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淑女の顔も二度目まで  作者: 凛蓮月
最終章〜縁の糸の結び直し〜

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6.巡る因果


 リリミアたちがアーサーの生国ティンダディルに出発してから十日程が経過してからようやく伯爵家に王家から登城の日にちが知らされた。


 バラム伯爵夫妻は緊張の面持ちで挑む。

 二度の大きな時戻りで、娘を守れなかったのは二人の間で悔恨として残っている。

 今はもう娘をどうやって逃がそうかと対策を練るばかり。

 ただ、バラム伯爵家は大きな事を成し遂げたわけでもない普通の伯爵家。可もなく不可もない平凡な貴族の家。

 己の力不足は否めない。それでももうこれ以上は娘婿の良いようにされたくない。

 だからバラム伯爵夫妻は死地に臨む思いで謁見に訪れた。



「バラム伯爵夫妻、よく参られた」


 カメロン国王が伯爵夫妻に告げると二人は国王に敬礼した。

 謁見は王城内の一室で行われ、案内された室内には国王だけでなく第一王子ランスロット、カリバー公爵とその息子マクルドもいた。

 その他宰相はじめ大臣や主だった重鎮などが控え、バラム伯爵の胃がキリ、と痛んだ。


「よい、楽にせよ。今回そなたらに登城してもらったのは、時戻りについてだ」


 頭を垂れる間聞こえた声はどこか消沈しているような気がして違和感をおぼえる。

 そして時戻りという言葉に夫妻は表情を強張らせた。


「この国が――時を遡っている事を知っているのだろう?

