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淑女の顔も二度目まで  作者: 凛蓮月
最終章〜縁の糸の結び直し〜
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5.謁見


 リリミアたちはブリトニア王城に到着した。

 随分と長く馬車に揺られていたように感じたが、アーサーの家を経由せず真っ直ぐ王城に来たのだ。


「ね、ねぇ、アーサー、大丈夫なの?」

「大丈夫だ。カリバー公爵家の横槍が入らないうちに保護と婚約をまとめたい。悠長にはしてらんないだろ」

「そうだけど……」


 リリミアは不安で仕方ない。

 それもそのはず、王城など王家主催の夜会などでしか行っていない。

 ――いや、一回目の人生ならば度々機会はあった。王太子妃と友人だったからだ。

 だがあの時裏切られて以来疎遠になっていたし、二回目の人生ではあの日を境に全く話さなかった。

 社交界の噂で夫であるランスロットと離縁し彼の異母弟マリウスの側妃になると耳にはしたが、ヴィアレットから報告も無かった。

 だから王城自体が疎遠なリリミアは、急に他国の王太子に謁見と言われ、心の準備もままならない。


「大丈夫だ。俺がついてるから」


 ん、と差し出された手を繋ぐと、不思議と気持ちが落ち着いた。

 これでも公爵夫人として十年以上社交界にいたのだ。時戻りの記憶を駆使してリリミアは謁見に挑んだ。



「アーサー! よく来たな。やっと俺の部下になる事に決めたのか?

 妹との結婚も!」


 ブリトニア王家の王太子であるカイザーは、アーサーを見るなり笑顔で出迎えた。


「なりません。事前に言ってあったでしょう。私は貴方の部下にはならないし、貴方の妹君と結婚する気もありません」


 アーサーがきっぱりと断ると、カイザーは口を尖らせていじいじと指で机にのの字を書いた。


「何だよ、俺の近くにいりゃいいじゃんよ」

「一夫二妻制を廃止するなら考えます」

「今は無理だよ。大きな法律を変えるには時間が足りなさすぎるし貴族紳士からの反発もあるだろうし」

「貴族夫人からなら賛同を得られるのでは?」


 カイザーとアーサーのやり取りにリリミアとシヴァルは成り行きを見守っている。

 そこへカイザーが二人に気付き、目を輝かせた。


「アーサー何? この子誰? 俺の側室候補?」

「いい加減にしないと殴りますよ?

