2 白いウサギ
困っている。この森を抜けるための情報の対価になる情報など何も持ち合わせてはいない。
仕方ない、正直に事情を説明して同情を誘うことに賭けるしかないか。
懇願するように俺は言った。
「申し訳ない。私はあなたがたが期待するような話は何も知らないのです。」
「・・・・・・。」
閉じた扉の向こうの女人はしばしの沈黙ののち言葉を返してきた。
「では、迷い人よ。名前と所属を教えてください。」
「名前も、自分が何者なのかも私は思い出せない。気が付けばこの森の中に彷徨っていた。中から私の姿が見えますか?むしろ私のほうがあなたに聞きたい。このボロボロにくたびれた私の姿を見て、私が何者なのか、思い当たることは有りませんか?」
そう俺が尋ねると中の女人は憐れむような声で
「その話が真ならば、さぞかし心細くお困りのことでしょう。…ですが、憐れと思ってもここはか弱き女人のみしか棲まぬ巫女の屋代です。何者かわからぬものを棟の中に招くことは出来かねます。」
「では、せめてこの森を抜ける道順を教えてくれないか」
女人はさらに憐れむような声で答えた。
「私たちは実はこの森の出口を知らないのです。なにしろここを末代まで守護してゆくのが私たちの任務なのです。」
「おい!さっき”面白い話を聞かせたらこの森を抜ける道をお伝えしましょう”といったではないか!あれはなんだったんだ」
疲労困憊してたこともあり憤慨して俺は叫んだ。
「うふふ。」
「出口という知識をお伝えすることはできません。でも、森の抜け方という知恵ならお伝えできるかもしれませんよ」
わけわかんないこというな!
「迷い人よ、おもしろい話なにか持ち合わせてはおりませんか?この森で気が付いてから何か体験したり五感で感じたことなど、何でもよいのです。人と話こと自体が私たちには珍しい稀有なことなのですから。
俺は体についた無数の傷跡のこと、ぼろしか身にまとっていないこと、お腹がすいたこと、思いつく限りのことを伝えた。そして
なぜか「シロウサギ」という言葉が頭に引っかかっていることを話した。
「・・・白兎」
その瞬間、周囲の空気が変わったのを俺は感じた。
「大甘でその情報で赦しましょう。あなたが敵ではないことも確認できました」
女人はやれやれという感じでそう俺に言った。扉の施錠が外れるのが分かった。
「シロウサギとは?・・・なにかの合言葉だったのか?」
「いいえ」
「どうして扉を開ける気になった???」
「白いウサギなら、尾も白いでしょう。それでおもしろい話をしたことにしてあげます。」
「駄洒落かよ」俺は呆れた。
ぶあつい扉は開かれ、俺は森奥のその屋代に足を入れることを許された。
濃色の装束をまとった巫女が私を迎え入れた。
巫女は言った。
「迷い人よ、うさぎは羽がないのにどうして一羽二羽と数えるのか知っていますか?」
疲れ果てているのにとげんなりしていると巫女は話をつづけた。
「兎は旧くは ”羽裂ぎ”と呼んでいたのです。羽をもがれた天使を私たちはウサギと呼んでいます。」