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淑女の顔も二度目まで  作者: 凛蓮月
一回目
8/59

8.絶望が絶望を呼ぶ

 残酷な描写があります。マクルドのクズの集大成です。

 覚悟のある方のみお読み下さい。

 無理だ、という方は高速スクロールで一番下まで行けば結末が分かります。


 マキナは父親とその愛人を睨んでいた。


 彼女は自分が主に母に対してしてきた事を今更ながら恥じていた。

 母親より愛人であるメイを慕っていた。

 単純な話、叱る大人より甘やかす大人の方が良かったからだ。

 淑女としてのマナーや教養を身に付けなければならない、公爵家令嬢として恥ずかしくないようにしなければならないと、実の母リリミアは常にマキナに言い聞かせていた。


 だが遊びたい盛りのマキナはその言葉を無視し、いつも甘やかしてくれるメイに懐いた。

 大好きな異母兄と一緒にいる事を優先して、母であるリリミアを思いやる事は無かったのだ。


 けれど学校に入り、同じ年頃の女の子たちは淑女としての教養があり落ち着いた雰囲気だった。

 今まで母の言葉を無視して何もせず、結果歩き方一つとっても他の子と比べ粗野である事が恥ずかしかった。

 母が口うるさく言っていたのは、マキナが他から見て恥ずかしくないようにする為だった。

 叱る意味に気付き、マキナはいたたまれなくなったのだ。


「私はこんな家欲しくない。

 お母様を無視して愛人ばかりに目を向けるお父様みたいな男を見てると結婚なんかしたくないわ!」

「マキナ……!!」

「そういう男性ばかりじゃないのは分かってるわ。でも、何の保証も無い。いつか私も夫に省みられなくなるかもしれない」

「そんな事は……」

「無いって言える? 今もお母様を無視し続けているお父様が!」


 マキナの言葉にマクルドは唇を引き結んだ。

 彼のやっている事は『不憫だから』と愛人を優先し、『便利だから』と妻を働かせている事。

 マキナに「正妻になったら夫からされるかもしれない事」をまざまざと見せつけていたのだ。


 後継にしようとしていたエクスにも、リリミアとの正当な嫡子であるマキナにも、結婚に対してネガティブなイメージを抱かせてしまった。

 帰る場所である公爵家を出て行きたいと言わせる程だとは思ってもおらず、マクルドは俯いて拳を握り締めた。


「お父様はメイ様の方がいいんでしょう?」

「違う……、私はリリミアを愛している」

「嘘よ。愛しているなら、お母様を傷付けるような事はしないわ。

 愛しているなら、愛人なんか作らないはずよ」


 マキナの言葉にマクルドの思考が乱れていく。

 ガンガンと鳴り響く頭を押さえ、呻き声が漏れた。


「マク、私の目を見て」


 痛む頭を押さえながらメイを見ると、痛みがすう、と消えて行く。

 潤んだ瞳を見れば「守ってやらなきゃいけない」という気持ちが湧いてくる。

 マクルドはメイの手を取り握った。


「俺は……間違っていない。お前たちが出て行くなら、また作れば良いだけだ」


 そうしてメイに口付けた。


「マク、子どもたちが見てるわ。部屋に行きましょう……」


 ひどく歪んだ笑みを浮かべ、クスクス笑いながらメイはマクルドの手を引いた。


「待ちなさいよ! お母様とは離縁して!

 今すぐ離縁の書類にサインして!!」


『離縁』という言葉にマクルドがピクリと反応した。

 メイの手を離し、ぼんやりと「ああ」と呟く。


「子は……リリミアと作らねば……」

「マク? 私とでいいじゃない」


 ゆっくりと、振り返るマクルドの表情は無だった。


「何を言っている。妻とでなければ公爵家を継げないだろう?」


 何を言い出すんだ? と心底疑問に思っているかのようにマクルドは無表情で首を傾げた。


「父上……?」

「お父様……」


 異様な雰囲気にエクスとマキナは息を呑んだ。

 無表情で虚ろな目をしたマクルドは、リリミアのいるであろう三階へと歩を進めた。


「どうして……? どうして術がかからないの?」


 小さく呟く母の姿に嫌な予感がしたエクスは、執事に言付けマキナと共に王城へ向かった。

 何かがおかしい。

 支離滅裂で矛盾だらけの父親の行動がとても異質で恐怖したのだ。



 三階に上がったマクルドは、リリミアのいる執務室へやって来た。


「珍しい事もあるのですね」


 マクルドの姿を認めたリリミアは、一瞬だけ目線を上向け、再び書類に目を落とした。

 それが腹立たしくて、マクルドはつかつかと近寄りリリミアの腕を力強く引っ張り上げた。


「痛っ……」

「お前が二人を唆したのか」

「何を……」

「エクスも、マキナも、公爵家を出て行くそうだ。だから後継が必要だ」


 リリミアはその言葉に眉をひそめた。


「……メイ様とお作りになれば良いではありませんか」

「あれとでは庶子になる」

「庶子のエクスを後継にしようとなさっていたではないですか」

「……後継が庶子だと色々問題があるだろう」


 リリミアは顔を歪め、夫の拘束から逃れたかった。


「庶子が後を継げるよう王太子殿下と画策なさっていたのでは? 何を今更?

