13.運命を掴む者
「そうか……」
ソール侯爵家の醜聞を、国王マリウスは側近から報告を受けていた。
騎士団長だったソール侯爵は始め自らの不始末を詫び、首に自身の愛剣を当てたところで部下たちに止められた。
その能力を発揮できる辺境送りを罰とし、ソール侯爵家は親戚に譲られた。
報告を聞き終えたマリウスは、目頭を揉み込むと溜息を吐いた。
「スタンを呼んでくれ」
侍従が退室したのを見てから、両手で顔を覆った。
「お呼びと聞きましたが」
「すまないな、忙しいところを」
「いえ、休憩時でしたのでお気になさらず」
本来ならば学園に通う頃だが、スタンは魅了解呪の術式を完成させる為魔塔に閉じ籠もり日々研究を重ねていた。
「完成できそうか?」
「……何とも。軽微なものであれば可能でしょうが」
「良い。まさか平民の中に紛れ込んでいるとは思わなかった。大多数が犠牲になってしまった。
すぐに解呪の陣を敷いてくれ」
「かしこまりました」
スタンはお付きの魔術師に声をかけると準備をするように申し付けた。
「なあ、スタン。兄上たちは時戻りをして幸せになりたかったんだよな……」
マリウスは兄たちが時戻りの魔女に頼み、時を戻してもらったとスタンから説明を受けた。
自身も一回目と二回目の記憶を持っている。だからこそヴィアレットと結ばれるようにできたし兄に復讐も遂げられた。
だが時を戻した彼らはみな破滅した。
ランスロットはガラハドの計略で処刑され、マクルドは爵位を剥奪され平民となり、ガウエンは愛していたはずの女性を惨殺し父親の手にかけられた。
「時間が戻っても、結局自分が変わらなければ何も変えられない。好き勝手した分周りからの反感を買い、逃れたと思ってもいつかは捕まり結局破滅するのみ。
時が戻って良かったと思う者は自身を変えた者、破滅した者は変わらなかった者ではないでしょうか」
スタンの指摘にマリウスは考え込んだ。
「ああ、変わった者の周囲で幸せのお裾分けをされる者もいるでしょうね。
バラム伯爵令息のように」
先日マリウスはバラム伯爵家からの婚約届を受け取った。
令息シヴァルのものだった。
彼は一度目、二度目と結婚もせず独身だった。
だが今回は婚約したい女性がいるとの事。
しかも相手が相手なだけに伯爵家では心許ない為婚姻と同時に侯爵家へ陞爵する予定だ。
「一度目、ティンダの侵攻前に時を戻ったようだが結局似たような結果になるんだな。
まあ今の所向こうにその気は無いようだがな」
「バラム伯爵家が野心家でなくて良かったですね。彼らがその気になれば令嬢は王甥と、令息は王女と婚約しておりますから」
「二度目の人生でマクルドたちが権力で捻じ伏せたからなのか……?」
マリウスはソファでお茶を飲んでいる人物に目を向けた。
「権力で殴るなら権力は必要ですからね。
母上が安全圏に行けたようで良かったです。
伯父上の婚約は意外でしたが」
マクルドは平民となったが、マリウスの密偵としてメイ・クインの調査にあたっていた。
ガラハドの残した手紙に嘆願書が封入されていたのだ。
「なあクロス、ガウエンの件はどこまで予想していた?」
クロスはティーカップを戻すと笑みを浮かべた。
「複数相手だと必ずあぶれる者が出て来る。アバズレは男を身分でしか見ていませんでしたから報われない下の者は鬱屈するでしょう。
婚約破棄までしたのに、と余計原因に執着して結果を得られなければ諦めるか暴走するか。
ガウエンとエールは極端に分かれた良い例ですね」
マリウスは改めてガラハドとクロスが治める国を見てみたかった、と生まれぬ子たちの才能を悔やんだ。
「陛下、私はそろそろ戻ります」
「ああ、休憩中だったか。解呪の件、任せたぞ」
「かしこまりました」
スタンは一礼して執務室をあとにした。
魔塔に戻ったスタンは、時戻りについて考える。
何故魔女は時を戻したのか。
誰の為に、何の為に戻したのか。
彼はメイを争う男たちの中からいち早く抜け出せた。魅了の残滓に苦しむ様を父親に指摘されたからだ。
「変わった者が、運命を変えられる……」
スタンは一度目、二度目の記憶を持っている。
婚約者とやり直したかったからだ。
だが魅了の解呪を完全にしなければ元の木阿弥。簡単には迎えに行けなかった為、今回は婚約を見送った。
「スタン」
懐かしい声がして振り返る。
そこにはかつての婚約者がいた。
「ルディア」
二人は相思相愛で、スタンが魅了された事により仲に亀裂が入った。結局二回の人生は婚約が解消された。
一度目のルディアは行き遅れた為とある貴族の後妻となった。
二度目のルディアは一度目の人生を悔やみ記憶を持っていた。だからやり直そうとしたがスタン側から婚約解消した。
