表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
淑女の顔も二度目まで  作者: 凛蓮月
やり残したこと【ヴィアレットその後】
57/59

邂逅


 楽園の入口に立ったヴィアレットは、固く閉ざされた扉の前で立ち尽くしていた。

 地上で生を終え、光に導かれてやって来たは良いが逝き先が地獄でないことに困惑していた。

 けれど目の前の扉は開く気配が無い。

 諦めて辺りを見回し、別の入口を探そうとした瞬間、声が響いた。


「問題です。元カメロン王太子の娘だったエレイン王女の好きな食べ物はなんでしょうか」


 一度目の人生でよく聞いた幼さの残る愛らしい声。懐かしさに目頭を熱くしたヴィアレットは、「苺の載ったケーキ」と答えた。

 それに落胆したような表情を浮かべた声の持ち主は、扉の前でくるりときびすを返す。


「けれど、追放されたエレインは何でも食べていたわ。特にお野菜を沢山食べるようになって、鶏肉が好きだと言ってくれた。

 いいお肉ではなかったけれど、エレインの笑顔に救われていた」


 だが、続いて聞こえた声にぴたりと立ち止まった。


 一度目のとき、ヴィアレットら母子はギネモード公爵家の領地に追いやられた。

 実家からは事実上の縁切りをされ、絶望したヴィアレットは最初は嘆き悲しみ泣き暮らしていたが、ガラハドが働き幼い二人までもが文句も言わず生活していたことに恥じ、己を叱咤して子らを食べさせていこうと決心したのだ。

 だが慣れない生活で衰弱していた彼女は、子どもたちを残して儚くなった。


 友を見捨て、子どもたちさえ置いていかねばならぬことに羞恥をおぼえた為、地獄への道を覚悟した。だから二回目のときのヴィアレットに記憶は無い。後悔はしたが、やり直したいという気持ちはなかった。