 あの方と子を儲けて後継になさればよろしいでしょう?」

「私の妻はお前だ!! 妻は後継者を生むのが仕事だろう!?」


 リリミアの瞳が見開かれ、マクルドは顔を近付け強引に口付けた。

 久しぶりのそれに驚いたが、リリミアはハッとしすぐに逃れようとした。

 だが痩せて力が入らず、またマクルドもがっしりと掴んだまま離さなかった。


「やめ……て」

「逃げるな」


 それでもリリミアは抗った。

 おぞましく気持ち悪く、身体を重ねる事をしたくなかった。

 心が冷えて恐怖で震える。


 だがマクルドはリリミアを離さなかった。


「愛している、リリミア、愛しているんだ。

 何故分からない……何故拒否する……。

 お前は私の妻だ。誰が何と言おうと、妻はお前なんだ……」

「いや、離して……、愛してもいないくせに……」


 男の手が身体中をはい回る度おぞましさで鳥肌が立った。

 子を成す為だけに義務的に抱こうとする夫がいやでいやでたまらなかった。

 身体は歓喜するどころか拒絶しかない。

 痛みを伴うそれは、ただ苦痛でしかなかった。


 何度愛していると言われても信じられない。

 愛していると言われても行動が伴っていないのだ。

 マクルドは何かにつけ愛人を優先させた。

 省みられない事に対する失望、お飾りの妻としてしか扱われない惨めさ。

 リリミアは何故己が生きているのか、意味を見失っていた。


 これ以上いいように扱われるのならば、いっそ。



 何度も浮かんでは消え、消えては浮かび上がる思考が徐々に彼女を蝕んだ。



 執務机で雑に抱かれ、リリミアは枯れたはずの涙が溢れて止まらなかった。


「また明日来る」


 下を寛げただけの夫は服を整えるとそれだけを言い残して出て行った。


 ぼんやりと天井を眺め、背中と下半身の痛みをそのままに。


 リリミアはゆっくりと身体を起こし、脱げた靴も履き直さずに執務室のバルコニーに躍り出た。



 もう、限界だった。


 夫に省みられない事も、娘に裏切られた事も、離れにいる愛人の存在も、好き勝手に生きる男たちも。

 都合の良いように扱われる事も、人として真っ当に生きられない事も、リリミアの生きる気力を根こそぎ奪ってしまった。


 何より、マクルドの子など二度と生みたくないとリリミアは思っていた。



 心地良いそよ風が吹き、乱れた髪がリリミアの濡れた頬に張り付いた。



 そして。



 彼女は頭を下にしてバルコニーから自分の身体を転落させた。


 ゴッ……



 離れに向かっていたマクルドは、聞きなれない音にゆっくりと振り向いた。



「きゃああああああ!! 嘘! 奥様!? 嘘!!」


 庭で洗濯をしていたメイドの叫び声がこだまする。

 メイドの声の先を見れば何かの塊が横たわっていた。

 それは先程見た妻と同じ色のドレスを着ていた。


「奥様!! 早く! 医者を! 医者を呼べ!!」


 庭師が駆け寄り叫ぶ。

 マクルドの鼓動が嫌な音を立てて鳴り響く。


 震える足を叱咤して、声のする方へ歩を進めた。


(なぜ、どうして……)


 上を見ればバルコニーへ通じる扉が風に揺られ、レースのカーテンが靡いていた。


(そこは……執務室ではないのか……?)


 リリミアは三階にある執務室にいるはずだ。

 先程まで抱いていたのだから。

 マクルドはガンガン鳴り響く頭を押さえながら塊に近付いて行った。


(違う、リリミアじゃないはずだ。だって先程まで、俺は)


 使用人たちが塊の周りに集まっていたが、主の姿を認めるとサッと引いて行った。


 医者が塊に駆け寄り容態を確かめる。

 首筋に触れ、腕に触れ。


 ――あらぬ方向にねじ曲がった首に顔をしかめ。


 力無く首を横に振った。



「奥様は……お亡くなりです」



 マクルドはひゅっと息を吸い込み、途端に全身の力が抜け、その場で膝を突いた。


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