいたが、先日別れたばかりだった。性格が合わないとか、おかしいとか、散々言われた挙句、フラれた。

 私ですら、まだ結婚の約束なんてしたことがないのに、このドンくさい女は、既に寿退社を約束されているのだ。仕事もできないくせに、散々迷惑をかけてきたのに、幸せになるなんて許せなかった。

 でも同時に、その事柄が、尚子にとって最大の幸せだという情報を得られたのだ。これを利用しない手はないと思った。

 祝福したいからと嘘を吐き、婚約者を紹介してもらった。

 サプライズで尚子に誕生日プレゼントを贈りたいからと口実をつけ、婚約者に買い物に付き合ってもらった。


 下準備はできた。そして、あの日、結果はどうなるにしろ、計画を実行した。

「私、あなたの婚約者と寝ちゃった」

 満面の笑みで言ってやった。

その時の尚子の顔は見ものだった。目に一杯の涙を溜め、顔色は見る見るうちに土気色になった。

 勿論、そんな事実はない。そもそも好みの男じゃない。計画のためとはいえ、好みじゃない男と寝る気はない。

 でも、尚子は私の言葉を信じた。私を信頼しているから、その絶望は、より大きなものとなったのだろう。

 次の瞬間、彼女はホームゲートによじ登っていた。




 私は、茂と尚子の顔を見据える。

「ストーカーが一人増えただけ。どうせ、気弱なあんたたちじゃ、何かするなんてことできないでしょ。ずっと遠くから見てればいいわよ」

 しかも彼らは幽霊だ。実体がない以上、人間のストーカーのように危害を加えられるはずもない。

 所詮、幽霊なんて現実の人間に比べたら怖くはない。()()()()()()()()()()()()()()()()

私は人身事故に遭遇しており、その時に、ビニールシートに囲まれた中を、手を掲げてまで携帯(当時はスマホはない)で撮影しようとする人たちをたくさん目撃しました。

その気持ち悪さを伝えたいと執筆しました。

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