 私も俄には信じ難いのだがな……。確かに記憶があるのだよ。

 私だけでなく、他の者たちもな」


 国王にある記憶はいわゆる一度目の人生の話。

 自身が王太子を過信し放置していたせいで結果的に一人の貴族女性を死に追いやったという苦い記憶。

 国王に科せられたその末路は幽閉後、処刑だった。

 幽閉中子どもたちに目をかけなかった事が自身の破滅を招いたと反省した国王は、最終的に己の運命を受け入れた為二回目の記憶は無い。


「この時戻りの発端は我が息子ランスロットだ。

 彼奴が男爵令嬢に頼まれ魔塔の禁術の封印を解いた事がそもそもの始まりだ」


 バラム伯爵の視界に無表情で佇むランスロットの姿がある。

 今までの彼とは違う雰囲気に伯爵は思考を巡らせた。


「バラム伯爵、この度は愚父が貴方の娘に御迷惑をかけ申し訳ございません」


 ランスロットは丁寧に腰を折り二人に謝罪した。

 だがその言葉はランスロットのものではない。


「愚父、とは……」

「ああ、申し遅れました。私は今の時間軸では存在しない、ランスロットの息子ガラハドです。

 本来の時間軸に生まれた魂、と言えば御理解頂けるでしょうか」


 ガラハドの言葉に伯爵夫妻は目を見開く。

 ランスロットの息子ガラハドと言えば一度目の人生の折次期王太子として優秀な成績を修めていると聞いていた。

 時を遡る事は生まれていたはずの生命が無くなる事でもある。

 現時点で生まれていないガラハドの魂がランスロットの中にいると思えば合点がいく。


「ガラハド殿下……。何故お父君の身体に……?」

「魔女に頼んで入れてもらいました。ちなみにカリバー公爵令息マクルドの中身も彼の息子が入っています」


 ランスロットの顔をしてガラハドは不敵に笑った。底冷えするような笑みに思わず固唾を呑む。


「ああ、ちなみに父の魂は弟たちに預けています。言いたい事があるらしいので」


 子どもらしからぬ言葉にその場にいる者たちは苦い表情になった。

 魂や中身が入れ替わるなどはヒトの領域を超えた話である。

 信じ難いがランスロットとは異なる空気に信じる以外無い。


「本来ならば愚父が自ら反省し伯爵令嬢に謝罪せねばならないのですが、あいにく不在でして。

 私が代わりに謝罪致します」

「ガラハド殿下、頭を上げてください。貴方が謝る事はありません。

 それにリリミアは隣国に留学しました。暫く会う事もないでしょう。それにかの国の方に望まれて婚約も果たしております」

「それは本当ですか?」


 響いてきたのは伯爵にとって憎き相手の声。

 思わず警戒してしまうがその人物は真剣な表情をしていた。

 もしも本物のマクルドで記憶があるならば、再びリリミアと婚約させろと言うだろう、と思ったが先程のガラハドの言葉を思い出す。


「きみは……クロスか?」

「はい。魔女に頼んで父に憑依しました。

 いつまでいられるか分からなかったから……最初の目的は果たせたようで良かったです」


 婚約を果たしたという事にマクルド(クロス)はホッとしたように息を吐いた。


「母をどうしても父から逃したかったんです。

 次は婚約前に戻ると知り、阻止したかった。

 公爵家の権力で無理強いしないように周りを説得したかったんです」


 それほどまでに娘を母として慕ってくれていたのか、と伯爵は思わず目頭が熱くなった。

 大人の不始末を子どもが背負う因果に過酷さと皮肉を感じた。


「……親の因果が子に報いる。なんと残酷なのでしょうな」


 バラム伯爵の言葉に国王は顔を顰め、カリバー公爵は俯き顔を強張らせた。

 それを逃さないランスロットは、非難の眼差しを祖父に向けた。


「もう親世代の下らない感情で子どもに尻拭いをさせるのは終わりにしたい。

 国王陛下、カリバー公爵、貴方がたの過去が今なのですよ」


 かつて己の我儘で正妃にした女性――ではなく、支えてくれた女性のような眼差しが彼を射抜く。


「すまない。あの時の選択がこのようになるとは思わなかった。

 ただ、人を愛しただけで……」

「人を愛する事を責めているのではありません。

 問題なのはその後の事。

 国王陛下、貴方は愛する女性を正妃とした。

 何の後ろ盾も無い、ただ貴方の寵愛のみの男爵令嬢を。

 そして幼い頃からのかつての婚約者を側妃に落とした。仕事をさせる為の者として」


 ガラハドは国王の過去を知らなかった。

 だがランスロットの中に入る事によりその記憶から知ったのだ。

 彼は母親である正妃から武勇伝のように聞かされていた。

 側妃を嘲りながら、何度も。


「正妃の後ろ盾が無いからランスロットの婚約者にギネモード公爵家を充てがった。

 だが結局、正妃は貴方が側妃に心変わりした時に側妃を殺そうとして幽閉され儚くなった。

 側妃は……その時の毒が原因で第二王子を出産後亡くなった。

 その後貴方は愛妾を囲った。

 誰かに似ていると思いませんか?」


 国王は唇を噛み締めたまま顔を青褪めさせた。

 婚約者がいながら不貞し、強引に正妃としただけでなく仕事をさせる為に元婚約者を側妃とした。

 そして妻がいなくなったから愛妾を沢山囲った。

 ――ランスロットのように。


「カリバー公爵、貴方もです。婚約を破棄し、正妃の友人を妻とした。

 だが行き場の無くなった元婚約者を自領の誰の目にも触れないような場所で囲っていた。

 一度目、貴方がたは爵位を親族に譲り領地へ引き揚げました。そして元婚約者との逢瀬を……公爵夫人に見られた」


 マクルド(クロス)の言葉にカリバー公爵は唇を震わせ俯いたまま拳を握り締めている。


「公爵夫人が正妻の立場であるリリミア様の気持ちに沿わなかったのは自分がメイ・クインと同じ奪う側だったからだ。

 貴方がしてきた事をそっくりそのままマクルドがしたからだ」


 カリバー公爵は若き頃婚約者を放って現公爵夫人と不貞し、妊娠させた。そうして生まれたのがマクルドだったのだ。

 マクルドは夫人から二人の馴れ初めを飽きるほど聞いていた。

「素敵なラブロマンスでしょう?」とうっとりしながら夫人は話していたのだ。


「だが奪った側だったからいつかまた奪われてしまうのではないか。それが公爵夫人の中にずっと根付いていた。

 貴方は自分が夫人を選ぶ事で因果を断ち切ったと思われたのでしょうが……、子は親に似るのでしょうね」


 一回目でマクルドがメイと結婚すると言った時、何の冗談だと思った。

 不貞をし、挙句妊娠させ、自分で選んだ婚約者を捨てようとしているなどとてもじゃないが賛成できなかった。

 きっちりケジメをつけたはずだった。

 だが領地に行き元婚約者に会うと張り詰めたものが瓦解した。

 頻繁に逢瀬を繰り返し、それが夫人に見つかり――公爵は生命を落とした。

 だから公爵自身に二度目の記憶は無い。


「貴方がたの不誠実が、子ども世代に悪影響を及ぼしその行動は貴族社会にまで影響が出た。一番被害を被ったのは孫たちだ。

 当時の親たちも廃嫡してりゃ良かったのに。

 殆どの人間が一度目の時戻り前の記憶があるのでは、全てを無かった事にはできません。国王陛下は子を放置し禁術解禁を見過ごしたという事実は王家に不信感しか持たれない。貴方がたはどう償われますか」


 子ども二人に詰め寄られ、国王とカリバー公爵は押し黙った。

 好き勝手にしてきた結果が実を結び、こうして巡る皮肉に二人はきつく目を閉じた。


「私は……退位する」

「陛下!」

「後継は第二王子マリウス。後ろ盾は側妃の生家である辺境伯家。

 ……私とランスロットは、王籍から抜けよう」

「罪人の塔に幽閉も。……運命が変わる事で僕たちは生まれないのですから」


 ランスロット(ガラハド)の言葉に国王は否を唱えなかった。


「カリバー公爵はどうなさいますか」

「……妻とは離縁し、爵位を親族に譲り貴族籍を抜ける。マクルドも連れて行こう」


 マクルド(クロス)は目を閉じ、息を吐いた。

 これで権力を不当に振りかざし母が結婚を強要される事は無くなる、と。彼はリリミアを逃し、父親の権力を削ぐ為だけに憑依したのだ。


 成り行きを見守っていた者たちは、その場を支配する二人が存在しない事に落胆と歓喜と複雑な面持ちでいた。

 一回目の記憶があるから余計に。



 そして、王城であった事を父親から話を聞いたガウエンは、邪魔な二人がいなくなったとほくそ笑んだ。


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