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淑女の顔も二度目まで  作者: 凛蓮月
最終章〜縁の糸の結び直し〜
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11.囚われの姫君


 マクルドの愛で時を戻り、クイン男爵家当主ガムザ・クインは一度目の記憶を有していた。

 自身が引き取った娘メイが貴族社会に悪影響を及ぼし破滅した記憶。

 妻と二人家を捨てようやく安住の地を見つけ静かな余生を過ごしていたのに再びカメロン国に戻っていると気付いた時は発狂しそうだった。


 すぐさま夫妻は荷物を纏め、金目の物を詰め込むと使用人全員に紹介状を出し暇を出した。

 唯一の嫡子である息子だけは連れて行く。

 あの女には二度と関わりたくないと、クイン男爵一家は即日カメロンを出立した。



 一方その頃、貧民街の一画にメイ・クインはいた。

 元々孤児院にいたが、幼くても残忍な性格が周囲と馴染めず、追い出されてしまったのだ。

 以来お腹を空かせてゴミ箱を漁る日々。

 一度目の人生は食べ物を求めて彷徨い倒れたところでクイン男爵に助けられ、境遇を憐れんだ夫人の勧めもあり養女となった。


 だがメイは一度目、二度目と死を迎えている。

 なので記憶は無い――はずだった。


「お願いします。憐れな子どもに食べ物を恵んでください」


 瞳を潤ませ上目遣いに見つめると、人々はたまらずメイを庇護したくなる衝動にかられ何でもしてあげたくなる。

 メイは毎日違う人物を見つめ食べ物を貰っていた。


 厄介なのは、そうして毎日魅了する者を増やしていく事で彼女は森の中の木の葉になる事に成功した。

 だからガラハドとクロスが血眼になって探しても中々見つからなかったのだ。

 大多数の平民の中から女の子一人を探す。

 毎日魅了される者は増える。

 魅了された者は騎士に聞かれても「知らない」と答える。

 そうしてメイは生きながらえていた。


 平民の出す食べ物に飽きてきた頃、メイは貴族も狙い出した。

 貴族ならもっと良い物を食べさせてくれるだろうという考えは一度目の人生で得た知識。

 はっきりしたものではないが、バカな男たちがこの肉体を好きにしたいがために宝石やドレスを貢いでいた事は覚えている。


 彼女は一度目の人生で、使用人に傅かれ働かなくても好きに生きていける権利を得る為に高位貴族の子を身篭った。

 流されやすいマクルドの子だ。


 始めはランスロットを狙った。最高位である王太子だったから。

 だがランスロットはメイを寵愛しながらも決して肉体関係は結ばなかった。

 どこかでそうさせないようにセーブが利いていたのか、ヴィアレットを悲しませたくなかったのか、ただ単に面倒事を避けたかっただけなのか。

 その次に身分が高かったのがマクルドだった。

 更に下のガウエンは保険だったし、エールに至ってはオマケだった。


 学園入学時には既に純潔を捨てていたメイは、一番簡単そうなガウエンを狙い落とし、それをきっかけにランスロットに近付いた。

 付かず離れず接触し、さり気なくボディタッチをすれば年頃男子は大抵引っ掛かる。

 婚約者への劣情を抑えているなら尚更。

 王太子と言えど思春期男子、「自分に気があるのか?」と思わせればまんざらでも無いだろう。

 あとは上手く誘導し禁忌の魔法を解禁させる。


 ランスロットはメイに「どんな魔法か見てみたいの。バレたら大変だから見つからないように行くの、スリルがあると思わない?二人だけの秘密よ」と言われ王族の秘密の封印を解きメイは魅了魔法の術式を覚えた。


