別離
その日、カメロン王国王妃であるヴィアレット・カメロンの葬儀が厳かに執り行われた。
四十を少し過ぎたところで楽園に導かれ、その早過ぎる死に誰しもが涙を浮かべた。
一度目の人生の償いをするかのように慈善事業に力を入れ、王都内は勿論、僻地に至るまで国内の孤児院、救貧院、病院など自らの足で出向き人々の話に耳を傾けた。
職員の手が足りないと聞けば手伝い、帰城すると手厚く支援を送る。
快癒した者、健康な者には働き口を紹介したり職業訓練で技術を身に付けさせるなどし、人々の生活力向上にも尽力した。
特に夫や恋人、家族などの男性から不当な扱いを受けた女性に対して親身になり、彼女たちを守る法案を通すなど尽力した。
そんな彼女を国王であり夫であるマリウスは支え、励まし、愛していた。
常に体調を気遣い、時には無理をする彼女を止め、少しでも長く一緒にいられるようにと願っていたのだが――
命の期限は容赦なくヴィアレットを呑み込んだ。
ある年に流行り病が発症し、そのときも勿論看病に訪れた。帰城して、しばらく経ってから同じ流行り病を発症するが、執務を投げ出せず無理を通した結果少しずつ体を蝕まれとうとう倒れてしまう。
「ヴィア、私は最低な夫だ。きみの体調さえ見抜けないなんて……」
常に気丈に振る舞い、体調の悪さをおくびにも出さなかった彼女が化粧を落とすと、無理をしていたのだろうと容易に想像できた。
青白い顔をして横たわる妻の手を握り、マリウスはその目覚めを願った。
だが、ヴィアレットは目覚めることなく、ひと月後に息を引き取ってしまったのだ。
葬儀の際、マリウスは取り乱すことなく妻を見送った。
だが王太子はそんな父の様子を危うく感じ、できる限りの指示を代わるよう務めた。
カメロンの葬儀は三日間に渡って執り行われる。
初日、弔問者を見送ったあと、マリウスは妻が眠る棺のそばにいた。
涙もなく、ただ無の表情でじっと妻を見つめる。
ただ眠っているだけ、すぐにでも目覚めそうな姿に縋るようにマリウスは瞬きもせず目に焼き付けていた。
「時を戻してやろうか」
誰もいないその場所に、時戻りの魔女が姿を現した。
マリウスは振り返りもせずただ妻を見続けている。
「己の過ちをなかったことにできる。愛しの妻に生きて出会える」
魔女はささやき、誘惑する。
それでもマリウスは微動だにしなかった。
つまらないな、と嘆息し、きびすを返したところでマリウスは口を開いた。
「ヴィアレットはガラハドのもとへ行きたがっていた」
ぽつりと漏れた言葉に、魔女は訝しんだ。
「彼女は、再び生まれなかった三人を忘れることは無かった」
ランスロットが時を戻し、その歩みが変わったとき、ヴィアレットもマリウスと歩む道を選んだ。
既に生まれていたガラハドには影響ないが、生まれていなかったライネルとエレインは生まれない可能性があった。
事実、マリウスとの間に二人の子を授かった。
男の子と女の子という器は変わらなかったが、中身は違うと母親の勘が告げていた。
大きく時を戻った三回目の今。
最初に授かった子は流れた。
ガラハドにあたる子だが、器も未熟であれば魂も寄り付かなかったから、という認識だ。
その後授かった二人は、二回目のときのマリウスとの子だった。
ランスロットとの子である、ガラハド、ライネル、エレインとは会えずじまい。
そのことをヴィアレットは己への罰と受け止めたのだ。
「彼女が今世で懸命に生きたのは、アルクトゥルス伯爵夫人への償いの為だけではない。
生まれなかった我が子たちに再び会いたかったから。楽園で再会したときに、……胸を張って母親と名乗ることができるようになりたかったからだ。
それを、無かったことには、できない」
ヴィアレットが言ったわけではない。
彼女はマリウスにいなくなった子のことを打ち明けることはなかった。
今世ではマリウスとの間に授かった子を愛し、向き合った。
暇を見ては抱き締め、悩みがあれば親身に相談し、二人の子を分け隔てなく愛していた。
ガラハドたちとは違うが、マリウスとの間に授かった我が子らをガラハドたちと比べたり重ねて見ることは決してしなかった。
「現世で私や子らを愛してくれた。その時間をなくすことは、したくない」
もう二度と笑い合うことはない。
温かな手も、触れ合うことも、涙することも。
けれど、確かに触れ合った記憶はある。
目を閉じれば笑顔が浮かび、隣を見れば王妃として毅然と立つ姿が浮かんでくる。
時を戻るのは彼女が築き上げたものを台無しにしてしまうだろう。
亡くなってしまったことは身を切るように辛いが、マリウスは時を戻ることを拒否した。
時戻りの魔女は「そうかい」と言って笑みを浮かべる。
ランスロットやマクルドなど、己の幸せを優先させる人間だけではないのだな、と、どこか気持ちが温かくなった気がした。
「ヴィアレットは……」
マリウスは時戻りの魔女に目を向けた。
「楽園で、会えたのだろうか」
誰に、と聞かずとも分かる。
これ以上人間に肩入れするのは憚られるが、どこかお人好しな魔女は水晶玉を取り出し手をかざした。
番外編四話投稿します。よろしければお付き合いくださいませ。