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森奥の深淵  作者: 初唯
第一章 迷いし森の奥で敗北の書を読み始める青年
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4 蓬菜鍋

 小一時間して有為ういが昼餉の用意ができたと呼びに来た。


廊下を通り食堂につくとまだ幼さの残る緋色の装束をまとった巫女がいた。

部屋の中央には大きな楕円の木でできた食卓と椅子が三脚あった。

「お疲れさまでした、ハクト様。どうぞこちらへおかけください。」

緋色の巫女はにこにこした笑顔で椅子を引いて俺をそこへ呼んだ。


「ありがとう」俺は会釈をして座った。


「ハクト様、こちらの巫女が私の妹の無為むいです。」有為が言った。

「ハクト様、ご来訪を歓迎いたします。」無為という巫女の少女が微笑んだ。


「中へ入れていただき、さらには食事まで。本当にありがとうございます。」

俺はそう言うと有為は無為に食事を運ぶよう促した。


「胃が弱っているところでしょうからまずは消化に良いものをと思いまして」

運ばれてきた食事は草粥であった。

「このあたりにある蓬莱ほうらい四方木よもぎ坩堝るつぼで煮込んだ蓬菜粥です。こちらを召し上がられ回復なさってください」有為は言った。


粥だけでは食った気がしないのではないかと落胆したが、それでも口に入れられるものがあるのは助かる。俺は生きたい。まだ、なぜなのかはわからないが俺は生きなくてはならないのだ。

忘れてしまっているが、おそらく俺は何かを為さなくてはならない。何かの使命の途中なのだ。そんな気がする。


「熱いからふーふーして食べるんだよ、やけどに注意してね」無為という子がそう言った。

その子供みたいな物言いに、俺は何か懐かしさを感じた。

「無為を見る目がやけににやついておりますけれど、ひょっとしてハクト様は炉莉根ロリコンなのですか」有為が怪しむまなざしでからかってきた。

「違う!!」俺はあわてて粥を口に入れると、熱くて火傷した。ヒー

「だから言ったのに」無為が涼水の入った椀を差し出した。

「あ”り”か”と”う”」冷たい水が美味しい。


「さて、お腹もおちついたようですので、今後のことを話しあいましょう」

有為が俺を見て口を開いた。


「ハクト様は、この森へ迷い込んだ。いえ、恐らくは逃げ込んできたのだと想像いたします。

だとしたら、仮に出口を知ったとしても、なにものから逃げてきたのかを思い出せないうちはこの棟に滞在なさっていたほうが安全なのではないでしょうか?」


ああ、そうか。森から出たとたん敵に捕まり殺される。そんな危険性もあるのかもしれない。なにしろ俺の体は傷だらけだった。何かをしなくてはならない。だが、何をするべきなのか思い出せないうちは不用意に動くことは確かに賢明ではないのかもしれない。


「だが、そのようにあなたがたに甘えても良いのか?」


「というよりは、私があなたのことをもう少し見定めたいのです。」有為は言った。

「私たちの使命はここにある禁書を末代まで護り抜くことです。ですのであなたが禍を招く存在でないことを確信するまで、できれば解放したくないのです。」


「それでも出ていくと言ったら?」俺は聞いてみた。

「出ていくというのなら止めはしませんが、私はとても寂しく感じることでしょう。」哀しげな目で有為は言った。


 扉を開かず見殺しにすることも出来た。寝ているうちに殺害することだって出来たはずだ。女人だけの中に招き入れ食事も提供してくれた。俺は有為は敵ではなく信用しても良い類の人だと考えることにした。

「わかった。ならばあなたの信頼を得られるまで、そして俺が何者なのかを思い出すまで、厄介になろう。ただの居候というのも居心地が悪い。何か俺に手伝えることはないか?」


 有為が安堵したような表情となり無為の方を見た。


「ハクト様は文字は読めますか? もし読めるのなら無為に本を読んであげて欲しいのです」


「読めれば良いのだが…読めるかどうかわからない。記憶がないのだ」


「…そうですか。あなたの声はとても心地よいものですので、朗読していただけたらと期待してしまいました。」有為は照れたような様子でそういった。


「のちほど、書庫にご案内します。読める書物がありましたら教えてください」


「ああ、わかった。」


こうして俺は、この怪しい森の中の屋代で朗読係をすることになったのだった。





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