1 白兎
気がつけば俺は森の中にいた。正しくは森をさ迷っていた。
ここは何処だ?木や枝葉に太陽は遮られ薄暗く、風の音は無い。
腹も空いてきて、非常に心細くて泣きそうだ。
足取り重く森の出口を探している。
そして衝撃の事実に気がついてしまった。
どうやら記憶が喪失している。
シロウサギ・・という言葉だけが何故か心に引っかかっている。
これが俺の名前なのだろうか?
手足を見れば、ボロボロの麻の衣を纏い、身体は新しいものや
古いもので傷だらけだが、恐らくまだ若い。
焦る心をなんとか抑え、とにかくまずは死なない為に出来ること、
生き残る方法を模索しよう。
やがて暗くなってきた。虫の声が耳に入る。
枝や落ち葉を踏みしめる自分の足音が響く。
幸いなことに狼の声は無い。
道は暗く星も見えないが足を動かす。
生きるために。
そしてついに俺は民家の明かりらしきものを発見した。
森の中でひっそりと佇む大きな御殿に辿り着いたのだった。
俺はドアを叩き御殿の中に誰か居ないかと声を上げた。
「森に迷いここに辿り着いた者です。助けを乞いたい!」
すると中から女人の声が響いた。
「この館には現在、かよわき女しかおりません。
申し訳ありませんが扉の鍵をあけ中へ入れることは出来かねます。」
「ならばこの館の主が戻るまでここで待たせては貰えませんか?」
俺は応えた。するとこの館の主は既に亡くなっているという…。
「では扉越しで構いません、この森の情報を教えては貰えませんか?
道に迷っているのです。」懇願した。
すると中の女人はこう言った。
「何か面白い話を聞かせてくれませんか?
私たちはこの棟にこもりきりなので外の情報に飢えているのです。
あなたの話に価値があるものでしたら、この森を抜ける道をお伝え致しましょう。」
「わかった。」と答えてから俺は失敗に気付いた。
提供する面白い話など持っていなかった。
というより、白兎という言葉以外なにも思い出せないのだ。