 合わせる顔が無いという方が正解か。


 だが、全ての者に記憶がよみがえり、ヴィアレットも幼子までに時が戻ったとき、一度目の人生は安易に死に逃げたと反省し、生を全うした。

 そのときの寿命が最大と言われていたが、現世の子の幸せを見届けてから息を引き取った。


 ――もう一度、会いたかった。


「ライネルも、エレインのお世話をしてくれたわ。いつも一緒にいてくれた。

 ガラハドも、私を助けるため働いて……」


 ヴィアレットの頬に雫が伝う。

 現世の子らも、ランスロットとの子らも、等しく愛しい我が子たち。

 不甲斐ない母親を、懸命に支えてくれた子らを思い、唇を震わせた。


「恨んでないって言ったら嘘になる」

「でも、もういいよ」


 目の前の扉がゆっくりと開かれ、視界が光で埋め尽くされてヴィアレットは手で遮り目を細めた。


「おかあさま!」


 先程の可愛らしい声がしたと同時にヴィアレットの胸にぽすりと飛び込む。


「会いたかった……。会いたかったの!」

「エレイン……」

「お母様のばか! どうして……」


 泣きじゃくりながら、母親に縋り付く。

 その姿に申し訳なさが募り、ヴィアレットは思わず抱き締めた。


「エリー」

「ほら、行こう」


 呆れ顔の兄二人が二人を立たせようと促す。だがヴィアレットはその場に座り込んだままだった。


「ライ……ガラハド……私は……」


 戸惑う母にガラハドは小さく溜息を吐いて手を差し出した。


「ずっと俺だけで二人の相手をしてきたんです。そろそろ代わってください」


 柔らかな表情を浮かべ、母を立たせるとガラハドはエレインを抱っこした。

 ライネルはヴィアレットの隣に立ち、手を繋ぐ。


「僕、お母様に楽園を案内してあげます。エリーとお兄様と色んな場所を見て回ったんですよ」


 ヴィアレットに似たライネルは、母の手を引き歩き出す。

 泣きやんだエレインもガラハドから降りて母と手を繋いだ。


「ありがとう、みんな……」


 ボロボロと涙しながら、ヴィアレットは一歩前に出た。

 楽園の入口をくぐると、目の前に広がるのは一面の花畑。

 ざあっ、と風が流れ、髪を揺らすとその景色の美しさに思わず目を細めた。


「きれいね」

「お母様、花冠作りましょう」

「ええ、いいわよ」


 エレインに促され、花畑に座る。ガラハドとライネルが花を摘み、二人に差し出し、それを編んで輪にしていく。


「エレイン上手ね」

「えへへっ」

「お母様、この花も編んでください」

「ありがとう、ライネル」


 ガラハドは、三人の様子を微笑みながら見ていた。母が来たことでようやく一つ役目を終えた彼は、次の生を考えていた。

 花冠を作り終え、それぞれに被せるとヴィアレットはガラハドの隣に腰を下ろした。


「ガラハド、ありがとう」


 母の言葉にガラハドは目を丸くし、笑った。


「いえ」


 ただ、それ以上の言葉は継げなかった。

 二回目のとき、ランスロットの悪行に胸を痛め、ガラハドと共にマリウスのもとへ行った。

 父親似の彼は幼い頃から自身の境遇に真摯に向き合う敏い子だった。

 それゆえ大人の身勝手さに将来を潰された第一犠牲者といえるだろう。

 長兄で弟妹より先に生き全てを知ってしまったことで己の人生に諦観した子。

 ヴィアレットの中で一番顔を合わせられない子だった。


 だから、マリウスとの間に第一子を授かって流れてしまっても仕方ないと思っていた。


「母上、生まれ変わらなくてすみません」


 ぽつりと呟かれたガラハドの言葉にヴィアレットは顔を上げた。

 言葉に詰まり、必死に首を横に振る。


「いいえ、生まれたくなくても仕方ないことをしたわ。あなたを犠牲にさせてしまった。

 私こそごめんなさい……」

「謝らないでください。私は自分で選択しました。これ以上父と関わりたくなかった。あの人と同じ血が流れているというだけで自分が嫌になるのです。だから……カメロン以外に行きたかった。これは私のわがままです」


 迷い無く言い切る息子に苦笑し、確かに嫌になっても仕方ないと自嘲した。


「あなたの気持ちは分かっているつもり。大人の身勝手に子どもが巻き込まれてしまうのは褒められたことではないわ」

「生きて会えなかったことで仕返しましたからこれで終わりです。私たちは楽園に来た。もう、現世のことにこだわるときではありません」


 ガラハドはヴィアレットを責めない。

 それが辛く、苦しくあった。

 罪を犯した者を責めないのは償う機会を与えないということでもある。

 だがそれでいいと思った。

 未知数の可能性を奪った罪はどれくらいの対価が必要か見当もつかない。


「……ありがとう、ガラハド」


 今はまたこうして会えたことを、喜んだ。

 許されなくても、会えたことが嬉しかった。


「それに、次の候補はもう決めてあるんです」


 ほら、と水鏡に映した先にいたのは、ティンダディル王と側室の女性だった。


「理不尽な法案を内側から変えるのも楽しそうではありませんか」


 にやりと笑うガラハドの目は、為政者としての獰猛さが見え隠れしていた。

 ティンダディルの一夫二妻制は、血を繋ぐ意味では良いが正妻の権利を脅かすものだ。

 それはいつかランスロットが率先して押し通そうとしていた「愛人の子にも継承権を」というものに近い。父を嫌悪するガラハドが改革に積極的になるのも頷ける。

 とはいえ法律一つ変えるのは並大抵のことではない。けれど、この子ならできる、とヴィアレットは確信していた。


「応援しているわ。あなたならできる」


 母のお墨付きをもらい、ガラハドは笑った。


「あとは、……僕も恋をしてみたいです」


 カメロン国王太子として常に立場を考え律していた彼は、恋をしたことがなかった。

 それを聞いてヴィアレットの瞳が潤んだ。

 大人に振り回され、心を浮き立たせることも誰かを慈しむこともできなかった。


「きっと、素敵な恋ができるわ。幸せに、なって……」


 おこがましいことは分かっている。それでも幸せを願わずにはいられない。


 生まれ変われば彼はガラハドではなくなり、記憶も引き継ぐことはないだろう。

 忘却の魔女の力はこの世ならざる者には効果がある。

 先に生まれたリリミアの子らにも記憶はなかった。


 だからヴィアレットは祈る。

 どうか、息子たちが次の生は幸せに全うできるように。



「……ああ、出会えたんだな……」


 マリウスは水晶に映る愛しの女性の幸せそうな顔を見て涙した。

 それから気丈に振る舞い、国王として、夫としてしっかりと妻を見送った。

 いつか楽園に導かれるように。

 会いに行けるように、と。



 その後、ガラハドはティンダディル国王の側室の子――第二王子として生を受け、後に王太子となる。

 母と遊び満足したライネルとエレインも、ガラハドの異母弟妹として生を受けた。


 後にガラハドはティンダディルの一夫二妻制を破棄し、カメロンから妻を迎えた。

 ティンダディルとカメロンは友好関係にあり、平和の維持に尽力する国王夫妻となった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