「ありがとうランス。あなたは立派な国王になるわ」


 試しにランスロットを見つめるとあっさりと落ちた。

 その後ランスロットの周りにいた男たちを籠絡し、内二人を婚約破棄に追い込んだ。


 全ての男は自分のもの。

 ランスロットも、マクルドも、ガウエンも、スタンも、エールも、その他男たちは自分を愛する存在とメイは有頂天になった。


 けれど行き着く先は処刑。

 今度は生きる為高位貴族には関わらないようにしよう、とメイは隠れていたのだ。


 だが、人は一度贅沢を経験し、それができる手段を持っていると引き返せないもの。

 楽で素敵だった記憶はいとも簡単にメイを誘惑する。

 メイが低位貴族のもてなしに我慢ができなくなった頃、その男は現れた。


「どこにいるかと思えば、こんなところにいたんだな」


 その声はいつも聞いていたよりも若い声。


「探していたよ。ずっと」


 どこか仄暗い瞳は濁りきり、メイは思わず悲鳴を呑み込んだ。


「そろそろ貧しい暮らしに飽きたんじゃないかって迎えに来た。

 どうだろう、公爵家とまではいかないが俺の家も侯爵家、悪くないだろう?」


 カツ、カツ、と靴音を鳴らし近付いてくる男は甘くメイを誘惑する。

 自分を探していたという高位貴族の男。

 ついていけば贅沢ができるだろう。

 だが本能がけたたましく警鐘を鳴らす。

 この男は危険だ、と様々な人間を見てきた彼女は思わず後退る。

 だがそれがいけなかったのか、男はぎらりと目を見開きつかつかと近寄りメイの腕を力強く掴んだ。


「いた……っ」


 腕を引かれた瞬間、それまで朧気だった記憶が走馬灯のように駆け巡り、メイは目を見開いた。


 目の前にいる男の名前も思い出した。


「ガウ……エン……」

「メイ、会いたかったよ」


 男は蕩けるように甘い声を発し、メイを抱き寄せ口付けた。

 今はまだ経験浅いメイはその口付けに辿々しく応えていたが、すぐに濃厚なものに変わる。


「……っ」


 甘く口付けていたはずが、ガウエンは口付けながらメイの舌を噛んだ。


「ああ、ごめんね、メイ。きみがあまりにもうますぎて、噛んでしまったよ」


 メイは震えた。

 彼女が知る男はこんな男ではなかった。

 今はただ恐怖しか無い。


「まあいいや。おいで、メイ。俺と一緒に行こう」


 ゆっくりと差し出された手を、メイは取るのを躊躇し、振り払った。


「冗談じゃないわ。ガウみたいな気持ち悪い男絶対嫌よ」


 くるりと踵を返すと走り出す。


(冗談じゃないわ。あんな男絶対嫌よ)


 メイはガウエンの事など愛していなかった。

 全ての記憶を思い出した今、狙うべきはガウエンではない。


 大勢の人垣をぬって走って行く。

 町の人は魅了済だから難なく避けてくれた。

 ちらりと後ろを振り返る。ガウエンは追って来ない。

 そのまま進んでいると、人にぶつかった。


「いったぁ! ぶつかるなんて最低!」


 後ろを見ながら走るメイが悪いのに、ぎっと睨みつけた人物をまじまじと見てメイは口角を上げた。


「マク! マクじゃない! やだ、私よ、メイよ」


 喜色ばんで近寄るが、マクルドは無表情。それに違和感を感じても気にせず腕に触れると、バシッと払われた。


「触るな、アバズレが」


 低い声で冷たく言い放たれるとメイは眉根を寄せた。


「やだ……、マク、私よ? 忘れちゃったの?」

「お前の事は忘れたくても忘れられない。

 だが二度と会いたくなかったよ」


 その瞳に宿る憎悪に思わずゾッとする。

 今回マクルドには初対面だ。彼はメイに対し常に優しかった。

 ちょっと可哀想なふりをするだけで寄り添ってくれ、妻を放置してまでもメイを優先していたのだ。そんな彼の変わり様に瞳を潤ませる。


「酷いわ、マク。私は貴方を忘れた事なんか無かったのに……」

「相変わらず息を吐くように嘘を吐くんだな。忘れてないなら真っ先に会いに行くだろうに」


 もっともな指摘にメイは顔を歪ませた。それをしなかったのは思い出したのはつい先程だからだ。


「もういいじゃない、こうして会えたんだし、マクの家に行こ? 私お腹空いちゃって……」

「メイ」


 マクルドの腕に絡めようとした時、後ろから呼ばれ強い力で引っ張られた。


「逃げちゃだめだよ、メイ。分らずやのきみにはお仕置きしないとな」


 耳元で囁かれ、思わずぞわりと肌が粟立った。

 縋るようにマクルドに目をやるが、相変わらず無表情で瞳だけ憎悪が強い。


「……ああ、平民と戯れてたんだな。

 アレはもう公爵じゃない。今は俺が一番身分が高いんだ」

「……どういう事?」

「アレは爵位を親戚に譲ったんだ。今は平民だ」

「本当なの?」


 メイが問い掛けると、マクルドは不敵に笑った。


「ああ、平民だ。残念だったな」


 そう言うとメイは頬を膨らませ、ガウエンにしなだれかかった。


「なんだ、じゃあガウの方に行くわ。平民マクなんかに用は無いわよ。

 ねぇガウ、私を貴方のお家に連れてって?」


 甘えるような声にガウエンはようやく手に入れた、と笑みを浮かべ、マクルドを一瞥するとメイの腰を抱いて待たせてあった馬車の方へと歩を進めた。



「蜘蛛の糸に引っ掛かった羽虫が……。

 二度と出て来れないだろうな」



 その場に残ったマクルド(クロス)の呟きは、メイには聞こえない。


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