19.子どもたちの選択
マクルドの中から抜け出したクロスは、魔女の庵に喚ばれていた。
「お役目ごくろーさん。父親も無事戻ったよ」
魔女に言われ、クロスは息を吐きながら微笑んだ。
「しかし良かったのか? 地獄に行かせなくて。
あんなに変にポジティブなのは流石にびっくりしたぞ」
「あはは。父上には自分の無力を感じながら母上が幸せになる様を見て欲しかったから。あっさり終わってもね」
「逆上して襲ったらどーすんの」
「行為自体できなくしてあるし、エールさんがお目付け役だし、スタンさんに母上に一定距離近付いたら拘束魔法が発動するようにしてもらったから大丈夫」
「生殺しだねぇ」
魔女でも思い付かない程の徹底ぶりに目を見開くと、クロスはニヤリと笑った。
「生みの母はその後どうしてる?」
「騎士と共に異界に行ったよ。もう転生して何度目になるかね」
「そんなに?」
「ああ。一度目は番に食われた。二度目は幼児に羽を毟られた。三度目は歩いている者に踏みつぶされた。あ、食堂の女性に叩き潰されたもあるから四度目か? いやもっとだな。なにせ数年分あるからな。
私も途中で数えるの止めたんだった」
「……人間じゃないの?」
「何故人間に転生できると思うんだ? 人間に転生できる程良い行いをしてないだろう? それにアレは縁を滅茶苦茶にしたからと二代目の縁にとことん嫌われたようだからな。ロクな縁を貰えないようだ。
あ、ほら、今度は生きたまま捕らえられた。標本にでもするんじゃないか? ちなみにそのうち魂が疲弊すれば消滅するよ」
水晶を通して見せられたメイの姿は人の形をしていなかった。
羽を摘まれ何かを刺されピクピクと身体が動いたあと全く動かなくなった。
すぐにまた転生し、今度はどんな姿になるのだろう、と思ったがクロスの興味はそちらに無い。
「ガウエンさんは……嫌がりそうだね」
「そうさな。だが自分で選んだ縁だ。望みは叶えたよ、私たちはね」
ふと、魔女を見上げる。
クロスは不思議に思っていた。何故魔女と呼ばれる存在が自分たちには良くしてくれるのか。
敵なのか、味方なのか、それさえも謎のまま。
「魔女さんはどうして父の時を戻す願いを叶えたの?」
魔女は水晶から離れゆっくりとした動作でお茶を汲む。
コポコポとカップに注ぐと、クロスに差し出した。
「以前、時を戻した事がある。先代縁のがヘマやって滅びた世界の時をね。
その世界には一対の魂の番と呼ばれる存在がいた。だが先代縁が魂を割り別の者と番わせたせいで本来の番の間に生まれる子が生まれなくて世界は滅んだ」
魔女曰く。
男は番ではない女を愛したが、番が現れるとそちらに行ってしまった。女の目の前で愛を乞い絶望した女はその夜死んでしまった。
けれど実際は愛した女性が本当は番で、縁の魔女が魂を入れ替えた為に悲劇が起きたのだ。
転生しても魂は元には戻れず、また母体が死んだ為英雄は生まれず、結局魔に蹂躙された世界は滅んだ。
「けれど、男は諦めなかった。
憐れんだ神が男に私を紹介して願ったのさ」
愛を対価に時を戻った彼は、元々愛していた女性と結ばれた。
二人が結ばれた事により世界の危機は回避され、何事も無かったかのように世界は動いている。
「その男は誰への愛を捧げたの?」
クロスの問いに魔女は笑みを深めた。
「番への愛。魅了と似たようなもんで、番ってだけで無限に湧き起こるんだ。それを全て捨てた。さすがに世界の始まりまで遡る事は憚られるから、指定してもらったけどね」
「……父が母への愛ではなく、メイ・クインへのものを捧げていれば……」
「メイ・クインへのものは肉欲と同情。それを愛情と履き違えてはいけない。
単純に考えてごらんよ。
幸せでいてほしいのは誰だ?
穏やかに過ごしてほしいのは?
死ぬ時そばにいてほしいのは?
苦しい時、楽しい時、それを分かち合いたい、分かり合いたいのは?」
父のそれらは全て母だったのだろうか、とクロスは思う。
それならば大切にすれば良かったのだ。
「まあ、それがあったからね。今回も魅了の被害はあったわけだし、それを捧げるならって思ったんだがね。
だから私はちゃんと聞いたんだよ。『後悔は無いのか?』ってね」
妻への愛を捧げた二人には魔女はそれで良いのか尋ねた。
メイ・クインへの愛を捧げたエールの時は何も聞かなかった。
「魔女は善ではない。聞かれた事には答えるし、言う言葉に間違いは無い」
「父上たちがもっと耳を傾けていたら」
「普通はちゃんと説明を聞くもんだろ?
