4.アーサーの正体
リリミアとシヴァル、そしてアーサーの三人は、アーサーの生国へと移動していた。
王太子に話を付け、謁見する為である。
「リリミアは俺の国の事知っているか?」
何も知らないリリミアは素直に首を横に振った。
二回目の時、家を捨ててきたアーサーは自らの事を多くは語らなかった。だからリリミアも踏み込めなかった部分はある。
「俺の住んでいる国――ティンダディル連邦だな。略称はティンダ。大小様々な国の集合体で、ブリトニア王国を主体としている」
リリミアの住む国の名はカメロン。カメロン王家が政治を取り仕切る国である。
一方のティンダディルはブリトニア王家の下に大小様々な国や地域が連なり、独自の政治を行っている国だと言う。
主な法律はブリトニアに基づくが、それぞれ元の国の風習などは未だ根付いている。
「そんで、俺のいる地域も元は王国だった。カムランという名で、お祖母様はそこの王女だった。
王太子の裏切りにより戦に負けたカムランは、王女とブリトニア国王の政略結婚により取り込まれた。
だから俺の祖父は先代のブリトニア国王。お祖母様は元国王の側室にあたる存在で、父上を生んだ。つまりブリトニアの王太子と俺は血縁上は従兄弟にあたる」
アーサーの言葉にリリミアは目を見開いた。
まさかの王族の血を引いている事に畏れおののき、ドレスをぎゅっと握り締めた。
「あ~、態度は変えるなよ? 変えられたくないから言わなかったんだ。血筋は王族って言ってもうちの国の貴族はほぼ入ってるからな。
それに祖母が側室ったって別居状態だったし、従兄弟って言っても別に交流深いわけじゃないしな。まあ向こうが勝手に絡んでくるくらい?」
ちらりと兄を見やるが、知っているのかしれっと窓の外に目を移していた。
「んで、ティンダの法律になるんだが、俺が馴染めない理由が一夫二妻制にあるんだ」
「え……」
「国を大きくする為には人を増やす必要がある。
だから国は貴族の男に二人の妻を推奨している。だがカムランは元々一夫一妻制、考え方が違うんだ」
ティンダディルは一夫二妻制を取る事により意欲的に子孫を増やしてきた。
特に王族は属国となった国の王族と子を成してその家に爵位を与えている。
ティンダディルの貴族は元々王族や地域の首領だったのだ。
国と国を結び付けるのは結婚して子を設けるのが手っ取り早い。
政略結婚で取り込み大きくしていったのがティンダディル連邦なのだ。
「貴族は国王の血を残さなくてはならないから半ば強制的だな。
ちなみに第一夫人は正妻で貴族。第二夫人は平民ってくくり。あくまで貴族家は正妻の子の権利。第二夫人の子は権利が無い。正妻に子が成せなければ特例で申請する事で後継にもできる。……時戻り前はどこかの王太子が作ったみたいに第二夫人の子が継げるって法案があればな、って聞いた事もあるな」
リリミアは顔を強張らせる。それは一回目の時にランスロットらが推し進めていたものだった。
まさか隣の国がそんな法律だったとは知らなかった。
公爵夫人としていたのに恥ずかしい思いがした。
「何故こんな法律になったのかは、……歴史の教科書によれば、一時期幼い頃からの婚約者を放置して平民や低位貴族との浮気が横行し、私生児が増えたんだ。それを救う為第二夫人として婚姻を許可し養育の義務を課した。
最初は国が栄える為人手はあったほうがいいから重用されたが慣れてくると一人じゃ足りない奴が出たりして結局私生児を出す事になった。
国が保護するのは第二夫人まで。
平民は一人親がよくあるって言っただろ。つまりはそういう事だ」
つまりティンダディルではマクルドなどは森の中の葉のようなもの、国が違えば目立たなくなるのだ。
「……こんな国の者がカリバー公爵令息の事を色々言っても説得力無いだろ?