 こちらはお知らせしていた私の婚約者となるカメロン国のリリミア・バラム伯爵令嬢です。

 そっちは兄のシヴァル」


 紹介を受け、二人は頭を垂れた。


「初めまして、ティンダディル連邦筆頭ブリトニア王国王太子カイザーだ。アーサーのお兄ちゃんだよ」

「従兄弟ですって」

「頭上げて気楽にしてね。アーサーの知り合いなら無条件に受け入れるよ」


 カイザーに言われ、二人は顔を上げた。

 どことなくアーサーに似たカイザーと目が合うとリリミアに緊張が走った。

 王太子という存在に無条件で苦手意識が湧いてしまうのだ。


「所作がきれいだね。何年も淑女として己を律してきた者のように洗練されてる。

 まだ十歳くらいなはずなのに、きみは何者だい?」


 カイザーの問いにリリミアは固唾を呑んだ。

 時を二度程遡り、その記憶があるから、と説明しても信じてくれるか分からない。

 リリミアの周りは幸い記憶がある者ばかりだった。だから自然にそれを受け入れていたが。


「リリミアは俺の婚約者。俺たちは大小合わせて三回時を戻りその度記憶がある。

 時戻り前に彼女と結婚した奴から逃がす為に俺は今ここにいる。

 身分が無いと抵抗すらできないからな」


 アーサーの言葉にカイザーは鋭い目線を投げかける。リリミアはその目に射竦められ、思わずドレスを握った。


「そうか、分かった。保護してカメロンの爵位をもぎとりゃいんだな」


 あっさりとカイザーが結論を出すと、アーサーは頷いた。リリミアとシヴァルは目を瞬かせ、ホッと息を吐いた。


「リリミアて言ったか? あんた、苦労したんだな。目を見りゃ人生が分かるんだが、あんたは戦う者の目をしてる。

 何も知らない十歳の貴族令嬢の目じゃ無い。

 孤独で、傷付いて、それでも生きてやるって人間の目だ」


 リリミアは言われた事に思わず目頭が熱くなった。

 理解されなかった一回目の人生、ひたすらマクルドに良いようにされないように抗い続けた二回目の人生。

 その濃密な時間があって今のリリミアがいる。

 それを指摘され、頑張ってきた事を肯定されたような気がして嬉しくなったのだ。


「だが、これからはアーサーがいる。安心して休めばいいと思う。

 こいつは俺に構うなって奴だが、何だかんだ困った奴は放っとかないんだよな。

 自分の懐に入れると決めたら全力で守るだろう。

 だから、もう安心していいよ」


 カイザーの言葉に、リリミアは涙を溢れさせた。

 今まで気の抜けない日々だった。

 愛人の事で神経を擦り減らし、ただ愛を押し付ける夫の事で頭を悩ませ、公爵家では安心できる瞬間は無かったのだ。

 クロスは味方になってくれたが、甘えられる存在ではなかった。

 彼女の中でクロスはあくまで息子だったから。

 親として導かなければならないから、弱音は吐けなかった。


「保護プログラムについて説明したいが、リリミア嬢が落ち着いてからにしようかな。

 シヴァルとリリミア嬢はあっちの部屋でくつろいでて。

 アーサーはちょっと話があるから残って」


 涙を溢れさせるリリミアを慰めていたアーサーはシヴァルに託し、隣室へと案内した。



 しばらくしてカイザーのもとへ戻ると、パサリと書類を渡される。


「お前たちが時戻りしたのは二週間程前か」

「ああ」

「それより前にカメロン国王太子と公爵令息の名でリリミア嬢の保護を求める嘆願書が届いていた」


 カイザーの言葉にアーサーは訝しげに眉根を寄せ渡された書類に目を通した。

 そこには王太子ランスロットとカリバー公爵令息マクルドの名で署名がなされている。


「リリミア嬢の元夫はマクルド・カリバーだった、で間違いないな。それが保護を求めるのは違和感があったが、お前の話を聞いて納得した。

 だから保護申請を受けようという気になったんだ」


 アーサーはリリミアからマクルドの中身は二回目で息子となっていたクロスだと聞いていた。


『マクルド様は信用できないけれど、クロスは信用できるわ。あの子は私に自分の幸せを考えろって後押ししてくれたの』


 馬車の中で聞いたリリミアの言葉にアーサーはチリ、と焦燥が湧いた。


「もし元夫の中の息子? がリリミア嬢に想いを抱いていたら強力なライバルになるところだったな」

「……そうだな。実際今リリミアを守ってるのはクロスだ。俺はちょうど年齢が合っただけ、タイミングが良かっただけだ」


 今マクルドの中にいるクロスはランスロットと共に色々と画策しているという。

 表でアーサーが守るなら、裏で守るのはクロスだ。

 母を助けたいというより……と、アーサーも気付いていた。


「まあ、リリミア嬢が選んだのはお前だ。自信を持て。そして裏切るなよ」

「それは言われなくても分かってる。というよりリリミア以外は興味無いからな」


 アーサーが言うと、カイザーは嘆息した。


「しかし、カムランの孫がいなくなると楽園に行かれた祖父が嘆きそうだ」

「たかが側室の一人の孫だろ。それに兄上はいるじゃないか」

「カムランの王女は祖父の中では最愛だったそうだ。早期に引退して父上に玉座を譲り王女のもとへ行く前に彼女は楽園に行かれたからな。

 大層お嘆きであったぞ」


 アーサーの中で元国王はそのような素振りを見せなかった。

 もしも元国王の想いが祖母に伝わり、相思相愛であると祖母が自信を持っていたならば、自分の中の想いもまた変わったのだろうか、と逡巡する。

 だが、考えても因果は変わらない。

 過去があり、現在に繋がり、未来へと紡がれる。

 親や祖父母の行いもまた、子どもの未来に繋がって行くのだから。


 クロスも親があの二人でなければ――。

 今頃は本当に強力なライバルになっていただろうな、と思うとアーサーは気を引き締めた。


「父親に憑依させたのは魔女か」

「おそらく」

「魔女の考えは読めないが一生憑依ってわけじゃないんだろうな。

 善行をするわけでもないから気まぐれってところか。

 憑依が終わったら呼んでやればいい。リリミア嬢を母としたいならば」


 カイザーの言葉にアーサーは眉をひそめた。


「……あの子が望むならな。だがこればかりは神のみぞ知るだな。いや、魔女か?」

「俺がお節介な魔女なら縁の糸を繋ぐけどな」


 この世の全ては縁の糸で繋がれる。

 リリミアとマクルドの縁の糸はエクスが断ち切った。

 エクスと両親との糸も。

 切れた糸の先が誰と結ばれるかは誰にも分からない。

 だから、アーサーは手繰り寄せる。

 己の先と結ばれるように。


「クロスがくれたチャンスを無駄にはしない。

 彼女を愛し大切にするよ。彼に選んでもらえるようにも」

「頑張れよ。利用できる力は正しく使え」


 カイザーの拳にアーサーは拳で返した。



 その後、リリミアとアーサーは正式に婚約が結ばれた。

 リリミアはアーサーの婚約者として王太子カイザーの保護を受けた為、今後彼女に何かあればティンダディルが動く事になる。


 保護を受けた二人はティンダディルの学園に通い、その仲の良さは周りの者も頬を染めるほどであった。

 リリミアはティンダディルやカムラン、その他周辺地域の事を学び、友人にも恵まれたがやはり一夫二妻制に馴染めない為いずれカメロンに帰国する予定だ。

 だが自分と違う価値観を否定せず、国の特色として受け止めた。


 また、マクルドに言い寄られても我慢せず抵抗できるようにリリミアは体を鍛える事にした。


「私、これから淑女としての自分を捨てるわ。

 自分の好きなように生きたい」


 リリミアはもうか弱い女性ではない。

 そんな彼女を、アーサーはこれからも支えようと決意した。


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