疑問に思わず自分の都合良い部分だけを聞いて解釈して満足していては詐欺師の格好の餌食だよ。言葉を理解して分からなければ聞けばいい。口があるから聞けるし耳があるから聞こえるだろ?」
魔女はクスクス笑って紅茶を飲んだ。
「……随分と沢山話してくれるけど、いいの?」
「お前たちはこれから新しく生まれ変わる。
死人と生まれていない者は記憶が無い。
前回エクスは既に器があったからな。
ああ、全員に記憶があったのは忘却のが仕事をサボったからだ。
エールの時戻りからすぐマクルドのだったから間に合わず投げたらしい」
この世に産まれ出ずる人間は、器と魂が縁の糸で結び付く事により産まれる。
既に身体に魂が宿っていたエクスは一度目の記憶を覚醒させた。
だが今は器が無い状態。だから生まれ変わる時はまっさらな状態で産まれるのだ。
「そっか」
「……だから、そろそろ行かなくて良いのか?」
魔女は水晶に映る器となり得る肉体を指差した。
「……僕で良いのかな……」
自分が行く事で憂いとならないか。
また悩ませてしまうのではないのか。
そう思うと一歩が踏み出せない。
だが。
「いいのよ」
その声はかつては異母妹だった少女のもの。
「私は喚ばれないけれど、お兄様は喚ばれたじゃない」
「マキナ……」
「あ、遠慮しないでよ。私は伯父様のところに喚ばれたからそちらに行くわ」
クロスはマキナの気持ちを思うと自分の望みを叶える事が悪なのでは、と思ってしまう。
そんな兄を想い、マキナは水晶に目を向けた。
「私ね、『メイ様から生まれたかった』って言ったの。それをお母様は聞いていた。
子どもだから、無邪気だから。
母親だから子どもがした事を全て許せ、って言うのは傲慢だと思うわ」
マキナはふわふわと漂い、魔女から紅茶を受け取った。
「悪気は無かったの。子どものした事を許さないなんて親のする事じゃない。何も知らない人はそう言うわ。だって何の事情も知らない。
自分の中の正義の物差しだけで測るの。
……けれど、親だって一人の人間なのよ。
親子でも越えてはいけないラインがあるの。
母だから、全て許して愛さないといけないなんて、そんな事は無いと思うの。それは母親でしか見てない。リリミアという人間は無視されてる。
子どもは嫌いな親なら見捨てるわ。……親だって許容範囲を超えたら捨てても不思議じゃない。それだけの理由を作った子どもに本当に罪は無いの?」
一口含むとマキナはふわりと微笑んだ。
そしてカップを持ったまま紅茶に顔を映した。
「私はよりにもよってお母様の愛する人を奪った女性を母と慕った。
私がお母様のそばにいたなら、きっと自害なんてしなかったわ。
だって実家に逃げられたのに私がいたから戻って来た。私はその時ずっとお兄様と共にいた。
異常な空間で誰も味方がいない中、独りで家を切り盛りして、私たちの学費も……。
私はずっと裏切り続けていたのよ。何も知らずに。
無知って罪だわ。無自覚に人の気持ちを引き裂けるんだもの。
『何も知らなかったから仕方ないよね』なんて通用しない。
だから、お母様が私を産みたくないとしても仕方ないわ」
マキナは魔女の庵でずっと考えていた。
父が先導し周りで寄って集って安心できる道を結果的に塞いだ事に加担したマキナは、リリミアの中で娘ではなく敵になってしまったのだ。
憎い相手と交合し敵を産み出せるのか、と聞かれたらほぼ否定するだろう。
二回目でデウスを産むとき、娘だったらどうしよう、と不安そうにしていた母を見て、そう悟った。
一度裏切られると再び信用できるようになるまで時間がかかるから。
親が育て方を間違えた、とは言うが、子どもとて自立した人間。
全てを教え導いても親の思うようには動かない。
親の前では良く見せても、それが真実の姿とは限らない。
素晴らしい親の血を引いても良くなるとは限らないし、逆もしかり。
個人がどう育つのかは周りの環境もあるだろう。
「だから、私はお母様のもとへは行けない。
でも伯父様のところなら、例えまたお父様が襲って来てもお母様を守れるわ。
……お兄様はもう決めてるんでしょう?
私に遠慮しないで、行ったらいいわ」
クロスの願いはずっと一つだった。
エクスの時から願っていた事。
だからいらない方は魔女に捧げた。
「決まりだね」
現れたのは縁の魔女。器と魂を結び付ける者。
「言っとくけどこれは特別サービスだからね。
次回からは自らの力で切り開いていってね」
指先をくるくるとすると、クロスから出た縁の糸が器に結び付いていく。
「マキナはもう少し先かな」
「それまではここにいてもいい?」
「仕方ないな」
「時戻りのは案外子ども好きだったのだな」
「素直な子は好きだよ」
クロスの魂がきらきらと輝き出す。
「馴染んだようだな。お別れだ、クロス。
今度は幸せになるんだよ」
「魔女さん。ありがとう。魔女さんも、幸せに……」
初めて言われたぞ、と苦笑いして、それから優しげに目を細める。
そうしてクロスは、その器に入り誕生を待つ事になるのだ。
次回最終エピソードは20時、二話同時更新致します。
よろしくお願いします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