むしろバカ法案の後押ししに来たのか、ともなりかねない。
だから一回目は何もできなかった。
それが不甲斐なくて二回目時が戻っていると気付いた時、国を捨てた。……身分に負けたがな」
アーサーは悔恨の表情を浮かべた。
シヴァルから妹の話は散々聞いていた。
そこから興味を抱いたが、リリミアには愛する婚約者がいたからあくまでも友人の妹の枠を超えなかった。
だが時戻りにより苦しむリリミアを目の前にすると放っておけなかった。
怒りすらどこかに置き去りにしてきた彼女に、感情を取り戻してほしかったのだ。
また、夫からの愛を得られない姿が祖母に重なった。
あくまで側室の一人として義務的に接する夫とも言い難い男と婚姻しなければならなかった祖母は、いつもブリトニア王城の方角を見つめていた。
国を滅ぼした憎き相手、だが接する時は妻として尊重していた為次第に惹かれてしまったのだ。
だがブリトニア国王には正妻がおり、側室に至っては取り込んだ国の数いた。
側室の国は自治が認められ、年に一、二度訪れるのみ。
ただ一人の息子が生き甲斐であった祖母は元王女としての矜持を保ちつつも心を擦り減らしていたのか、結婚して子が二人生まれた息子に統治権を譲ると若くして静かに息を引き取った。
アーサーはそんな祖母を幼心に美しいが悲しいと思っていた。
「俺は元々結婚するつもりは無かった。次男だしな。
この国で結婚するなら二人の女性を同時進行しなくてはならない。
自治は認められても推奨と言われても実際は暗黙の了解みたいなもんだ。
俺は器用じゃ無いから一人しか愛せない。
吸収されて比較的新しく、思想が根付かない俺は学園でもはみ出し者で、まあ、だからシヴァルと気が合ったんだがな」
シヴァルはアーサーを見るとにやりと笑った。
身の置き場に悩んでいたアーサーを家令として雇ったのはシヴァルだ。
結婚するつもりも無い、祖国に居辛い彼を誘って伯爵領地の見回りの仕事を任せていた。
バラム伯爵はシヴァルに実権が移動する途中だった。
「そんな国だが保護プログラムがあってな。今回はこれを使おうと思う」
「保護プログラム?」
「ああ。カリバー公爵家から守れるように、ブリトニア王家の庇護を受ける。
二回目の時逃げられたら庇護を受けてどこか別の場所でひっそりと住もうと思ってたんだよ。
ほとぼり冷めた頃にカメロンに戻っても良かったしな」
二回目の時、デウスを授かった事で婚約破棄になると思い覚悟を持って話し合いをしたが結局婚約は継続されてしまった。
その時アーサーは「故郷に行けば何とかなる」と言っていたと思い出す。
「それなら連れて逃げてくれたら良かったのに」
「ぐ……そうなんだが……。あん時は仮にも王甥である俺が出ると国家間の問題に発展すると思ったから家を捨てたんだ。だが家を通さないとそもそもブリトニア王家に謁見できない事を失念していた。
だからバラム伯爵の言う通り、正直逃げたところでカリバー公爵家から逃げられたかは難しいところだった。
……俺が冷静に対処して素直にティンダに保護を求めてりゃ良かったんだ。そこは俺の失態だな」
つまりアーサーが現ブリトニア国王の甥であるから保護プログラムが使えるのか、とリリミアは逡巡した。
「……嫌になったか?」
アーサーは不安そうな表情でリリミアを見やる。
「俺もカリバー公爵令息と変わらないって思うか?
……俺はリリミアといられるなら国とか肩書とか捨ててもいいって思ってる。リリミアが憂い無く過ごせるなら。大切なのはリリミアの気持ちだから」
国の政策がそうだから、と全ての人が守れるとも限らない。
アーサーのように苦悩する人は少なくないだろう。
「アーサーは……妻は一人でいいの?」
「一人がいいんだよ」
「愛人は嫌だわ」
「俺もいらねぇよ。リリミアがいればそれで良い。前回一緒にいられなかった分、これからは一緒にいたい」
アーサーの言葉にリリミアは瞳を潤ませた。
「私、自分の幸せを考えるってクロスと約束したの。これはクロスがくれたチャンスだと思ってるわ。
私の幸せはアーサーとデウスと暮らす事。
だから、ずっと一緒にいてほしい」
その言葉にアーサーは真剣な表情をした。
「約束する。ずっと一緒にいる。リリミアの幸せを一緒に考える」
マクルドからの言葉は一方的で、リリミアの気持ちは何一つ聞いてもらえなかった。
だからアーサーが一緒に考えると言った事はリリミアにすんなりと染み込んだ。
「アーサー。私ね、二回目の人生は決して無駄では無かったと思うの。
貴方におんぶに抱っこは嫌だし。
それに……デウスだけじゃなくて、クロスという息子もできたわ。
きっとその為の二回目なのだとも思ってる。
だから、あの子がもし生まれ変わる時、縁が私を選んでくれるなら……」
この世に生まれる人間は器があり魂がある。身体に宿る身体と魂が縁の糸で結ばれる事によりヒトとして誕生するのだ。
リリミアはデウスだけでなく、今度こそクロスと本当の母子になりたいと思った。
だがそれを望んでも良いのだろうか、とも思うのだ。
二度目の時、クロスを盾にしていた事は否めない。それでも母と慕ってくれ、今も裏から守ってくれている。
マクルドの中にいつまで入っているかも分からない。
もしもクロスが再び母と呼んでくれるなら。
リリミアはおこがましいかもしれないがそう望んでいる。
「これから先の事は誰にも分からない。だがあの子が選んでくれるなら喜んで受け止めよう」
時を戻した事により迷子になった子どもたちの魂を受け入れられるのは親の役目。もしもクロスが選んでくれるなら、その時はデウスと共に最初から愛そう、とリリミアは決意した。
それから二人は色々な話をした。
そこは二人だけの世界になっていた。
馬車の中にもう一人いる事は忘れていた。
「忘れるなし!」
今度こそは結婚する、と決めたシヴァルだった。