魅了の残滓に苦しんでいた彼はどこかでメイを忘れられず解呪の為に躍起になっていたのだ。
おかげでほぼ解呪できたがまだ完全ではない。
だから、今回も婚約を申し込む事はできなかった。
「こんなところに何しに来たの」
「スタンに会いに来たの……」
ゆっくりと近寄るルディアを見つめながら、スタンは足を動かす事ができない。
「俺たちは」
「忘れられなかったの」
ルディアは瞳を揺らし、言葉を紡ぐ。
「貴方がメイ・クインに傾倒した時、悲しくて心が千切れそうな程苦しくて、魅了されていたと知っても許せなかった。
私たちの想いはそんなもので消えてしまうのかって」
スタンは拳を強く握り締める。本当は抱き締めたい。だが、彼はまだ――。
「婚約を解消して、年の離れた子爵の後妻となっても、貴方を忘れられなかった。
やり直したい、と願って、時が戻って、今度こそ、って思ったの。けれど婚約は解消されてしまった」
「魅了が完全に抜けていないからだ。時折思い出しては焦がれて頭がおかしくなりそうになる。
思い出さないようにしてもふとした瞬間頭の中がいっぱいになるんだ。
もう二度ときみを悲しませたくない。泣かせたくなかったのに……」
悔恨の表情を浮かべるスタンに、ルディアは駆け寄り抱き締めた。
「やめてくれルディア、俺はまだ完全に解呪できていない。終わるまでは……」
「もう、一人で苦しまないで」
腕を解こうとすればルディアは離すまいと腕に力を込めた。
「俺は……主も、友人も見捨てた最低な男だ。
二度と魅了の魔法に囚われたくないから彼らとの関わりを断った。ただ、彼らが破滅していくのを眺めていただけの傍観者だ。
止められなかった俺は……」
「違うわ。貴方は間違いに気付いて立ち止まって引き返しただけ」
スタンの顔が悲痛に歪む。必死に歯を食いしばり涙が溢れそうになるのを堪えている。
「貴方に罪があると言うなら、私が一緒に背負うわ。だから、もう、自分を責めないで」
躊躇いがちにルディアの背中に腕を回す。
ずっと失った事を悔やみ、手を伸ばしたくてもできなかった温もりに、スタンはようやく触れられた。
「ルディア、ごめん。俺はまだ魅了が残っている。狂う事は無いがふとした時に湧き上がるんだ。それでもきみのそばにいてもいいだろうか……」
「いいわ。嫌な思いをしても、悲しくても、貴方のそばにいたい。でも我慢はしないわ。貴方にちゃんと伝える」
「バカな事を言い出したら遠慮なく殴っていい。
どうしようもなくなったら捨ててくれ」
ルディアはそう言うのなら、とスタンの頬をバシンと叩いた。
「早速バカな事を言ってる。捨てたくなったら捨てるわよ。……だから」
頬を押さえ、呆けているスタンに口付ける。
柔らかな感触に一気に顔が熱くなった。
「また、ゼロから始めましょう」
スタンはルディアを抱き締めた。
その夜、スタンは一人解呪の術式を構築する為魔塔の研究室にいた。
ルディアと再び触れ合えた事が励みになり一層強く解呪を願うようになったのだ。
そんな彼の下へ時戻りの魔女が姿を現した。
「随分と苦しんでいるようだね。手を貸そうか?」
スタンは魔女の登場に驚きもせずじっと睨んだ後はまた手元に集中しだした。
「断る。魔女の力を借りて破滅したくないからな」
「随分と言ってくれるじゃない? 騎士と姫の処分が終わったから伝えに来たのにつれないねぇ」
「処分て何だ。人の命を何だと……」
魔女の言葉にカッとなったスタンは手元の作業を中断し魔女を睨みつけた。
「地獄へ行けばランスロットに会えるから姫にはご褒美になるだろう?
だからどこにも行けないように番わせて異世界へ飛ばしたのさ。
愛しい人には永劫に会えない、愛しい人には愛されない。
二人にお似合いだろう?」
「――……っ」
予想外の言葉にスタンは悔しげに目線を俯けた。
「お前たち人間はいつもそうだよね。上手くいけば神扱い、失敗すれば魔女呼ばわり。元婚約者とよりを戻せたお前からも魔女なんだねぇ。
悲しい限りだよ」
時戻りの魔女は大仰に泣く真似をしてみせる。だがスタンはそれが演技だとすぐに見抜いた。
「運命を切り拓いた者に助言をしよう。
記憶を無くせ。それで魅了は無くなるぞ」
「何が目的だ」
魔女がタダで助言をくれるはずはない。スタンは警戒しながら魔女を見据えた。
「別に~。悲しむ女性をこれ以上増やさない為にお前の魅了を取り除いてやろうとしたけど断られたからね。まあ、魔女の気紛れとでも思っといてよ」
それだけを告げると魔女は煙のように消えた。
だがスタンは助言について考え、術式を構築していく。
完全解呪の術式ができるのは数年後。
偉業を成し遂げたスタンは、ルディアとようやく真に結ばれる事ができたのだった。